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■■ Japan On the Globe(447)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

     Common Sense: 「おばあさん」がいるのは人間だけ!?
    
                 繁殖に貢献しないおばあさんは、他の動物には
                いないのに、なぜ人間にだけ存在するのか?
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■1.動物には「おばあさん」はいない■

    「おばあさん」がいるのは人間だけ、と言われたら、驚くだろ
    う。動物には「おばあさん」はほとんどいない。ここでいうお
    ばあさんとは出産可能年齢を過ぎた女性の事だ。いまどき元気
    な50歳代を「おばあさん」と呼んだら叱られそうだが、生物
    学の専門用語としてお許し願いたい。

    「おばあさん」がいるのは、当たり前だと我々は思いこんでい
    るが、動物の世界では、これはきわめて特殊な事だという。た
    とえば人間にもっとも近いチンパンジーも含めて、他の動物は
    すべて出産可能年齢を過ぎると、まもなく死んでしまう。だか
    ら「おばあさん」がいるのは人間だけなのである。

     進化的に見ると、「おばあさん」がいるというのは、きわめ
    て不思議な現象である。生物は繁殖して子孫を残してこそ存続
    していく。子供を産めない「おばあさん」は種の存続に貢献す
    ることができないので、動物では繁殖ができなくなったメスは
    すぐに死んでしまうのである。

     ところが進化の最も進んだ人類にのみ「おばあさん」がいる。
    という事は、「あばあさん」の存在が人類という種の存続に何
    か大きな役割を果たしているのではないか、と一部の進化学者
    は考えるのである。

■2.おばあさんの知恵と経験■

     その仮説とは次のようなものである。女性が自らの繁殖から
    解放されたあと、その知恵と経験を生かして自分の娘や血縁者
    の子育てを援助することにより、結局は「繁殖成功度」を上昇
    させることができたからではないか。「繁殖成功度」とはいか
    めしい用語だが、子供を無事に産み、育てることのできる確率
    という事だろう。

     この仮説を唱えた人類学者のクリスティン・ホークスは、ア
    フリカのタンザニアに住む採集狩猟民であるハッザの人々の間
    で、おばあさんの存在がどれほど若い母親となった娘の繁殖を
    助けるかを詳しいデータをあげて検証している。

     おばあさんは、知恵と経験で、採集の難しい根茎などの食物
    を効率よく集め、母親が一人で採集できるよりも多くの食物を
    もたらす。また、赤ん坊の世話をすることで母親の労力を軽減
    し、母親の活動性を高める。

     さらに子供の病気にどう対応するか、夫や他の家族との葛藤
    をどう乗り越えるかなど、おばあさんの持っている暮らしの知
    恵がもたらす利益は大変に大きい。これは三世代同居している
    家族なら、誰でも経験している事だろう。

■3.おばあさんが種の繁栄をもたらす■

     この「おばあさん仮説」を支持する事実が、[1]にいくつか
    紹介されている。

     たとえば、人間にもっとも近いチンパンジーと比べてみると、
    人間の方が体が大きく、また寿命も長い。しかし、母親の出産
    間隔はチンパンジーの5年に対して、人間では現代人で2年、
    原始的な生活を営む採集狩猟民でも4年と短い。そして一年間
    に生む平均的なメスの数では、チンパンジーの0.087に対
    して、人間は0.142と、1.62倍も多い。

     通常、体の大きな動物ほど、寿命が長く、出産間隔も長く、
    一年間に生む子供の数も少ないのだが、人間は体の大きい割に、
    出産間隔は短く、多くの子供を産む。この繁殖力の強さが、人
    類の急速な増加の原因だが、これも何もかも一人(一匹?)で
    こなさなければならないチンパンジーに比べ、人間は、おばあ
    さんの手助けで、若い母親の負担が大幅に軽減されるから、と
    考えると、納得がいく。

     もう一つの興味深い事実は、ゴンドウクジラである。ゴンド
    ウクジラは人間以外で唯一、子供が産めなくなったメスが長生
    きする動物であるらしい。そして、ゴンドウクジラもやはり血
    縁集団で暮らし、おばあさんが娘の繁殖を助ける機会を豊富に
    持っている、という。

■4.人間には歳を取った個体を大事にするという特色がある■

    「情報」という観点から人間や社会を考える「情報学」を研究
    している東京大学大学院・西垣通教授は、この「おばあさん仮
    説」に賛同して、こう言う。

         僕は、人間には歳を取った個体を大事にするという特色
        があるんじゃないかと思うんです。ほかにそういう動物が
        いるかもしれませんが、比較的少ないのではないでしょう
        か。

         歳を取ってくると、体力も衰えるし、多くの動物では仲
        間外れにされるというか、少なくともリーダーからは外れ
        るんですけど、人間の場合には長老のような存在がむしろ
        重んじられる。[1,p76]

     これは人間の脳が発達して、時間軸の広がりを得たからだと、
    西垣教授は考える。例えば、この木は暑さがやわらぐ頃に実が
    なった、という過去を覚えていると、来年のその頃にはまた実
    がなるだろうと予測できる。こうした記憶と予測によって、人
    間は生存上、ずいぶん有利になった。

     未来の予測のために、過去の記憶を利用するようになると、
    「経験」がものを言う。そこから「経験」を豊富に持っている
    長老やおばあさんを大事にする、という人間の特性が生まれる。

     おばあさんの場合でも、娘の出産・育児を物理的に手助けす
    るだけでなく、赤ん坊が熱を出したらこうしたら良い、という
    ような経験から来る知恵が大きな助けとなる。
    
     また長老が長い人生経験から得た知恵、たとえば、いつ頃、
    どこへ行ったら、どんな木の実がとれる、とか、部族内の争い
    の仲裁はこうやるのだとか、という知恵が一族の繁栄を大きく
    助ける。

■5.人間だけが積極的な教育をする■

     この「経験による知恵」を次の世代に伝えることが「教育」
    であるが、これに関して、人類学者の長谷川眞理子・早稲田大
    学教授は次のように語っている。

         動物の研究をいろいろ見ていますけど、積極的に教育を
        する動物ってほとんど存在しないと思います。みんな観察
        学習はするんですね。自分という個体が何かをするときに、
        他の個体が何をしているかということからヒントを得る。
        でも、それも完全な模倣学習はほとんどできないらしいん
        です。自分も同じものにさわってみるとか、そういう現象
        はいろんな動物で見られますが、積極的に「ああせよ」
        「こうせよ」と指示するとか、「それをしてはいけない」
        とか、そういう教育する動物は他にないと思います。
        [1,p85]

     人間だけがする教育によって、人間自身が大きく変わっていっ
    た。

         教育のおかげで、いろんなことが効率よくできて積み重
        ねもできる。前の世代が持っていた知恵を次の世代に伝え
        ることによって、次の世代はそこから出発できますよね。
        人間の個人それぞれが知恵の全部を発見しなくてもやりた
        いことができるという意味で、その蓄積の速度というのは
        ものすごい力だと思うんです。

     人間だけが高度な文化文明を持ち得たのも、この積極的な教
    育のお陰だろう。

■6.チンパンジーは社会関係の調整に忙しい■

     長谷川教授がチンパンジーを観察していて発見したのは、彼
    らは集団の中で常に他者との関係に気を使わねばならないので、
    大変だ、という点である。赤ん坊におっぱいをやっていても、
    近くで他のチンパンジーの悲鳴が聞こえると中断して、あたり
    を見回す。自分に関係の近い者の発した悲鳴であったら、現場
    に駆けつけて、相手をなだめたり、けんかの加勢をしなければ
    ならない。

     自分より順位が上のチンパンジーが近づいてくれば、「挨拶」
    をしに駆けつけなければならない。自分よりも下の者が来れば、
    将来の利益を考えて、威嚇するか、無視するか、仲良くするか
    を決めねばならない。

     誰が自分より順位が上か下か、誰と誰の喧嘩は自分の社会関
    係に影響を与えるのか与えないのか、チンパンジーは社会関係
    の調整を考えるのに本当に忙しい。

     こうしたストレスのもとで、常に周囲に注意を向けていなけ
    ればならない、という事が、彼らの出産や育児には、大きなマ
    イナスとなる。これに比べれば、母親がおばあさんに助けられ
    て、赤ちゃんに注意を集中できるという事は、非常に「贅沢」
    なことなのである。

■7.「思いやりの脳メカニズム」■

     なぜ、人間には「注意の集中」という贅沢が許されるのか。
    これに答える仮説の一つは、人間が他者が何を感じているのか、
    何を考えているかを、無意識のうちにも推測しながら社会関係
    を営んでいるから、というものである。

     たとえば、ガミガミとうるさい部長が近づくと、部下たちは
    ビクビクして目の前の仕事への「注意の集中」が許されない。
    しかし、部長が何をどう感じ、考えているのか、を推測できれ
    ば、そのストレスはかなり軽減される。たとえば、いつも鬼瓦
    のような顔をしている部長が、今日は目元が笑っていると表情
    を読めれば、「何か良いことでもあったのかな。今日は叱られ
    ないで済みそうだ」などと考えて、仕事に没頭できる。

    このように人間が他者の心の動きを推測したり、表情から現
    在の心の状況を把握したり、という事ができる能力を「心の理
    論」という。この用語はいかにも英語からの直訳的で日本人に
    は分かりにくいので、ここでは「思いやりの脳メカニズム」と
    言い換えさせていただこう。「共感」とか「惻隠の情」も、こ
    の脳メカニズムからもたらされる。

     人間とは違って、チンパンジーは「思いやりの脳メカニズム」
    を持っていない、あるいは、持っていてもきわめて萌芽的なレ
    ベルだという。という事は、怒りっぽいボス猿が来ても、何に
    どう怒るのか、まったく理解できず、また今日は機嫌が良いの
    か悪いのかも分からない。ボスがどう出るのかに、常に全身の
    注意を振り向けなければならない。突然、「キーッ」と怒鳴ら
    れたりしたら、原因も分からないまま、尻尾を巻いて逃げるか、
    頭を伏せて恭順の意を示すか、しなければならない。これはか
    なりストレスのかかる状況だろう。

     集団が大きくなるほど、集団内の様々な他者との関係で、こ
    ストレスは大きくなる。だからチンパンジーは小さな集団でし
    か生きていけない。

     人間の方は、「思いやりの脳メカニズム」を働かせれば、もっ
    と大きな集団の中でも、ずっと少ないストレスで生きていける。
    当然、集団が大きいほど、外敵からの防衛にも、分業化しての
    食料調達にも有利となる。こうして人間は「思いやりの脳メカ
    ニズム」があるがゆえに、大きな社会集団を作ることができる
    ようになり、また集団が大きくなるにつれて、ますます「思い
    やりの脳メカニズム」を発達させていった。こうして人間の脳
    は、他の動物とは比較にならないほど発達した、というのが
    「社会脳」仮説である。人間がなぜ大きな脳をもっているのか、
    という疑問に対する仮説としては、現在もっとも有力なもので
    ある。

■8.「思いやりの脳メカニズム」と国家■

    「己の欲せざる所を人に施すなかれ」というが、これができる
    のも、人間が「思いやりの脳メカニズム」を持っているからだ
    ろう。他者の心の動きを思いやることができるからこそ、自分
    が嫌がる事は、他者も嫌だろうと、推察できるのである。

     ここから、「明るい笑顔で挨拶されたら嬉しかったので、自
    分もきちんと挨拶しよう」というような礼儀作法、「自分の物
    を盗まれるのはいやだから、他人の物も盗んではいけない」と
    いう道徳が発達していく。法律は、この道徳を皆で守ろうとい
    う社会全体の約束である。

    「思いやりのメカニズム」から礼儀作法、道徳、法律が発達し、
    これらの文化・文明によって、人間は見知らぬ無数の人びとと
    連帯して国家を構成することができるようになった。この歴史、
    伝統、文化・文明を共有する人々への愛着が、郷土愛や祖国愛
    となる。その愛が、郷土や国家を守り、発展させていく。

     動物には国家は作れない。「思いやりの脳メカニズム」が最
    高度に発達した人間だけが、国家を持てるのである。

■9.「人間らしさ」を伸ばす教育■

     おばあさんや先祖の知恵、すなわち歴史と伝統を尊重する心、
    そしてそれを次世代に積極的に伝えるための教育、これらをタ
    テ次元の心の広がりとすれば、「思いやりの脳メカニズム」に
    から発達した道徳、郷土愛・祖国愛はヨコ次元の心の広がりと
    言える。

     人間は、こうして心の次元をタテ・ヨコに広げながら、進化
    してきたのである。そして、この精神的な進化と並行して、お
    ばあさんの寿命が伸びたり、脳が大きくなったりというような
    肉体的進化も進んできた。こうした肉体的・精神的進化の結果
    が、他の動物とは違った「人間らしさ」を形成している。

     こう考えると、最近成果を上げている教育改革の本質が、こ
    れらの「人間らしさ」に根ざしたものであることが分かる。た
    とえば、本誌300号では親が家族のために頑張っている姿に
    子どもが感動し、そこから自分も家族や他の人のために何かし
    てあげたいと思う姿を紹介した[a]。子供の「思いやりの脳メ
    カニズム」を発達させることによって、人間として成長ももた
    らされるのである。

     また茨城県取手市の江戸川学園では「人格を磨けば学力は伸
    びる」 という教育方針のもと、勉強にスポーツに大きな成果
    をあげている。この「人格」の主要素が「思いやり」である[b]。

     教育の場でこうした真の人間らしさを追求することで、先人
    に感謝し、郷土と祖国を愛し、思いやりに満ちた人間を作って
    いく。それが成功しているのは、こうした教育が人類の進化の
    方向とも合致しているからだろう。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(300) 日本を救う子供たち
    作文集「この子供たちが日本を救う!」に見る立派な子供た
   ちの姿とその育て方。
b. JOG(327) オヤジたちの教育改革
    オヤジたちが教育の正常化のために、連帯して立ち上がった。
c. JOG(275) イチロー少年の育て方
    現代の脳科学が明らかにする、やる気のある子の育て方、教
   育荒廃の防ぎ方。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 長谷川眞理子『ヒト、この不思議な生き物はどこから来たのか』★★、
   ウェッジ選書、H14


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「『おばあさん』がいるのは人間だけ!?」に寄せられたおたより
  
                                           クッシーさんより
     50歳半ばの独身女性です。仕事をしていて縁がなく、子供を
    生み育てる経験をしないで過ごしてしまいました。人生は、そ
    れなりに面白く、悔いはありませんが、今、日本での少子化問
    題の記事をみるにつけ、その原因をつくってしまったようで、
    心苦しい気もチョッピリいたしております。
 
     私の友人など、周りにも独身が多く、若い人たちも独身、あ
    るいは結婚していても子供のいない人たちがたくさんいます。
 
     私の経験から、私の能力では、仕事と結婚、子育てを両立し
    ての生活というのは、とても考えられませんでした。おそらく
    全てが、中途半端になってしまったと思います。
 
     一方、日本の少子化問題も、重要課題だと考えます。
 
     けれど、若い人たちに、仕事も子育ても頑張りなさいとか、
    子供の数が少なくなっているのだから仕事は辞めて、子供を育
    てなさいとは、自分がその選択をしなかったのですから、とて
    も言えないというジレンマがあります。
 
     そんな時、この記事を読んで「おばあさん」の役割というの
    は、とても興味深く思いました。団塊の世代が定年を迎えます。
    血が繋がっている狭い意味での「おばあさん」ではなく、大き
    な意味での「おばあさん」、すなわち、私のように結婚、出産
    の経験がなくとも、別の世界での経験のある「おばあさん」が、
    若いひとたちの手助けになるような役割が、今後の日本に求め
    られているのかなと考えてみました。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     血縁がなくとも、「おばあさん」役が果たせるというのも、
    人間だからこそ出来ることでしょう。

                                               Pineさんより
     人物探訪へ登場するひとを観て思います。人の上に立つ人が
    どのような人でなければならないのか。西洋文明は自分の欲を
    満たすために努力することで発展しています。

    対する、「日本のこころ」は、自己犠牲の精神。日本の「公に
    奉ずる」こころとは、祝詞(直き正しき・・・・世のためひと
    のために)を起因として生まれたのでしょうか。自分の欲のた
    め(私心)ではなく、社会のため他人のために尽くすこころが、
    まわりまわり、めくりめぐって、自分の周りの人に、自分へ、
    子孫へと返ってくるんだということでしょう。この「日本のこ
    ころ」を教育・伝道する場が必要と思います。

    祝詞「神社拜詩」「掛けまくも畏き(何々)神社の大前を拜み
    奉りて恐み恐みも白さく大神等の広き厚き御恵を辱なみ奉り高
    き尊き神教のまにまに天皇を仰ぎ奉り直き正しき眞心もちて誠
    の道に違ふことなく負ひ持つ業に励ましめ給ひ家門高く身健に
    世のため人のために盡さしめ給えと恐み恐みも白す」

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「世のため人のために」という事が、「思いやりの脳メカニズ
    ム」に通ずるのでしょう。古代からこういう事を直感的に感じ
    取っていた我が先人たちの「直き正しき眞心」には驚かされま
    す。 

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