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-----Japan On the Globe(215) 国際派日本人養成講座---------- _/_/ _/ The Globe Now: 情報文明、日本発 _/_/ 〜坂村健氏のビジョンと挑戦 _/ _/_/_/ 世界の文化の多様性を生かす新しい情報文明 _/ _/_/ のビジョンと技術を日本から発信。 -----H13.11.11----36,313 Copies----347,731 Homepage View---- ■1.世界で最も使われているコンピュータの基本ソフトは?■ 世界で最も多く使われているコンピュータのオペレーティン グ・システム(OS、基本ソフト)は何か、と聞かれれば、ほ とんどの人が、マイクロソフトのウィンドウズだと答えるだろ う。パソコンだけで考えたら確かにそうだが、コンピュータは、 もっと幅広い分野で使われている。たとえば携帯電話、ビデオ カメラ、レーザープリンタ、ファックス、さらには、テレビ、 エアコン、洗濯機から自動車のエンジン制御まで。 これらに使われているすべてのコンピュータを含めると、世 界で最も多く使われているOSは、TRON(The Real-time Operating system Nucleus)である。これは東京大学の坂村健 教授が中心となって、昭和59年に発足した日本の産学協同プ ロジェクトが生みだしたものである。 TRONには、今後の世界の情報文明を左右しうる遠大なビ ジョンが込められている。それはマイクロソフトが築こうとし ているアメリカ流の情報文明に真っ向から対立するものだ。 ■2.「どこでもコンピュータ」■ 坂村氏のビジョンをもっともよく現しているのが、「どこで もコンピュータ」という言葉であろう。コンピュータが米粒よ りも小さく、安くなると、我々を取り囲むすべての人工物にT RONで動くコンピュータ・チップが入り込み、それらが通信 しあって、人間を助けるようになる。 たとえば、ある二つの薬を一緒に飲むと副作用がおきて有害 だという場合、それらの瓶が近くに置かれると、瓶に埋め込ま れたチップ同志が話し合って、危険を予知し、近くにいる人の 携帯電話に連絡して、「この二つの薬を一緒に飲むと危険で す」と警告してくれる。 また目の不自由な人が知らない街を歩く際でも、補聴器のよ うな音声ナビゲーション・システムが、信号や電柱などに埋め 込まれたチップと交信しながら、音声で道案内をしてくれる。 坂村氏は特に指摘していないが、この「どこでもコンピュー タ」とは、山や川や石ころにまで命があると考えた日本古来か らの多神教的な生命観に通ずる未来ビジョンである。現代の欧 米人のような一神教の人間から見れば、かなり「異端的」な印 象を受けるだろうが、古代ギリシャやゲルマンの民にとっては、 馴染みのある世界だ。現代の先進国で唯一、古代からの多神教 的世界観を豊かに継承する日本ならではビジョンなのである。 ■3.人類の共有財産■ TRONはこのような「どこでもコンピュータ」を実現する ための基本ソフトであるから、特定の企業の独占物であっては ならず、広く人類の共有財産でなければならない。そう考える 坂村氏は、TRONの仕様をすべて無償で公開し、製品を作る ことも、ビジネスに利用することも自由とした。 そのために、東芝、日立、NEC、富士通、三菱など、様々 な企業が、自社のコンピュータに、TRONを搭載している。 音声ナビゲーションシステムと、信号機が別々のメーカーで作 られていても、共通のTRON仕様に基づいていれば交信は容 易である。また、その共通仕様は、様々な企業のハード上で多 様なソフトウェアとして実現されるので、一種類のコンピュー タ・ウイルスが世界全体に猛威を振るうというような事もあり えない。自動車やロボットにまで使われるためには、このよう な信頼性が不可欠である。 さらに多くの企業が共通のTRONを利用することで、お互 いの創意工夫を共有化し、蓄積していけるために、TRON自 体の進化が速くなる。 「どこでもコンピュータ」を目指すTRONは、このようなオ ープンな、多数の企業や研究者を巻き込んだ分散自律型の体制 によって開発が進められている。この点も八百万の神々が集う いかにも民主的な日本神話の世界を連想させる。 ■4.マイクロソフトの独占戦略■ TRONと比較すると、パソコン用OSで圧倒的なシェアを 誇るマイクロソフトの特異な性格が浮き彫りになる。まずTR ONがすべてオープンなのに対し、ウィンドウズは内部を公開 しないクローズド・システムで、応用ソフトの開発者にも見え ない部分がある。 たとえばワープロでかつてベストセラーとなった「一太郎」 の開発者は、その公開された部分だけを頼りにソフト開発を進 めなければならない。その一方でマイクロソフトのワープロ 「ワード」の開発者は、公表前からすべての情報を使って開発 できる。 これでは開発スピードと、ワープロの質の両面で公正な競争 はできない。マイクロソフトを独占禁止法違反から、OSの会 社と応用ソフトの会社に分割すべきだという議論が絶えないの もこのためだ。 TRONが人類の公共財として完全に公開されているのに対 して、ウィンドウズはマイクロソフト社が自社の専有物として、 それを武器に応用ソフトでの市場独占を進めつつある。その結 果、マイクロソフト会長のビル・ゲイツは98年時点で584億 ドル(約7兆円規模)と、米国一の資産家となっている。これ は米国民の下から45%、すなわち1億1,250万人の資産合計を 上回る額である。ウィンドウズによる市場独占は、このような 非常な富の集中をもたらしている。 ■5.マイクロソフトの横取り戦略■ はたしてマイクロソフトはこれだけの富の集中に見合った技 術的貢献をしているのだろうか。マイクロソフトの最初のOS はIBMパソコン向けのMS−DOSであったが、これは他社 が開発した既存のOSを買い取って短期間で改造したものだ。 またウィンドウズの「窓」機能自体も、ゼロックスのパロア ルト研究所で開発され、アップルのマッキントッシュが普及さ せたものだ。表計算ソフトの「エクセル」はロータス123の 後追いであり、ホームページ閲覧用のソフトのインターネッ ト・エクスプローラは、ネットスケープの物真似と言って良い。 こう見ると、今日までのパソコン技術の発展でマイクロソフト は目立った技術的貢献をしていない。 「窓」機能にしろ、ブラウザ・ソフトにしろ、他の企業が出 したもので当たると分かれば、ウィンドウズの次期バージョン で真似してその機能を取り込んでしまう。基本ソフトの中にパ ッケージとなって入っているのであれば、それを捨ててまで他 の会社のソフトを買う人は少ない。こうしてマイクロソフトは 競争者を駆逐し、市場を支配していく。その経済的成功は技術 的貢献というよりも、他社の独創的な開発成果を横取りしてい った販売戦略上の巧みさから来ていると言える。 ■6.ユーザーを犠牲にするマイクロソフトの独占■ 一企業の専有物となったOSが市場を独占することは、次の 二つの点で大きな問題を起こす。 第一に、一つの設計ミスや、一種類のウィルスが世界全体に 大きな被害を与えてしまうことだ。単一のソフトが世界中で使 われているとすれば、ウィルス攻撃をするにも、格好の標的と なる。 2001年7月に登場したコードレッドと呼ばれるウィルスは、 一月で25万台に感染し、損害額が20億ドルに達するとされ ている。筆者の聞いた話では、あるアメリカ企業などは、自衛 のために、マイクロソフトのメールソフトから発信されたメー ルは一切受け取りを拒否しているそうである。 第二の問題は、開発がマイクロソフト社内だけで行われるの で、技術進歩が遅いことだ。たとえば、TRONと同様、ソフ ト自体をオープンにして、世界中の専門家が開発に参画してい るリナックスでは、攻撃される可能性のある部分を大勢の目で チェックし、毎週のように修正部分が送られてくるという。ウ ィンドウズでは、マイクロソフトの技術者だけがこういう仕事 を担当するので、とてもこういう訳にはいかない。 このようにマイクロソフトは、OSの専有化による市場独占 を通じて、唯一神とも言える地位を築き、膨大な利益を上げて いる。進歩の遅さ、信頼性の欠如を押しつけられるユーザーは、 その人身御供とも言うべきか。 ■7.ユニコードによる文化制約■ もう一つ、一神教的性格を表しているのが、文字コードの問 題である。マイクロソフト、IBM、アップルなどの米国企業 が中心となって、ユニコードという国際標準文字コードを制定 した。 日本にはひらがな、かたかな、漢字などを表すJIS(日本 工業規格)コードがあり、韓国や中国ではその方式を使ってK Sコード、GBコードを作ったが、日本人がJISコードで書 いたメールを、韓国人がKSコードで読もうとすると、文字化 けしてまったく読めない、という問題が出てきた。 こういう問題を解決するために、各国の文字を収録した世界 統一コードとして開発されたのがユニコードである。しかし、 全体でも6万5千文字ほどの集録容量しかない所に、日本、韓 国、中国、台湾から選ばれた漢字だけでも5万4千文字ほどを 詰め込む必要が出てきた。これを各国で多少字体が異なっても、 もともとは同じ字だとして強引に2万9千文字にまとめてしま ったから話がややこしくなる。 たとえば、日本語漢字の「刃」の「ヽ」の部分が、中国と韓 国では「ノ」となっている。それらが同じ5203というコー ドで表される。しかもユニコードは代表字形を中国のものとし ている。ユニコードをそのまま使おうとすれば、日本人も中国 の字体を使うことを要求されるわけで、あくまで日本字体を使 おうとすれば、従来と同じようなローカルな変換プロセスが必 要となる。 欧米人から見れば、同じ漢字(チャイニーズ・キャラクター、 中国文字)が韓国や日本に伝わって、様々な字体が生まれたの を、そのまま膨大なデータ容量を使って集録することは、何と も馬鹿げたことだと思われたのだろう。 ■8.文化の多様性を生かす「超漢字」■ このような「合理的」発想は欧米人には無理のないことであ るが、問題なのはユニコードの委員会に参加していた日本人メ ンバーが、きちんと反対していなかったことだ。わが国にも昔 から漢字全廃論者や漢字制限論者が少なくなかったので、その 手合いが参加していたのだろうか。 一昔前、欧米人はタイプライターで高速に文章を書けるのに、 日本語は手書きしかできないので、日本語表記もローマ字のみ にして、タイプライターを使えるようにしようとか、ひらがな タイプライターを開発して、ひらがなのみの文章を書こうとい う提案が大真面目になされた。 その後、漢字かな混じりのワープロが発達して、今はこのよ うな提案も笑い話となった。技術的制約から文化的多様性を制 限しようとする案はかならず失敗する。なぜなら文化を変えよ うとすれば少なくとも数十年かかるが、その間に技術の方が進 歩するからである。 文化の多様性を生かすように、技術を発展させるべきである。 そのような思想に基づいて作られたのが、TRONの「超漢 字」である。現時点でも17万字強を収録し、日中韓の文字セ ットをすべてそのまま含んでいる。能力的には150万字以上 が収録でき、各国が自らで決めた文字セットをそのまま収録す ることができる。国際委員会による中央集権的な決定など必要 がないのである。 収録例には中国少数民族のトンパ文字などもあり、今まで本 の出版もできず、絶滅寸前にあった多くの文字、言語を救うこ ともできるだろう。 ■9.「違いが表現できるコンピュータ」を■ 文化の多様性を制限して世界の文字コードを統一しようとす るユニコードと、技術の工夫で多様性をそのまま生かそうとす るTRONの超漢字、ここにも一神教と多神教の世界観の違い がありそうだ。坂村氏は言う。 文化の特徴は「違い」にあると私は思う。そして、その 「違い」を理解し、楽しむことが二十一世紀の世界であり、 その意味で「文化の世界」になるだろう。それは「多様性 の世界」と言い換えることもできるが、この時に必要なの は「違いが表現できるコンピュータ」である。 日本は世界第二位の経済力とコンピュータ技術を持ち、 しかも多文字文化を持つ国家の一つでもある。そういう国 だからこそ世界に貢献できる道がある。それは「違いが表 現できるコンピュータ・システム」を構築することだ。 世界が期待しているのはこのような日本独自の発想に基づい たオリジナリティある提案である。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(033) 世界を支える匠の技術 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. 坂村健、「情報文明の日本モデル」★★、PHP新書、H13 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「情報文明、日本発」について sinsinさんより マイクロソフトの話が出ると、いつも思い出すのがプロジェ クトXで紹介されていたミスターVHSこと高野鎮雄さんの話です。 苦労して部下をリストラから守り抜き、VHSの試作品を他社に 公開して規格の普及を目指した話は何度聞いても目頭が熱くな ります。サラリーマンの鑑とも言える人です。 葬儀の日、ビクターの社員からの「ミスターVHS高野鎮雄さ ん ありがとうございます」の横断幕を横切りながら棺を乗せ た車が見送られたシーンでは涙が止まりませんでした。たとえ 何兆円稼いでも、物真似という後ろめたさは消せませんし高野 さんのように慕われる事も無いでしょう。 日本はグローバルスタンダードと言う名のアメリカンスタン ダードを崇拝するのをやめて、高野さんのようなやり方を誇り に思い継承して行くべきではないかと思います。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 科学技術というような「グローバル」な分野でも、日本人独 自の発想やアプローチがあってこそ、他国への貢献となり、評 価されるのでしょう。 ============================================================ mag2:27610 pubzine:3766 melma!:1968 kapu:1697 macky!:1272© 平成13年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.