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_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/ _/ _/ _/ Japan On the Globe (97) _/ _/ _/ _/ _/_/ 国際派日本人養成講座 _/ _/ _/ _/ _/ _/ 平成11年7月24日11,538部発行 _/_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/ _/_/ The Globe Now: クジラ戦争30年 _/_/ _/_/ ■ 目 次 ■ _/_/ _/_/ 1.1972年6月、国連人間環境会議 _/_/ 2.わずか1日の大逆転 _/_/ 3.ニクソンの狙い _/_/ 4.科学委員会:モラトリアムに科学的根拠なし _/_/ 5.反捕鯨陣営の多数派工作 _/_/ 6.日本の異議申立てに米政府の圧力 _/_/ 7.調査捕鯨への転換 _/_/ 8.国際的支持を集めつつある日本 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■1.1972年6月、国連人間環境会議■ 1972年6月8日朝、ストックホルムで開かれた第一回国連人間 環境会議第2委員会。この日は、アメリカが提案した商業捕鯨の 10年間禁止(モラトリアム)について審議される予定であった。 日本代表団は定刻に会場に入ったのだが、何と会場には誰も来て いない。不審に思って、事務局に聞いてみると、翌日に延期され た、との由。奇妙な事に、日本側だけがつんぼ桟敷に置かれてい たのである。 アメリカ案に対抗して日本は修正案を用意していた。「危機に 瀕した鯨種だけを10年間モラトリアムの対象にする。どの鯨種 が危機に瀕しているかは、IWC(国際捕鯨委員会)の評価に任 せる」として、専門知識を持ったIWCの役割を尊重するもので あった。日本側は、捕鯨国だけでなく、アジア・アフリカを中心 に、参加112カ国中、60カ国の賛成票を読んでいた。 ■2.わずか1日の大逆転■ 会議を1日遅らせたのは、アメリカ側の根回しのための時間稼 ぎが理由であった。提案を「IWCの主催のもとに」モラトリア ムを行う、と修正し、当時大統領補佐官だったヘンリー・キッシ ンジャーが、参加各国の外相に直接電話で支持を要請した。あく まで日本案にこだわる国には欠席を強要した。 翌日開かれた第2委員会では、欠席44カ国という異常な状態 の中で、アメリカ案賛成53カ国,反対は日本を含め3カ国、棄 権12カ国で採択された。わずか一日での逆転劇であった。 この時に第2委員会議長を出したケニアには、その首都ナイロ ビに国連環境計画(UNEP)の本部が置かれ、この環境会議の 事務局長を務めたカナダ人ストロングがその事務局長に就任して いる。アメリカ案採択に協力したご褒美であった。 これが、以来30年近く続くクジラ戦争の幕開けであった。 ■3.ニクソンの狙い■ 当初、アメリカの提案は各国に冷ややかに受け止められていた。 「人間環境会議」になぜクジラなのか、専門機関であるIWCに なぜ任せないのか、というのが、多くの参加国の反応であった。 当時の米国はベトナム戦争において、密林地帯に潜む北の解放 軍兵士を掃討するために、強力な除草剤を空から撒く「枯れ葉作 戦」を繰り広げていた。強力なダイオキシンを含む除草剤によっ て、森林は破壊され、奇形児が多数生まれていた。主催国スウェ ーデンのパルメ首相は、この問題を環境会議で取り上げると予告 していた。 ニクソン大統領はこの年の11月に再選挙を控えており、ライ バルの民主党ジョージ・マクガバン上院議員はベトナム戦争反対 を訴えていた。もし環境会議でこの問題が取り上げられ、アメリ カが国際的な非難を浴びたら、ニクソン陣営は面子丸つぶれとな る。 捕鯨モラトリアムの提案は、このような事態を避け、逆に環境 問題でのリーダーシップを誇示して、マクガバンの支持層を切り 崩す一石二鳥の作戦だった。それは見事に成功した。19世紀に は捕鯨大国として太平洋の鯨を激減させ、今まで一度たりともI WCでモラトリアムなど提案したことのなかったアメリカは、こ の時から反捕鯨陣営のリーダーに変身したのである。 ■4.科学委員会:モラトリアムに科学的根拠なし■ ストックホルムの環境会議が終了した翌週、第24回IWC年 次会議がロンドンで開かれた。アメリカの捕鯨モラトリアム提案 は、国際捕鯨取締条約にしたがって、まず科学委員会にかけられ た。 ところが、科学委員会は「すべての鯨種の商業捕鯨モラトリア ムには科学的根拠もなく、またその必要もない」という結論を出 した。科学委員会ではクジラに関する世界的権威が集まって、今 まで科学的データを積み重ね、必要な規制は行ってきているので ある。アメリカから参加した3人の科学者もこの結論に異存はな かった。 ただひとり異を唱えたのは、クジラ学者ではなく、モラトリア ム工作のためにアメリカ政府から送り込まれた環境問題の専門官 僚リー・タルボットであった。タルボットは、せめて「自分が反 対したことを、報告書に記録してほしい」と申し入れた。しかし 多数のメンバーに「理由も示さずに反対を唱えるのは筋が通らな い」と一蹴され、全会一致の結論とされた。 ■5.反捕鯨陣営の多数派工作■ 科学者達を相手にしていては、らちがあかないと判断したアメ リカは、多くの反捕鯨国をIWCに加盟させ、本会議の多数決で 乗り切る戦術に変更した。 72年に15カ国だったIWC加盟国は、10年後の82年には、 39カ国にまで増えていた。24カ国の増加のうち、19カ国は アメリカやグリーンピースなどの環境保護団体が加盟させた反捕 鯨国である。 これらの中にはセントルシア、セントビンセント、ベリーズ、 アンティグア・バブーダなどという普通の日本人には聞いたこと もない国々が含まれていた。いずれもカリブ海に浮かぶ小さな島 国でイギリス連邦に属している。イギリス本国からIWC加盟を 要請され、分担金などの経費はグリーンピースが立て替え、さら に代表もアメリカ人などが務める。多数派工作のための完全な傀 儡メンバーである。 多数派工作が進展した82年のIWC年次大会、いよいよ捕鯨モ ラトリアムが本会議において採決される直前、日本代表の米沢邦 男が発言を求めた。米沢は、IWCの科学委員会が過去一度もモ ラトリアムを勧告したことはないのに、本会議でモラトリアムの 採決をすることは、捕鯨条約に違反する、と主張した。 しかし米沢の指摘に実質的な反論はないまま、採決に入り、モ ラトリアムは賛成25、反対7、棄権5,欠席2の多数決で採択 された。 ■6.日本の異議申立てに米政府の圧力■ 商業捕鯨10年間のモラトリアムという決定に対し、日本政府 はただちに異議申し立てを行った。この権利は捕鯨条約第5条で 保証されており、異議申し立てをした国は、IWCの決定には拘 束されない。モラトリアムの採択自体が、捕鯨条約を踏みにじっ たものであるから、この異議申し立ては正当である。 これに対して、アメリカは異議申し立てを撤回せよと日本政府 に要求してきた。異議申立てを撤回しなければ、「捕鯨条約の規 則の効果を減殺した国には、アメリカ200カイリの漁獲割当て を削減する」という国内法を適用せざるを得ないと脅しをかけて きた。 実は、46年捕鯨条約を制定した時に、この異議申立て条項を要 求したのはアメリカ自身であった。この条項が盛り込まれなけれ ば、アメリカは加盟しないとまで言った。アメリカは自ら要求し た異議申し立ての権利を他国が使うと、自らの国内法を盾に圧力 をかけたのである。 しかし、当時、アメリカの200カイリ内での我が国漁獲高は 約1300億円。鯨の約110億円の10倍以上であった。2年 以上の日米協議の結果、日本政府は84年11月に異議撤回を表明し、 87年末までに商業捕鯨をすべて停止した。 ■7.調査捕鯨への転換■ しかし、日本政府は、捕鯨技術の維持と、科学的データの収集 を目的として調査捕鯨の計画を作成し、87年のIWC年次大会で 発表した。調査捕鯨については、捕鯨条約で「捕鯨業の健全で建 設的な運営に不可欠」であると奨励までされおり、「この条約の いかなる規定にも拘らず」、締結国政府は調査捕鯨ができるとさ れている。 年次大会では、日本の計画に対して「中止勧告」を採択した。 しかしこれは単純多数決で強制力は伴わない。この勧告に対して 日本の首席代表・斉藤達男は次のような毅然たる発言をした。 調査捕鯨に対する中止勧告は、捕鯨条約の否定であり、科学 の否定である。IWCは締結国の主権を侵害する決議をした。 調査を行うかどうかの判断は、条約第8条に基づいて日本政府 が決めることである。 その後の日本の調査捕鯨は、貴重なデータを提供して、IWC 科学委員会から高く評価された。特に南氷洋のミンク鯨は76万 頭も存在し、またその異常な繁殖が、真に保護すべきシロナガス 鯨の増加の阻害要因となっている事も明らかになった。 当初のモラトリアムには「90年までには資源の包括的な評価を 行う」という見直し条項が入っていたのだが、このようなデータ にもかかわらず、包括的評価は継続協議ということで先送りされ たままとなり、代わって反捕鯨国側は、南氷洋で全鯨種の商業捕 獲を禁止するサンクチュアリ(聖域)を採択した。 ■8.国際的支持を集めつつある日本■ しかし科学的根拠と国際条約を無視し続ける反捕鯨国の姿勢に 対して、国際世論は徐々に批判的になってきている。 99年の総会では、かつて反捕鯨陣営に要請されてIWCに加盟 したセントルシアなどカリブ6カ国が、反旗を翻して、日本支持 に回った。捕鯨国でもないのに、IWC加盟費用を支払い、自前 の代表団を送って、「どうみても日本の主張が正しい」と主張し た。アメリカの環境保護団体からの「観光客を差し止める」とい う脅しにも屈しなかった。[2] 98年のIWC総会では、反捕鯨派の欧米諸国の捕鯨に関する世 論が紹介された。それによると米国民の71%がIWCがきちん と管理する限り、ミンク鯨の食用のための捕獲を支持すると答え ている。[3] 2050年には100億人の大台に乗る世界の人口を養うには、動 物蛋白が絶対的に不足する。1キロの畜肉を得るには、その5倍 近い飼料用穀類が必要で、今でも世界の穀類生産の半分は飼料向 けになっている。また畜肉の中心である牛は、現在10億頭を超 えるが、その排泄物は地球環境に深刻な影響を及ぼしている。今 後、クジラを中心とした海洋資源に頼らざるを得ないのは明らか である。 日米のクジラ戦争もあと数年で30年となる。その時の日米に 対する国際的評価はどうなっているだろうか。アメリカが選挙対 策などの政治的目的のために、科学的根拠や国際条約を踏みにじ り、食料危機と真の生物保護から目をそらせて、捕鯨禁止に血道 を上げたのは、国際的リーダーとしてあるまじき行為と非難を浴 びている可能性が高い。 逆に日本は科学的データに基づき、不屈の努力を通じて、国際 世論を人類全体の未来のために正しい方向に導いたとして、評価 されているであろう。クジラ問題は、わが国が国際的リーダーシ ップを発揮して成功した事例のひとつとなりつつある。 ■ 参考 ■ 1. 「動物保護運動の虚像」、梅崎義人、成山堂、H11.5 2. 産経新聞、H11.06.05、東京夕刊、1頁 3. 産経新聞、H10.05.18、東京夕刊、3頁
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