JOG(276) 乱世、再び

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■■ Japan On the Globe(276) ■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        The Globe Now: 乱世、再び

         湾岸戦争は、米ソ冷戦による秩序が崩壊した後に
        始まった、新たな「乱世」の幕開けだった。
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■1.サダム・フセインの予言■

     1990年6月、イラク大統領サダム・フセインは、オーストラ
    リア生まれの政治評論家グレゴリー・コプレイに言った。冷戦
    が終わり、米ソ二極構造の崩壊した後には、各地に力の空白地
    帯が生じ、そこに地域的覇権国家群が登場するだろう。そして
    中東で覇権を握るのはイラクである、と。
 
     これが2ヶ月後のイラクによるクウェート侵攻の予言だった。
    サダムの野望はアメリカを中心とする連合国軍によって阻止さ
    れたが、敗戦後もサダムはしぶとく生き残り、今また第2次湾
    岸戦争の危機が迫っている。

     米ソが対立しつつも、それぞれの陣営を守っていた冷戦とは、
    一つの秩序であった。米ソそれぞれによって、多くの民族紛争、
    領土争いが押さえ込まれていたからである。サダムの言うとお
    り、ソ連が崩壊し、陣営内のタガがはずれると、とたんに各地
    で紛争が始まった。湾岸戦争は冷戦後の乱世の幕開けだったの
    である。現在の第2次湾岸戦争の危機も、その歴史的なパース
    ペクティブの中で捉えなければならない。
 
■2.冷戦後に多発した民族紛争■

     たとえば、ユーゴスラビア。国内に6つの言語があり、宗教
    もカトリック、ギリシャ正教、イスラムと多様な連邦国家だっ
    た。1991年6月、国境を接するオーストリアに近い風俗を持ち、
    住民のほとんどがカトリックを信仰するスロヴェニアが連邦離
    脱を宣言した。ギリシャ正教を信じ、スラブ意識の強いセルビ
    ア人を中心とするユーゴ連邦軍がそれを阻止しようと、内戦が
    始まった。
    
     独立を巡る内戦は、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィ
    ーナと繰り返されていく。ソ連軍が健在であれば、このような
    内戦は即座に戦車で踏みにじられたであろう。

     エチオピアの共産主義政権はソ連がキューバ軍を使って作っ
    た。しかし、ソ連が経済的窮乏から1989年8月に軍事援助を打
    ち切ると、自治領エリトリアのイスラム過激派が反乱を起こし、
    91年4月にはついに共産主義政権を打倒して、独立を果たした
    が、その後もエチオピアとの間で領土紛争が続いている。

     ソ連にタガをはめられていた世界各地の民族独立運動が息を
    吹き返し、そのための紛争が勃発したのである。
 
■3.サダムの野望■

     イラクもまたソ連の影響下にあった。ソ連は多数の軍事顧問
    をイラクに派遣し、イラク軍の指導に当たらせていた。冷戦時
    代にイラク軍がクウェートに侵攻したら、アメリカはそれをソ
    連の差し金と判断しただろう。それはかつてソ連がキューバ軍
    を使って、エチオピアを支配下においたのと同じ構図となる。
    アフリカならまだしも、石油供給の大動脈たるペルシャ湾への
    進出はアメリカとしても許せない。アメリカとの全面対決を望
    まないソ連は、サダムがクウェートの併合を企てても決して許
    さなかったであろう。

     しかし、ソ連とイラクの軍事同盟は、1987年に終わっていた。
    ゴルバチョフのもとで民主化・自由化を進めるソ連にはもはや
    イラクを押さえ込む意思も力もなかった。ソ連のタガははずれ、
    サダムは行動の自由を確保していた。軍事力は蓄積され、中東
    で覇権を握る機会は目前にあった。
 
     サダムは、紀元前6世紀に現在のイランからエジプトに至る
    版図を築いたネブカドネザル2世を礼賛していた。この王は紀
    元前586年にエルサレムを奪ってソロモン王の神殿を破壊し、
    ダヴィデ王以来のユダヤ王朝を根絶やしにした。サダムの御用
    ジャーナリストは次のように言っている。
 
         パレスチナのユダヤ人を、ネブカドネザルは征服した。
        彼について思いを馳せるのは、アラブ人ことにイラク人に
        いいたいからである。歴史は諸君に責務を課しているので
        あり、責務とは戦いであると。
        
     サダムは、ネブカドネザルの肖像と並んで立つ自分の姿を絵
    に描かせた。
        
■4.アメリカは介入するか■

     サダムは、イラクがクウェートに侵攻しても、アメリカは介
    入してこない、と判断していたようだ。1990年8月2日の侵攻
    開始後、ブッシュ政権が米軍の派遣を発表すると、サダムは8
    月17日に行った声明の中で、英米は8年間も続いたイラン・
    イラク戦争には直接の介入をしなかったではないか、と言った。
    
     侵攻の1週間ほど前、アメリカのイラク駐在大使エイプリ
    ル・グラスピは、サダムと面会した際に、イラクとクウェート
    との争いに関して、アメリカは「格別の見解はもたない」と言
    った。これでサダムは、アメリカの介入はないと読んだようだ。

     これをアメリカが謀略でサダムを暴発させたとする見方もあ
    るが、アメリカの偵察衛星は東欧のソ連軍の撤兵状況を監視す
    ることに忙しく、イラクの地図すら作っていなかった事から、
    アメリカの外交上の失敗と見る見方もある。
    
     いずれにせよ冷戦時代なら、アメリカが米ソ対決の危険を冒
    して、イラクを暴発させることなど考えられないし、またサダ
    ムが、アメリカは介入しないと読み誤る事もなかったろう。お
    互いがどう出るか分からないままに、手探りでゲームを続けな
    ければならないのが、乱世の習いである。

■5.「戦争に負けるよりも深刻」な事■

     8月2日朝の時点では、ブッシュ大統領は米軍を使用する計
    画はないと言っていた。しかし、偵察衛星からイラク軍がサウ
    ジの国境近くに展開している状況を知り、サダムがさらにサウ
    ジ東部の油田の奪取を企てていると読んで、米軍派遣を決断し
    た。
    
     このまま放置すると、サダムは中東8千万のアラブ人と世界
    の石油の半分以上を支配下に置くことになる。「中東の地図を
    書きかえ、世界の経済に打撃をあたえるような軍事的冒険を、
    合衆国は許すことができない」とブッシュは言った。
    
     アメリカの動きは予想外だったが、サダムは後に引けなかっ
    た。8月末にはこう発言したと伝えられている。
    
         もし私が島と油田とを保持するためにのみ引下るとすれ
        ば、国民は決して承知しないだろう。それは戦争に負ける
        よりも深刻だろう。
        
     また10月にはゴルバチョフの特使エルゲイ・プリマコフが
    サダムに会って「アメリカは戦争をはじめ、ソ連がそれを止め
    にはいることはないだろう」と言うと、サダムはごく平静に
    「分かっている」、「しかしイラクは戦争に敗れる」とプリマ
    コフがたたみかけても、サダムは驚くほど冷静に「おそらく」
    と応えた。
    
     戦争に負けても、欧米を相手に勇敢に戦ったというアラブ世
    界での名誉は残る。戦いで何十万人イラク国民が死のうと問題
    ではない。「戦争に負けるよりも深刻」な事とは、自分が卑怯
    者とされて失脚し、物理的生命を失う事を意味した。
    
     米軍はバクダッドまでは攻めてこないだろう。空襲だけなら
    生き延びられる。敗戦後も秘密警察で国民を締めつければ、政
    権は維持できる。この時点で、サダムは名誉ある敗戦を戦って、
    生き延びる道を選んだのである。このシナリオは成功し、サダ
    ムは今も政権を継続して、現在の第2次湾岸危機につながって
    いる。

■6.許されなかったイスラエルの反撃■

     乱世には群雄が割拠する。中東での動乱の目となってきたの
    がイスラエルだった。米ソの自由主義と共産主義のイデオロギ
    ー対決が消滅すると、その陰に隠されていた民族対立が表面化
    する。
    
     イスラエルは、1981年6月にイラクが開発中だったバクダッ
    ド近郊の原子炉を航空爆撃により破壊した。イラクはその直前
    にイスラエル全土を射程距離に収めたミサイルを配備しており、
    さらに核兵器開発を許すわけにはいかなかった。
    
     湾岸戦争で連合軍の攻撃が始まると、イラクは地対地ミサイ
    ルをイスラエルに撃ち込んだ。イスラエルが反撃すれば、湾岸
    戦争はアラブ対イスラエルの戦争となって、アラブ諸国は連合
    軍から離脱するだろうというのがサダムの戦略だった。
    
     アメリカもそれを読んで、イスラエルにはイラクに反撃する
    ことを許さなかった。イスラエル国民はイラクからのミサイル
    攻撃を受けつつ、十分に反撃する戦力もありながら、じっと耐
    え忍ぶしかなかった。アメリカのイスラエルに対する影響力が
    弱まっていたら、湾岸戦争は中東全体を巻き込む、より大規模、
    複雑な戦乱に発展していた恐れもあった。
    
     しかし、もしイスラエル空軍の出動が許されていれば、かつ
    ての原子炉爆撃のようにイラクのミサイル網を徹底的に破壊し
    て、その後の危険の芽を摘めたのに、というのが、イスラエル
    の言い分である。

■7.独裁者が核を持ったら■

     イスラエルのもう一つの言い分は、イラクの原子炉を破壊し
    たからこそ、イラクの核開発が大幅に遅れて、湾岸戦争も成功
    したという事である。確かにこの時点で、イラクが1個でも核
    兵器を持っている恐れがあったら、米軍も容易にイラクを攻撃
    できなかったろう。たとえ核ミサイルが未完成でも、核を積ん
    だ艦船や飛行機で自爆攻撃をかければ、アメリカの艦隊や地上
    部隊に甚大な被害を与えることができる。
    
     冷戦時代には、米ソがお互いに核兵器を持って、睨みあって
    いたからこそ、核戦争は避けられた。お互いに核ミサイルを撃
    ち込まれて、自国民を数百万人も殺される事はなんとしても避
    けたいと言う自制心が働いていたからだ。
    
     しかし、自国民が核兵器で大量に殺戮されても一向に構わな
    い独裁者に対しては、核を使ったら核で反撃するぞ、という脅
    しは効かない。サダム・フセインや金正日のような独裁者が核
    を持ったら、アメリカの武力をもってしても、容易には押さえ
    込めないのである。
    
■8.乱世に広がる核兵器■
     
     湾岸戦争ではアメリカの通常兵力の強さが実証されたが、同
    時にそれに対抗するには核兵器しかない事を乱世の雄たちは再
    認識した。彼らに核技術を供給したのが、旧ソ連から流出した
    核技術者であり、また中国であった。
    
     中国は冷戦時代から、米ソの狭間にあって、独自の核開発を
    進めてきた[c]。ソ連崩壊後は、米国の一極構造に挑戦する
    「乱世の雄」であり、同時に「死の商人」として、いくつかの
    反米国家に核施設やミサイルを輸出して外貨を稼ぎつつ、乱世
    を拍車をかけてきた。
    
     中国は国境紛争を戦ったインドを牽制するために、パキスタ
    ンに核技術を提供してきた。1989年に最初の軍事用原子炉が中
    国から届き、1998年にインドが核実験を行うと、すかさずパキ
    スタンも後を追って、地下核実験を成功させている。
    
     湾岸戦争後の91年、イラクの宿敵でありイスラム過激派のイ
    ランは、中国首相李鵬を迎えて、年間50億ドルの軍事産業支
    援協定を締結した。イランはそれまでにも中国から相当数のミ
    サイルを購入していたが、この協定を機に、年末には3千人に
    ものぼる中国人技術者がイランの軍需工場で働くようになった。
    92年7月には、中国製の核製造用原子炉2基が届いた。
    
     中国は最高指導者カダフィが独裁するリビアにも、原子炉を
    輸出したと言われている。

■9.乱世に生きる■

     冷戦時代、米ソ対立の狭間で、米軍に守られていた日本は、
    平和で安定した類い希な幸福の一時を過ごした。非武装平和主
    義は、この幸福な一時にのみ咲いたあだ花であった。
    
     米ソ冷戦が終われば、恒久的な平和がやってくるとの根拠な
    き楽観もそのあだ花の一つであった。冷戦とは一つの秩序であ
    り、それが消滅した後、新しい秩序が生まれるまでは、群雄が
    割拠し、しのぎを削る乱世となる。世界史を見れば、このよう
    な乱世の方が常態である。しかも、現在の乱世は、小国でも核
    さえ持てばアメリカにすら対峙できるのだ。
    
     このような乱世では、経済援助も軍事力強化につながる恐れ
    がある。日本の中国へのODAが軍事力強化につながっている
    という指摘は以前からなされてきた[d]。湾岸戦争前にイラク
    が外国の政府・民間から受けている経済援助の実に73%は日
    本からで、日本に対する累積債務は6千億円に達していた[b]。
    乱世の実情に無知のまま、善意の経済援助を続けることは、乱
    世に拍車をかけることになりかねない。
    
     乱世では、自らの生きる戦略や原則をはっきりさせる必要が
    ある。たとえば多くの地方自治体が非核宣言を行っている。そ
    れが単なるポーズでないなら、まず核を拡散させている中国や、
    ただ今現実に核を開発し、わが国に脅威を与えている北朝鮮に
    こそ、非難の声をあげなければならない。また一朝事ある時に、
    自衛隊が効果的に国民を守れるよう、法的整備も急がなければ
    ならない。
    
     ソ連や中国の核兵器には目をつぶって、米国の核にのみ反対
    する反核運動、自衛隊の手を縛る事だけを目的とした反戦平和
    運動は、幸福な冷戦時代のあだ花である。乱世にわが国がどう
    生きるのか、世界の現実を見つめつつ、主体的・戦略的に考え
    て行かねばならない。

■リンク■
a. JOG(019) Neck in the sand
   日本の経済的繁栄を守るために、なぜ米国青年が血を流さねば
  ならないのか?
b. JOG(211) 湾岸戦争、日本の迷走
   湾岸戦争での最大の貢献をしたわが国が、なぜ、罵倒されねば
  ならなかったのか? 
c. JOG(186) The Globe Now: 貧者の一燈、核兵器
   9回の対外戦争と数次の国内動乱を乗り越えて、核大国を目指
  してきた中国の国家的執念。
d. JOG(004) 中国の軍事力増強に貢献する日本の経済援助
   核ミサイルや兵力を迅速に移動するためには、鉄道、幹線道路
  などの輸送網、通信網の整備が不可欠で、その部分の強化に日本
  のODAが使われている可能性がある。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 村松剛、「湾岸戦記」★★★、学研M文庫、H14
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「乱世、再び」について

                                            匿名希望さんより

     今回の乱世再び、興味深く読ませて頂きました。私が心配な
    のはやはり日本が今の時代にどう生き残っていくかですね。ち
    ょっと話が大きくなりますが暗い話題が多い中、ちょっとぐら
    い夢見ても良いかと思い書いてみます。

     まず今の中東にほとんど依存している石油の問題です。冷戦
    中は考えられなかったですが、サハリンの原油を買い付ける方
    策を立てる。これは「日本は中東の石油を依存しているくせに、
    いざ危なくなると戦争にも協力しない」といった批判に対して
    「じゃあ他を当たらせてもらいます」と言える状況を作ってお
    くこと。私が納得できないのはアメリカの石油利権確保のため
    の戦争に自衛隊員が犠牲になるのはまっぴらだと言うことです。
    それと核融合の技術開発に国を挙げて、官民一体となって取り
    組む。日本は昔から資源の無い国だと言われてきました。しか
    し核融合炉が実現すると、海に囲まれた日本は逆に大資源国に
    なり、エネルギー問題解決に大きな力になります。今までの核
    分裂の原発に比べて、半減期の比較的短い放射性廃棄物なので
    安全性の面でもかなり有利になると思われます。

     中国の問題。日本のODAが中国の軍拡そして武器輸出、他国
    への資金援助に使われテロを支援する事になるので、中国への
    ODAをやめる。台湾をもっと大切にする。本当なら日台同盟で
    も結んで中国の軍事的脅威に対抗しても良いはずです。そして
    インドともっと親密な関係を築く、これは中国の東方への膨張
    をくい止めるのに絶対に必要だと思います。インドの日本びい
    きは有り難いですね。昭和天皇が崩御された時1週間に渡って
    喪に服してくれた事は、我々が忘れてはいけないと思います。
    またパール判事のご恩を忘れてはいけません。

     中東のアフガンを初めとする諸国の沙漠緑化に国を挙げて取
    り組む。日本を中心に、沙漠緑化を進めるチームを多国籍で作
    る。多国籍チームを保護するために自衛隊の派遣をする。「情
    けは人の為ならず」を実証する事です。これらの国に緑が戻り
    豊かになれば日本にとっても有益になるはずです。なぜなら
    「世界の幸せの為に活動している日本」VS 「自国のエゴしか
    考えないアメリカ」という図式が出来上がり、国際世論を日本
    の味方にしていく事も可能ではないかと考えます。そして環境
    問題の解決に役立つと思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     これ位、大きなスケールの戦略を考える青年が、どしどし出
    てきて欲しいものです。

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