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________Japan On the Globe(275) 国際派日本人養成講座_______ _/_/ _/ Common Sense:イチロー少年の育て方 _/_/ _/ _/_/_/ 現代の脳科学が明らかにする、やる気のある子 _/ _/_/ の育て方、教育荒廃の防ぎ方。 _______H15.01.12_____39,630 Copies_____685,864 Views________ ■1.僕の夢■ ある小学校6年生の男の子が、次のような作文を書いた。 僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。 そのためには中学、高校と全国大会に出て活躍しなけれ ばなりません。活躍できるようになるためには練習が必要 です。僕は三才の時から練習を始めています。三才から七 才では半年くらいやっていましたが、三年生の時から今ま では三百六十五日中三百六十日は激しい練習をやっていま す。 だから、一週間中で友達と遊べる時間は五、六時間です。 そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球選手に なると思います。そして、その球団は中日ドラゴンズか、 西武ライオンズです。ドラフト一位で契約金は一億円以上 が目標です。僕が自信のあるのは投手か打撃です。 去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、ほ とんどの投手を見てきましたが自分が大会ナンバーワン選 手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン三 本を打てました。そして、全体を通した打率は五割八分三 厘でした。このように自分でも納得のいく成績でした。そ して、僕たちは一年間負け知らずで野球ができました。だ から、この調子でこれからもがんばります。そして、僕が 一流の選手になって試合に出られるようになったら、お世 話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢の一 つです。とにかく一番大きな夢は野球選手になることです。 少年の夢は実現し、日本のプロ野球どころか大リーグでも屈 指の一流プレーヤーとなった。イチロー選手である。 ■2.狼少女カマラ■ その8歳くらいの少女は四つ足で歩き、床の上に置いた 皿に顔をよせてミルクを舌を使って呑んだ。言葉はしゃべ れず、夜になると狼のように遠吠えをした・・・。 1920年にインドで発見されたカマラは、生まれてから8歳く らいまで狼によって育てられた。宣教師だったシングという牧 師に発見されて手厚く看護されたのだが、9年後に亡くなるま でほとんど言葉も話せず、「人間らしさ」も発達させ得なかっ た。推定17歳でも「3,4歳の幼児並み」と記されているほ ど、知性も人間性も未発達のまま亡くなってしまったのだ。た だし、すべてが未発達だったわけではない。暗闇でも目が見え た。 カマラまでいかなくとも最近の日本では、教室の中を奇声を あげて走り回ったり、すぐにキレて暴力をふるったり、雑踏の 中で人の迷惑も考えずにジベタリアンしたりする、まさに動物 のような子供が増えている。 天才イチローから狼少女カマラまで、同じ人間でなぜこれほ どの違いがでるのか。その秘密は幼年期の脳教育にある事を現 代の脳科学は明らかにしつつある。 ■3.幼少期の大脳の驚くべき変容■ 脳の基本的な構成要素は、神経細胞(ニューロン)である。 そのニューロンどうしが、樹木状の突起をいくつも出して、そ れらの接点(シナプス)で化学物質のやりとりして、情報を伝 える。コンピュータに例えれば、神経細胞が演算装置で、それ らが相互にネットワークで繋がれた並列コンピュータと言って もよいだろう。 人間の知性を司る大脳皮質の中には、ニューロンが140億 個ほどある。そして幼少期にこの大脳皮質が驚くべき変容を遂 げる。赤ん坊が持って生まれた膨大なニューロンが、生後1年 以内に大量に死滅して1/6ほどになってしまうのだ。そして その後もニューロンは新たに作られる事なく、緩やかに減り続 ける。 生き残ったニューロンは、樹木状の突起を豊かに発達させ、 他のニューロンとの間に多くのネットワークを作っていく。 生まれてから6歳の頃までに、ネットワークの接点数は1.6 倍ほどになり、その後、緩やかに減っていく。ニューロンを大 量に作っておいて誕生後の環境で使われないものは死滅してい き、よく使われるニューロンはネットワークを発達させていく のである。 たとえば赤ん坊の眼に様々な映像が飛び込んでくるが、その 過程で視覚入力を受け取る脳の領域のニューロンが使われ、ネ ットワークが伸びて視覚能力が発達していく。不幸にも幼児白 内障にかかって視覚入力が閉ざされると、それに関連したニュ ーロンが死滅してしまって、その後で白内障が治っても、生涯 にわたってものがよく見えない。 逆にアフリカのサバンナに住むマサイ族は、幼少期から遠方 を見慣れているので、視覚能力が発達し、視力2などはザラで、 5も多い。視力とは眼球の物理的性能だけでなく、脳の働きも 大きいのである。カマラが暗闇でもモノが見えたというのは、 このためだろう。またイチローも小さい頃からバッティングセ ンターで150キロものスピードボールを打っていたというか ら、それによって動態視力を高度に発達させたと考えられる。 ■4.「幼年期の延長」■ こうした脳の劇的な変容に輪をかけるのが、人間に特徴的な 「幼年期の延長」(ネオテニー)である。人間は生まれた段階 ではサルよりもはるかに未熟であり、幼年期、少年期が、ほか の類人猿に比べると、1.5倍から2倍も長い。 幼年期は外界の刺激を受けつつ、脳がニューロンの大量死滅 やネットワークの発達で、大きな変容を遂げる時期である。 「幼年期の延長」によって、その変容が長期間続くことで、ヒ トの脳はサルなどよりもはるかに柔軟に、かつ高度に発達する。 逆に言えば、サルは相当成熟してから生まれてくるので、生 後の環境による個体差は小さいが、ヒトは生まれた後の幼児期 に環境によって、大きく能力を伸ばしたり、逆に伸ばせなかっ たり、という振れ幅が極めて大きい、ということになる。人間 だからこそカマラからイチローまでの違いが生じるわけで、サ ルならこれほどの個体差は生じないのである。 ■5.子守歌、語りかけ、高い高い、、、■ カマラになるか、イチローになるか、その違いは幼年期の環 境にある。もちろん遺伝的要因も30〜60%程度あるので、 誰でもがイチローになれるわけではないが、環境が悪ければ誰 でもカマラになってしまう。したがって子供を立派に育てるに は、幼年期の環境が非常に大切である。 言語能力を伸ばすには、幼児期に母国語にさらされる、とい う環境が不可欠だ。それも、単にラジオのニュースを流すとい う一方通行ではなく、母親が意識的に幼児に語りかけたり、カ タコトをしゃべりだしたら、よく聞いて相手になってやる、と いう双方向の環境が効果的である。 音楽的能力についても、ゼロ歳児の頃から良質な音楽を絶え ず聞かせると良い。聞かせる音楽はクラシックがよく、特にモ ーツアルトを聞かせるだけで、知能指数が10ポイントも伸び る、というデータがあるそうだ。また母親が子守歌を聞かせる ことで、音痴になりにくくなることが分かっている。 論理・数学的知能を伸ばすには、積み木をいじりながら、立 体物を作らせるのがよい。また運動能力を伸ばすには、「高い 高い」と身体を持ち上げたり、逆さまにしたり、適度に振り回 したりすることが効果的だ。自分で歩けるようになったら、裸 足で公園を走り回らせたりして、自由に運動させる。 こうして見ると、母親がいつも幼児と一緒にいて、語りかけ たり、子守歌を聞かせたり、「高い高い」をしたり、積み木で 一緒に遊んだり、公園で「あんよは上手」とヨチヨチ歩きをさ せたり、という「当たり前の環境」が、子供をきちんと育てる ためにいかに大切なことか、分かってくる。我々が一人前の大 人になれるのは、幼児期の母親の愛情のおかげなのである。 ■6.「群れ不適応」■ 視覚や運動に関する能力は、脳の機能の中でも基礎的なもの で、4歳ぐらいまでに完成する。読み書き、論理的思考などは 8歳から12歳頃までには形成される。 能力の中でもさらに高度なものに、他の人々との社会関係を 理解し、適切な社会的行動を行う「社会的知性」や、他者の感 情を理解し、自分の感情を適切にコントロールする「感情的知 性」がある。これらも遅くとも12歳くらいまでに、家族や遊 び仲間の中で鍛えなければならない。 たとえば、サルを生まれた直後に母親から隔離して1年ほど 人間の手で人工保育をし、その後、群れに戻す。すると、大抵 の場合、そのサルは群れでうまく生活ができなくなり、同年配 の子ザルからいじめられたり、オトナから攻撃されたりする。 こうした「群れ不適応」は生涯続き、オトナになっても適切 な配偶行動をとることができない。このようなサルが死んだ後 に脳を調べると、社会的知性や感情的知性をつかさどる前頭連 合野という脳の領域でのニューロンが激減している。 面白いことに2歳以上になったサルに対して、同様の隔離を しても、戻した当初は多少の障害はあらわれるものの、その後 は群れに適応できるようになる。サルの2歳は、人間の8歳に 相当する。 8歳までに、家族の中で親、兄弟、親類などとの様々な関係 を形成し、また近隣の年長・年少の入り混じった「ガキ集団」 の中で遊んだり、喧嘩したりする、という経験の過程で、子供 の社会的知性や感情的知性が豊かに発達し、大人になってから 社会で活躍するための基礎能力を作っていくのである。 ■7.「人間らしさ」を作る「自我」の働き■ 人間の能力には、基礎的な知覚、運動などから、高度な感情 的知性、社会的知性にいたるまで、さまざまなものがあるが、 これらをすべて統御しているのが「自我」である。自我は自分 の物理的、精神的状態を「自己認識」し、さらに目的に向かっ てさまざまな能力を駆使していく「自己制御」という役割を果 たす。 イチロー少年が将来一流のプロ野球選手になろうと練習に励 むのは、この「自我」の働きである。それは次のようにまとめ られる。 ・将来を展望して、夢を抱き、それを実現するための計画をた てる。 ・夢の実現のために自発的、主体的に行動し、特定の行動に集 中・熱中し、その過程で創造力を発揮する。 ・集中・熱中している時に幸福感を感じ、目標を実現した時に 達成感を感じる。 このような自我の働きこそ、サルとヒトとを分かつ「人間ら しさ」なのである。イチローから見習うべきは、このような 「人間らしさ」を最高度に発揮したという点であろう。野球選 手としての天才は、生まれながらの遺伝的才能を、この「人間 らしさ」が開花させた結果なのである。 特に「御世話になった人に招待券を配って応援してもらう」 事を夢に描くなどは、素晴らしい社会的知性の証である。全国 の小学生が、それぞれ自分の目指す分野で、イチロー少年のよ うな「人間らしさ」を発揮したら、どれほど素晴らしい社会と なることか。これが教育の目指すべき「夢」であろう。 ■8.脳科学が説明する「教育の荒廃」■ しかし、現実にはイチローのような少年はごく例外的で、 「教育の荒廃」現象がわが国を覆っている。その原因も脳科学 で説明可能のようだ。 たとえば「ADHD(注意欠損多動症)」と呼ばれる子供の 精神疾患がある。注意が極端に散漫で何事にも集中できず、授 業中でもじっと座っていられないで歩き回ったり騒いだりする。 これは自我や感情的知性、社会的知性を受け持つ前頭連合野で の機能不全を伴っている。その発生のメカニズムはまだ分かっ ていないが、遺伝的要因とともに、環境要因が複雑にからまり あっている、と言われている。 ADHDまで行かなくとも、「ADHD的」な子どもが増え ているのではないか。たとえば、集団の中でうまくやっていけ ない「引きこもり」、自分の感情をコントロールできずにすぐ にキレる「校内暴力、家庭内暴力」、自ら夢を描いたり、それ に向かって主体的な努力のできない「無気力・無感動・無関 心」、車内で平気でお化粧したり、騒ぎ廻ったりする「無神 経」、、、。 ■9.伝統的教育の脳科学的根拠■ これらの症状は、自我、感情的理性、社会的理性の発育不全 であると説明されると、納得しうる。発育不全の理由としては、 少子化や核家族化、都市化に伴う野原や広場の喪失などがあげ られるが、「フェミニズム」や「ゆとり教育」など科学的根拠 のないイデオロギーも、この傾向を助長していると考えられる。 女性の社会進出を支援するのは大切だが、だからといって数 十万年にわたって人類の進化を支えてきた幼児教育における母 性の大切さを根拠もなく否定することは、非科学的かつ犯罪的 だ。前述のように母親が常に赤ん坊とに一緒にいて、語りかけ たり、子守歌を聴かせたり、一緒に遊んでやることは、健全な 脳の発育のために不可欠なのである。 母親が外で働かなくてはならない場合も多いが、一人の「保 育士」が何人もの幼児を見る保育園だけでは不十分だろう。お 祖母さんなど周囲の大人が十分に赤ちゃんの相手をしてやって 欲しいものだ。 また家庭内で秩序を作り、社会の規範とルールを教え込むと いう「父性」の役割も社会的知性、感情的知性を健全に育むた めに必要である。中学や高校になってから生徒たちに規範やル ールを自ら考えさせようという「学級民主主義」では間に合わ ない。 また特に小学校低学年に「ゆとり教育」を適用することは、 肝心のニューロン間のネットワークを未発達のままにしておく ことで、子供の知的能力に生涯取り返しのつかないダメージを 与えてしまう。最近、子供に暗算や暗唱をさせることで驚くべ き教育効果を出している教育方法が注目されているが、それも 脳科学の理論から首肯できる。[a] 母親の愛情、父親の厳しさ、「読み書き算盤」といった伝統 的な育児・教育環境に潜んでいた合理性を現代の脳科学は明ら かにしつつあるのである。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(230) 「ゆとり教育」が奪う「生きる力」 長文暗唱にいきいきと取り組む子供たちの姿は「生きる力」が どこから来るか示している。 b. JOG(177) 一周遅れのフェミニズム 最近の脳科学が発見した男女脳の違いからフェミニズムを見て みると、、、 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. 澤口俊之、「幼児教育と脳」★★★、文春新書、H11 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「イチロー少年の育て方」について 眞穂子ちゃん(小4)より こんどのイチロ−の話、とてもよかったです。私は今杉山愛 や松岡しゅうぞうもでたテニスクラブに通っています。ウィン タ−キャンプのヘッドコ−チはフェルナンデスという有名な選 手だった人です。このクラブが家からすぐ近くにあるので私は 幸せです。4年生なのに中級クラスに入れました。中級では一 番小さいです。将来はテニスの選手になりたいのでアカデミ− 生に入るのが第一の目標です。イチロ−の話から努力とあきら めないことが大切だと思いました。とてもうれしかったです。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 小学校4年生からの嬉しいお便りでした。イチローのような 天才的選手には誰でもなれるとは限りませんが、イチロー少年 のように、一つの目標に向かって、活き活きと取り組む事は、 誰にでもできるでしょう。© 平成15年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.