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---------------Japan On the Globe(141)  国際派日本人養成講座
        _/_/         
         _/          Common Sense: 仮設憲法、急造成功
        _/
  _/   _/    今週末までに、新憲法の概案を作れ、、、
   _/_/      マッカーサーは、なぜそんなに急がせたのか?
-----------------------------------------H12.06.04  25,178部

■1.概案は今週末までに完成されるべきである■

     昭和21年2月4日、午前10時、占領軍総司令部のホイットニ
    ー准将は民政局のスタッフ25人を会議室に招集した。
    
         私はいま諸君に憲法制定会議の開会を宣言する。これか
        らの1週間は、民生局は憲法制定会議の役割を果たすこと
        になるだろう。・・・
        
         2月12日はリンカーン誕生記念日である。リンカーン
        誕生日に(憲法草案を)日本側に示し、ワシントン誕生日
        (2月20日)に確定できれば、意義はひとしお深いもの
        になるであろう。そのためには、概案は今週末までに完成
        されるべきである。[1,p265-269]

     憲法草案は1日遅れの2月13日には日本政府に提示されて
    いるので、この指示通り、1週間程度で民生局は草案を完成し
    たほどになる。しかし、なぜこんなに急いで新しい憲法を制定
    する必要があったのだろうか。

■2.天皇を抹殺すれば、日本国は崩壊するであろう■

     その理由は、2月下旬に極東委員会が発足するからであった。
    その任務は、「連合国最高司令官(マッカーサー)のとった行
    動」をチェックし、とくに「日本の憲法機構または占領制度の
    根本的変革」については、連合国司令官は委員会の「事前協議
    および意見の一致」を必要とすると定められていた。
    
     極東委員会を構成する11カ国にはソ連が入っており、天皇
    を東京裁判の被告にすることを強硬に主張していた。当然、憲
    法問題では天皇制廃止を要求してくるだろう。マッカーサーは
    本国に次のような電文を送っている。
    
         天皇の告発は日本人に大きな衝撃を与え、その効果は計
        り知れない。天皇は日本国民の統合の象徴であり、天皇を
        抹殺すれば、日本国は崩壊するであろう。実際、すべての
        日本人は天皇を国家元首として崇拝しており、ポツダム宣
        言は天皇を存続させることを保証したと信じている。
        [2,p385]

     日本占領を成功させ、将来の大統領選へのステップにしたい
    マッカーサーとしては、天皇制を破壊して日本各地で叛乱が起
    こるような愚は絶対に避けなければならなかった。
    
     そのためにマッカーサーは、極東委員会が発足する前に、日
    本国民が自ら起草した形で、天皇制を残しつつ民主的、平和的
    な憲法を世界に発表させる戦略をとったのである。
    
■3.銃剣を突きつけて受諾させた憲法■
    
         どんなに良い憲法でも、日本人の胸元に、銃剣を突きつ
        けて受諾させた憲法は、銃剣がその場にとどまっているだ
        けしかもたないというのが自分の確信だ。[3,p43]
        
     マッカーサーが後に語った言葉である。総司令部が作った憲
    法は、日本国民が自主的に制定したと言う形をとっても、いず
    れ占領という「銃剣」が終わったら、すぐさま日本人は本当の
    自分たちの憲法を作り出すであろう。今回の憲法はソ連を含む
    連合国に対して、天皇制維持を呑ませるための「仮設憲法」に
    過ぎない、とマッカーサーは割り切っていたようだ。
    
     そのためにマッカーサーは、ホイットニー准将に日本国憲法
    草案の中にどうしても入れてほしい原則として次の3点を示し、
    それ以外は民生局で自由に検討してよい、とした。
    
    (1)天皇は国家の元首である。
    (2)国の主権的権利としての戦争は放棄する。
    (3)日本の封建的制度は廃止される。

     (2)も(3)も、日本が連合国にとって安全な国となることを
    約束した項目である。その条件の上で、(1)の天皇の存在を認
    めよ、という構成になっている。連合国に天皇制存続を受け入
    れさせるためのパッケージなのである。

■4.憲法学を専攻した者はいなかった■

     一時しのぎの仮設憲法を急造する、という戦略のため、スタ
    ッフもおざなりなものだった。民政局の25人の中には誰一人
    として一国の憲法を起草するという大任に当たれるような識見
    を備えた人物はいなかった。弁護士出身のホイットニー准将の
    ほかに4人の弁護士が加わっていたが、そのなかに憲法学を専
    攻した者はいなかった。[3,p31]
    
         自分の経歴からいって、果たしてこのような任に堪え得
        るのか、不安に思いました。(オズボーン・ハウゲ陸軍中
        佐)
        
         私は、このようなことは不幸なことだと思いました。な
        ぜなら、外国人によって起草された憲法は、正統性を持ち
        得ないと思っていたからです。(ミルトン・エスマン陸軍
        中尉)[4,p153]
        
     手元に文献もなかったので、日本語に堪能なベアテ・シロタ
    嬢が都内を駆け巡って、図書館から資料をかき集めてきた。シ
    ロタ嬢は時にわずか22歳、家族制度や女性の権利などについ
    ての条項を担当した。[4,156]
    
     素人集団が一週間で憲法をでっちあげようとすれば、とんで
    もない誤りも少なくなかった。たとえば、貴族制度廃止で貴族
    院はなくなるので一院制にする、という原案に対しては、後に
    日本側から、二院制は議会多数派の独走に対するチェック・ア
    ンド・バランスとして必要だという基本知識を講義される始末
    であった。
    
     また民生局にはニューディーラー(アメリカの左翼)が多く、
    「土地および一切の天然資源の所有権は国家に帰属し」などと
    いう条項があって、日本側を社会主義憲法かと驚かせたことも
    あった。この条項も日本側の反対で、削除された。

■5.48時間以内に内閣によって国民に提示せよ■

     こうした素人集団がわずか1週間程度ででっちあげた憲法草
    案は、ホイットニー准将によって2月13日に吉田茂外相ら日
    本側に提示された。
    
     日本側が草稿を読んでいる間、ホイットニー准将らは庭に出
    て、「お構いなく、我々は原子力エネルギーの暖をとっている
    所です。」と言った。原子爆弾にひっかけた脅しである。そし
    てこう語った。

         最高司令官(マッカーサー)は、天皇を戦争犯罪者とし
        て取調べるべきだという、他国からの圧力、この圧力が次
        第に強くなりつつありますが、このような圧力から天皇を
        守ろうという決意を固く保持している。
        
         だが紳士諸君、最高司令官といえども、万能ではない。
        ただ、最高司令官は、この新しい憲法の諸規定が受け入れ
        られるならば、実際問題としては、天皇は、安泰になると
        考えておられる。さらに最高司令官は、これを受け入れる
        ことによって、日本が連合国の管理から自由になる日がず
        っと早くなるだろうと考えておられる。[1,p301]
        
     日本側は、憲法はその国の国情と民情に即して適切に制定せ
    られた時のみ成果を得られる、という説明書を2月18日に提
    出したが、ホイットニーは怒って、48時間以内に内閣によっ
    て国民に草案を提示せよと、最後通告を下した。第一回極東委
    員会は2月26日に迫っていた。

■6.もう1日でものびたら、大変なことになります■

         まるで、開戦前のアメリカの最後通告並みじゃないか。
        
     総司令部の草案を、閣議で報告すると、閣僚たちの間からは
    そんな声も聞こえた。幣原首相が、自分としてはマッカーサー
    草案を受諾できないと思う、と述べると、次々と賛成意見が続
    いた。
    
     草案の日本語訳を作るのに時間がかかるという理由で、延期
    を願い、修正交渉を続けた。極東委員会の第2回の会合は7日
    に予定されており、そこで実質的な議論が始まる可能性が強い。
    3月5日、午前10時から閣議が開かれた。幣原首相は、
    
         もう1日でものびたら、大変なことになります。ほんと
        に大変なことになりますよ。
        
     と言って、ポロポロと落涙した。天皇の身柄に関することだ
    とは、容易に想像がついた。何人かの閣僚がハンカチで目を拭
    った。午後5時、幣原は昭和天皇に憲法草案を示し、裁可を得
    た。
    
         ほかの点はどんなものでも、日本が独立を回復した暁に
        は自分たちで変更することができる。しかし、皇室だけは
        いったんぶち壊してしまったら取り戻すことができない。
        だから、すべてのものを犠牲にしても、天皇制の護持だけ
        は守らなければならない。
        
         天皇制の一点さえ、マッカーサーが極東委員会に対して
        承諾させてくれるなら、あとのことはすべて犠牲にしてい
        いとさえ思っている。[2,p451]
        
     これが幣原首相の腹だった。3月6日午後5時、日本政府は
    憲法改正草案要綱を発表した。その1時間前に、総司令部のス
    タッフが英文の憲法草案13部に首相のサインを貰い、そのま
    まワシントンの極東委員会に届けるべく、米軍機で出発した。

■7.海外からの反響■

     日本政府の発表した新憲法草案要綱は、海外でも反響を巻き
    起こした。[4,p281]

         新草案が陸・海・空軍を全面的に廃止し、日本は今後そ
        の安全と生存を世界の平和愛好国の信義に依存すべしと宣
        言するにいたっては、余りに"ユートピア"的であって、む
        しろ現実的な日本人として草案を軽んずるに至らしめるで
        あろう。(3月7日付け、ニュー・ヨーク・タイムス)
        
         これは日本の憲法ではない−日本に対するアメリカの憲
        法である。・・・この憲法の重要事項に日本の現実から生
        まれた思想はひとつもない。(3月8日付け、クリスチャ
        ン・サイエンス・モニター)
        
     どちらもまっとうな正論であるが、陰にあるマッカーサーの
    「仮設憲法」戦略に見事に引っかかっている。
    
     軍備の全面廃止については、占領軍がいる間は軍備は無用だ
    し、占領が終われば日本はさっさと新しい憲法を作って再軍備
    するだろうから、何ら問題ではない。それより日本が「平和愛
    好国」の仲間入りをしたという鮮烈なる印象を連合国側に与え
    られれば、それで良い。
    
     「日本の現実から生まれた思想がない」というのも当然の指
    摘で、たとえば前文はアメリカ独立宣言、合衆国憲法、リンカ
    ーンのゲティスバークにおける演説などの切り貼りである。
    しかしこれも、天皇は象徴的元首として残すが、これからの日
    本はアメリカのような民主主義国になるのだ、という欧米人に
    は分かりやすいイメージが伝わればそれで良い。
    
■8.「仮設憲法」戦略、成功■

     マッカーサーが、憲法問題は極東委員会の管轄と言いながら、
    日本政府に憲法草案を発表させ、なおかつ総司令部として承認
    を与えた事に対して、委員会メンバーは驚かされた。
    
     しかし、連合国は終戦時に「日本国の最終の統治形態は『ポ
    ツダム宣言』に従い、日本国国民の自由に表明する意思により
    決定されるべきものとする」という回答を与えており、日本政
    府が「自主的に」憲法草案を発表してしまった以上、それを覆
    す権限は持ち得なかった。
    
     極東委員会でニュージーランド代表のベレンゼン卿は次のよ
    うな発言をしている。[4,p247]
    
         自分は、憲法審議を日本の国会の議事録から取り上げよ
        というソ連の提案を支持する用意はないけれども、現在の
        国会は、憲法につき最終決定権を与えられていないという
        のが、ニュージーランド政府、および、自分の考えである。
        
     この時、すでに憲法草案は日本の国会で議論されていたのだ
    が、天皇制廃止を目論むソ連は国会議論の取り消しを要求した
    ようである。さすがにそのような暴論は、賛同を得られなかっ
    たが、今の日本政府と国会は、真に「日本国国民の自由に表明
    する意思」を代表していないというのが、ベレンゼン卿のせめ
    てもの反発であった。結局、それも数年内に国民投票で確認す
    る、というようなあいまいな結論で押し切られてしまった。
    
■9.「仮設憲法」戦略の誤算■

     こうして「仮設憲法」戦略は見事な成功を収めた。しかし、
    マッカーサーが見通しを誤った点がただ一つあった。日本国民
    は銃剣で押しつけられた「仮設憲法」を、占領が終わっても廃
    棄しようとはしなかったのである。

     [3]の著者、西修・駒沢大学教授は、昭和59年から60年
    にかけて、当時民生局で憲法起草にあたった何人かにインタビ
    ューを行った。彼らの大半は、自分たちが短時間で十分な資料
    もないまま作り上げた日本国憲法が、その後一度も改正されて
    いないのを聞いて、驚いたという。
    
     「仮設憲法」として当座しのぎに急造され、海外からも「ユ
    ートピア的」などと批判された日本国憲法が、なぜ半世紀以上
    も改正されずにきたのか? 日本人の政治的ナイーブさが原因
    なのか? あるいは、この「仮設憲法」には日本人の心の琴線
    にふれるような「なにか」があったのだろうか? これは憲法
    改正を考える上で重大な問題であるが、後日のテーマとしたい。

■リンク■
a. JOG(105) 憲法の国際ベンチマーキング
 日本国憲法、無改正期間の世界記録更新中。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「史録日本国憲法」★★★、児島襄、文春文庫、S61.5
2. 「日本国憲法を作った男−宰相幣原喜重郎」★★、塩田潮、
  文春文庫、H10.8
3. 「1946年憲法−その拘束」★★★、江藤淳、文春文庫、H7.1
4. 「日本国憲法はこうして生まれた」★★★、西修、中公文庫、H12.4

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