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http://blog.jog-net.jp/200310/article_1.html

[トップページ][平成15年一覧][国柄探訪][221 韓国][361.5 文化・民族]

■■ Japan On the Globe(313)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             国柄探訪: 日韓文化摩擦を乗り越えて

              日本という異文化社会に飛び込んだ韓国人女性が、
             様々な文化摩擦に悩みつつ得たものは。
■■■■■ H15.10.05 ■■ 38,718 Copies ■■ 951,628 Views■

■1.初来日での「肩透かし」■

         日帝時代を頑迷に反省しない日本人−それは許さないと
        いう反日意識を強く持っていた私は、どこへ行っても優し
        く親切な日本人、どこへ行っても整然としてきれいな日本
        の街並みに触れて、何か肩透かしをくわされた感じがした。
        
         戦後、最も強固な反日教育を受けた「反日世代」といわ
        れた私の世代は、日本といえば「悪魔の国」と答えるほど
        だったから、「日本人がよい人たちであるはずがない」と
        いう強い先入観をもっていたのである。[1,p16]

     これが「東京経由のアメリカ留学」の計画で来日した27歳
    の韓国人女性・呉善花さんの日本での第一印象であった。

■2.日本の商売人は何て良心的なんだろう!■

     昭和58年7月に留学生ビザで来日した呉善花さんは東京は
    北区十条の友人のアパートに同居し、そこから日本語学校に通
    い始めた。ソウルでは間借り生活で台所やトイレも共用だった
    が、ここではすべて自前で、さらに友達が冷蔵庫、洗濯機、テ
    レビ、電話まで揃えていたのにびっくりした。
    
     白米のご飯のおいしさにも感動した。韓国で白米を食べられ
    るようになったのは1988年のソウルオリンピックの頃からであ
    る。それまでは一般の家庭では白米に粟や麦を混ぜて食べてい
    た。学校へ持って行く弁当でも百パーセント白米のご飯は贅沢
    だというので禁止されていた。
    
     そんなある日、近所のお米屋さんでお米を一袋買って炊いて
    みると、パサパサとしてまるでおいしくない。不思議に思って
    店で聞いてみると、三分づきのほとんど玄米と同じ健康食用の
    コメを間違えて買ってしまったと分かった。
    
     店のご主人は呉さんが誤って買ったお米を普通のお米に取り
    替えてくれ、差額だけを支払って下さい、と言う。何て良心的
    なんだろうと呉さんは思った。ソウルでは1万ウォン札を渡し
    たのに、5千ウォンだったと店の人がごまかして喧嘩になった
    ことが何度もある。日本ではそんな事は絶対にない、日本人は
    良心的だ、という噂が留学生たちの間に流れていく。

■3.自然の美しさ、人々の温かさ■

     来日した当初は、親切な人が多い、秩序が安定している、街
    がきれい、豊かな生活物資が満ちあふれているなど、とにかく
    いい所ばかりが目についた。
    
     特に呉さんの心を打ったのは、海と山が間近に接近した独特
    の地形が織りなす自然の美しさだった。東京の叔母に誘われて
    伊豆の東海岸を旅行した時には、その風景の美しさにすっかり
    魅了された。これほど海と山と人の生活が溶け合った光景は韓
    国ではほとんど見られない。海と山は平野によって遠くに隔て
    られている−−そんな大陸的な風景が韓国のものである。旅先
    で出会った地元の人々からは、風景そのままの率直な温かさが
    伝わってくる。
    
     都会でも山の緑が家々のすぐ近くまで張り出している。それ
    なのに人々はさらに自宅の庭に草木を植える。韓国では人々が
    暮らす村里に緑があると動くのに邪魔になるという感覚が昔か
    らある。庭に草木を植える家はかなり上流階級に限られていた。
    しかし日本では普通の人でも普段の生活の中で緑を慈しむのだ
    という。そんな違いも驚きだった。
    
■4.急に怒り出した八百屋さん■

     日本に来て最初の一年は、良い日本に感激した時期であった。
    それは韓国で教えられていた日本の姿とはまったく違っていた。
    しかし、2年経ち、3年を経て、日本の内部に入っていくよう
    になると、呉さんはしだいに文化や習慣の違いからくる摩擦に
    悩まされるようになっていった。
    
     十条のアパートの近くに小さな八百屋があった。ご主人が親
    切にしてくれるので、野菜はいつもその店から買っていた。あ
    る日、キムチを作ろうと、その八百屋に白菜を買いに行った。
    呉さんは店先に積まれた白菜を、一つ、また一つと触って品定
    めをしながら、「おじさん、今日は白菜をたくさん買いますか
    らね、いいのを選んで下さいよ」と言った。
    
     すると、主人は急に怒り出して、「悪いけど、うちのものは
    あなたには売りませんよ」。何が気に障ったのか、わけがわか
    らない呉さんが「なぜそんなに怒るんですか」と聞くと、プイ
    と横を向いて「朝鮮人にはものを売りませんよ」。同じような
    ことが、美容院やお寿司屋さんでもあった。ようやくその理由
    が分かったのは、それから数年後のことだった。
    
     韓国ではものを作る人、売る人を一段下に見る風潮があり、
    また店の方でもいい加減なものを作ったり売ったりする傾向が
    強い。そのため買い物をする時に、品質について念を押したり、
    自ら商品に触って確かめるという事が一般的である。八百屋に
    いけば「いい野菜をください」というのが、ごく普通の挨拶で
    あり、それが店の人への親しみの表現なのであった。
    
     しかし、日本では八百屋は八百屋なりに、うちでは悪い野菜
    など売らない、という誇りがある。韓国流の「いい白菜をくだ
    さいね」という挨拶は、その誇りを傷つけるのだ。こういう場
    合は「キムチを作りたいんだけど、どんな白菜がいいかしら」
    などと、相手を専門家として持ち上げてやることが日本流であ
    る。
    
     こういう対人関係の有り様は、右側通行か、左側通行か、と
    いう交通規則と同じで、優劣の問題ではなく、一つの文化内の
    暗黙のルールなのである。左側通行の社会で右側通行をしたら
    あちこちで衝突する。呉さんが悩んだのは、こういう文化の違
    いだった。

■5.消しゴム事件■

     日本人の友だちができて、本格的につきあい始めると、ここ
    でもさまざまな摩擦が生じてきた。たとえば、韓国ではご飯も
    スープも食卓に置いたまま、スプーンですくって食べるのが食
    事作法である。お茶碗を手に持って食べるのは、たいへん行儀
    の悪いことである。
    
     それが日本の作法だと知っていても、目の前でそうされると、
    生理的な嫌悪感を抑えることができない。日本人はなぜそんな
    おかしな事をするのか、嫌な人たちだ、と思えてしまう。
    
     大学に入ってから、とても気のあう日本人の友だちができた。
    しかし、その友だちは一緒に勉強していて、呉さんに消しゴム
    を借りる時に「ちょっと消しゴム、貸してくれる?」と聞くの
    である。返すときもいちいち「ありがとう」と言う。そのたび
    に呉さんは「この人は私のことを本当に友だちだと思っている
    のだろうか?」と不安な気持ちに襲われるのだった。
    
     韓国では親友や家族の間には、距離があってはいけない。
    私の物はあなたの物、あなたの物は私の物、それでこそ親密な
    間柄と言えるのである。だから友だちの間で「消しゴムを貸し
    て」とか、いちいち「ありがとう」などと言うのは、とても失
    礼なことなのだ。

     呉さんのほうは、友だちの消しゴムが横にあれば、まるで自
    分の物のように断りもなしに使い、返すときもいちいち「あり
    がとう」などとは言わない。ある日、呉さんがいつものように
    そうしたら、友だちは耐えかねたのか、明らかにムスッとした
    表情を示した。なぜそんな顔をされるのか、分からないまま、
    呉さんはいいようのない暗く沈んだ世界に一人取り残された気
    分に陥ってしまった。

■6.日本人も韓国人も行き違いに悩んでいる■

     呉さんは大学に通いながら、コンサルタント会社でアルバイ
    トをするようになった。そこでは月に1、2回日本のビジネス
    マン相手に韓国ビジネス・セミナーを開いており、呉さんは事
    務局役をやりながら、セミナーを後の席で聞いていることがで
    きた。
    
     そこでは日韓の摩擦について話題になる事が多かった。ちょ
    うど呉さんと反対に、日本人ビジネスマンが韓国に行って、摩
    擦に悩むという声がしばしば聞かれた。悩みはお互い様なのだ、
    という当たり前のことに気づかされて呉さんは嬉しくなった。
    そのうちに会社からの要望で、日本人ビジネスマンに韓国語を
    教え始めた。
    
     ちょうどその頃、縁があって、韓国人ホステス数人相手の日
    本語教室を自分のアパートで開いてみた。一般の学校での教え
    方とは違って、韓国人が理解しにくい日本人の発想の仕方から
    教えていくと、同じ年頃の韓国人の女性から教わるという事も
    あって、よく分かる、と好評だった。
    
    「こんな言葉を使えば、日本人の男性には好感を持たれるのよ。
    韓国式にこんないい方をすれば、必ず嫌われるわよ」と呉さん
    が教える。彼女たちは早速、店でそれを実行すると、「なるほ
    ど先生の言うとおりだった」となる。その評判がパッと口コミ
    で韓国人ホステスの間で広がった。
    
     昼は韓国人との行き違いに悩む日本人ビジネスマンに教え、
    夕方は日本人との行き違いに悩む韓国人ホステスを教える。日
    本人と話しても、韓国人と話しても、行き違いはだいたい共通
    する所にあった。日韓摩擦のポイントは、その共通項の解明に
    あるのだ、という考えが徐々に固まっていった。そして語学教
    室でそのあたりから教えていくと、日本人ビジネスマンも韓国
    人ホステスも非常によく理解してくれるのである。まさに生き
    た文化人類学研究であった。
    
     異なる文化間の摩擦とは、相手が自分のルールに従ってくれ
    ない、という所から来る。自分では左側通行が当たり前だと思
    っているのに、相手が右側通行をするので「なぜこの人は平気
    で交通違反をするのか」と悩んだり、怒ったりすることになる。
    それは「違反」なのではなく、相手は違った交通ルール体系に
    従っているのだ、と知ることが、摩擦を乗り越える第一歩なの
    であろう。そうしてお互いの交通ルールの違いを知ることが、
    まさに自分自身を知ることにもつながる。

■7.彼女は済州島出身の田舎者で、、、■

     平成2年、呉さんは「スカートの風」を出版した。日韓の文
    化・習慣の行き違いについて、韓国人ホステスの例などを通じ
    て述べた本である。反響は大きく、3ヶ月ほどで10万部を超
    えるベストセラーとなった。これを機に、あちこちから講演や
    原稿執筆の依頼が殺到するようになった。
    
     ある時、東京の日本語学校の先生たちの集まりで、一時間ほ
    ど講演をして欲しいという依頼を受けた。その場には主催者側
    が、東大の博士課程に在学中だという韓国人男性を呼んでいた。
    呉さんの話が終わって、質問の時間になると、その韓国人が立
    ち上がって、つかつかと前に出てマイクを握った。
    
        みなさん、私は、いままで何も言わずに黙って聞いてきた
        けど、彼女がどういう人だか知っているのですか。彼女は
        韓国の軍隊出身なのですよ。
        
     確かに呉さんは高校を出てから、きびきびした女性軍人に憧
    れ、10倍以上の狭き門をくぐって、教育期間を含めて4年間
    軍隊に在籍し、その間大学にも行った。しかし、それと呉さん
    の講演と何の関係があるのか、日本人聴衆はまったく分からな
    かったろう。この男性が言いたかったのは、軍隊に行くような
    女はまともではない、ということであった。さらにこう続けた。
    
         彼女は済州島出身の田舎者で、日本に来ても歌舞伎町の
        ホステスたちと仲良くしているような人間だ。そんな人間
        が話すことを、あなた方は韓国の代表的な意見であるかの
        ように聞いたり、質問したりして、盛り上がっているとい
        うのは、いったいどういうことですか?
        
■8.「紺屋の白袴」■

     その時、後ろに座っていた一人の日本人が「失礼なことをい
    うな。おまえ出て行け!」と怒鳴った。韓国人男性は「そっち
    こそ失礼ではないか、人がせっかく説明してあげているのに怒
    鳴って」と、怒鳴られた理由がまるで分かっていない。
    
     そこで彼は、自分を紹介しますと言って、私は東大の博士課
    程にいて、有名な○○先生のもとで、これこれの研究をしてい
    る、と自慢げにとうとうと述べ立て始めた。これが韓国であれ
    ば、一にも二にも彼の輝かしい学歴が、その主張の正しさを保
    証し、だれもが彼の意見を尊重する所だ。
    
     しかし日本ではそうはならない。高学歴だからと言って、そ
    の人の言うことが正しいとは誰も思わないし、そもそも「学者
    馬鹿」などという言葉すらある。会場の日本人たちからは口々
    に彼への反発の声があがる。しかし、彼はなぜ日本人たちが自
    分に反発しているのか、まるで分からない。
    
     異文化摩擦の絵に描いたような事例である。呉さんには、そ
    の行き違いが手に取るように分かった。そもそも彼の師事する
    東大の○○先生は著名な人類学者で、呉さんの「スカートの
    風」には大変に感動した、立派な本だと誉めて、韓国専門の先
    生方や学生の前で話をさせてもらった事があったのである。
    
     この男性は博士課程で文化人類学を研究しながら、自分自身
    では日韓の文化の違いをまるで理解せずに、韓国流そのままで
    振る舞って、日本人聴衆の反発をかっていたのである。まさに
    「紺屋の白袴」とはこの事だ。
    
■9.行き違いを克服した原動力■

     平成9年4月に呉さんは新宿の高層ビル街にマンションを購
    入した。呉さんが日本に渡って16年、物書きを職業とするよ
    うになって、すでに12冊もの本を出していた。マンション購
    入は日本への定住の意思表明だった。
    
     呉さんが今までを思い返してみると、日本という異文化社会
    に飛び込んで、様々な迷路に迷い込み、何度も行き違いに悩ん
    できた。そんな呉さんを救ってくれたのは、「よき人」との出
    会いだった。行く先々で本当にいい人たちと出会え、その人た
    ちが様々な形で呉さんを助けてくれた。
    
     そしてそういう「よき人」たちとの出会いを作りだしたのは、
    呉さん自身の「よき人」を求める気持ちの強さ、真剣さではな
    かったか。日韓の行き違いから逃げずに、「よき人」を求める
    て悩みながらも行き違いを直視し、その原因を考えてきた。そ
    の真剣さが、行き違いを克服する原動力だったのだろう。
    
     現代のグローバル社会では、あらゆる国々や民族との文化摩
    擦を乗り越えていかねばならない。その「しんどさ」に耐えて
    いくためには、それだけ「よき人」を求める真剣さを持たねば
    ならないのだろう。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(246) トウガラシの韓国、ワサビの日本
  日韓共催のワールドカップは、隣人同士の異質さを明らかにした。 
b. JOG(265) 「反日」ナショナリズムという病 
   〜 "日韓"関係の正常化に向けて
  韓国の「反日」ナショナリズムを分析すれば、日韓関係がうまく
 行かない理由が見えてくる。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 呉善花、「私はいかにして『日本信徒』となったか」★★★、
   PHP文庫、H15
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「日韓文化摩擦を乗り越えて」について
                                              Fumikoさんより
     私は現在海外に在住しており、韓国人の学生をルームメイト
    に持っています。生まれて初めて日本人以外のアジア人と生活
    を共にするというは私にとって大げさに言えば人生の中での大
    きなチャレンジでありました。その理由としては個人的に韓国
    の人たちと交流がなかったのにも関わらず、大きな偏見があり
    ただ単に嫌っていたからです。
    
     生活をする中で、彼らの優しさや純粋さに触れ、呉さんとは
    逆に今までの自分の中に長年持ちつづけていた誤解や偏見が打
    ち砕かれ、自分の心の狭さを反省しました。北朝鮮問題を含め
    て政治的な話もよくしますが、日本・韓国それぞれの立場を踏
    まえた上で、両国間が理解・協力し合い、その関係がうまくい
    くことを願っています。
    
                                              Suzukiさんより
     ちょうど 10年前韓国の人たちと仕事をすることになり私も
    いろいろ習慣の違いに悩んでいた。その頃出会ったのが呉さん
    の本で、引き込まれるようにスカートの風のシリーズ3冊を初
    め ほか数冊を読んだ。日本人にとって心地よいような部分が
    多いが、いろいろ思い当たるところが有り、その後の付き合い
    方に参考になった。

     そんな時に韓国語を教えに来ていた一流女子大出身の韓国婦
    人にとてもよい本だと貸してあげたが、反応は「全否定」。と
    んでもない本だと言う。日本に住んで同様の経験はあると思っ
    たのだが「日本の味方で韓国を悪く書くのは許せない」と言う
    考えが先にたっている。エリートこそそういう反応をするのだ
    ろう。一人一人は良い人だが、話が一旦、韓−日になると「日
    本が悪いのだ」と言う感情が先に来る。「反日教育」のせいか
    も知れない。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     どうつきあうかは別にして、まず相互の文化理解が必要です
    ね。 

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