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■■ Japan On the Globe(284) ■ 国際派日本人養成講座 ■■■

                 Common Sense: かくも長き忘却

         20年以上も拉致問題を放置してきたのは、我々が何か
        大切なものを忘れていたからではないか?
■■■■ H15.03.16 ■■ 38,524 Copies ■■ 754,620 Views ■ 

■1.日本政府の助けをひたすら待った■

     北朝鮮に拉致されて24年、ようやく帰国できた蓮池薫さん
    は、その兄・透さんによれば、拉致された当初の3年間は日本
    の政府が助けてくれるのではないかと、ひたすら待ったという。
    しかし、何も起こらず、諦めて北で生きる決意を固めるしかな
    かった。
    
     薫さんは帰国当初、「日本人であると同時に、共和国の公民
    としての葛藤がある」(透さん)ようだった。二人は激しく言
    い争い、赤坂プリンスホテルでは母親のハツイさんが、せっか
    く巡り会った兄弟がそんなに喧嘩するなら「自分はこのホテル
    から飛び降りて死ぬ」と言った。この言葉と、政府が帰国した
    5人を北へは戻さないと決断したことが、心を大きく開くきっ
    かけになったという。
    
     薫さんとしてみれば、24年間も自分たちを忘れていた日本
    はもはや祖国というに値しない国だったであろう。まして「こ
    のまま日本に留まりたい」などと言った後に、日本政府が自分
    たちを北朝鮮に送り返したりしたら、どのような運命が待って
    いるか明らかだ。一家もろとも事故死とされて消されてしまっ
    ても何の不思議もない国なのである。
    
■2.「何故私たち皆が」■

     ところが、その日本には必死に自分たちを捜し、ひたすらに
    生還を待っていてくれた両親がいたのである。
    
         拉致されて24年間は、両親にとっては悲しみ、苦しみ
        の一日一日の積み重ね、私たちを探し出す苦労の24年間
        だと感じることが出来ました。
        
     そしてようやく日本政府は5人を返さないと決断した。薫さ
    んは「拉致事件が、単なる一個人ではない国と国との大きな問
    題であると感じました」と言ったが、この時、はじめて薫さん
    は自分たちを護ろうとしてくれている日本国の国家意思を感じ
    たのではないだろうか。
    
     同じ頃、皇后陛下のお言葉が新聞各紙に報道された。
    
         小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、
        初めて真相の一部が報道され、驚きと悲しみと共に、無念
        さを覚えます。何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来
        事として、この人びとの不在をもっと強く意識しつづける
        ことが出来なかったのかとの思いを消すことができません。
        今回の帰国者と家族との再会の喜びを思うにつけ、今回帰
        ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあま
        りあり、その一入(ひとしお)の淋しさを思います。
        
    「何故私たち皆が自分たち共同社会の出来事として、この人び
    との不在をもっと強く意識しつづけることが出来なかったの
    か」との痛切な自省の御心を偲ぶべきである。本誌でも、拉致
    問題に否定的な言動を放って、問題解決を遅らせてきたマスコ
    ミや政治家、官僚を取り上げてきたが、彼らの過ちを見過ごし
    てきたのは、我々日本国民全体の「不作為の罪」と言える。そ
    れは我々が何か大切なものを忘れていたからではないか。
    
■3.「朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」■

     拉致被害者の家族が「国」を頼る時、まず訪れたのは警察か、
    外務省であった。姉・るみ子さんを拉致された日本人被害者の
    家族連絡会事務局次長・増元照明氏はこう語る。
    
         私たち家族は政府に対して根強い不信感を持っています。
        法務省に人権侵害といってもとりあげてくれない。警察庁
        に行っても外務省の管轄といわれ、その外務省や首相官邸
        に頼んでも何もしてくれなかったのです。[1]

     まず警察はどうだったのか? 警察の管理と運営を行うのは
    国家公安委員会であるが、その委員長だった梶山静六氏は昭和
    63(1988)年3月26日の参院予算委員会でこう答弁している。
    
         昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らく
        は北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明
        が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかん
        がみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなけ
        ればならないと考えておりますし、本人はもちろんでござ
        いますが、ご家族の皆さん方に深い同情を申し上げる次第
        であります。
        
     梶山氏の答弁には家族の悲しみ苦しみを思いやる同情ととも
    に、なんとしても拉致された人々を取り返したいという心情が
    にじみ出ている。国会で「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と
    国名まで明言して言うからには、相当の証拠を掴んでいたので
    あろう。
    
■4.外交交渉をしたくない?外務省■

     国家公安委員長がここまで「濃厚な疑い」を明言した以上、
    それを外交の中で追求していくのは外務省の役割である。その
    外務省はどう対応したか。
    
         拉致疑惑には亡命者の証言以外に証拠がないわけなんで
        すから慎重に考えないといけないんですね。韓国の裁判で
        証言があるといったって、韓国に捕まった工作員だから、
        彼らは何を言うか分からない。(阿南惟茂アジア局長、平
        成9年10月)
        
    「韓国に捕まった工作員」とは辛光洙である。原勅晃さんを宮
    崎の海岸から拉致し、原さんになりすまし、原さん名義のパス
    ポート、免許証を使って、日本や韓国に潜入して工作員活動を
    行っていた拉致実行犯である。証言以外にもパスポートや免許
    証という物証がある。
    
     物証と証言と、これ以上にどんな「証拠」をあげれば、外務
    省は北朝鮮に拉致疑惑をつきつけて「原さんを返せ」と言って
    くれるのか? 阿南氏の発言からは、被害者やその家族にたい
    する同情のかけらも感じられない。これでは拉致疑惑に関する
    交渉はしたくない、と言っているのと同じだろう。
    
■5.拉致にこだわるのは国益に反する?!■

     交渉をしたくない、どころか、すべきでないと明言している
    のはその後任のアジア局長・槙田邦彦氏である。

         たった10人のことで日朝国交正常化交渉がとまっても
        いいのか。拉致にこだわり国交正常化がうまくいかないの
        は国益に反する。(平成11年12月、自民党外交部会)
        
    「たった10人」という言葉使いに、槙田氏の酷薄な人権感覚
    が窺われる。同時に問うべきは「たった10人」くらい拉致さ
    れても構わずに追求すべき「国益」とは何なのか、という事で
    ある。
    
     国益とは国民の幸福を実現することであり、またその大前提
    として国民の生命や安全を守ることである。国交を我々の友人
    つきあい、国益を我々自身の幸福と置き換えてみればよい。自
    分の子どもを拉致するような誘拐犯と仲良くして、どんな幸福
    がもたらされると言うのか。
    
     さらに国交正常化後に北朝鮮に経済協力をしたりすれば、国
    民を数百万人も餓死させて平気な金正日・独裁政権を長続きさ
    せることになる。それは北朝鮮人民の「国益」のためにも有害
    であろう。
    
     こういう事を理解せずに、槙田氏が「国交正常化=国益」と
    短絡的に考えていたとしたら、外務省官僚としては不見識の極
    みである。またこの点を知りつつも、北朝鮮との国交正常化を
    成し遂げた人物として名を残すことを求めていたならば、それ
    は「国益」ではなく「私益」の追求である。いずれにしろ、真
    の「国益」を理解し追求しえない人物が外務省を牛耳っていた
    のであり、それを見過ごしていた我々国民の「不作為の罪」も
    重大である。

■6.家族、国民、政府、外務省の思いがようやく一つに■

     もっとも、外務官僚の中にも見識と真心のある人は少なくな
    いことは、拉致被害者帰国後の北朝鮮との交渉を見てもよく分
    かる。鈴木勝也担当大使や斎木昭隆アジア大洋州局参事官のク
    アラルンプールでの交渉ぶりを被害者家族は次のように一様に
    高く評価した。[2]
    
         いままでにない迫力で交渉していただいたことを大使の
        口から直接聞き、今度はだいぶ違うと納得した。北朝鮮は
        少しは骨身に感じたのではないか。
        
         交渉の模様を聞いて、筋を通し、家族の立場に立って交
        渉してくれたとの感を一層深くした。五人の家族が帰国で
        きなかったことは残念だが、交渉自体は高く評価しており
        ます。
        
         私たち家族、国民、政府、外務省の思いがようやく一つ
        になってきたなと感じた。
        
     安部晋三・内閣官房副長官が拉致問題に関して前面に出るよ
    うになって、政府の動きも急に変わってきたという印象を受け
    る。心ある政治家がいれば、心ある官僚が引き立てられて、
    「家族の立場に立っ」た外交が実現できるのである。阿南氏や
    槙田氏のような外務官僚がエリートコースに乗っていたのは、
    そうさせている政治家の問題であろう。
    
■7.自国民への無関心と北朝鮮支援への執念■

     その政治家たちは拉致問題にどう対応したか。与党の代表と
    して、小渕内閣では官房長官、森内閣では自民党幹事長として、
    要職を歴任した野中広務氏を取り上げてみよう。野中氏は平成
    9年6月24日、自民党本部での講演で次のような発言をして
    いる。
    
         声高に「拉致事件を解決しよう」といったところで、
        「証拠がない」といわれたら終わりだ。・・・
        
     先に述べたように、工作者の証言も物証もあるのであり、ま
    たたとえ証拠不十分でもとにかく拉致された国民をなんとか救
    い出そうという気迫がまるで感じられない言いようである。そ
    の一方では、野中氏は北朝鮮への米支援には異常な熱意を燃や
    した。産経新聞(平成10年4月7日)では次のような発言が
    報じられている。
    
         拉致疑惑があるから食料を送るなとの意見は強いが、
        (北朝鮮とは)従軍慰安婦や植民地、強制連行があった。
        近くて近い国にしたい。日本はコメが余っているのに隣人
        を助けることが出来ないのは恥ずかしい。壁を破ってでも
        食料援助をすべきだと思っている。

■8.「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃない■

     日本側に「従軍慰安婦や植民地、強制連行」という「前科」
    があるのだから、拉致問題に関して大きな事を言えない、とい
    う論理をもっと露骨な形で表明したのが、秘書給与の流用問題
    で辞職した社民党の辻元清美である。辻元はネット上でこう公
    言してはばからなかった。
    
         国交正常化の中では、戦後補償が出てくるでしょう。日
        本は、かつて朝鮮半島を植民地にして言葉まで奪ったこと
        に対して、北朝鮮には補償も何もしないのだから、あたり
        まえの話です。そのこととセットにせずに、「9人、10
        人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃないと思います。
        
     こういう「前科者」史観がいかに史実と矛盾するかは、本誌
    でも論じてきた。朝鮮半島では日本統治の間にコメ生産量が倍
    増、人口も2.4倍と高度成長をしていた事[a]、民間による慰
    安婦はいたが、軍が強制連行した「従軍慰安婦」などはいなか
    った事[b,c]、等々。
    
    「強制連行」を「拉致」と同次元に見るのも単純な誤りだ。当
    時、「強制連行」などという言葉はなく「徴用」と言った。国
    民に労働義務を課すことを「徴用」、兵役義務を課すことを
    「徴兵」という。徴兵制度は現在でも多くの国が採用している。
    
     日本では終戦の前年には国民徴用令が施行されて学生も工場
    や農村で働くことになった。当時の朝鮮の人々も日本国民だっ
    たから、この徴用令が適用された。これを「強制連行」と言い
    換えて朝鮮人だけ「拉致」されたかのように言うのは、史実の
    ねじ曲げである。
    
     このような「前科者」史観によって、多くの国民が自国を罪
    悪視する思想を植え付けられた。それが「証拠がないから」
    「お互い様だ」などと言う言い訳によって、「この人びとの不
    在をもっと強く意識しつづけることが出来なかった」一因であ
    ろう。

■9.「真の自由な民主主義社会」となるために■

     1987(昭和62)年11月、大韓航空機をミャンマー付近海上
    上空で爆破したテロリストの一人、金賢姫は拉致された日本
    人・田口八重子さんと見られる李恩恵から日本語を教わった。
    金賢姫は、「忘れられない女(ひと) 李恩恵先生との二十ヶ
    月」(文藝春秋)の中で、田口八重子さんが日本海の果てを見
    つめて涙ぐんでいたことなどを回想しつつ、こう述べている。

         一日一日を一生懸命生きていく平凡な人間を、一人一人
        大事に扱ってくれる社会こそ、真の自由な民主主義社会だ
        と私は考えます。田口八重子の召還のために日本のみなさ
        ますべてが気持ちを一つにすれば、たとえ李恩恵(田口八
        重子)の存在自体を否定している北朝鮮であっても、彼女
        を日本に送り返さざるを得ないでしょう。いまも北朝鮮の
        奥深い山の中で故郷と家族を懐かしみ、涙を流している田
        口八重子を放っておいて「良心」とか「正義」という言葉
        を口に出すことは出来ない・・・

    「一日一日を一生懸命生きていく平凡な人間を、一人一人大事
    に扱ってくれる社会」とは、皇后陛下の「何故私たち皆が、自
    分たち共同社会の出来事として、この人びとの不在をもっと強
    く意識しつづけることが出来なかったのか」との問いかけに通
    じている。国家の原初の姿とは、国民がお互い一人一人を大事
    に扱って生きていく「共同社会」である。
    
     この事を、我々は戦後植え付けられた「前科者」史観によっ
    て長らく忘れてしまっていた。これが拉致問題がかくも長き間、
    放置されてきた理由であろう。20数年ぶり生還した拉致犠牲
    者の方々によって、我々は国家とは「共同社会」であることを
    思い出しつつある。それは「真の自由な民主主義社会」への道
    である。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(254) 「親日派のための弁明」を読む
    私たちは国を奪われたのではなく、日本というましな統治者 
   を受け入れたのである。 
b. JOG(106) 「従軍慰安婦」問題(上)
    日韓友好に打ち込まれた楔。 
c. JOG(107 「従軍慰安婦」問題(下)
    仕掛けられた情報戦争。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 山際澄夫、「拉致の海流」★★、恒文社、H15
2. 産経新聞、「【家族よ】混迷する拉致問題」、H14.11.01、
   東京朝刊、31頁
3. 三浦朱門、「戦時中の労働徴用を「強制連行」と言うな」
   産経新聞、H14.10.17朝刊
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「かくも長き忘却」について 能面通さんより

     そんな以前でない日に買った週刊誌のクラビアに金賢姫がい
    た。やはり、うつむいて、表情は暗い。何故だろう、と思案を
    巡らせた。結婚したのは知っている。その前に、助命されたの
    も。たとえそれが、政治家の権力外交のシナリオどおりだとし
    ても生命はある。こうやって取材も、本人の真意はともかく、
    かっての自分の日本語の先生への恩返しだとしても。...
    
     やはり故郷なんだな。家族のことなんだな。自分だけがひと
    安心でも、愛する人たちのことを想って、明るくできないんだ
    な。まだ、続いてるんだ。まだわたしは闘いを継続しています。
    その答えが、あのうつむいた、押し黙った表情なんだな。...
    
     浅はかなのは、こちらでした。つい日本のTVの家庭ドラマ
    感覚で、一刻も早く勝手にハッピーエンドにもっていきたがる。
    これは旧体制を打破して、真の民衆の自由と平和を意欲する、
    厳格で真っ当な闘いなのだ。目覚める者よ、こころして聞け。
    不当に虐げられる人々のおもいを共感せよ。彼らとともにあれ。

■ハマダさんより

     被害者の方たちがどんなに辛かったか、私たちがどれほど薄
    情だったか、今更ながらに思い知らされ、涙が止まりません。

     新しい歴史教科書の登場やテロ事件の頻発など、最近の流れ
    を見ていると、なにか大きな力が日本を本来の日本に戻そうと、
    人々を揺さぶっているようにすら思えます。先人を見直せと。
    「国」とは何かを見直せと。

     そして、拉致事件です。被害者の方々は、壊れてしまった日
    本を建て直すための、歴史上の人柱ででもあるのでしょうか。
    なんともやりきれません。人柱を出さなければ国を建て直すこ
    ともできない、私たちはそんな情けない国民であったのかと。

     帰国した方々は、テレビなどで拝見するたびに表情が柔らか
    くなっています。まだ間に合うのではないか、これまでの薄情
    ぶりの償いをするには。あの人達を、人柱にしたままで終わっ
    てなるものか。とらわれた人達をご家族共々取り戻し、あの人
    達の壊された人生の埋め合わせをしなくては「国の建て直し」
    は成らない。そう思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     拉致被害者の家族の方々の戦いは、我々を目覚めさせつつあ
    ります。

■なみおさんより

     わたくしは戦後に今話題のピョンヤンから引き揚げて来た引
    揚者です。実体験の人間です。この拉致問題については非常に
    関心があり、政府をはじめここに出て来る政治家達の見識には
    蓮池透氏が外務省は「敵」だと言った思いがよくわかります。
    38度線を越え米国の管理下に逃亡出来た時は、子供心(当時5
    歳)にこれで助かったのだ、本当にアメリカは私達にとって味
    方なのだという実感を味わいました。それにしても戦後の日本
    では何と言う政治家や官僚を輩出して来たのでしょう。

     戦後教育の問題がいま議論されていますが、確かに戦前の教
    育にも問題ある部分はあったと思いますが「戦前の事は全て否
    定する」この事が日本を駄目にしている大きな原因である事に
    気付いて欲しいものです。辻元氏は北朝鮮に対する日本の戦後
    補償に触れ、多くの政治家が当たり前みたいにこれを主張しま
    すが、われわれが現地に置いてきた全ての財産、同時に日本が
    築いてきた財産はどうなるのですか? 自虐的になるのもいい
    加減にして欲しいと言いたい。戦後生まれのあなたに、大きな
    顔してその様な事を言って貰いたくないという心境である。世
    界から見ても「悪いものは悪いという」常識を持つべきである。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     自らの歴史の否定が、政治の混迷を招いています。

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