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[トップページ][平成18年一覧][Common Sense][316 人権][370 教育]

■■ Japan On the Globe(442)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

         Common Sense: 「科学から空想へ」
                         〜 現代日本の教育思想の源流

                「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など
                の教育思想の源泉にある「空想」。
■転送歓迎■ H18.04.23 ■ 34,168 Copies ■ 2,033,635 Views■

■1.「近代教育学の祖」ルソー■

    「近代教育学の祖」と言われるジャン・ジャック・ルソーは、
    こんな「自然人」を理想としていた。

         (理想の人間である「自然人」の)男性と女性とは出会
        いがしらに機会があり次第、欲望に赴くままに偶然に結合
        した・・・別れるのも同じように容易だった。[1,p64]

    「理想」と言うより「空想」と言うべきだろう。ルソーは少年
    時代に、レイプしたさに、若い女性の前でズボンもパンツも脱
    ぎ捨てたため、警官に逮捕されたことがあった。そんな経験か
    ら生まれた空想だったのかも知れない。

     少年時代のルソーは、盗みや詐欺の常習犯でもあった。誕生
    時に母を亡くし、父親には10歳の時に棄てられた「一匹狼の
    浮浪児」だったからだ。ただ、他の浮浪児と違うのは、自分を
    捕らえて罰しようとする文明社会の法秩序、道徳などへの憎悪
    を「哲学」にしてしまう天才だったことだ。

         生まれたときから他の人々のなかにほうりだされている
        人間(=文明社会の中でそれに適合するように育てられた
        人間)は、だれよりもゆがんだ人間になるだろう。偏見、
        権威、必然、実例、わたしたちをおさえつけているいっさ
        いの社会制度(=文明社会の自生的制度)がその人の自然
        をしめころし(=野獣性をもつ「自然人」に成長させずに)、
        そのかわりに、なんにももたらさない。[1,p256,()内著者]

     ルソーは5人の子供を作ったが、この空想を実証すべく、み
    な生まれるとすぐに遺棄した。

     ルソーは社会の慣習や伝統への呪詛から、「わたしたちは危
    機の状態と革命の時代に近づきつつある」と期待した。その言
    葉通り、ルソーの死から11年後に、フランス革命が勃発した。
    そこでは保守的な農村がまるごと殲滅されたり、慣習に従順な
    小市民が次々とギロチンにかけられ、結局、200万人もの犠
    牲者が出た。[a,b]

■2.現代日本に息づくルソーの「教育思想」■

    「教育学の古典」と呼ばれる『エミール』で、ルソーはこう主
    張した。

         教育とは自然の性、すなわち天性に従う事でなければな
        らない。国家あるいは社会のためを目標とし、国民や公民
        になす教育は、人の本性を傷つけるものである。

     社会の道徳やルールを「子供の天性」に対する「抑圧」と捉
    えるルソーの空想は、そのまま現代日本の教育思想に息づいて
    いる。日教組の政策提言には、こんな一節がある。

         今、求められているのは、学校・教職員が担う役割とし
        て「権利の主体者である子どもたちに権利を伝えること」
        「子どもたちに主体者としての活動を保障すること」
        「(子供の権利)条約を基準にして、学校の全教育活動を
        検証すること」を実践することである。[2]

     子どもは「権利の主体者」であり、そのことを知らせ、保証
    することが学校・教職員の役割だと言う。そこには、生徒に社
    会の道徳やルールを教え込むという視点はない。そうした活動
    は子供の「本性」を傷つけ、「国家あるいは社会のためを目標
    とし、国民や公民になす教育」だからである。

■3.ジュネーブで制服着用は人権侵害だと訴えた日本の高校生■

     ルソーの著書『エミール』を、理想的な教育書として教師の
    卵たちに叩き込んでいるのは、日本のみだそうだ。[1,p259]
    そうして育てられた教師たちによって、日教組の提言は各地で
    実践されている。

     平成9(1997)年3月、京都府立桂高校では、制服導入を図る
    校長に反対する生徒たちが卒業式で「学校の主人公は生徒です」
    とのシュプレヒコールをあげた。同年10月には、ジュネーブ
    で開かれた「国連<子供の権利>委員会で、この桂高校の生徒6
    名が制服着用の校則は人権侵害だ、と訴えた。

     生徒たちだけで、こんな事ができるわけがない。日教組の提
    言に忠実な教師たちに操られていたのであろう。

     だが、ジュネーブでは国連の委員から「(制服もない)自分
    たちの国の子供に比べたら、あなたがたは格段に幸せ」(ロシ
    ア)、「スイスに来て意見が言えること自体が恵まれている」
    (スウェーデン)などと諭された。[3]

     ジュネーブはルソーが生まれ、少年時代を過ごした街である。
    そこで生み出されたルソーの空想が、200年の時間と地球半
    周分の空間を超えて、日本の高校生たちをこの地に呼び寄せた
    訳である。

■4.マルクスとエンゲルスの家族解体論■

     ルソーは子どもを躾ける家庭教育にも反対した。

         (学校教育が皆無となれば)あとに残るのは家庭教育あ
        るいは自然の教育だが、もっぱら自分のために(家庭で)
        教育された人は、ほかの人にとってどういう者になるのか。
        害悪の人間が育つ。とすれば選択肢は自然の教育しか残ら
        ない。[1,p258]

     ルソーの影響を受けたマルクスとエンゲルスは、『共産党宣
    言』で、こう宣言した。

         家族の廃止! ・・・完全に発達した家族は、ブルジョ
        ア階級にだけしか存在しない。・・・両者(ブルジョアと
        家族)は資本の消滅とともに消滅する。[1,p62]

     親が子に伝統的価値観を教える家族の存在は、共産革命の邪
    魔であった。

     この宣言を実行すべく、レーニンは共産革命に成功したソ連
    において、家族解体法を制定した。教会での結婚式や戸籍など
    という社会的形式で結婚を縛る事を否定し、愛し合う二人が愛
    情の続く間だけ一緒になっていれば良いとする「事実婚主義」
    をとった。そして近親相姦、重婚、姦通を刑法から除外した。

    「夫婦別姓」の旗手である現社民党党首・福島瑞穂氏はこれを
    賞賛して、こう言った。

         ロシア革命の後、・・・一時的であれ、事実婚主義がはっ
        きり採用されていたとは素晴らしいことだと思う。[1,p65]

    「一時的」というのは、スターリンがこの家族解体法を1936年
    に廃止したからである。堕胎と離婚の急増(1934年の離婚は37
    パーセント)、出生率の急減、婦女暴行など少年犯罪の激増、
    数百万もの孤児の発生などで、ソ連の国家社会そのものが揺ら
    いでしまったからだ。[c]

     まさに、家族を解体しようとするマルクスとエンゲルスの空
    想を実験した結果がこれであった。福島瑞穂氏の夫婦別姓論は、
    この事実婚主義を「理想」としている。

■5.ミルの「自己決定権」■

     英国社会主義の開祖と言われるジョージ・スチュワート・ミ
    ルも、ルソーの影響を受けた思想家である。ミルが著書『自由
    論』で主張した「自己決定」、すなわち、「他人に迷惑をかけ
    ない限り、自分のことは自分で決められる権利がある」という
    考え方は、現代日本でも「援助交際」(女子中高生による売春)
    を弁護する理論として使われている。

     ミルは人妻であったハリエット・テイラーの愛人となり、そ
    の夫や子供たちと共棲する一妻二夫関係の異常な家族を築いた。
    当時の英国社会はこの行為に対してごうごうたる非難を浴びせ
    たのだが、それに反駁するためにミルが持ち出したのが、「他
    人の自由を侵害しない限り何をやっても良い」という自己決定
    の概念であった。その主張は、ルソーと瓜二つである。

         単に慣習であるが故に慣習に従うということは、人間独
        自の天賦である資質のいかなるものをも、自己の裡に育成
        したり発展させたりしない。[1,p150]

■6.中学生に「性の自己決定権」■

     ミル自身は、未成年には「自己決定権」を与えるべきでない
    と主張したが、これを「性の自己決定権」として子供にも適用
    しようとしているのが、現代日本の過激な性教育である。

     その始まりは、吉祥女子中・高(東京都武蔵野市)の副校長
    だった山本直英氏らが昭和57年に設立した「“人間と性”教
    育研究協議会」(性教協)だろう。山本氏は戦前の共産主義者
    で「結婚制度は奴隷制」とした山本宣治を支持し、それまでの
    道徳主義型性教育や生徒指導型性教育を否定して「科学・人権
    の性教育」を掲げた。

     氏は「私の性器だから、自分がどう使おうと自由です・・・
    いつ、誰と、どうやって使うかも自由です」と主張。その「自
    己決定能力」を養うために小学校から性器や性交について教え
    るべきだとして、副読本に性器の詳細な図を掲載したり、人形
    を使った性交の実践授業を行った。[4]

     こうした過激な性教育の最大規模の実践は、厚生労働省所管
    の財団法人が中学生向けに130万部も作製・配布した小冊子
    『思春期のためのラブ&ボディBOOK』であろう。そこでは
    「(赤ちゃんを)産むか産まないか」は「自分で考え、自分で
    決めることが大事だ」と「性の自己決定権」を教え、さらに
    「ピルをきちんと飲めば避妊効果は抜群」などと勧めている。
    これは国会でも問題になり、さすがに一部の良識ある教育委員
    会は配布を差し止めた。[5]

■7.「個性重視の原則」■

     ミルが「自己決定」を擁護するために、さらに主張したのが、
    それが人間の「個性の発揮」を助長し、「幸福」や「進歩」を
    もたらすという事であった。

         個性が自己を主張することが望ましい・・・他人の伝統
        や慣習が(自己の)行為を規律するものとなっているとこ
        ろでは、人間の幸福の主要なる構成要素の一つが欠けてい
        るし、また実に個人と社会との進歩の最も重要な構成要素
        が欠けている。[1,p242]

     この「個性重視」は、現代日本の教育界で批判を許さない絶
    対原則となっている。それを最初に打ち出したのが、臨時教育
    審議会の第一次答申(昭和60年)である。そこでは「教育改
    革の基本的方向」の冒頭に「個性重視の原則」を掲げた。

         今次教育改革において最も重要なことは、これまでの我
        が国の教育の根深い病弊である画一性、硬直性、閉鎖性、
        非国際性を打破して、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自
        律、自己責任の原則、すなわち個性重視の原則を確立する
        ことである。[1,p220]

     この答申が直接下敷きにしたのは、ミルというより、アメリ
    カの教育哲学者ジョン・デューイであろう。デューイの「個性
    尊重」は戦前から日本の教育界で高く評価されていた。

■8.ソ連の未来をバラ色に夢想したデューイ■

     このデューイもまたミルと同様の社会主義者であった。スタ
    ーリン独裁下のソ連を旅して、ひたすら称賛と感嘆の言葉に満
    ちた印象記を残している。たとえば、レニングラードで見た浮
    浪児の収容学校を参観して:

         私は未だかつてこれほど聡明な、幸福そうな、そして理
        智的に作業している、かくも大勢の児童を見たことがない。
        ・・・物事を完成せしめずにはおかない彼らの揺るぎない
       (共産主義の)信念に対して、感銘せずにはいられなかっ
       た。[1,p228]

     その結果、デューイはソ連の未来をバラ色に夢想した。

         労働者が産業や政治を支配する時、すべてのものは自由
        に心ゆくばかり文化生活に参与しうるようになるだろうと
        いうことである。[1,p228]

     デューイの個性とは、盲目的に慣習に従うのではなく、共産
    主義への「揺るぎない信念」に満ちて、集団作業に邁進してい
    る子供たちの姿であったようだ。しかし、そうして育ったソ連
    の子供たちが、どれだけ「自由に心ゆくばかり文化生活に参与
    し」、本来の個性を発揮して、社会全体の「幸福」や「進歩」
    を実現したのか?

     ミルの「一妻二夫主義」などという「個性」を認めずに、伝
    統を墨守した19世紀のイギリスは、産業革命で世界をリード
    し、7つの海を支配する大帝国を築いた。「画一性、硬直性、
    閉鎖性、非国際性」という、これまでの教育の「根深い病弊」
    に覆われていた日本は、戦前も戦後も世界史に残る奇跡的発展
    を遂げている。

     近代世界史の現実を見れば、伝統に根ざして、きちんとした
    教育を行っている国の方が、はるかに個性的な人材を輩出し、
    「幸福」と「進歩」を生み出しているのである。

■9.教育の目的■

     現在の我が国の教育界を支配している「子供の権利」「自己
    決定権」「個性尊重」などといった考え方の源流を辿ると、ル
    ソーやマルクスなどの「空想」にたどり着いてしまう。

     その共通的な構造は、社会の伝統や慣習、規範を「子供の天
    性」や「子供の権利」を抑圧するものとして罪悪視し、子供た
    ちに反抗させて、革命の予備軍を育てる、というものである。
    その目的は革命の実現であって、子供たちは革命のための将棋
    の駒に過ぎない。

     そんな革命が実現したソ連のような国々では、国民の「幸福」
    も国家の「進歩」も実現できずに衰亡している。19世紀のイ
    ギリスの思想家サミュエル・スマイルズは著書『品性論』でこ
    う述べた。

         国民全体が、名誉、秩序、従順、貞節、忠誠、の美徳を
        過去の遺物に過ぎないと思うとき、国家は死に至る。この
        救済方法はただ一つ、各国民が品性を回復することである。
        [1,p20]

     この「救済方法」の柱が、子供の品性と能力を育てる真の教
    育を回復することである。それが本人の幸福と、国家全体の隆
    盛を招くことは、19世紀の大英帝国が実証している。[d]
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(058) 自画像を描く権利
    フランス革命と明治維新
b. JOG(188) 人権思想のお国ぶり
   「造花」型のフランス革命は200万人の犠牲者。「根っこ」
   型のイギリスは無血の名誉革命。
c. JOG(006) Fact Finding と Logical Thinking
    夫婦別姓派の事実把握と論理的思考を問う
d. JOG(184) セント・ポール大聖堂にて〜大英帝国建設の原動力
    そこここに立つ偉人の彫像や記念碑は、未来の「精神の貴族」
   を育てる志の記憶装置である。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 渡部昇一、中川八洋『教育を救う 保守の哲学』★★、
   徳間書店、H15
2. 日本教職員組合ホームページ
  「政策提言 02 子ども参画・学びの共同体としての学校改革」
3. 産経新聞「【主張】高知こども条例 議会の見識を示した修正」、
   H16.07.27
4. 産経新聞「性教育 日本はコンドーム奨励 “性交の自由”
   主張の教師集団も」、H14.12.16 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「科学から空想へ」に寄せられたおたより

                                               門田さんより
    「子供の人権」とは子供に大人の人権を与えることではなく、
    あくまでも社会的存在としての責任を負える人間になるべく、
    教育や保護を受ける権利を持つ存在としての「子供」たちのこ
    とであるはずなのに、それを意図的に曲解する大人の恥知らず
    の行為は非難されてしかるべきです。

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「子供の人権」を声高に叫ぶ人々が子供の健全な成長を阻害す
    るのは、平等を謳う共産主義国家が巨大な権力格差、経済格差
    を生み出しているのと同じ「自己矛盾」ですね。
■「科学から空想へ」に寄せられたおたより

                                           トーマスさんより
     この稿の結びに『この「救済方法」の柱が、子供の品性と能
    力を育てる真の教育を回復することである。それが本人の幸福
    と、国家全体の隆盛を招くことは、19世紀の大英帝国が実証
    している』とあり、イギリスの「貴族の精神」について触れら
    れていました。

     1908年に刊行され当時の子どもたちのベストセラーとなった
    『スカウティング・フォア・ボーイズ』をご存知でしょうか?
     ボーア戦争での英雄ベーデン・パウエルの著で、ボーイスカ
    ウト運動発祥のきっかけとなった本です。和訳はボーイスカウ
    ト日本連盟(http://www.scout.or.jp/)で販売されています。

     貴族の精神を貴族社会に留めず、労働者階級にも浸透させ、
    世界中に広めたのではないかと、改めてこの本の歴史的な意義
    を感じました。ボーイスカウト運動は100年にわたる青少年
    教育として、これまでに2億5千万人の若者が経験したと言わ
    れています。しかし、社会一般にはどのように映っているので
    しょうか? 関係者の関係者による仲間づくりで終わっている
    のでしょうか?  またアメリカ一辺倒に見える現代の日本で
    は、貴族の精神は過去の遺物になりつつあると思います。スカ
    ウト運動に携わりながら、そんな寂しさを感じていますが、先
    生にはボーイスカウト運動をどのように観ていらっしゃるか、
    ご指導いただければ幸いに存じます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     ボーイスカウトが元旦に実施している国旗掲揚式を見学した
    ことがあります。各国の青少年に、自国の国旗を尊重すべきこ
    とを教えている事だけでも、ボーイスカウトが本物の教育だと
    感じました。年頃の少年少女をお持ちの方は、ぜひ近所のボー
    イスカウト、ガールスカウトを見学されてはどうでしょうか。
    本物の人間教育が見つかるでしょう。
 

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