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■■ Japan On the Globe(453)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

       Common Sense: 国際紛争における"Show the flag"
    
                「旗幟を鮮明にする」ことが、同盟国の信頼を
                増し、国際社会に「侮れない国」との評価を生む。
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■1.「見事な第一打」■

     1990(平成2)年8月2日、戦車350両を中心とするイラク
    軍機甲師団10万人がクウェートに侵攻した。5日、日本の大蔵
    省は、イラク、クウェートからの石油輸入停止、輸出や資本取
    引の禁止、経済協力の凍結などの経済制裁措置を発表した。

     橋本龍太郎・大蔵大臣の指示によるものだった。米国のダン
    ・クエール副大統領は、得意のゴルフに喩えて、日本の迅速な
    対応をこう評した。

         第一打がティー・グラウンドからまっすぐフェア・ウェ
        イのど真ん中に飛んできたのには驚いた。しかもかなりの
        飛距離じゃないか。

     しかし、この評価のあとは、こう続けた。

         ただし、よかったのはドライバーだけだった。その後は、
        いつものようにスロープレイだったな。[1,p138]

     今回の北朝鮮のミサイル発射もそうだが、こういう国際的な
    紛争では、各国のマスコミ報道や国民感情が様々に入り乱れて、
    劇場のごとき様相を呈する。その中で各国は観衆の目を意識し
    ながら、演技を演じなければならない。

     湾岸戦争は、日本政府がこの演技において大失態を演じた舞
    台だった。その愚を繰り返さないためにも、その原因を振り返っ
    ておこう。

■2.海部首相による中東五カ国歴訪を中止すべきか■

     イラクの侵攻直後、外務省は予定されていた海部首相による
    中東五カ国歴訪の中止をほぼ固めていたが、ワシントンの日本
    大使館に意見具申を求めた。同盟国アメリカも海部歴訪には消
    極的だという言質が欲しかったのである。

     大使館で行われた会議では、公使たち幹部は、首相歴訪を取
    りやめるべき理由として次の3点を挙げた。

         第1に首相が持って行くおみやげがない。日本として独
        自にできる貢献策がない。

         第2に、行けばかならず先方から荷物を背負わされる。
        財政貢献のみならず、軍事分野での協力を求められる恐れ
        が強く、そうなれば日本国内の世論の批判を浴びるだろう。

         第3に、総理特別機が撃墜される恐れすら無しとしない。
        西側陣営では最も脆い日本をイラクやテロリスト集団が衝
        いてくる可能性を棄てきれない。

    「いま総理が中東に出かけるより、むしろ国内にとどまって、
    各省の意向をとりまとめ、中東貢献策を一日も早く決定してい
    ただくことこそ重要だと思う」と、幹部の一人は意見を集約し
    た。

■3.「日本のポリティカル・メッセージを」■

     すると、一人の若手書記官が挑みかかるように反論した。

         いま日本として最も大切なことは、お土産をもっていく
        ことではないと思います。日本のポリティカル・メッセー
        ジを携えていくことこそ重要なのです。We are on your
        side. われわれはあなた方の味方です、と伝えるだけで十
        分ではないでしょうか。

         荷物を背負わされるというが、これだけの国際的な不正
        義を前に、われわれはいずれ荷を背負わなければならない
        のです。だとすれば、総理が自ら宣言して重い荷物を担う
        意思を宣言すべきではないのでしょうか。

         わが総理がわざわざ中東を歴訪してご用聞きをするのは
        如何なものかと、あなたがたはおっしゃるが、侵略の危機
        にさらされた国々の訴えを聞いて、いったいどこが悪い。
        日本は侵攻に抗する側に立つ、という姿勢を鮮明にするこ
        とこそ、新たな侵略を阻む抑止力となる。

         第3の点だが、サダム・フセインは戦略的、戦術的に考
        慮して、総理特別機を狙うはずがない。・・・不幸にして
        撃墜されたとしても、もって瞑すべきではないか。われら
        が総理の名は永遠に砂漠の地に刻まれるだろう。そして、
        われわれ日本人は湾岸情勢の厳しさを今さらながら噛みし
        めることになる。

     出席した中堅の参事官や書記官の多くは、この「海部行くべ
    し」論に賛成したが、ワシントンの日本大使館から発信された
    公電は、結局、幹部の慎重論を強く滲ませたものとなった。こ
    れを受けて、イラク軍のクウェート侵攻から11日目の8月
    13日、海部首相の中東歴訪延期が決定された。

     海部首相は東京にとどまったが、ワシントンの公使たちが期
    待した「中東貢献策の一日も早い決定」は実現しなかった。代
    わって中山外相が急遽、中東に派遣されたが、「現在、外相が
    中東を歴訪しているので、その結果を待ちたい」と、貢献策の
    とりまとめが遅れている言い訳に使われる始末だった。

     海部首相が中東歴訪で若手書記官の意見通りに振る舞ったら、
    千載一遇の大舞台となる所だったが、そこから逃げ出してしまっ
    たことによって、西側諸国の中で日本の立場は坂道を転げ落ち
    ていった。

■4.「魂の入っていない仏像」■

     8月30日夜9時、日本政府の第一次支援策が発表された。
    その中には多国籍軍に対する資金提供も盛り込まれていた。し
    かし、肝心の金額は明示されず、抽象的な文言が羅列されてい
    るばかりだった。在日アメリカ大使館の政務担当者はこれを
    「魂の入っていない仏像」と表現して、本国に報告している。
    「仏作って魂入れず」の訳であろう。

     実は、橋本・大蔵大臣は栗山外務次官の意見をもとに、10
    億ドルの拠出を決断していた。しかし、大蔵省の事務当局は財
    源の手当てなどの実務的な詰めを行っていたため、外務省に
    金額を正式に通知していなかった。通知が来たのは、30日未
    明であった。外務省幹部は、怒りを隠さずに、こう述べた。

         第一次支援策に「10億ドル」を盛り込むことを許さな
        かったのは、大蔵省特有の力の誇示以外のなにものでもな
        い。貢献額を実際上決めるのは大蔵当局であり、官邸や外
        務省ではないということを内外に知らしめたかったのだろ
        う。そのために、せっかくの拠出の効果が台無しになり、
        アメリカ側の目には、日本という国は総理に決定権がない、
        と映ってしまった。国益を損なうこと甚だしい。

     だが、大蔵省側はこう反論する。

         財政を預かるものとして、国民の税金をいささかでも粗
        略に扱うわけにはいかない。自分たちが勝手に発表の日付
        と段取りを決めて「さあ金を積んでくれ」といわれても簡
        単に応じるわけにはいかない。これを予備費から支出する
        のかどうかといった事柄は、やはりちゃんと詰めておかな
        ければいけない。あと半日発表を待てばきちんと金額が入っ
        たのだ。わずか半日待てないような事情はなかったはずだ。
        国益を損なっているのは、そんな判断もできない連中なの
        だ。[1,p284]

■5.「日本政府はブッシュ政権の圧力に屈して」■

     当初、海部首相は自分からホワイトハウスに電話を入れて支
    援策の内容を伝える心積もりだったが、発表の1時間前にブッ
    シュ大統領の方から電話がかかってきてしまった。海部は金額
    抜きでの支援策を説明したが、聞き終わったブッシュは、冷や
    やかにこう言った。

         日本側の今度の決定はアメリカ国内でも暖かく迎えられ
        ることでしょう。われわれは日本政府のより一層の貢献を
        期待しています。

     大統領の冷ややかな反応に慌てた米国国務省は、具体的な拠
    出額を一刻も早く発表するよう、ワシントンの日本大使館に働
    きかけた。

     ブッシュからの電話。金額抜きの支援策の発表。10億ドル
    の金額の追加発表。そして海部からブッシュへの報告の電話。
    こうしたプロセスを目のあたりにした東京のアメリカ人特派員
    たちは、「日本政府はブッシュ政権の圧力に屈して10億ドル
    をしぶしぶ拠出した」と報道した。

     外務省北米局の岡本行夫・北米第一課長は、残念でならない
    という表情でこう評した。

         10億ドル、日本円にして15百億円は、途方もない巨
        額の資金貢献のはずでした。他の西側主要国からみても、
        桁がひとつ多い思い切った財政貢献だったのです。にもか
        かわらず、最初の海部総理の記者会見で10億ドルを発表
        できなかったがゆえに、その意義は台無しになってしまっ
        た。・・・日本はアメリカから言われなければ何もやろう
        としない。だがアメリカから言われれば魔法のように金を
        出す国だ----こんな日本の歪んだイメージが定着してしまっ
        たのです。

■6.「オダワラ・カンファレンス」■

     イラクのクウェート侵攻以来、首相官邸からは外務省に対し
    て、確たる指示は何も出されていなかった。一方、外務省の方
    では、栗山尚一次官を囲んで、連日のように幹部の会議が開か
    れていた。日曜日にもお構いなしに呼び出され、また午前中か
    ら深夜に及ぶ事も多かった。まるで会議でもしていなければ、
    不安に耐えられないという風情だった。

     会議では、例えば担当部局が多国籍軍の輸送協力を提案する
    と、栗山次官がその細部のプラス、マイナスを長々と論評して、
    結局は何一つ決まらなかった。東京赤坂のアメリカ大使館では、
    この会議を「オダワラ・カンファレンス(小田原評定)」と呼
    んだ。

     9月29日、ニューヨークでブッシュ大統領と海部首相が会
    談を行った。湾岸危機後、初めての日米首脳会談である。イラ
    ク軍によるクウェートへの組織的暴行と殺戮。成果の出ない国
    連の経済制裁。ブッシュ大統領のいらだちは、イラクに対して
    立ち上がらない日本にも向けられた。

         大統領。わが国は、国連の平和維持活動への協力などを
        中心とした「国連平和協力法案」の提出準備を進めていま
        す。しかしながら、武力行使を目的として海外に部隊を派
        遣しないというわが国の立場は、今日、国民の合意となっ
        ています。そしてこれが近隣のアジア諸国に安心感を与え
        てもきました。こうした基本方針のもとに、現在われわれ
        は政府与党内で議論を重ねており、、、

     海部首相の言葉を遮って、ブッシュ大統領は苛立ちを隠さず
    に、こう切り込んだ。

         自衛隊が武力に直接訴えずに、多国籍軍の輸送や後方支
        援、医療協力などで貢献すれば、多国籍軍に参加している
        国々はこれを評価するだろう。

■7.「ブッシュさんの言うように」■

     日本側の同席者は「果たしてこれが同盟国の首脳どうしの話
    し合いなのだろうかと、ぞっとした」と述べている。

     会談後、外務省幹部とニューヨーク市内のレストランで会食
    した海部首相はこう語った。

         ブッシュさんの言うように、日本も人的な貢献をもっと
        やらねば。実は俺もそう思っていたところなんだ。

     今までの「平和協力隊員には自衛隊を入れたくない」という
    姿勢から、あっさり豹変した海部首相に、同席者たちは言葉を
    失った。

     定見を持たない海部首相とオダワラ・カンファレンスを続け
    る外務省幹部。彼らが及び腰に提出した「国連平和協力法案」
    は、結局、野党の追及に耐えきれず、廃案となってしまった。
    このニュースを、西側同盟諸国がどう受け取ったか、想像に難
    くない。

■8."Show the flag"■

     年が明けて1月17日、多国籍軍によるイラクへの爆撃が始
    まった。翌18日の午後、ホワイトハウスで戦費の算定会議が
    開かれた。同盟国の負担すべき戦費が、各国の国民総生産、湾
    岸地域の石油への依存度、多国籍軍への貢献度などによる「湾
    岸方程式」で決定された。

     たとえば、オーストラリアは、湾岸危機の発生直後、いち早
    くミサイル・フリゲート艦、駆逐艦、補給艦各一隻をペルシャ
    湾に送った点が高く評価され、資金面での要請はなかった。

     日本は、機雷除去のための掃海艇派遣などを要請されたが、
    確たる反応もせず、結局、軍事面の貢献は限りなくゼロに近い
    として、総額450億ドルの20%、90億ドルの拠出を求め
    られた。邦貨にして1兆1700億円。国民一人あたり一万円
    もの負担を、日本政府は増税により賄った。

     しかし、この金額とて、ドル高の目減り分の補填をしなかっ
    たり、使途を後方支援に限るよう注文をつけたりして、米国議
    会を激怒させた。戦後、クウェートが米国の有力新聞に掲載し
    た感謝広告には、対象30カ国の中に日本はなかった。

     結局、日本は戦争が終わってから掃海艇の派遣を行った。こ
    れが米国議会の空気を和らげ、また現地からも歓迎された。
    [a]

     どうせ掃海艇を派遣するなら、海部首相が予定通り、中東歴
    訪に出かけて、現地でイラクの蛮行を強く非難し、その場で掃
    海艇の派遣を表明していたら、ダン・クエール副大統領を驚か
    せた第一打に続く、見事なセカンド・ショットとなったはずだ。
    こうしておけば、少なくとも総額130億ドルもの資金を提供
    しながら、同盟国からも侮蔑されるようなことはなかったろう。

     "Show the flag"という言葉がある。9.11の同時多発テロ
    の直後に、アーミテージ米国務副長官が柳井駐米大使に語った
    とされている。「旗幟を明らかにせよ」という意味である。

     それが同盟国に信頼感を与え、敵国をひるませ、国際社会で
    は「侮れない国」との評価を生む。国際紛争の際に、忘れては
    ならない原則である。今回の北朝鮮によるミサイル発射問題で
    は、この原則に従った対応がなされつつあることを喜びたい。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(211) 湾岸戦争、日本の迷走
    湾岸戦争での最大の貢献をしたわが国が、なぜ、罵倒されね
   ばならなかったのか? 
b. JOG(363) 「大義ある国益」とは?
    なぜ大義なきイラク戦争を支持する事が、日本の国益に適う
   のか? 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. 手嶋龍一『外交敗戦』★★★、新潮文庫、H18


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