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■■ Japan On the Globe(325)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        人物探訪: ニューヨークのサムライ、松井秀喜
                    〜 平成15年の国際派日本人
        
         松井の大リーグ挑戦に日本人の「誇り」がかかった。
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■1.「誇りを持って戦うしかない」■

     平成14年11月1日、巨人の松井秀喜が大リーグ挑戦を表
    明した。この決断について松井は後にこう語っている。
    
         ぼくは日本での10年間は本当に精一杯やってきた。だ
        から最後のわがままを聞いて欲しい、というつもりで大リ
        ーグの世界に飛び込みました。日本の野球という山を登っ
        ていたら、その先にさらに高い山があった。そうしたら、
        高い山に登りたいと思うのは自然な気持ちでしょう。
        [1,p210]

     記者会見では「最後の最後まで悩んで苦しかった。何を言っ
    ても裏切り者と言われるかもしれないが、決断した以上は命を
    かける」と述べた。より高い山に挑戦したいという真剣な姿勢
    に、「裏切り者」と呼ぶ声はなかった。
    
         ぼくは日本の球界に育てられた人間。その誇りを持って
        戦うしかない。向こうでも巨人魂を見せたい。松井秀喜と
        いうプレーヤーの心意気をすべて出すことが、ファンの皆
        さんが喜んでくれるのではないかと思う。

     日本プロ野球代表としての「誇り」を持って大リーグに挑戦
    して欲しい、というのが、大方のファンやマスコミの声だった。
    松井の大リーグ挑戦に日本人の「誇り」がかかった。

■2.名門ヤンキースの伝統と誇り■

     年が明けて1月14日、ニューヨークに渡り、ヤンキースへ
    の入団発表。ニューヨークの各紙も「ビートルズが1964年にや
    ってきて以来の騒ぎ」(デイリー・ニューズ紙)などと大きく
    報じた。
    
     背番号は巨人時代と同じ「55」。「他人の番号を奪うつも
    りはなかったから、偶然だけど、この番号が空いて本当によか
    ったです。日本の皆さんには、背番号でぼくだと分かってもら
    えますから。」との言葉は、他の選手やファンへの自然な思い
    やりがこもっている。
    
     2月11日、フロリダ州タンパでキャンプ・イン。いきなり
    主力選手と同じ組で練習することになる。看板選手の遊撃・ジ
    ーターは「ガッジィーラ(ゴジラ)、ガッジィーラ」と気さく
    に呼びかける。二塁手ソリアーノは、広島にいて日本語を少し
    知っているので、「ゲンキ?」などと話しかける。
    
         みんなヤンキースという伝統チームの一員であることを
        すごく誇りに思っているし、ファンやメディアから常に注
        目されるこのチームでプレーすることの大変さを誰よりも
        知っている。だから、ぼくのような新人選手にも、やさし
        く接してくれるのかもしれない。
        
         それは選手に限ったことではない。監督やコーチはもち
        ろん、球団の職員、警備をしてくれる人たちも、チームに
        対する忠誠心を確実に持っている。その度合いは、自分の
        想像をはるかに超えていた部分もある。これが長年にわた
        って築かれてきた伝統の重みなのでしょう。[1,p12]
        
     松井が日本球界の誇りをかけて飛び込んだヤンキースは、大
    リーグの名門チームとしての誇りに満ちた世界であった。

■3.礼儀正しさと誠実さと■

     キャンプ中の松井を、ニューヨーク・タイムズはこう伝えて
    いる。
    
         毎日確実に、ときには1時間ごとに、たまには1分に1
        回、松井秀喜は新しい環境でプレーするために必要な、新
        しいことを学んでいる。そのあいだもずっと、松井はバー
        ニー・ウィリアムズのような礼儀正しさと、ロビン・ベン
        チュラのような余裕を忘れない。・・・
        
         春期キャンプ中に、松井はヤンキースを取材するアメリ
        カの記者とも親しくなろうと考えて、彼らを食事に招待し
        た。火曜日の夜、9人の記者と松井、そして彼の広報担当
        と通訳が格式あるイタリアン・レストランに集まった。唯
        一の条件は、食事中の話はオフレコということだった。
        ・・・
        
         松井の誠実な態度は、アメリカでメジャーリーガーと記
        者がグラウンドの外で保っている関係とは対照的だ。30
        年以上も野球の取材をしてきたある記者は、記者を集団で
        食事に誘った選手は記憶にないと話した。[2,p152]
        
     この事に関しては、松井自身はこう述べている。
    
         ぼくは日本にいたころから、報道陣の皆さんとよく食事
        に出かけています。それを知った彼らが「日本の記者とし
        か行かないの?」「我々も誘ってよ」と言ってきたので、
        「いいですよ」ということになったのです。・・・
        
         彼らも気を使ってくれて、食事会で出た話は記事にしな
        いというルールを作ったと言っていました。ぼくが詳しい
        内容を紹介するわけにはいきませんが、お互いを知るため
        に有意義な時間でした。
        
         ぼくはいろんな人と一緒に食事をし、野球に限らずさま
        ざまな話をするのが好きです。記者の人とでかけるのもそ
        のためという面もある。ぼくが打てないときなどは思う存
        分に悪く書いてもらって構わないし、彼らにもその考えは
        伝えました。[1,p41]
        
     記者との食事は、松井が自己流を出し始めた小さな一歩だっ
    たが、その誠実さはアメリカの記者たちに強い印象を与えた。

■4.「かくして伝説が生まれた」■

     3月31日、カナダはトロントのスカイドームで開幕戦を迎
    えた。ヤンキースのクラブハウスの扉には、対戦相手のブルー
    ジェイズが掲載した新聞広告が貼ってあった。日本語と英語で
    「BOO MATSUI」「松井を野次ろうぜ!」と書かれ、
    鳥のフンで汚れたヤンキースの帽子が描かれていた。ヤンキー
    スのトーリ監督は「悪趣味だ」と不快感をあらわにしたが、松
    井は「とくに感想はありません。ファンに僕の名前を知っても
    らえてうれしいですね。」
    
     1回表2死1,3塁。大リーグで最初の打席は願ってもない
    チャンスで廻ってきた。「緊張するかと思ったけど、そんなこ
    とを考えさせてくれない場面でしたからね。」初打席の初球を
    初安打し、ヤンキースの今期初得点をたたき出した。試合は8
    対4でヤンキースの勝利。第2、3戦とも、松井は安打を続け、
    ヤンキースは61年ぶりに敵地での開幕3連勝を飾った。
    
     次の対デビルレイズ3連戦も、松井は毎試合安打を続け、チ
    ームも2勝1敗と勝ち越した。そして4月8日、いよいよ本拠
    地でのデビュー戦。ニューヨーク・タイムズはこう報じた。
    
         5回裏、バーニー・ウィリアムスが敬遠され、塁が埋ま
        った。まだヤンキース移籍1号が出ていなかった日本人ス
        ラッガーの松井に、本拠地開幕戦でグランドスラム(満塁
        ホームラン)を打つチャンスがめぐって来たのだ。
        
        「これ以上の舞台はないな」と、(チームメイトの)ベン
        チュラはクレメンスに言った。数え切れないほどのファン
        も体をぞくぞくさせながら、同じことをささやき合ってい
        た。
        
         そして----松井はやり遂げた。
        
         フルカウントからミネソタ・ツインズのジョー・メイズ
        の投げたチェンジアップを力強くたたき、ライトスタンド
        に打ち込んだのだ。かくして伝説が生まれ、気温2度を下
        回る寒さの中でヤンキースが7−3と勝利を収めた。
        [2,p177]
    
     スコア・ボードには英語と日本語で「ホームラン」の文字が
    点滅した。ベースを一周してダグアウトに戻った松井はトーリ
    監督から、観衆の大歓声に応えるようにうながされ、早足で階
    段を上がって客席に手を振った。
    
         ヤンキースタジアムのパワーとでも言うのでしょうか。
        自分だけの力じゃないような気がするのです。それが数々
        の伝説によるものなのか、ファンの大声援によるものなの
        かは分かりません。ただここ一番の場面で、みんなの力が、
        ぼくを後押ししてくれたような気がするのです。[1,p64]

■5.「グラウンドボール・キング(ゴロ王)」■

     4月には3割を超えていた打率は、5月には2割5分台に急
    降下。それに合わせて、開幕から18勝3敗と快進撃を続けて
    いたチームの成績も、その後は9勝11敗と急ブレーキがかか
    った。
    
     ニューヨーク・タイムズは松井のゴロの本数が大リーグでト
    ップである事から、ホームラン王ならぬ「ゴロ王」と酷評した。
    ヤンキースのオーナー・スタインブレナーの「あんなにパワー
    のない打者と契約した覚えはない。」との批判も報道された。
    
         スタインブレナー・オーナーがぼくのパワー不足を指摘
        したことも、こちらの記者の質問で知りました。今のこの
        成績じゃあ言われても仕方ないと思うし、別に怒ったりと
        いう気持ちはなかったです。ああ、その通りだなと思いま
        した。
        
         ニューヨーク・タイムズにも「グラウンドボール・キン
        グ(ゴロ王)」なんて書かれました。そういうことをいち
        いち気にしていたら、やっていられません。逆に批判を書
        かれて、発奮の材料になるということもぼくの場合はあり
        ません。人の書く記事などはぼくのコントロールできるこ
        とではないし、自分のコントロールできることをしっかり
        やっていく、というのがぼくのスタンスですから。
        [1,p97]

■6.進化する打撃■

     松井はシーズン前からこうした時期が来ると見通していた。

         ただ、打てない時期も必ず、来る。・・・
        
         そういうときをまた、どうクリアするか。それがとても
        大切だと、ぼく自身は思っています。[1,p32]

     松井は調子がいいとか、悪いとか、考えるのは余り好きでは
    ない。調子のせいにするのではなく、自分にまだそれだけの力
    がない、と考える。そこからいろいろな工夫をこらし、打撃を
    進化させていく。6月5日のシンシナチ・レッズ戦では119
    打席ぶりのホームランを打ち、あわせて3本の二塁打を叩きだ
    した。
    
         一番変わったのは強く振り切れるようになったというこ
        とです。ボールに対して、合わせるというか、打たされる
        という感じが減ってきて、どんなボールに対しても自分の
        力強いスイングができるようになってきました。こちらで
        は高めに甘い球はまず来ない。低めに沈む球ばかりだから、
        打球を上げるためにスイングの軌道も、当たってからのフ
        ォロースルーを大きく高くという感覚を持つようにしまし
        た。これは大リーグに来てからの変化です。[1,p126]
        
     6月には打率3割9分4厘、29打点、6本塁打の成績をあ
    げ、リーグの月間最優秀新人に選ばれた。

■7.「悔しい。いまはそれ以外にないですね」■

     9月23日、ヤンキースは6年連続でアメリカン・リーグ東
    地区優勝を決め、ミネソタ・ツインズとのプレーオフに進出。
    1勝1敗で迎えた第3戦の冒頭、松井の放った2点本塁打が決
    勝打となった。その勢いで第4戦も勝って、ヤンキースはアメ
    リカン・リーグ優勝決定シリーズに進出した。
    
     3勝3敗で迎えたリーグ優勝決定シリーズ最終戦では、3点
    を追う8回、ジーター、ウィリアムス、松井、ポサダの4連続
    長短打で一気に同点に追いつく。松井は雄叫びをあげ、高くジ
    ャンプして同点のホームベースを踏んだ。延長になだれ込み、
    11回裏、アーロン・ブーンの本塁打でヤンキースがサヨナラ
    勝ち。「みんなの強い気持ちがまさったんだと思います。」
    
     マーリンズとのワールド・シリーズでは、第1戦は松井が5
    番左翼で3安打を放ったものの1点差で敗戦。しかし第2戦で
    は先制の3点本塁打、第3戦では勝ち越し打を打って、2試合
    連続で試合を決める一打を放つ。第4戦で破れた後、松井はシ
    リーズでの活躍を買われて4番に座るが、5戦、6戦と無安打
    で終わり、ヤンキースはワールド・チャンピオンを逃した。
    
        「最後の2試合、チームの力になれなかった」「悔しい。
        いまはそれ以外にないですね」「今日負けた気持ちを忘れ
        ずにいることが大事。ヤンキースの一員である以上、ワー
        ルド・チャンピオンだけが目的ですから」
    
     こうして松井は大リーグ1年目の挑戦を終えた。

■8.大リーグの「サムライ」たち■

     この冬、米映画「ラスト・サムライ」が大ヒットし、全米で
    も一時、興行収入1位になった。この映画を観たある評者は次
    のように述べた。
    
         映画が終わって映画館を出ました。ザ・ラストサムライ
        という映画は本当にアメリカ人の手による映画なのか。昔
        の古き良き日本を知る日本人が作った映画ではないのか。
        あんな映画が本当にアメリカ人に作れるのか。[a]
        
     この問いに、評者は次のように自答する。
    
         野武士のような野茂の風貌とその寡黙さ、剣の達人を思
        わせるサムライ・イチローの居合い切り一閃のバットコン
        トロール、そして常に沈着冷静な松井選手の礼儀正しさ。
        アメリカ人は毎日彼らを見ているのです。
        
     野茂、イチロー、松井など、大リーグで活躍する日本人選手
    たちが、サムライらしいイメージを振りまいているのは偶然だ
    ろうか。はたまた本物のサムライだからこそ、見事な活躍がで
    きるのか。いずれにしろ彼らを通じてアメリカの大衆は尊敬す
    べき「サムライ」のイメージを抱いている。彼らの活躍をあり
    がたく思うと共に、国際社会における日本の国家としての振る
    舞いも、そうしたイメージを壊さないものでありたいものであ
    る。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG Wing(768) ザ・ラストサムライ(志永三郎)

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. 松井秀喜、「語る 大リーグ1年目の真実」★★★、朝日新聞
   社、H15
2. ニューヨーク・タイムズ、「ゴジラ・イン・ニューヨーク vol.1」、
   ★★、阪急コミュニケーションズ、H15

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■ 編集長・伊勢雅臣より

     本年もご購読ありがとうございました。政治面や経済面でも
    ようやく明るさが出てきました。来年はさらに日本と日本人に
    とって良い年であるよう、お祈りしています。

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