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■■ Japan On the Globe(459)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

               The Globe Now: 「情けは人のためならず」
                                   〜 戦略的ODAの原則
                 外国への資金援助とは、その国が将来、
                日本の脅威とならないための投資である。
■転送歓迎■ H18.08.20 ■ 34,141 Copies ■ 2,181,061 Views■


■1.「日中友好小学校」■

    「危ないので、私たちの小学校を建て直してください」 地方
    からそういう要請があるたびに、北京大使館の経済担当公使・
    杉本信行氏は、ランドクルーザーに乗って、現場に出向く。

     電灯もないところがほとんどで、なかには、校舎に天井がな
    く、空が見えていて、いつ崩壊してもおかしくないような学校
    すらあった。こうした田舎では、1千万円もかければ、コンク
    リート製のかなり立派な三階建て校舎を建てることができる。

     杉本公使は、小学校の建て直しの要請があったときには、
    「学校名の頭に、日中友好をつけるなら、優先します」と呼び
    かけるようにしていた。実際に、その要請に応じて、学校名を
    「○○村日中友好小学校」と変えたところもかなりあった。

     そうなると、卒業生たちは「日中友好」の名を冠した小学校
    を卒業したとの履歴が一生ついてまわるわけで、こうした子供
    たちが、この先何十年かで何十万人にも達するだろう。

     医療施設についても同様で、たとえば医療センターを建て替
    えるときに、「日中友好とつけてください」と頼むと、素直に
    聞いてくれる処もある。その広報効果は非常に大きい。

     中国の貧しい農村では、政府の搾取に難儀していて、こんな
    要請にも快く応じてくれる処が多い。また、こういうプロジェ
    クトが完成するたびに、杉本公使は現地のマスコミを連れて行
    き、ニュースとして報道させた。

     これが中国へのODAに長年携わってきた杉本公使の勧める
    「草の根無償資金協力」である。

■2.「チャイナ・スクール」からの出発■

     杉本氏は昭和48(1973)年4月に外務省に入省した。当時、
    世間で中国との国交正常化が論議されていた頃で、何の気なし
    に志望語学の欄に英語、フランス語の次に中国語と書いた。こ
    れが杉本氏の外交官としての将来を決定した。上司からは「君
    は中国語だ」と命ぜられて、暗澹たる気持ちになった。

     外務省で中国語の研修を受け、その後も中国関係の仕事に携
    わることの多い人々を「チャイナ・スクール」と呼ぶ。「日中
    友好」のスローガンのもとに、日本の国益よりも中国の国益を
    重んじている輩ばかりだと思われているが[a,b]、その中でも
    「あくまで日本の外交官として、日本の国益を第一に、地域の
    平和と安全、繁栄のため、行動してきたと自負している」外交
    官がいたのは、幸いであった。

     杉本氏は語学研修で北京と瀋陽に滞在したが、行動範囲に
    20キロの制限を課せられたり、言動のすべてが記録にとられ
    てチェックされたりと、共産主義国家の現実を目の当たりにし
    た。

■3.中国の発展の基礎を作った日本のODA■

     昭和53(1978)年、日中平和友好条約が締結され、対中経済
    協力が開始されて、杉本氏はその業務に従事する。文化大革命
    の結果、中国は国内が内乱状態にあり、またソ連との対立から
    国際的に孤立状態にあった。世界を共産化しようという路線を
    変更し、国際経済体制の秩序を受け入れて「普通の国」になろ
    うとしていた。対中ODAによって、その過程を後押しするこ
    とは、日本の安全保障上からも必要な事だと判断された。

     中国の経済発展に決定的に欠けていたのは、インフラとエネ
    ルギーだった。80年代の北京市内ですら、毎週停電日がある
    ほどで、またようやく製品を作っても、道路も鉄道もガタガタ、
    港自体もひどい有様。こんな所に投資する外国企業などあるは
    ずがなかった。

     そこで対中ODAによって、鉄道や道路、港湾の整備が進め
    られた。それが呼び水となって、華僑資本、続いて日系資本が
    入るようになった。「中国の発展の基礎を作ったのは日本から
    の円借款であることは否定できない事実なのである」と杉本氏
    は断言する。

     ODAの今までの総額は約3兆円。市中金利より安い分だけ
    をカウントしても、65%分、約2兆円は実質的な「贈与」に
    当たる。

■4.「中国を孤立させてはならない」■

     1989(平成元)年6月、天安門事件が起こった。軍隊を出動さ
    せて群衆を虐殺した北京政府に対して、欧米諸国は経済制裁に
    踏み切った。日本もいったんは各国に歩調を合わせて、円借款
    を見合わせた。

     だが、その後に開催されたパリのアルシュ・サミットで、四
    面楚歌に陥った中国を擁護したのは日本だった。海部俊樹首相
    は、中国を孤立させてはならないと各国首脳に対して主張し、
    円借款を最初に復活させた。杉本氏はこの点について、こう語
    る。

         国際的に孤立する中国の最大の弁護者として、懸命の努
        力を重ねた日本の姿をごく一部の中国人しか知らないこと
        は非常に残念である。[1,p101]

     しかし、1995(平成7)年には、中国が核実験を行い、それま
    で実施していた無償資金協力を停止した。「普通の国」への道
    は、こうした紆余曲折の連続だった。

     中国は経済発展の結果、軍事力の増強を図ってきた。それは
    我が国に対する脅威であるが、逆に中国を放置していれば、現
    在の北朝鮮のような存在になっていかねず、そちらの方がより
    脅威になっていたのではないか、というのが、杉本氏の考えで
    ある。

■5.納得のいかない中国側の姿勢■

     1998(平成10)年6月、杉本氏は北京大使館に経済担当公使
    として赴任した。中国は1997(平成9)年3月に核実験のモラト
    リアム(一時中止)を発表し、日本からの無償資金協力が再開
    されていた。着任草々、再開第一号である南京の「母子保健セ
    ンター」の開所式に、谷野作太郎中国大使らとともに参加した。

     総額18億円のうち、17億円以上を日本政府が無償供与し
    て完成した施設である。しかし、開所式での関係者挨拶では
    「江蘇省政府が7千万元の資金を提供し、このような立派なセ
    ンターを建設しました」と、日本の協力については、まるで付
    け足しのような扱いだった。

     除幕式が行われたが、正面玄関のプレートにも「母子保健セ
    ンター」の名前が刻まれているだけで、日本の協力を匂わせる
    ものは何もなかった。その後の宴会でも、主賓扱いされたのは、
    谷野大使ではなく、無償資金協力の中国側受け入れ窓口である
    対外経済貿易部国際合作司の長だった。

     杉本氏は日本政府の17億円以上もの資金援助をきちんと説
    明しない中国側のやり方に納得がいかず、日本の協力が訪問者
    に分かるような措置がとられるまでは、資金の振り込みを見合
    わさざるを得ない、と伝えた。

     これが効いて、4ヶ月後には、縦1.5メートル、横2メー
    トルほどの石碑がセンター入り口脇に設置され、日本からの1
    7億円以上もの資金協力があったこと、日中両国人民の世々代
    々の友好を祈念するメッセージが明記された。

■6.「援助」という言葉を入れることを拒否■

     中国側が日本の援助を認めたがらないというケースは、この
    件に限らなかった。1999(平成11)年9月に竣工した北京国際
    空港でも、約300億円の円借款を投入しているにもかかわら
    ず、中国側の説明では、利子収入を目的とする民間銀行の融資
    と横並びであった。

     谷野大使の代理で出席した杉本氏はその場で、中国側担当者
    に強く抗議した。しかし担当者では埒があかず、外交部や国務
    院広報担当部署などに何度も掛け合って、なんとか広告塔を建
    てる事を了解させた。

     広告塔のデザインと作成は日本側が行ったが、説明文に「援
    助」という言葉を入れることを外交部は拒否し、「協力」や
    「合作」なら同意するとして譲らなかった。

     こうした日本の援助を表立って認めようとしない中国側の態
    度には二つの理由があると、杉本氏は考えている。

     第一に「中国は日本に対する戦争賠償を放棄しており、日本
    の援助は賠償の代わだ」という気持ちがある。第二に、中国人
    の自尊心から、他国から援助を受けて国づくりを進めているこ
    とを、素直に認めたがらない。

■7.「草の根無償資金協力」■

     こうした点を踏まえて、杉本氏は援助するプロジェクトを決
    定するメカニズムを変えなければならない、と考えた。従来は、
    中国の地方政府が申請してきたプロジェクトを、中央の対外経
    済貿易部が優先順序をつけて、日本側に提示する。日本側はそ
    の中から基準に合わないものを外させるだけだ。

     地方政府がいくら真剣に望んでいるプロジェクトでも、対外
    経済貿易部が候補リストに入れなければ、それでおしまいにな
    る。南京の「母子保健センター」の場合に、地方政府が日本側
    よりも、対外経済貿易部を主賓扱いにしたのも、このためであ
    る。

     1991(平成3)年にスタートした「草の根無償資金協力」は中
    央政府を通さず、日本側が地方政府から直接申請を受けるシス
    テムである。このシステムを活用して、杉本氏はランドクルー
    ザーで地方に出向き、自分の目で現地を見て、資金協力を裁可
    する。

     プロジェクト1件に1千万円規模とされ、現在までに500
    件以上が実施されている。特に貧困地域において、300校以
    上の学校建設を支援してきた。その効用は冒頭に述べたとおり
    である。

■8.名ばかりの義務教育■

     ランドクルーザーで地方を回って、杉本氏は中国の農村部の
    教育実態がよく分かった。

         中国の郊外の農村を視察していてすぐに気づくのは、ほ
        とんどの小学校で校舎の老朽化が甚だしいことだ。・・・
        1950年代、60年代に建てられた、いまにも朽ちそうなオン
        ボロ校舎の中に汚い椅子と机が置いてあり、ほかには何も
        なく、電気すら来ていない。[1,p151]

     校舎だけではない。都市部においては義務教育は100%国
    の財政で面倒を見ているが、農村では8割近くを末端の郷鎮政
    府が負担している。しかも、一人当たり教育費はたとえば上海
    の1862元に対し、貴州省では200元と、9倍以上の開きがある。

     農村部では予算の不足分を、教科書代や試験の紙代などの名
    目で、生徒から徴収する。こうした負担のできない家庭の子ど
    もは学校に通えない。農村部における9年制の義務教育の普及
    率は85%程度だといわれているが、この数値すら、中国の統
    計の常として、怪しまれている。

     こうした制度外費用の徴収を、中央政府が禁じた所、郷鎮政
    府は真っ先に義務教育費を削減したため、学校教師の給与未払
    いが生じたり、学校閉鎖となるケースが急増した。「義務教育
    とは名ばかり」[1,p216]なのである。

    「義務教育とは名ばかり」なのは、農村ばかりではない。農村
    を捨てた元農民たちが都市部に流入して、建設作業などに従事
    しているが、その子弟の教育問題がある。上海に流入した元農
    民は3百万人に及ぶが、その3、40万人に達する子弟の教育
    については、上海政府はダンマリを決め込んでいる。

     やむなく出身地毎の互助組織が私立学校を設立しているが、
    掘っ立て小屋に裸電球がぶら下がっている教室に90人の学童
    がひしめき合って勉強している、という状態である。こんな学
    校でも、学費が払えずに、通えない学童が4割もいるという。

■9.「情けは人のためならず」■

     世界一の外貨準備高を抱え、核ミサイルと有人宇宙船を保有
    し、軍事費は18年連続の二桁増を続ける中国。その中国に対
    して、従来型のインフラ整備を中心とする円借款は尻すぼみに
    ならざるを得ない、と杉本氏は説く。

         外国への資金援助とは、最低限の見返りとして、その国
        が将来、日本の脅威にならないため、負担にならないほど
        ほどの友好国となるための投資である。[1,p154]

     そのためには:

         私は、一件何十億円の無償プロジェクトを止めてでも、
        中国が本来やるべきことで怠けている分野、たとえば、初
        等教育、環境保全対策、医療分野の協力、貧困対策に、一
        件1千万円までの「草の根無償資金協力」を中国全土に面
        的に広げていくことで、初めて、中国が反論できない問題
        提起ができる。

         本来、中国自らが成すべきことを行っていないから、日
        本が代わりに行っている。そう指摘しても、中国が否定で
        きないような分野で幅広く、かつきめ細かく進めるのであ
        る。[1,p155]

     現在のように富が貧しい農村に向かわずに、都市部でバブル
    を起こしているだけでは、いずれ、内部矛盾の爆発が起こるだ
    ろう。それは我が国の安全と繁栄にとっても重大な脅威である。

    「本来、中国自らが成すべきことを行っていないから、日本が
    代わりに行っている」という問題提起を中国政府が聞き入れる
    度量があれば、この危機を減ずることができよう。

     その度量がなければ、いずれ現在の共産党政府は瓦解して別
    の政権に変わるか、あるいはいくつかの地方政府に分裂する事
    態も考えられる[c]。 その際には、杉本氏の主張するように、
    「草の根無償資金協力」を続けて、「日中友好学校」で教育を
    受けたり、「日中友好病院」で命を救われたりという中国人を
    何百万人か作っておけば、新しい中国を「ほどほどの友好国」
    にできる可能性も増大しよう。

    「情けは人のためならず」 ODAもこの舷側に則って、我が
    国の国益につながるよう、戦略的に考えなければならない。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(004) 中国の軍事力増強に貢献する日本の経済援助
    核ミサイルや兵力を迅速に移動するためには、鉄道、幹線道
   路などの輸送網、通信網の整備が不可欠で、その部分の強化に
   日本のODAが使われている可能性がある。
b. JOG(146) 対中ODAの7不思議
    軍事力増強に使われ、民間ビジネスに転用され、それでいて
   まったく感謝されない不思議なODA
c. JOG(403) 戦乱の中国大陸 〜 久しく合すれば必ず分す
   日本が反省すべきは、かくも混沌たる中国大陸の内戦に直接介
   入した事である。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 杉本信行『大地の咆哮』★★★、PHP研究所、H18

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「情けは人のためならず」に寄せられたおたより

                                             あつこさんより
     今号を拝読して、先日読んだ最近話題のコミック「そして中
    国の崩壊が始まる」を思い出しました。日本の巨額の対中OD
    Aに対して、納得のいかない中国側の姿勢は、古来連綿と続く
    中華思想と歪んだ共産主義に由来するということがよく分かり
    ます。

     しかし、今回取り上げられた杉本信行さんのように、この日
    本に真の日中友好の為に尽力されている方もおられるというこ
    とを知ることができたのは、自国の利益を思わず中国にすり寄
    る売国奴以下の人間が多くいる中で、大いなる慰めです。

                                               純夫さんより
     研修生として日本にやって来た中国人女性が、このようなこ
    とを言いました。

     中国人と日本人の決定的な違いは、国家権力をどのように思っ
    ている かである。日本人は国家権力を信用して当てにしてい
    るから、文句を言う。しかし、中国人は、国家権力というのは
    権力を握った者の金もうけ のシステムだと思っているから、
    だれも当てにしていない。

     ですから、杉本さんのやられていることは中国の社会の本質
    を突いて いますし、日本の安全保障上大変重要なことをやら
    れていると思いま す。今後も、同じ努力を継続していくこと
    が重要です。

     中国人、特に農村では国家権力は彼らの生活を脅かす存在で
    す。それは、明や清が中国共産党に変わろうが全く同じです。
    中国人は、恩義は絶対忘れません。助けてくれるのは日本だと
    いうことが浸透していけば、日本と中国が戦争状態になったと
    しても、彼らは動かないでしょうね。
    
■ 編集長・伊勢雅臣より

     杉本信行さんは8月3日、肺ガンによりご逝去されました。
    遺書のつもりで書かれたのが、この『大地の咆哮』だったので
    しょう。御遺志を無にしてはならないと思います。  

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