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■■ Japan On the Globe(310)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

               Common Sense: 国家主権と人権と

        「国家主権」を蔑ろにする者は必ず「人権」を無視する。
        拉致問題はこの事を問いかけている。
■■■■■ H15.09.14 ■■ 39,126 Copies ■■ 931,489 Views■

■1.「それは内政干渉だ」■

     昨年11月9日、小泉首相の訪朝の約2ヶ月後、ブッシュ大
    統領の信任厚いリチャード・ローレス国防次官補(東アジア・
    太平洋担当)が来日して、異例の強い言葉で日本外務省と田中
    均・アジア大洋州局長の「暴走」を正面から論難した。
    
     席上、米側が、核開発を認めた北朝鮮への重油供給をストッ
    プする方針を示したことに対して、田中局長は「それでは北の
    社会が崩壊し、日本に難民が押し寄せる」として、対北宥和派
    がよく用いる「難民カード」を出したところ、ローレス氏は
    「北朝鮮の難民には船も油もない」と一蹴した。
    
     そこで田中局長が「しかし、わが国には拉致問題があり、、、
    」と反論した所、「北の現体制が変わらない限り、拉致問題は
    解決しない」として、朝鮮銀行系の金融機関に公的資金を投入
    することも、日朝貿易もすぐにストップすべきと、強く迫った。
    
     田中局長が「それは内政干渉だ」と声を荒げて反論しようと
    したが、ローレス氏は次のように一蹴したという。
    
         内政干渉ではない。ミスター田中、あなたはいったい何
        を守ろうとしているのか? 日本の金融機関から北朝鮮に
        カネが流れていることは国際的に明らかだ。そのカネで北
        朝鮮は何をしている? テロリストを支援し、核開発をし
        ているではないか。内政干渉? 冗談じゃない! あなた
        が行おうとしていることこそ、国際的なルール違反だ。し
        かも、重大な違反だ」[1,p64]

■2.「あなたはいったい何を守ろうとしているのか?」■

    「あなたはいったい何を守ろうとしているのか?」というロー
    レス氏の反論は、論争の核心をついている。田中局長の言い分
    は、「朝鮮銀行系の金融機関への公的資金投入」も「日朝貿
    易」も、日本政府の内政問題であり、それについてアメリカ側
    からとやかく言われることは、国家主権の侵害だと言うのであ
    る。
    
     ローレス氏は、それを「内政干渉? 冗談じゃない!」と一
    言のもとに切り捨て、公的資金投入や日朝貿易の方が「国際的
    なルール違反だ」と言う。これらが北朝鮮に核開発やミサイル
    開発の資金を与え、日本ばかりかアメリカまで核ミサイル攻撃
    を受ける恐れを増大させている。
    
     たとえて言えば、近所に住む凶暴なゴロツキが包丁を買いた
    がっている時に、カネを与えるようなものだ。田中局長が、隣
    人にカネを与えるのは自分の勝手だ、と言うのに対し、ローレ
    ス氏は、住民全体の危険を増すようなことをするのはルール違
    反だ、と反論しているのである。
    
     田中氏は住民全体の安全を守ろうとしているのか、それとも
    そんな事はお構いなしに個人的な自由だけを守ろうとしている
    のか、「あなたはいったい何を守ろうとしているのか?」とい
    うローレス氏の問い、というより糾弾は、この点をついている
    のである。

■3.「国家主権」と「人権」■

    「内政干渉? 冗談じゃない!」という言葉も、単なる売り言
    葉に買い言葉ではなく、北朝鮮宥和派の田中局長の矛盾を衝い
    た言葉である。というのも、北朝鮮が拉致・覚醒剤密輸・領海
    侵犯など日本に対して内政干渉よりもはるかにひどい主権侵害
    をしているのに、それらは不問に付し、同盟国アメリカからの
    日米両国の安全に関わる要求を「内政干渉」と突っぱねるのは、
    まさに「冗談じゃない」としか言いようのない二重基準だから
    である。
    
     拉致被害者5人が帰国した約1週間後の10月23日、5人
    を再び北に帰すのかどうか、という問題で、田中局長と阿部晋
    三官房副長官の間で激論があった。
    
        「5人が北朝鮮に戻ったあと、日本に再帰国する保証はあ
        るのか」 
         安倍氏の問い掛けに田中氏は明確な答えを返せなかった。
        安倍氏は「5人が二度と日本へ戻って来なかったら、世論
        を抑えることができない。そもそも拉致は国家主権の侵害
        だ」と迫った。 
         田中氏は「外交には段取りがある」と述べ、こう反論し
        た。「5人を戻さなければ私の交渉パイプが維持できな
        い」 [2]

     「私の交渉パイプ」とは北朝鮮の「序列順位が極めて高い軍
    関係者」との事だが、ここでも田中局長が守ろうとしているの
    は、その怪しげな外交パイプであって、ようやく帰ってきた拉
    致被害者をどう護るかという人権問題については、何も考えて
    いないのである。そして阿部氏の主張する「そもそも拉致は国
    家主権の侵害」という視点がない。
    
    「『国家主権』を蔑ろにする者は必ず『人権』を無視するので
    す」とは、中西輝政・京都大学教授の言であるが[1,p54]、ま
    さに田中均局長はこの「国家主権を蔑ろにし、人権を無視する
    者」の典型である。

■4.「国家主権」は「人権」を護るために生まれてきた■

     なぜ「国家主権」を蔑ろにする者は必ず「人権」を無視する
    のか。中西教授はこう説明する。
    
         なぜかというと、「国家主権」はそもそも「人権」を護
        るために生まれてきた制度そのものだからで、「国家主
        権」があって初めて「人権」が護られて存立する。
        
         したがって、今回の拉致事件のように、「国家主権」が
        しっかりしていないからこそ、国民一人ひとりの「人権」
        が侵害されるのです。[1,p54]
        
     国家主権と人権の関係は、家庭とその中の一人ひとりの関係
    に置き換えてみれば、分かりやすいだろう。家庭が凶暴な隣人
    の言うがままになっていたら、子供の安全も守れない。家庭が
    自由と独立を維持してこそ、子供を護ってやれる。
    
     拉致問題というのは、その子供の一人が誰かにさらわれてし
    まった、という問題なのである。それでも親が平気で何もしな
    いのなら、残った兄弟たちは、自分たちがさらわれても、また
    親は何もしてくれない、と思うに違いない。家庭への信頼はな
    くなり、また子供たちの人権も不安にさらされる。
    
     国家主権がしっかり守られてこそ、国民の人権も守られる、
    これがまっとうな国家での原則である。国家を人権を抑圧する
    機構だと考えるのは、子供を虐待する家庭か(北朝鮮のよう
    に)、あるいは世間知らずの我が儘な子供が親に逆らっている
    (現代日本の左翼のように)というような異常な場合について
    のみ言える事である。

■5.「日本という国がこのままではいけない」■

     昨年の9月17日、小泉首相訪朝の日に、拉致被害者横田め
    ぐみさんの死を告げられた母・早紀江さんは、こう言った。
    
         人はいずれみな死んでいきます。めぐみも自分の命を犠
        牲にして日本という国がこのままではいけない、というこ
        とを教えてくれた。濃厚な軌跡を残してあの子はその命を
        捧げました。[1,p90]
        
     まさしく拉致事件によって、今まで我々が国家主権を蔑ろに
    してきたあげく、ついには国民の人権まで守れない状態にまで
    わが国が衰弱してしまった事に多くの国民が気づいた。「日本
    という国がこのままではいけない」と知った。
    
     めぐみさんの父親・横田滋氏が代表を務める「北朝鮮による
    拉致被害者家族連絡会」では、送金停止と船舶入港阻止を内容
    とする北朝鮮制裁法の設立を要求している。[3]

     それは自国民の人権を守るために、国家主権を発動すべきと
    いう主張であり、その内容は冒頭のローレス氏の主張とほぼ同
    様である。いやしくも自国民を守ろうという気概のある国なら、
    この程度の制裁は当然であろう。少なくともそれを交渉のカー
    ドにして「圧力」を加えるくらいの事は考えるべきだ。
    
     横田さんら拉致被害者家族の運動は、まさに人権を守るため
    の国家主権とは何か、という国家の根源の所において、「日本
    という国がこのままではいけない」と問いかけているのである。

■6.「わしは日本を信じる。おまえも日本を信じろ」■

     国家主権を蔑ろにし人権を無視するのは、ひとり田中均局長
    だけではない。その先輩の槙田邦彦・アジア局長もかつてこん
    な発言をした。

         たった10人のことで日朝国交正常化交渉がとまっても
        いいのか。拉致にこだわり国交正常化がうまくいかないの
        は国益に反する。(平成11年12月、自民党外交部会)

    「たった10人」という言い方に、氏の酷薄な人権感覚が窺わ
    れる。その10人の一人がたまたま自分の娘だったら、と少し
    でも犠牲者家族の心底を思いやれば、こんな言い方はとてもで
    きないはずである。そこには公僕として国民の人権を護ろうと
    いう使命感どころか、同じ日本人として同胞の苦しみ悲しみを
    思いやるという同情心すら見られない。
    
     そもそも国家が何らかの「国益」のために、政策として拉致
    された人々を見捨てたとしたら、国民はもはやそのような国家
    を信じなくなるだろう。国民はいつ自分たちが「見捨てられ
    る」側に廻るか、分からないからだ。国民が税金を払うのも、
    いざという時には警察や自衛隊によって自分たちを護ってくれ
    るという国家への「信」があるからである。この「信」が失わ
    れてしまえば、国家は成立しえない。これ以上に「国益」を損
    なうものはない。
    
     拉致されて、北朝鮮によって死亡したと通告された増元るみ
    子さんの父、正一さんは79歳で亡くなる直前、子息である照
    明さんに「わしは日本を信じる。おまえも日本を信じろ」とい
    う言葉を残された。
    
    「日本を信じる」とは、わが国が国民の人権を守るために、出
    来る限りの事をしてくれる国家だと信ずるという事だろう。今
    の政府は信ずることはできないかもしれない。しかし、日本国
    民が「今のままではいけない」と気づけば、かならずや国民の
    人権を守るために、主権を発動する国に立ち直るはずだ、と正
    一さんは信じていたのだろう。

■7.主権とは自己犠牲の歴史の上に築かれるもの■

     国民を護るためには、主権を行使する公僕が自らの生命の危
    険を冒さねばならない場合がある。領海侵犯した北朝鮮工作船
    が停船命令に従わず、銃撃を仕掛けてきた際には、海上保安庁
    職員は危険を顧みずに応戦した。工作船には拉致された国民が
    いるかもしれず、また国民を蝕む覚醒剤が積まれているかも知
    れないからである。
    
     この時には我が方は2名の負傷者のみで、幸いにも犠牲者は
    出なかったが、一朝事ある時に、自らの命の危険を顧みずに、
    国家の主権を担って国民を護るのが、軍人の職務である。その
    職務のために命を捧げた人々の慰霊を執り行う事は、国民を護
    ることが国家の責務である事を確認し、今後もその責務を果た
    し続けるという国家の意思表明にほかならない。
    
         主権とは単なる概念ではなく、自己犠牲の歴史の上に築
        かれるものなのです。[1,p122]
    
    と中西教授は指摘する。日本国民にとって「自己犠牲の歴史」
    を象徴するのは靖国神社である。したがって首相の靖国神社参
    拝は、今後も国家が国民を護ろうとする決意の表明であり、そ
    れは国家主権を象徴する行為なのである。
    
■8.靖国神社と国家主権■

     日本が本来の国家主権に目覚める事を恐れる中国は、しきり
    に首相の靖国参拝を牽制する。日本国内の親中メディアを使っ
    ていつまでも歴史問題で罪悪感を抱かせ、中国の言いなりにな
    って、巨額のODAという慰謝料を払い続けさせる事こそが、
    かの国の国益なのである。
    
     一昨年、小泉首相は就任前に終戦記念日8月15日に靖国神
    社を公式参拝するという公約を掲げていたが、中国の圧力に屈
    し、13日に前倒し参拝をした。これは日本の主権が中国の影
    響下にある事を、日本国民の前にも国際社会においても明らか
    にしたのである。
    
     あるアメリカのアジア戦略の専門家はヘラルド・トリビュー
    ン紙で、「小泉はあえて15日に行くべきだった。そしてこの
    カードをもう中国が使えないようにすべきだったが、彼はそう
    いう絶好の機会をとりこぼした」と書いた。

     一方、昨年2月に訪日したブッシュ大統領は明治神宮を参拝
    したが、複数の情報ソースによれば、大統領は当初、小泉首相
    を伴って靖国神社を参拝することを外務省に打診したとされる。
    これは中国の靖国カードを無力化し、日本の主権を回復させて
    アメリカにとって自立した信頼できる同盟国にしたい、という
    意図があったのだろう。小泉政権はこの二度目の絶好の機会を
    も取りこぼしてしまったのである。
    
■9.蜂の命をかけた一刺し■

     こうした流れから見れば、拉致問題も靖国問題も、わが国が
    自らの主権をどう守るか、という根元的な問題に結びついてい
    ることが分かる。この点を中西教授は福沢諭吉が「文明論之概
    略」の蜂の針の喩えを引用しながら、次のように説く。
    
         われわれ庶民は普段の生活においてはそれぞれ家業に勤
        しみ、日常生活を営み、そして楽しみ、喜びを追求して生
        きていればいいわけですが、しかしそこ(国家主権)に触
        れれば命をかけてでも突き刺すという一つの針を、国民一
        人一人が持っていなければ国家は成り立たず文明の恩恵は
        享受できない、と説いているのです。蜂はひとたび刺せば、
        自分は死んでしまいます。それほどまでに主権国家の独立
        とは、個々の国民にとっても、人間としての根元的な生と
        密接な関係にあるものなのです。「主権の危機」に備える
        心こそ、国家としての危機管理の核心であり、国民として
        の「究極の覚悟」に関わるものだからです。なぜなら、国
        家主権が崩れれば、内外の諸力は必ず国民一人一人の生
        命・安全を脅かすからです。その意味で、主権と人権は究
        極的には一体なのであり、それを踏まえることが「文明」
        なのです。[1,p118]
        
     わが国の主権も人権も平気で侵害する近隣の「非文明国」に
    どう対応するにか、国民としての「覚悟」が問われている。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(284) かくも長き忘却
  20年以上も拉致問題を放置してきたのは、我々が何か大切な 
   ものを忘れていたからではないか?
b. JOG(202) 靖国神社の緑陰
  「安らかな国家」の実現こそが、靖国神社に祀られる250万 
   柱近くの英霊の願いであろう。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 中西輝政、「日本の『死』」★★★、文藝春秋、H15
2. 毎日新聞、「検証・日朝の「約束」 「5人の帰国は」
   官邸で激論 」、H14.11.28、東京朝刊
3. 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会、「北朝鮮制裁法を早急に
   求める声明」、H15.05.15、
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「国家主権と人権と」について 

                                              sigma2さんより
     九月十日の石原都知事発言(爆弾が仕掛けられた。当たり前
    の話だ)に対する反応(仕掛けられた方は悪くない。仕掛けた
    方が悪い)も、あきれるほどに皮相的な応酬です。“なあに、
    あの石原が言ったこと”、“あれはテロ推奨”だと言うだけで、
    本質(政府と外務省は何をしているか)で返そうとはしていま
    せん。このように、近頃は、まともなコミュニケーション(対
    話、対論)が成り立たなくなってきていることが非常な問題だ
    と思います。

    「誰がそう言ったかを尋ねないで“言われていることは何か”
    を心に用いなさい」(トマス・ア・ケンピス『キリストになら
    いて』)
    
                                              Yutakaさんより
     いつも不思議に思うのは、外務省高官は北朝鮮との関係改善
    を国益と捕らえている点です。この発想はどこから来るのでし
    ょうか?わが国の経済、政治のあらゆる面で、北朝鮮と言う国
    が存在しなくても誰も困らないと言うのが現実です。とすれば、
    この国との間に一切の国交がなくても誰も痛痒を感じないので
    はないでしょうか。

     経済的には市場としても生産基地としてもまったく問題にな
    りません。政治的にはわが国に現実的な脅威をもたらす可能性
    がある唯一の国ですが、その危険性は国交があろうが無かろう
    が同じだと考えます。力しか信奉しない北朝鮮のような国に対
    しては、核武装を含む抑止力の整備でしか対抗できないことは
    明白です。

     北朝鮮の外交政策は一言で言えばやくざが居直っているよう
    なもので、匕首をちらつかせて、言うことを聞かないと殴りこ
    むと脅しているようなものです。外務省高官は何とか彼らの要
    求を聞いて宥めればことは円満に解決すると考えているようで
    すが、一度脅しに屈したら永久に脅され続けることになるのは
    目に見えています。どう考えても北朝鮮との国交正常化が現時
    点で必要だとは思えません。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     国交正常化とは、正常な国家が相手でなければ成立しません
    よね。 

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