[トップページ] [平成12年一覧][The Globe Now][210.79 石油危機後][340 財政]


     _/    _/_/      _/_/_/  The Globe Now: 一家の借金2千万
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■1.四人家族あたり2,150万円の借金■

     平成12年度の予算を、平均的な四人家族あたりに直すと次
    のような数字となる。[1]
  
        収入:175万円 国債発行:109万円
        支出:210万円 国債償還: 73万円

     すなわち、支出が収入を35万円上回り、その分は国の借金
    である国債の増加で補わねばならない。国と地方の借金を合計
    すると645兆円となり、一家族あたり2,150万円となる。
    
     2,150万円と言えば、上記の税収を中心とした政府収入
    の12年分以上となる。35万円もの赤字を借金で補填してい
    る現状から見れば、現在の収支構造のままでは、借金返済は理
    論的に不可能ということになる。
    
     残された道は、増税による収入増、支出の削減、そしてイン
    フレによる借金残高の目減り、の3つしかない。たとえば、消
    費税、所得税などをすべて2倍にして税収を350万円として
    も、仮に支出が210万円のままだとすると、毎年140万円
    の返済となり、2,150万円完済までには、15年以上かか
    る。いずれにしろ、返済に20〜30年を要する住宅ローン並
    の借金が、知らない間に積み重なってしまった、というのが実
    状である。

■2.民間資産1,200兆円は?■

     これに対して、それほど心配するには及ばない、という議論
    もある。まず民間の個人資産が1,200兆円あるとされてい
    る。四人家族あたりにすれば、4,000万円である。したが
    って、政府の借金が2,150万円あっても、国全体としては
    資産の方が多く、まだまだ大丈夫という訳である。
    
     しかし「何が大丈夫か」という点がくせ者である。それは単
    に政府が国内で借金ができて、海外に頼らなくともよい、とい
    うだけのことなのである。民間の資産で、政府の借金が帳消し
    にできるわけではない。
    
     民間の財布にある4千万円の個人資産を、政府が勝手に増税
    で取り上げたり、借金を棒引きにすることは、社会主義国なら
    ともかく、自由主義経済の国では許されない。したがって、借
    金をどう返済するか、という問題は、少しも「大丈夫」ではな
    い。

     第二の反論は、政府にも資産がある、という点である。社会
    保障基金残高、外貨準備などを含む預金、その他貸出金、出資
    金である。特に財政赤字の国際比較では、社会保障基金を入れ
    ることが通常だが、日本では入れていない。アメリカが財政赤
    字を解消したというのも、この社会保障基金の大幅な黒字が他
    の赤字を埋め合わせているに過ぎない、という。社会保障基金
    を入れて国際比較をすれば、日本の借金は、欧米よりもはるか
    にましである。[2]
    
     しかし、これとても、欧米よりは増しというだけで、社会保
    障基金は黒字とは言っても、老齢年金など将来の支払いの決ま
    った資産であり、まして急速な高齢化とともに、年金制度、医
    療保険自体が破綻のおそれがある。したがって、現在、黒字で
    あっても、財政赤字の埋め合わせには充てられないのである。

■3.いずれ景気がよくなれば?■

     第三に、現在は財政赤字より、景気対策を優先すべきだ、と
    いう反論がある。景気が良くなれば、いずれ税収が増えて、借
    金の返済ができる、という理屈である。
    
     しかし、バブルの特別な期間をのぞいて、昭和50年以来、
    好景気でも政府の借金は増え続けている。またバブルの時は、
    財政赤字解消が一時的に達成されたとは言え、バブル崩壊後の
    景気対策で、加速度的に借金が膨らんでいる。
    
     不況の時は、赤字を出しても、公共投資で景気を刺激し、好
    況になったら、借金を返済する、という理屈は、今までの財政
    の歴史を見れば事実として成り立っていない。その歴史をたど
    れば、単に借金の問題だけでなく、我が国の政治の病根が窺え
    る。財政赤字の歴史をたどりつつ、この問題を考えてみよう。

■4.田中角栄のバラマキ政治■

     昭和47(1972)年、首相となった田中角栄は、日本列島改造
    論をぶち上げた。「工業の全国的な再配置と知識集約化、全国
    新幹線と高速道路の建設、情報通信網のネットワークの形成」
    などを謳いあげ、その財源として「積極的な財政金融政策」を
    提唱した。
    
     翌48年、田中角栄が組んだ予算は、一般会計予算14兆3
    千億円、対前年24.6%増という伸び率では戦後最高の超大
    型であった。そして予算の12%強にあたる1兆8千億を建設
    国債でまかなった。
    
     田中の大型予算の背景には、48年2月の変動相場制移行で
    予想された円高不況克服のための景気対策があった。またアメ
    リカからの黒字べらしの圧力があり、公共投資による内需拡大
    を図るという狙いもあった。さらに当時、各地に誕生した革新
    自治体が福祉拡充を図ったため、自民党政府としても福祉予算
    を増やさざるをえなくなった。
    
     しかし、この大型予算と、ドル買い支えのために市場にあふ
    れた過剰資金が、年率20%以上もの狂乱物価を呼ぶ。さらに
    48年11月、石油ショックが日本経済を襲う。苦境に追い込
    まれた田中は、都市生活者を対象とした2兆円減税を行う。予
    算規模の10%以上、さらに課税最低額を引き上げるという恒
    久的な減税である。これは田中のバラマキ政治の典型であり、
    また今日の財政危機の源とも言われている。
    
     田中内閣時代に予算が膨れあがった所に、石油ショック不況
    で税収が極端に落ち込み、ついに三木内閣時の昭和50年には、
    赤字国債2兆3千億を含む、5兆5千億円の国債発行を余儀な
    くされた。本格的な財政破綻の始まりである。[3]

■5.福田赳夫の国際公約■

     昭和51年12月に首相となった福田赳夫は、翌年1月のロ
    ンドン・サミットで、カーター米大統領から、日独米の3カ国
    が石油ショック後の世界経済の回復を引っ張るという「機関車
    論」への協力を要求され、6.7%の経済成長を国際公約とし
    てしまう。そのために、福田は在任期間2年間に公共事業費を
    34.5%も膨らませる「角栄型財政」を行った。
    
     一方、国内では、与野党伯仲の勢いを借りて、景気回復を理
    由に社会党などが1兆円減税を要求し、7300億円の減税を
    実現させた。
    
     結局、景気刺激も奏効しないまま、福田内閣の2年間で歳出
    は25兆円から34兆円へと約4割増大し、国債発行残高も2
    2兆円から、42兆円に急膨張した。[3]
    
■6.財政再建に倒れた大平正芳■

     続く大平内閣は、財政再建を訴えて、54年度予算では対前
    年12.6%増と、14年ぶりの低い伸び率に抑えた。しかし、
    それでも前年度を4割も上回る15兆円もの国債発行を迫られ
    た。
    
     大平首相は、財政再建のため、一般消費税の導入を企てるが、
    与野党の反対に阻まれて、衆院を解散。総選挙に挑むが、過労
    による狭心症で倒れしまう。[3]
    
■7.臨調による「増税なき財政」再建路線■

     55年7月に誕生した鈴木善幸内閣で行政管理庁長官となっ
    た中曽根康弘の主導で、前経団連会長・土光敏夫を会長として、
    臨時行政調査会(臨調)が発足、「増税なき財政再建」を打ち
    出した。三公社(国鉄、電電、専売)の民営化、公共事業費・
    公務員定数の削減など、徹底的な歳出抑制を図り、58年から
    61年までは一般歳出の伸びをゼロに抑えることに成功した。
    
     しかし、54年に発生した第二次石油ショック後の世界的な
    景気停滞による税収伸び悩みで、赤字削減には大きく貢献した
    ものの、赤字国債をゼロにするという財政再建は果たせず、こ
    の間も国債発行高の膨張は続いた。[4]

■8.バブル後の経済対策■

     昭和62年、日本経済は4.8%という高い成長率を達成し
    た。その後、平成2年まで、6.0%、4.4%、5.5%とバ
    ブルの狂宴が続く。その引き金となったのは、アメリカの巨額
    の貿易赤字によるドル暴落を防ぐために、日本が2.5%とい
    う極端な低金利政策をとり続けたことであった。
    
     バブルは同時に税収の伸びをもたらし、平成2年から4年間
    は、赤字国債ゼロの財政再建を達成した。しかし、これはあく
    まで一時的な現象であり、バブル崩壊後は、不況対策のために、
    次のような巨額の経済対策が矢継ぎ早に打たれる。
    
    平成4年8月 宮澤内閣 10.7兆円
      5年4月      13.2兆円
      5年9月 細川内閣  6.2兆円
      6年2月      15.3兆円
        6月      大型減税
      7年9月 村山内閣 14.2兆円
    
     合計すると、平成4年からの5年間に、総額70兆円を超え
    る景気対策が行われたが、日本経済は順調な回復とはならなか
    った。巨額の税金投入だけでは、せいぜい景気の下支えとなる
    程度で、本格的な景気回復にはつながらなかった。そのつけと
    して借金を急速に膨張させるただけであった。必要なのは、日
    本経済の構造自体の改革であり、公共投資という物量対策だけ
    では、対処療法的な結果しか得られない、ということである。

     バブル崩壊から5年目の平成7年、日本経済はようやく不況
    から回復し、プラス成長と転じた。しかし、橋本内閣の財政構
    造改革路線で、所得税特別減税の終了と、消費税2%引き上げ
    が実施され、さらに金融システム不安から景気は再び落ち込ん
    でしまう。橋本内閣は16.6兆円の経済対策を打つが、選挙
    で惨敗し、退陣。平成10年7月に小渕内閣に替わるが、さら
    なる景気対策として、平成10年から3年連続の30兆円以上
    の国債発行が続く。[5]

■9.どのような国を目指すのか?■

     以上で、冒頭で紹介したように、来年度で総額645兆円の
    借金となるわけだが、これまでの経緯を見ると、借金の元凶と
    して次の3者が浮かんでくる。
    
    ・ 景気対策として、ひたすら公共投資に予算をつぎ込む与党
    ・ 人気取りのために、福祉拡大や減税を求める野党
    ・ 貿易赤字対策のために内需拡大を求めるアメリカ

     そしてこの3つとも、田中内閣でのバラマキ政治にすでに原
    型が見られるのである。それ以降、我が国は30年近くの間、
    同じパターンを繰り返しては、借金を積み上げてきた。
    
     財政改革のために消費税の創設や増額に取り組んだ大平内閣、
    橋本内閣は、選挙で惨敗してしまう。わずかに自助努力で成果
    をあげたのは、土光敏夫会長による臨調である。
    
     目先の景気対策、福祉・減税のつまみ食い、アメリカからの
    外圧回避といった対処療法にあけくれて、国債発行というモル
    ヒネをうち続けている間に、ついに借金漬けとなってしまった
    のが現在の財政危機だと言える。それは我々日本国民が、どの
    ような国を目指すのか、という長期的な志をもっていないとい
    う本質的問題の現れなのである。

■リンク■
a. JOG(078) 戦略なきマネー敗戦
 日本のバブルはアメリカの貿易赤字補填・ドル防衛から起きた。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「大蔵原案内示 景気回復へ“背水の陣” 最後の大型予算 赤
   字財政、臨界点近づく」、産経新聞、H11.12.20 東京夕刊 3頁
2. ★「日本経済常識のウソ」、東谷暁、文芸春秋、H10.10
3. ★★「百兆円の背信」、塩田潮、講談社文庫、S63.1
4. ★「国の借金」、石弘光、講談社現代新書、H9.2
5. ★「平成不況10年史」、吉田和男、PHP新書、H10.12

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