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■■ Japan On the Globe(298) ■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        The Globe Now: FSX 〜 日米同盟の危機

         次期支援戦闘機FSXに端を発した日米同盟の危機は
        いかに回避されたのか?
■■■■■ H15.06.22 ■■ 39,698 Copies ■■ 849,883 Views ■

■1.「ニュー・ゼロ・ファイター(新しい零戦)だ」■

     画面にはコンピュータ・グラフィックスを使った戦闘機の映
    像が映し出されていた。三菱重工自慢のシミュレーション・ル
    ーム。日本側が開発しようとしている次期支援戦闘機FSXの
    説明がサリバン国防次官補代理を団長とする米国調査団に対し
    て行われていた。
    
         次期支援戦闘機は、現在のF−1よりはるかに大きな主
        翼を持ち、対艦ミサイル4発と対空ミサイル2発の搭載が
        可能です。補助尾翼カナードを備えて旋回能力を高め、一
        段と優れた戦闘攻撃機となります。行動半径は約830キ
        ロに拡大。レーダーには、通称トンボの眼と呼ばれ、同時
        に多数の目標を捕らえることのできるフェイズド・アレ
        イ・レーダーを装備したい。加えて、相手のレーダーに捕
        捉されにくいステルス性を備えるものとします。
        
     日本独自の成形技術により、鉄よりも強くアルミよりも軽い
    炭素系繊維で作られた翼が実現した。それによって機体は大幅
    に軽量化され、航続距離はぐんと伸び、ミサイルの搭載量も格
    段に増やすことができる。また高度なコンピュータ制御により、
    機首を正面に向けたまま、1秒間に15メートル以上も上下左
    右に移動できる「義経の八艘飛び」や「蟹の横這い」が可能と
    なる、、、
    
     サリバンはつぶやいた。「ニュー・ゼロ・ファイター(新し
    い零戦)だ。日本は、新しいゼロ・ファイターを作り出そうと
    しているのかもしれない。」

■2.FSX自主開発への道■

     名機・零戦を生み出した三菱重工業・名古屋航空機製作所は、
    敗戦後、航空機の開発・製造を禁じられ、漁船や自転車の生産
    でかろうじて生き延びていた。昭和29(1954)年、航空自衛隊
    の創設とともにF86Fが主力戦闘機として採用され、三菱重
    工は航空機の生産を再開した。と言っても当初はアメリカから
    送られてきた機体の各部を組み立てるだけの「ノックダウン方
    式」だった。ついで与えられた設計図通りに生産を行う「ライ
    センス生産方式」に進んだ。
    
     70年代の主力戦闘機F4EJファントム、80年代のF−
    15Jイーグルと三菱重工は生産を担当し、その過程で着々と
    技術を貯えていった。85年に防衛庁はFSXと呼ぶ次期支援
    戦闘機の検討に入り、国内開発の意向を固めつつあった。支援
    戦闘機とは陸、海各自衛隊を支援して、交戦中の敵陸上部隊や、
    海上部隊を攻撃する役割を持つ。
    
     防衛庁や通産省はFSXの独自開発を通じて、民間に強力な
    航空機産業を育てようという戦略を持っていた。主力戦闘機は
    アメリカから購入しているので、支援戦闘機の方は自主開発し
    ても問題はないだろうと読んでいた。

■3.勝負どころ■

     昭和62(1987)年6月28日、日米防衛首脳会談の前日、栗
    原祐幸・防衛庁長官とワインバーガー国防長官とがそれぞれの
    スタッフとともに、ホテル・オークラの一室で非公式の会談を
    持った。頃合いを見てアーミテージ国防次官補がFSX問題を
    切り出した。
    
         日本の目指す自主開発なるものは、コスト面から現実離
        れした計画であるばかりではない。もしあなたがたがどう
        しても国産機にこだわるなら、戦後営々と築いてきた両国
        の安全保障関係そのものに傷がつくことにもなりかねない。
        アメリカは日本の独自開発を断じて認めるわけにはいかな
        い。
        
     それを聞いた栗原の表情がにわかに険しくなった。
    
         FSXは、わが国民の税金で造るものだ。従って、独自
        開発がいかんというような議論は、わが国の自主性、わが
        主権を侵しかねないものだ。こんな発言が、ひとたび外に
        漏れれば、日本国内に大きな反発を招くことになる。日本
        はアメリカに比べて小さい国かもしれんが、私もこの国を
        しょっていることには違いない。あなたがたが一方的な発
        言をされるなら、こちらも断じて黙っているわけにはいか
        んのです。
        
     ここを勝負どころと見た栗原は、「要は、日米両国が持てる
    技術の粋を集めて良いものを創りだしていくことだと思う」と
    落とし所を匂わせると、ワインバーガーも応じた。
    
         栗原さん。アメリカの戦闘機に、あなた方が持つハイテ
        ク技術を注ぎ込んで、ひとつ存分に改造してみてはどうで
        しょうか。

■4.合意■

     2時間近くの交渉は決着した。既存機をそのまま日本に買わ
    せようというアメリカの圧力を栗原はなんとかかわした。また
    ワインバーガーも日本の独自開発をようやく断念させた。アー
    ミテージは、こう述べている。
    
         数多くの日米交渉に携わってきたが、あれほど険しく、
        先の読めない会談は無かったと思う。栗原は実に手強く、
        あっぱれなネゴシエーターだった。ノー・ウィナー、ノ
        ー・ルーザー。最良の外交交渉とは、勝者も敗者もつくっ
        てはならないのだ。
        
     しかし、その後の細目交渉は難航を続け、最終合意に達した
    のは、1年半も後の1989年1月12日だった。93年までにFS
    X試験機4機を創り、その4年後から120機の製造を開始す
    る。総額12億ドルの研究・開発予算のうち、アメリカ側には
    40%が割り当てられる。生産段階でのアメリカ側分担比率は
    同程度とするが、設計が完了した段階で改めて取り決める。日
    本はベースとなるF−16のライセンス料として1機あたり
    50万ドル支払う、等々であった。
    
     この時点でブッシュ次期政権の発足が迫っており、議会での
    承認は新政権への宿題として持ち越された。この遅れが日米関
    係に大きな危機をもたらすことになる。
        
■5.反FSX派の旗揚げ■

     就任したばかりのブッシュ大統領の最初の賓客として2月2
    日、竹下首相がワシントンに招かれた。この事実は大統領がい
    かに日米関係を重視しているかを物語るものと、アピールされ
    た。しかしブッシュ大統領の声明からは「FSX計画の推進」
    という文言は削除されていた。
    
     実はこの朝、12名の有力上院議員が連名でFSX計画に反
    対する書簡をホワイトハウスに送り届けていたのであった。F
    SX計画は、先端技術を日本に供与することによって、アメリ
    カの誇る航空機産業まで優位性を失う恐れがある、という論旨
    であった。
    
     反FSXの声は、ブッシュ新政権の内部からもあがっていた。
    商務省や労働者は、この問題を日米貿易不均衡問題に絡めてこ
    う主張した。
    
         FSX合意は、アメリカの航空機産業に関わる労働者の
        雇用を確保するという視点を欠いている。5百億ドルもの
        貿易黒字を抱える国が、なぜアメリカから、直接、戦闘機
        を購入しないのか。アメリカから輸入すれば、貿易不均衡
        の解消とアメリカ国内の雇用機会の創出を同時に果たせる
        ではないか。日本には、こうしたアメリカの立場を明確に
        説明したのか。
        
     日本との交渉に携わった国務省・国防省は説得力ある反論が
    できなかった。商務省は日米半導体交渉などを通じて、根強い
    対日不信感を抱いていた。アーミテージ国防次官補は、反FS
    X派の対日観をこう分析している。
    
         商務省と国防総省では、対日観がまったくかけ離れてい
        るのだ。われわれペンタゴンは、日本との相互信頼に基づ
        いて、戦後の防衛協力体制を築いてきた。だから、防衛庁
        との間には百パーセントの信頼関係がある。だが、商務省
        は違う。日米交渉の末、決まった取り決めを日本は遵守し
        ない、と信じている。日本は合意内容に抜け道を見つけて
        合意を踏み躙る、と疑ってかかる。FSX計画に対する両
        省の対応の違いも、つまるところ、こうした対日観の違い
        なのだ。

■6.日米同盟の危機■

     3月20日、松永駐米大使がべーカー国務長官に招かれて、
    その執務室に入ると、中にはべーカーと並んでチェイニー国防
    長官、モスバッカー商務長官、スコウクロフト国家安全保障担
    当大統領補佐官と計4人もの閣僚級が待ちかまえていた。べー
    カーはこう切り出した。
    
         松永大使。FSX計画には議会の反対が強く、このまま
        では議会通告に踏み切ったとしても、承認の見通しは立ち
        かねます。従って、われわれとしては、日米両国政府の合
        意内容を「明確化」する必要がある、と判断したのです。
        
    「明確化」とは、べーカーが選び抜いた言葉であった。その意
    味を松永は見逃さなかった。「見直し」とか「再検討」と言え
    ば、いったん両国政府が合意した内容を、アメリカ側が一方的
    に反古にしたことになる。日本の自主開発派は主権国家間の交
    渉では前例の無い事と非難を浴びせかけよう。レーガン前政権
    の面目を潰すだけでなく、日米両国の信頼関係に重大な亀裂を
    生じさせてしまう。と言って、今の合意では米国議会の承認を
    得られず、FSX計画は流産となってしまう。
    
     日本国内でのFSX自主開発を主張する勢力と、アメリカ国
    内で米機購入を要求する勢力との狭間で、なんとか綱渡りをし
    ながら、FSX実現まで持って行かなければならない。日米同
    盟は危機に直面していた。
    
     松永信雄は東京帝国大学法学部2年に在学中、学徒動員で海
    軍に徴兵され、昭和20年夏に特攻作戦に志願した。出撃予定
    日は8月20日だったが、8月15日に終戦となってかろうじ
    て生き残った。「松永大使にはどこか捨て身で大胆不敵なとこ
    ろがある」と部下の一人は評している。ここ一番では、どうせ
    一度は投げ出した命だという凄みを感じたという。その松永が
    立ち上がった。

■7.議会の挑戦■

    「明確化」の作業は、生産段階でのアメリカのシェア、日米双
    方から提供されるハイテク技術内容に及んだ。さらに共同開発
    から得られた新技術についても、日本は米政府の了解なしに第
    三国に移転したり、民間プロジェクトに利用してはならない、
    という制限が設けられた。この点については、後に自民党の内
    部からも「不公平条約」と厳しい批判を浴びた。しかし松永は
    こうした批判にただ無言で耐えた。FSXの破綻は日米関係そ
    のものを傷つけてしまう、と心に期していたのである。
    
     新たな合意に従って、4月28日ブッシュ大統領は特別声明
    を発表し、議会への通告を行った。30日以内に議会が不承認
    の決議をしなければ、FSX計画は承認されたことになる。し
    かし議会の反FSX派は、アメリカの最も優れた軍事技術であ
    るジェットエンジン技術の対日供与を差し止める修正案を提案
    し、圧倒的多数で可決させた。これに従えば、ブッシュ政権は
    再々度の対日交渉に追い込まれる。FSX合意に正面きって反
    対するのではなく、日米合意が不可能な事態に追い込もうとい
    う高度な作戦だった。
    
     ブッシュ大統領は議会の修正決議案に対して、伝家の宝刀で
    ある大統領拒否権を就任後初めて発動した。しかし修正決議案
    を議会が3分の2以上の票で再可決すれば、大統領の拒否権は
    覆される。松永は上院での票読みをしたが、すべてがうまくい
    っても上院100人の議員のうちFSX賛成派は34人、1票
    差の薄氷の勝利がようやくの所だった。松永はホワイトハウス
    や共和党上院リーダーと連絡を取り合いつつ、多くの上院議員
    に電話をかけて説得工作に没頭した。

■8.99人目の決着■

     9月13日、上院での投票が行われた。松永はテレビ画面に
    映し出される議会の様子を見つめていた。共和党のボンド、ゴ
    ートン両議員が姿勢を翻して修正案への賛成票を投ずると、議
    場にどっと歓声が巻き起こった。民主党の工作で寝返ったのだ。
    松永はこの瞬間、敗北を覚悟した。
    
     だが共和党のハンフリー議員がブッシュ大統領のじきじきの
    説得を受けて、反対票を投じ1票押し返した。FSX計画には
    納得できないが、共和党大統領を最初の戦いで傷つけるわけに
    はいかない、との思いだった。
    
     投票は進み、98人が終わった所で、修正案賛成65票、反
    対33票。残る2人のどちらかが反対すれば、FSX推進派の
    勝利となる。
    
     99人目、アイオワの共和党議員グラスリーが反対票を投ず
    ると、議場の高いドームに両派のどよめきが反響した。松永は
    前の晩に電話で話したグラスリーの明朗な声を思い出していた。
    グラスリーはアイオワで対日市場進出をめざす靴メーカーと懇
    意であり、松永はそこに部下を派遣して支援していた。特攻隊
    の生き残りで「死して護国の鬼となる」覚悟の大使は、そこま
    でして親日派議員を増やしていたのだ。
    
     100人目、最後の投票者としてハワイ選出の民主党議員マ
    ツナガが静かに賛成票を投じた。松永大使は必至の思いでマツ
    ナガ議員も説得していたのである。マツナガは民主党指導部の
    厳しい締めつけにも関わらず、もし自分が最後の一票となって、
    それで賛否が決着するような事態になった場合は、反対票を投
    ずるとひそかに約束してくれていた。そうなったらマツナガの
    民主党内での立場は大きく傷つくだろう。幸いにもその密約は
    隠し球に終わり、松永大使は盟友をそうした事態に追い込まず
    に済んだのである。
    
■9.同盟を維持するには■

     こうしてFSX問題に端を発した日米同盟の危機は、かろう
    じて回避された。結果から見れば、自主開発を目指した日本側
    から見ても、また米機購入で貿易不均衡を是正したい米国側か
    ら見ても、大いに不満の残る妥協だった。
    
     しかしアーミテージの言う「ノー・ウィナー、ノー・ルーザ
    ー」は良き同盟関係の本質である。同盟国と言えども常に様々
    な波風は立つ。それを忍耐強く一つ一つ乗り越えていかなけれ
    ば同盟関係は維持できない。しかしなんとか妥協が成立しても、
    それぞれの国内から非難される事はあっても、評価されること
    は少ない。そういう困難を、松永や栗原、アーミテージなど日
    米当局の担当者たちは、自分個人の利害を超え、互いを信頼し
    つつ乗り越えて、日米同盟の危機を救ったのである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(084) 気がつけば不沈空母
   国民の知らないうちに、国内の米軍基地は、米国国際戦略の拠
  点となっている。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 手嶋龍一、「ニッポンFSXを撃て」★★★、新潮文庫、H6
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「FSX〜 日米同盟の危機」について Yutakaさんより

     日米同盟といえば、今回のイラク戦争開戦にあたって小泉首
    相がいち早く米国支持を打ち出したことが日米同盟にとってど
    れほど重大なことであったかもっと評価されてしかるべきだと
    考えます。米国追随と言う批判が盛んにマスコミで流されてい
    ますが、日本の置かれた状況を考えると、わが国が外交におい
    て独自性を発揮出来る余地は極めて小さく、米国との同盟関係
    を最優先することはやむを得ないことだと思われます。

     現在の国際政治の中で各国の発言力の裏づけとなっているの
    は軍事力であり軍事力を持たないわが国が国際政治の場で軽く
    扱われていることは否定出来ません。北朝鮮のように吹けば飛
    ぶような経済小国であり、自国民すら満足に養えない国が国際
    政治の場で大きな顔をしてアメリカとやりあってゆけるのはひ
    とえに軍事力のせいであります。もし北朝鮮がその経済力に見
    合った程度の、もしくはわが国のような平和主義に基づく軍事
    力しか保持していなければ、恐らく国際政治の場では話題にも
    されることはないでしょう。

     今後日本が国際政治の場で一定の影響力を発揮するためには
    米国の後ろ盾あるいは承認が不可欠です。米国の国益と正面か
    ら対立するようなかたちで日本の独自性を発揮しようとするこ
    とは、満洲事変以来のいつか来た道に続くと知るべきです。こ
    の意味でわが国の軍事力整備も米国の軍事戦略を補完する形で
    あるべきで、長年にわたる海上自衛隊と米国海軍の信頼関係が
    そのヒントになるのではないでしょうか。

     個人でも国家でも独自性を発揮したいと言う願望はあり、強
    国に追随しているように見える状況はマスコミなどの非難を招
    きやすいものです。しかしイラク戦争開戦後の世論調査では小
    泉首相の米国支持について一般国民は予想以上に評価しており
    マスコミの読みとは異なった結果となっています。国民はマス
    コミが考えるほどに馬鹿ではありません。連日の米国非難の論
    調にも関わらず、国民はわが国の存立が米国との同盟関係にか
    かっていることを良く理解していると思われます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「米国支持」=「米国隷従」と決めつけるのは、論理的飛躍で
    すね。日本の国益を考えて主体的に米国を支持する事もありう
    るわけですから。これが同盟のそもそもの本質でしょう。

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