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■■ Japan On the Globe(329)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        Common Sense: 障害者の経済的自立を目指して
                 〜 クロネコヤマト小倉昌男の第二の挑戦
                 社会主義的福祉体制から障害者を救うために、
                小倉昌男は第二の挑戦を続ける。
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■1.障害者のための「普通の職場」づくり■

     スワンベーカリー1号店が銀座の一角にオープンしたのは、
    平成10年6月だった。障害者6人と健常者8人の体制で、障
    害者が自立できるよう10万円以上の給料支払いを目指してい
    た。「クロネコヤマトの宅急便」で有名なヤマト運輸の会長だっ
    た小倉昌男が、退職後に私財を投じて創設したヤマト福祉財団
    の最初の挑戦だった。

     1号店は、近隣のオフィスに勤めるOLやサラリーマンを顧
    客として、毎日20万円前後を売り上げるようになった。時給
    750〜820円で、月150時間働くと10万5千円の月給
    が手に入る。3交代制で、朝6時半から障害者が元気に働いて
    いる。

     続いて、翌11年6月には北区十条に2号店をオープンした。
    障害者と健常者がそれぞれ13人づつ。当初は、周囲が住宅地
    で売上げは見込めないと危ぶまれたが、障害者たちがパンの出
    前をするという新しいサービスを始めて、800軒のお客さん
    を確保し、毎日15〜20万円を売り上げるようになった。

     13年秋には、赤坂でスワンカフェを開店。焼きたてのパン
    を本格的なエスプレッソコーヒーとともに楽しめる。40人の
    スタッフ中、15人が障害者である。一キロ四方にスターバッ
    クス・コーヒーを始め、さまざまなカフェが乱立する激戦区で、
    繁盛している。

     障害者が自立できるだけの給料が得られ、生き甲斐をもって
    健常者と共に働ける「普通の職場」を作り出そうという小倉昌
    男の挑戦が花開きつつあるのである。

■2.月給1万円!?■

         いったい、障害者の方たちにいくらくらいの賃金を払っ
        ているのですか?

     平成8年に障害者の「共同作業所」を見学していた小倉昌男
    は、責任者に聞いてみた。そこでは障害のある子供たちに仕事
    を教え、作業所内でさまざまな事業を行っているという話に興
    味を持って、見学にやってきたのだった。

     しかし、その「事業」とは、空き缶つぶしや牛乳パックの解
    体などのリサイクル作業、あるいは余り物の木っ端でブローチ
    を作る、料理の得意な職員が指導してクッキーを焼く、などだっ
    た。これではとても儲からないな、と経営者経験の豊かな小倉
    は見抜いて聞いてみたのだった。しかし、その答えはショッキ
    ングだった。

         平均して月給1万円くらいですね。

     実際に、作業所の仕事とはお金を稼ぐためにやっているので
    はない。障害者の親が昼間は面倒を見られないので、作業所に
    置いてもらい、ちょっとした仕事をして、わずかながらの「お
    小遣い」を貰っているというのが、実態だったのだ。    

     実際に共同作業所での賃金の統計を見ると、時給50円未満
    が24%、50〜99円が26%、100円から199円が
    33%。合計83%が200円未満だった。

     障害者には国から年金が出るが、全盲で両手両足の障害があ
    るという一級でも、月8万円ほどしか貰えない。それ以下の2
    級では7万円足らず。これに1万円ほどの給料を貰っても、と
    うてい自立はできない。親が面倒を見てくれるからこそ、障害
    者は生きていける。だから親たちは「この子を残しては死ねま
    せん。たった一日でいいから私は子供より長生きしたい」と口
    を揃えて言うのである。

■3.障害者が働ける場がない■

     厚生労働省の統計では、身体障害者が約325万人、知的障
    害者が約46万人、精神障害者が約204万人で、合計575
    万人となっている。日本の人口の5%近く、すなわち20人に
    一人は何らかの障害を持っているのである。

    「障害者のための福祉の事業をやろう」と小倉は決心していた
    が、目指すべきは障害者が親や国に面倒を見て貰うのではなく、
    「自立」できるようにすることだと考えた。自立とは障害者が
    健常者と肩を並べて働き、自活できるだけの収入を得ることだ。
    そう思って調べてみると、今の日本には障害者が働ける場があ
    まりない、という現実を知った。

     障害者雇用促進法は、日本の企業が常用者の1.8%にあた
    る障害者を雇用しなければならないと定めている。しかし、従
    業員が300人を超える企業が、この比率を守れない場合は、
    不足人数一人につき月額5万円を国に納めれば済んでしまう。
    多くの企業はお金を納める方を選ぶ。一般企業における身体障
    害者、知的障害者の雇用率は1.49%に過ぎない。

     これではとうてい雇用の場が足りないというので、障害者の
    親が自主的に作った就労施設が「共同作業所」で、これが全国
    に6千カ所ほどもある。しかし、その実態は上で述べたような
    「デイケアセンター」に過ぎなかった。

■4.作業所の経営を立て直そう■

     共同作業所は厚生労働省に「社会福祉法人」として認可して
    貰うと、国のおカネで鉄筋コンクリートの2階建て規模の施設
    を作ってくれる。障害者の送り迎え用のマイクロバスも申請す
    れば、買ってくれる。職員にも地方公務員並みの給料を払って
    くれる。

     しかし認可をとるには障害者一人あたり15.8平米で20
    人以上収容できる施設がなければならない。こういう施設を作
    れる個人はごくわずかなので、認可を貰っているのは6千カ所
    近くある作業所のうち、600カ所以下だ。ほとんどはみすぼ
    らしい木造アパートを借りて、10人程度の障害者を集めて、
    こつこつと空き缶潰しなどをしている。こうした本当に援助が
    必要な大部分の作業所には、おカネが下りない、というおかし
    な事になっている。

     障害者の自立を実現するには、こうした共同作業所の経営を
    立て直し、月給1万円という状況を打破する所から始めなけれ
    ばならない。そう思った小倉は、自分がヤマト運輸の経営者と
    して積んできた経験とノウハウを作業所を運営する人たちに伝
    授する機会を作ろうと考えた。

     そこで平成8年、共同作業所の運営者向けの経営セミナーを
    始めた。そもそも福祉の世界の人たちは「経営」という言葉の
    意味を考えたことがないから、「経営セミナー」と言われても、
    ピンとこないだろう。彼らを集めるために、セミナー会場まで
    の交通費から2泊3日の宿泊費まで、すべてヤマト福祉財団で
    持ってあげることにした。

■5.「福祉は汚い金儲けとは違う」■

     最初の年は、北海道から九州まで全国7カ所でセミナーを開
    き、計437人が参加した。共同作業所の運営者は女性のお年
    寄りが多い。障害者を放っておけないからと長年、苦労してき
    た人たちである。

     その人たちに、セミナーの冒頭で小倉が「経営とはなんぞや」
    と説き始めても、参加者はあまり熱心に聞かない。「自分たち
    は20年30年と福祉という尊い仕事をやってきた。それに比
    べると企業のやっているのは、所詮、汚い金儲けではないか。
    そんな汚い仕事をやってきた人間に、なぜ私たちが教えを請わ
    なければならないんだ」と思っているのが、ありありと顔に出
    ている。そこで小倉はこう説く。

         クロネコヤマトの宅急便を受け取った時、お客様はどう
        思うでしょうか? 「ああ、ヤマト運輸はこうやって俺た
        ちからカネを巻き上げて儲けているな」と思うのでしょう
        か。 いいえ、「宅急便は便利だ、助かった」とお客様か
        ら感謝されている。私はそう思います。

         人からおカネを巻き上げようなんて動機ではビジネスは
        できません。そんなさもしいサービス、さもしいモノに人
        はおカネを払いません。あくまでお客さんのためになる便
        利なサービスやモノを考え抜いて、生み出して改良して、
        結果、お客さんが喜んで使ってくれる。その代わりにおカ
        ネをいただく。これがビジネスです、金儲けです。ですか
        ら金儲けは決して汚いことじゃない。

     こうかみくだいて話をしていくと、セミナーの参加者もだん
    だん、小倉の話に耳を傾けだす。そこから、障害者に十分な給
    料を払う事のできる事業を打ち立てるためには、「経営」が必
    要だと小倉は説いていく。

■6.これはいけるぞ■

     しかし、口先で説いているだけでは説得力がない、と考えた
    小倉は自分で実践してみせることにした。ヤマト福祉財団の独
    自事業として、障害者を雇用したパン屋を開くのである。ちょ
    うど経営セミナーを始めた頃、広島にあるパンの製造販売の大
    手、タカキベーカリーの高木誠一社長と出会った。同社は「ア
    ンデルセン」や「リトルマーメイド」というパン屋のチェーン
    を全国展開している。

     その成功の秘密は「冷凍パン生地」技術にある、と小倉は高
    木社長から聞いた。工場で材料を混合し、発酵・成形して、焼
    くばかりになったパン生地を急速冷凍して、全国のパン屋に送
    るのである。実際に小倉が自分で焼いてみると、初めてなのに
    見事においしいパンが焼けた。自分にできるなら障害者にもで
    きる、これはいけるぞ、と思って、高木社長に協力を依頼し、
    快諾を得た。

     それから2年、タカキベーカリーから技術指導をしてもらっ
    て、ようやく平成10年6月、銀座の一角にスワンベーカリー
    1号店を開いたのだった。

■7.仕事に対する自信とプライドを■

     実際に障害者に仕事をやってもらうと、いろいろな事が分かっ
    てきた。たとえば、かなり高度な仕事も、健常者がそばについ
    てカバーしながら教えていけば、ちゃんとできるようになる。
    障害者の能力を伸ばすためには、障害者と健常者をペアで仕事
    させることがポイントだった。

     厚生労働省が認可している共同作業所では障害者20人以上
    に対して、職員はせいぜい2,3人。これでは仕事の経験のな
    い障害者たちが何人集まろうと、ひとりでに能力が伸びていく
    わけがない。やる気も湧かない。やはり健常者の中に混じって、
    教えて貰いながら頑張って仕事をした方が、能力は伸び、やる
    気も出てくる。障害者の出来ない部分は、健常者がカバーして
    やる。そうすれば、仕事もスムーズに流れる。

     働くことで生活のリズムを朝型に整える事も大切だ。働いて
    いないとどうしても生活が不規則になりがちである。仕事に合
    わせて規則的な毎日を送ることで、生活のリズムが出てくる。

     しかし最初からフルタイムだと大変なので、1日3〜4時間、
    週3回程度のペースから始めて、徐々に働く習慣を身につけて
    いってもらう。フルタイムでなくとも責任ある仕事をしてもら
    う事で、労働意欲が増し、技術も身についていく。

     こうして健常者と混じって働いているうちに、仕事に対する
    自信とプライドが生まれ、それが生き甲斐や労働意欲をさらに
    高めていくことになる。こうして価値ある仕事が出来るように
    なることで、その対価として十分な給料も貰えるのである。

■8.人はやりがいのある仕事がしたいのです。■

     作業所に経営ノウハウを持ち込んで、障害者に高い給料を払
    えるようにしようという試みは地方でも始まっている。宮城県
    の「はらから福祉会」は、7カ所の共同作業所を抱える大きな
    組織だ。ここでは平成9年から本格的な豆腐づくりに取り組み、
    100人の障害者に平均5万円の給料を払っている。

     商品は本物志向の豆腐である。原料の大豆はすべて国産のも
    のを使う。仕上げは、一般の豆腐店ではにがりを混ぜて固める
    作業が難しいので、硫酸カルシウムを使う所が多いが、ここで
    は本にがりを使う。豆腐製品だけで年間7千万円を売上げ、さ
    らに「おからパン」や「おからドーナッツ」、総菜類の販売に
    も取り組んでいる。

     中心人物の武田元さんは養護学校の教師をしていたが、障害
    者が月給1万円に満たない低賃金で、家族にも気兼ねしながら
    暮らしている現実を改めようと、養護学校の同僚や卒業生、そ
    の家族、地域の人々とともに、作業所を立ち上げた。

     大豆を洗ったり、水にさらしたりという作業は難しいので
    「障害者には無理」と考え勝ちだが、武田さんは「作業工程を
    分析して細分化すれば、多少重い障害を抱えた人でも、相当で
    きる仕事がきっとあるはずだ。しかも、豆腐なら地域の人が日
    常的に買ってくれる」と考えたのである。武田さんは言う。

         福祉に携わる人はよく、「福祉は金儲けではない」と言
        います。しかし生活のためには所得保障しかありません。
        もちろん障害者と同じ作業をさせれば生産性が劣るかもし
        れませんが、それは仕事ができないということではありま
        せん。障害が重い人ほどお金が必要なのであり、それだけ
        にやりがいのある仕事をつくり出さねばならないのです。
        やりがいがある仕事とは、儲かる仕事です。

    「儲かる仕事」とは、小倉昌男の言葉を借りれば、「お客さん
    が喜んでおカネを払ってくれる仕事」である。

         人はやりがいのある仕事がしたいのです。大好きな人か
        ら認めてもらいたい、そして自立したいのです。一見、人
        に頼ってばかりに見える障害者たちも、心の底では同じ思
        いを抱いているのです。

■9.社会主義的福祉の革新■

    「税金を使って障害者を養う」という社会主義型福祉では、障
    害者は社会のお荷物として、生き甲斐も誇りも持てない。官僚
    統制のもとでは、税金の使い方も非効率になりがちである。市
    場経済の中で、障害者が価値ある製品やサービスを作りだすこ
    とで、社会に貢献し、また自立できるだけの所得を得るという
    小倉昌男の理想は、「やりがいのある仕事がしたい、人から認
    めて貰いたい」という障害者の人間性をも満足させるものだ。

     小倉昌男はかつて運輸省や郵政省の官僚的規制の支配する
    「社会主義」体制と戦って、宅急便という新しいサービス産業
    を創出し、国民生活に多大の利便をもたらした。今、また小倉
    は福祉の分野でも同様に社会主義体制を革新しようと挑戦を続
    けているのである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(025) 自立共栄の人・クロネコヤマト小倉昌男
   宅急便の創始者。官の規制や行政に頼らず、常に自立を目指す、
   そして市場競争の中で、独自の工夫を通じて、自ら栄え、顧客
   にも貢献する。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 小倉昌男、「福祉を変える経営」★★★、日経BP出版センター、
   H15
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「障害者の経済的自立を目指して 」について 

                                            ナオユキさんより

     私の勤めている会社も数人ですが10年前から障害者の雇用
    に取り組んでいます。以前は国に協力金を納付し、免除して頂
    いていたのですが、企業として社会に恩返しするといった社長
    の判断で行いました。

     実際に受け入れると大変な面が多々ありました。それは私た
    ちだけでなく、障害をもった方も同じだったと思います。しか
    し周りが、駐車場や勤務内容だけに配慮し、普通に接すること
    に取り組みました。これは全員での思いやりと、お互いの努力
    で実現出来ることです。

     先日、私がある用事で部品を入手する必要があり担当部門に
    行きました。その部品の管理担当者は障害を持った方でした。
    その方から自信を持って「私が管理しています。何でも私に言
    ってください。」と強くはっきりとした声を聞きました。この
    人は弊社内で活躍し、そして努力していることを感じ、うれし
    く思いました。
    
     障害をもった方の自立というのは、周りの配慮だけでなく、
    仕事を任せるといった動機付けが出来るかどうか、にあると思
    います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     数人の障害者の方からも共感のおたよりをいただきました。

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