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-----Japan On the Globe(213)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     Common Sense: 民主主義・再考
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_/ _/_/_/      民主主義が「人類普遍の原理」ともてはやされる
_/ _/_/       ようになったのは、わずか100年前の事だった。
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■1.民主主義を考え直してみよう■

     いまどき「民主主義を考え直してみよう」などと言ったら、
    たちまち危険人物扱いされかねない。「ファシスト!」などと
    いう罵声が飛んできそうだ。しかし、一つの「主義」に疑問を
    呈してみることすら許されない、というのは、思想の自由を許
    さない「全体主義」であり、これでは民主主義自体を良くして
    いくこともできない。そう言う趣旨で最近刊行されたのが、長
    谷川三千子・埼玉大学教授の「民主主義とは何なのか」[1]で
    ある。今回は、この本を頼りに、民主主義を考え直してみよう。
    我々がいかに民主主義について無知であったか、唖然とさせら
    れる。
    
■2.民主主義は「人類普遍の原理」?■

     日本国憲法前文は次のように言う。
    
         そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、
        その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれ
        を行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類
        普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くもので
        ある。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅
        を排除する。
        
     国政の権威、権力が国民に由来する事が民主主義の大前提で
    あるが、これが何の説明も根拠もなく、「人類普遍の原理」で
    あると断言されている。そして「これに反する一切の憲法、法
    令及び詔勅を排除する」とは、いかにも「問答無用」という感
    じである。素朴に「何事もよく話し合って決めよう」という姿
    勢が民主主義の基本かと思っていたら、実はその原理自体は話
    し合いを拒否しているかのようである。
    
     この日本国憲法は占領軍スタッフが1週間程度で起草したも
    のだが、彼らが参考にしたアメリカの独立宣言はどうだろうか。
        
          私たちは、次の真理を自明のものであると考える。す
        なわち、「人間はすべて平等に創造された」「人間は造物
        主によって、譲渡できない一定の権利を付与されている」
         「これらの権利の中には、生命と、自由と、幸福の追求
        がある」―― 「これらの権利を保障するため、人々の間
        に政府が作られ、統治される者たちの同意から正当な権力
        を得る」
        
     やはり人間が持つ権利を基盤として政府が作られるという民
    主主義の「真理」は、何の説明も証明もないまま、いきなり
    「自明」のものと宣言されている。
    
■3.民主主義は「いかがわしい」?■

     しかし、この「人類普遍の原理」も、わずか100年ほど前
    までは、いかがわしい語感を持って使われていたのである。デ
    モクラシーという言葉が使われ始めたのは、18世紀末のフラ
    ンス革命の時からであるが、ロベスピエールがデモクラシーを
    唱えつつ独裁的な恐怖政治を始めた事によって、この言葉は
    「暴民の支配」という徹底的なマイナス・イメージを込めて使
    われるようになった。
    
     なにしろ、フランス革命は一説には200万人とも言われる
    犠牲者を出したのであるから[a]、その革命側の旗印が「デモ
    クラシー」とあっては、「はなはだいかがわしい」という印象
    を持たれるのも当然だろう。
    
     この言葉が、今日のような間違いなく「良い意味」を確立し
    たのは第一次大戦時だったと言われる。「誰も欲しなかった戦
    争」と呼ばれたように、何のために始まったのか分からないま
    ま、3500万人もの死傷者を出したこの最初の世界大戦に対
    して、「いったいこの戦争の目的は何か」と民衆が疑問を投げ
    かけた。この時に、英仏などの指導者が拵えたのが、「ドイツ
    の軍国主義に対する民主主義のための戦争である」という回答
    だった。
    
     さらに米国のウィルソン大統領が「民主主義にとって安全な
    世界に(world safe for democracy)」とのスローガンを掲げて
    参戦し、英仏側が勝利をおさめるのだが、戦後のベルサイユ条
    約では、ドイツ皇帝を「国際道徳及び条約の尊厳に対する重大
    な犯罪」をもって訴追し、敗戦国ドイツを徹底的な悪玉に仕上
    げて、天文学的な賠償を科した。この過程で「民主主義」が輝
    かしい言葉として定着する。
    
     このように民主主義が「いかがわしい言葉」から、一挙に
    「よい意味をもった言葉」へと転換したのは、それ自体の正当
    性が実証された訳ではなく、それが戦勝国のスローガンだった、
    という事情による。「人類普遍の原理」と大見得を張る割には、
    実はその出自はいかがわしく、偶然の成り上がり者に過ぎない、
    とも皮肉れるのである。

■4.「民主主義」から生まれたヒトラー■

     第2次大戦でふたたび「民主主義」は戦勝国側の唱えたスロ
    ーガンとして、さらに権威を高める。ここでは世界は民主主義
    陣営と全体主義陣営に色分けされ、日独伊は民主主義の完全な
    敵役とされた。
    
     しかし、実際にはヒトラーは民主主義体制の中から登場した
    のである。ヒトラーは、中産階級の保護や社会政策の充実など
    で国民各層の広範な支持を獲得し、何度かの選挙の後、1932年
    7月の選挙で彼の率いる国家社会主義ドイツ労働者(ナチス)
    党が37.3%を得て第一党となり、首相の地位についたのだった。
    
     ヒトラーは、一方的な決まり文句のスローガンを執拗に繰り
    返す事によって、大衆を動員するという技術を武器に、民衆の
    熱狂を意図的に煽って、選挙に勝った。ベルサイユ条約で非武
    装地域に指定されていたラインラントにドイツ軍を進駐させた
    時には、ドイツの有権者の実に98%が支持した。いわば、ヒ
    トラーはすべての抑制を外した「民主主義」の熱狂によって、
    独裁的な権力を獲得したのであった。
    
     ヒトラーと好対照をなすのが、アメリカの指導者ルーズベル
    ト大統領だ。ドイツがポーランドに侵入した39年9月の時点で
    の世論調査で、参戦に賛成した米国民はわずかに3%でしかな
    かった。ルーズベルトは、この世論を受けて、決して参戦しな
    い事を公約して当選したのだが、日本を徴発して、共和党リー
    ダー、フィッシュ議員の言によれば「ルーズベルトは、われわ
    れをだまし、いわば裏口からわれわれをドイツとの戦争にまき
    こんだのである。」[b]
    
     選挙民を欺いたルーズベルトに比べれば、ヒトラーの方がは
    るかに民意に沿った政治を行った「民主主義」的な政治家であ
    ると言えよう。

■5.「邪道にそれた国制」■

     このように民主主義の素性を尋ねれば、ロベスピエールやヒ
    トラーを生みだした欠陥を持っているにも関わらず、二度の世
    界大戦で戦勝国側のスローガンであったという理由で、輝かし
    い地位を得たものであると言える。こうした歴史を見れば、
    「自明」な「人類普遍の原理」などとは、とても言えないこと
    が判るだろう。
    
     そもそも民主政治が始まったのは、古代ギリシャにおいてで
    あるが、アリストテレスは「政治学」の中で、民主政(デモク
    ラテイア)を、「邪道にそれた国制」のうちに分類している。
    それは人々が私利私欲にかられて行う政治形態であると言うの
    である。
    
     アリストテレスの頃の政治学はまだ十分発達していなかった
    のだ、とか、現代民主主義は古代ギリシャの民主主義とは違う、
    という批判がすぐに聞こえてきそうだが、それならアリストテ
    レスの主張点を踏まえた上で、彼はどこをどう判っていなかっ
    たのか、あるいは現代民主主義はどう違うのか、を論ずる必要
    がある。
    
■6.民主主義が前提とする対立闘争■

     民主制(デーモクラテイア)とは、デーモス(人民)がクラ
    トス(力)を持つ体制であるが、クラトスの動詞は、クラテイ
    ン(うち勝つ、征服する)である。あらかじめ国家の中に人民
    対王、などという敵対関係があり、その力と力の衝突において、
    人民が勝ちを占めた、という意味なのである。その意味合いを
    鮮やかに描き出したのが、プラトンの「国家」における次の一
    節である。
    
         そこで思うに、民主政は、つぎのようなばあいに生まれ
        るのだ。つまり、貧しい人たちが勝利をしめ、他の者たち
        の一部を殺し、一部を追放して、残りの者に国民権と支配
        権とを平等に分かち与え、また、それら国の役職が、おお
        むね籤できまるというようなばあいに。
        
     2200年後のフランス革命を見通していたかのような一節であ
    る。「国の役職が、おおむね籤できまる」などという所は、ア
    メリカで与野党が交替すると行政の役職まで総入れ替えとした
    り、日本での派閥によってポスト配分をしている様を髣髴とさ
    せる。闘争で勝ち得た権力を山分けにしているのである。
    
     古代の民主政(デーモクラテイア)にしても、現代の民主主
    義(デモクラシー)にしても、国内の対立闘争を前提とした制
    度であり、その抗争が高じて勝つためには手段を選ばなくなる
    と、ロベスピエールやヒトラーが生まれてくる。選挙や多数決
    というのも、この国内対立を話し合いで解決するというより、
    決着をつけるための平和的な闘争手段であると見なせる。

■7.国民の先頭に立って神に祈る王■

     この「クラティア」という表現は、紀元前5世紀頃に出現し
    た比較的新しい言葉であって、それ以前に「治める」という意
    味で使われていたのは、「アルケイン」であった。これはもと
    もと「引率する」「指導する」という意味であって、「モナル
    キア(君主制)」とは、モノ(一人の人間)が、国民の先頭に
    立って(アルケイン)、ひざまづいて神に共同体全体の安寧を
    神に祈るという体制であった。そこでは、王と国民は対立する
    のではなく、共に神の方に向いている。
    
     西欧では国家国民を私有財産と見なす国王に対して、反発し
    た民衆が王権との対立抗争の末に戦いとったのが「国民主権」
    であり、それが近代民主主義の始まりであった。王が力を持っ
    て民衆を抑える「クラテイン」と、王が国民の先頭に立って神
    に祈る「アルケイン」はまったく別のものだ。
    
     現代の西洋の王室は、再びこの「アルケイン」を役目とする
    古代ギリシャの「モナルキア」に戻った。国家の中心に国民全
    体の幸福を祈る王がいる時、いろいろな意見の対立はあっても、
    政治の究極の目的は国民全体の福祉を実現することだ、という
    共同体意識が生まれる。この共同体意識があってこそ、民主主
    義の対立抗争という前提が和らげられて、国民全体の衆知を集
    める、という本来の長所を発揮する。
    
     英国や、オランダ、スウェーデン、デンマークなど、安定し
    た民主主義国でモナルキア(君主制)を採用している国が少な
    くないのも、このためであろう。逆に国民の共同体意識が薄弱
    な所で、民主主義を形式的に導入しても、安定せずにクーデタ
    ーの繰り返しになることが多い。

■8.「知らす」と「うしはく」■

     興味深いことに、わが国の古代でも「クラテイン」と「アル
    ケイン」によく似た区別が行われていた。古代の大和言葉で
    「うしはく」とは、国家国民を私有財産として領有することで
    あり、これは王が力によって国を治める「クラテイン」に通ず
    る。逆に「知らす」とは、国民の生活の実態をよく知って、心
    を寄せることであった。わが国では古来から政治を「まつりご
    と」と呼びならわしてきたのも、政治とはまず神をお祀りして
    国民の安寧を祈ることであったからである。これはまさしく国
    民の先頭に立って神に祈る「アルケイン」そのものである。
    
     昭和天皇が病床においても米の出来を心配された事が伝えら
    れると、国民の間に静かな感動をよんだが、これは陛下の個人
    的人徳というよりも、古代からの「知らす」事を理想とする皇
    室伝統が現代に現れたのである。[c,d]
    
     大正末期から、昭和の初めにかけて駐日フランス大使として
    日本に滞在したポール・クローデルは、20世紀象徴主義を代
    表する詩人と言われているが、「天皇は帝国を治めていない。
    それに耳を傾けているのである」と言う言葉を残している。こ
    の「耳を傾けている」とは「知らす」ことそのままである。皇
    室伝統の本質を一言で掴みだした詩人の鋭い直観には驚かされ
    る。[2]
    
■9.「国民統合の象徴」の意味■

     こう考えると、民主主義の最大の機関である国会がその開催
    の冒頭において、天皇が御言葉を述べられる、ということの意
    義が明らかになってくる。国会が党利党略の対決、さらには乱
    闘や牛歩戦術に象徴されるような物理的力の対決であっては、
    闘争を前提とする民主主義の欠陥が前面に出てしまう。
    
     国会議員も党派はどうあれ、お互いに共同体の代表として、
    国民全体の幸福を実現することが共通の使命である、という自
    覚があってこそ、建設的な議論によって衆知を集めることが可
    能となる。常に国民の安寧を祈られている天皇を国会にお迎え
    して、その冒頭で御言葉を聞くというのも、この自覚を再確認
    することに他ならない。[e]
    
     国家の中心に、常に無私の心で国民全体の安寧を祈る皇室を
    仰ぐ、という事は、わが国の民主主義が健全に発展するための
    基盤になる。そう気づけば、国民主権を前文で「人類普遍の原
    理」と説く日本国憲法が、冒頭第一条で「天皇は、日本国の象
    徴であり日本国民統合の象徴」と定めたことの深い意味が明ら
    かになろう。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(058) 自画像を描く権利
b. JOG(096) ルーズベルトの愚行
c. JOG(120) 「心を寄せる」ということ
d. JOG(112) 共感と連帯の象徴
e. JOG(082) 日本の民主主義は輸入品か?

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 長谷川三千子、「民主主義とは何なのか」★★★、文春新書、
   H13
2. ポール・クローデル、「天皇国見聞記」★★、新人物往来社
   H1
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「民主主義・再考」について

     私は大学院で経済学から見た民主主義、最近西欧諸国で第一
    党を確保している社会民主主義に関して研究しております。

     全体主義が現れたのは、その当時の民主主義全てに原因があ
    り、そのことを研究しようとする人間は=極右であるというレ
    ッテルを貼るのは、物事を狭い視点でしか捉えることを許さな
    い、逆の意味での「全体主義」なのではないのでしょうか(こ
    の使い方に問題があるのは、十分承知の上です)。
    
     民主主義とは一体何か、どのような種類がありどのような見
    解があり、そして今だ根付いたとは言えない日本に、日本に特
    有の、適合的な民主主義を確立させるという問題意識のもとに、
    広い視点を持ち、偏った主観的な見解で物事を判断してしまう
    私たち人間のおろかさに、真っ直ぐ向き合うことの大切さを訴
    えることが、私たち研究者やメディアの人たちの使命であると、
    あらためて思い知らされました。(中林さん)
    
     チャーチルの言葉だと思いますが,民主政治とはless evil
    なものと見るべきではないでしょうか。

     民主主義は,統治する側だけでなく,統治される側に不断の
    努力を要求する過酷な制度なのかもしれません。選挙で選んだ
    政治家や,役人の行動を監視し,常に国内情勢や世界情勢に目
    を配り,どのような選択肢が最も望ましいのかと言うことにつ
    いての見識を持つ必要があります。選挙で選ばれた政治家に任
    せると言うような態度や,政治向きのことはお上にお任せと言
    うような無責任な態度では本当の意味の民主主義は機能しない
    でしょう。

     人間が集団で生活する以上は時として自分の考えとは異なる
    方向に行かざるを得ないこともあるでしょう。集団の構成員の
    99%が右を選んでも,実は左が正解であったと言うこともあ
    るはずです。そのとき,99%を批判し,システムの欠陥をあ
    げつらうことは容易ですが,実はこれが運命共同体と言うもの
    の本質だと思います。国家は時として重大な判断の誤りを犯し,
    国民に悲惨な経験をさせます。しかし,国家が運命共同体であ
    る以上,その構成員は国家の決定に従うしかないのでしょう。
    とすれば,意思決定の過程で構成員の意見が反映し易い民主主
    義は他の如何なるシステムよりは優れていると言わざるを得な
    いと思います。(田辺さん)

■ 編集長・伊勢雅臣より

     中林さんのような志をもった青年が輩出することを願ってい
    ます。田辺さんの深い御洞察には、教えられる所大でした。

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