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                賢い人は歴史の関係で近づく

                                                   伊勢雅臣
■ No.1065 ■ H17.11.28 ■ 8,214部 ■転送歓迎■■■■■■■

     日露戦争の日本海(対馬沖)海戦から百年を迎えた本年5月
    27日、戦場となった対馬市上対馬町沖と、沈没したロシア艦
    船の乗組員らが漂着した同町西泊の殿崎公園で日ロ合同の慰霊
    祭があり、両国の関係者が参列した。

     海上慰霊祭には、ロシュコフ駐日ロシア大使やコステンコ駐
    日ウクライナ大使、金子知事、松村市長ら約三百五十人が列席。
    海上自衛隊の掃海艇などに分乗し、船上よりこの海に眠る日露
    両国合わせて約五千百二十柱の英霊を追悼し、弔銃の発射、敬
    礼、黙祷の後、花束、御供物、御神酒等を洋上に献げた。

     殿崎公園では陸上慰霊祭があり約五百人が参列。戦没者名を
    刻んだ日露慰霊の碑と、市民の寄付金で建立された「平和と友
    好の碑」の除幕式で、比田勝小の修行雄介君(五年)と古場友
    香里さん(四年)が「次の百年に向け、対馬から世界に平和と
    友好を発信したい。この場所を『日露友好の丘』と命名します」
    と宣言した。

     この二人は、海戦後、傷つき流れ着いたロシア兵140名を
    献身的に介護した西泊地区の人々の子孫である。当時、このよ
    うな介護が対馬各地で見られた。

     次に日本一の巨大レリーフ「平和と友好の碑」の除幕式、そ
    して、ロシア兵五千人、日本兵百二十名の御霊の名が刻まれた
    日露慰需碑の除幕式が行われた。

     ロシュコフ大使は、「本日、両国民は過去を乗り越えて歴史
    的和解に近づいた。広く考えれば、ロシア連邦と日本国の接近
    の道を歩み出したのではないかと思う。賢い人は歴史の関係で
    近づき、愚かな人は歴史の関係で近づけない。私たちは平和と
    友好を誓い合います」と述べた。

     中国・韓国の政府に聞かせてやりたい言葉である。

     また、これだけの行事を執り行った地元民間有志の志の高さ
    には、感銘を受ける。日本政府と日本国民の怠慢を補っていた
    だいた。

    参考: 日本青年協議会「祖国と青年」誌
    http://www.d7.dion.ne.jp/~seikyo/sokokutoseinen.htm

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