[トップページ][平成9年下期一覧][地球史探訪][210.755 大東亜戦争:アジア解放][225 インド]
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        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (2)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成9年9月12日 447部発行
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_/_/     地球史探訪:国際社会で真の友人を得るには
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/   1.日本への感謝
_/_/   2.藤原機関
_/_/   3.インド国民軍の創設とチャンドラ・ボース
_/_/   4.インド独立
_/_/   5.復権するボース
_/_/   6.巨大な友邦
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■1.日本への感謝■

 金では真の友人を得られないのは、個人レベルでも、国際社会で
も同じである。日本が厖大な経済援助を行っている中国の、我が国
に対する姿勢を見れば、この事は明らかである。

 真の友人を作るのは、共に汗を流し、そして時には、血を流さね
ばならない。これが国際派日本人の知るべき原則である。

 インド独立50周年を記念して、日印親善協会により全国5会場
で「インドの夕べ」が開催された。東京では、8月2日代々木公園
野外ステージで行われ、約8千人もの人が参加した。

 インド側代表の最高裁弁護士ラケッシュ・デヴィーディ氏は「イ
ンド独立の為に日本人が共に血を流してくれたことを忘れま
せん」と、大戦中の日本の行動を賞賛した。[1]

 こういう挨拶を聞いてほとんどの日本人はびっくりするであろう。
しかし、皆さんにもしインド人の学生やビジネスマンとつきあう場
ができたら、ぜひ以下の歴史的事実を語り合って、友情を育んで欲
しい。

■2.藤原機関■

 昭和16年9月、日米交渉が行き詰まり、対米英戦争が避けがた
い状況になった時、大本営参謀藤原岩市陸軍少佐は、マレー半島で
のイギリス軍の中核を占めるインド兵に対し、投降工作を行い、そ
れを将来のインド独立の基盤とする事を命ぜられた。そこで5名の
将校を加えた藤原機関が発足した。

 開戦後、日本陸軍がイギリス軍をなぎ倒して、破竹の勢いでマレー
半島を南下していった。そこにイギリス軍の一大隊が、退路を断た
れ、孤立しているとの情報が入った。イギリス人の大隊長を除き、
中隊長以下、すべてインド人との事である。

 藤原少佐は、一切武器を持たずに、この大隊を訪れ、大隊長に対
し、投降を勧めた。これで200名のインド投降兵の身柄を預かっ
たのだが、この中に、やがてインド国民軍の創設者となるモハンシ
ン大尉がいた。

 藤原少佐は、インド兵達と共にインド料理を手づかみで食べ、彼
らを驚かせた。イギリス軍の中では、こうした事は決してなかった
からである。これを機に、藤原少佐はモハンシン大尉に、この戦争
が長年、欧米に支配されてきたアジア独立の絶好の機会であり、
インド投降兵を組織して、インド国民軍を創設すべき事を説いた。

■3.インド国民軍の創設とチャンドラ・ボース■

 こうして昭和16年12月末に発足したインド国民軍は、各地で
イギリス軍中のインド兵を説得して、次々と自軍に加え、シンガポー
ル陥落時には、数万人の規模に