[トップページ][平成16年一覧][Media Watch][070.14 朝日新聞の病理][390 国防・安全保障]

■■ Japan On the Globe(342)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

          Media Watch: 社説対決 〜 イラク人質事件

             大新聞4紙がそろって「テロに屈するな」と主張す
            る中、朝日新聞のみが孤軍奮闘の論陣を張った。
■■■■ H16.05.02 ■■ 34,029 Copies ■■ 1,159,807 Views■

■1.「卑劣な脅しに屈してはならない」■

     先の人質事件が報じられた4月9日の各紙社説は一斉に「テ
    ロに屈するな」との声をあげた。

    日経:「卑劣なテロ集団から人質の解放を」
         テロリスト集団には断固とした姿勢で臨み、テロリスト
        の脅しに屈した形での自衛隊撤退はすべきではないと考え
        る。

    読売:「3邦人人質  卑劣な脅しに屈してはならない」
         卑劣な脅しに、絶対に屈することはできない。毅然(き
        ぜん)として対処しなければならない。

    毎日:「邦人人質 卑劣な脅迫は許されない」
         過去1年に及ぶ占領体制や米英に対する反感があるにせ
        よ、このような手段や方法で自衛隊の撤退などの行為を迫
        るのは断じて認めることはできない。

    産経:「日本人人質 今こそ国内が一致結束を」
         福田康夫官房長官は八日夜、「自衛隊はイラクの人々の
        ために人道復興支援をしている。撤退する理由はない」と
        断言した。この姿勢を強く支持したい。

     そんな中で、朝日だけが「独自性」を見せた。

■2.「要求を突っぱねれば」■

     朝日の9日付け社説は「救出に全力をあげよ 日本人誘拐」
    と題して、日本政府を叱咤激励しているが、自衛隊撤退という
    テロリストの要求については、

         福田官房長官は「自衛隊は人道復興支援を行っている。
        撤退する理由がない」と、誘拐犯の要求を拒んだ。かといっ
        て要求を突っぱね続ければ、3人の身に危険が及ぶだけで
        なく、同種の事件を誘発する恐れがある。それがこの事件
        の深刻なところだ。[1]

     この「要求を突っぱねれば、・・・同種の事件を誘発する恐
    れがある」という一節には、あっと驚かされた。テロに屈した
    ら同種のテロを誘発するという国際常識とは正反対の主張だか
    らだ。たとえば読売は10日付けの社説で「今、自衛隊が撤退
    したら、一体、どういう事態になるのか」と問いかけて、こう
    予想している。

         結果的に武装勢力をますます勢いづかせるのは間違いな
        い。武装勢力が誘拐を効果的な手段と見て、同様の事件を
        他国にも仕掛けることになりかねない。

         イラクから撤退する国が続出すれば、新生イラクの建設
        に協力する国際社会の足並みが乱れる。イラク情勢は一層、
        悪化することになる。

         日本はテロに容易に屈する国とみられ、国際社会の信用
        を失う。日本と共同作業するような国はなくなる。日本は、
        これから国際平和協力のための自衛隊を派遣できなくなる
        恐れもある。[2]

     これが国際常識である。他紙を読んで勉強したのか、朝日は
    翌日の社説であわてて修正した。

         もし今、ここで犯人たちの脅迫を受け入れたらどうなる
        だろうか。「日本は無法な要求に弱い国だ」というイメー
        ジを広げ、同じような人質事件を誘発しかねない。他の国
        を標的にした犯行に弾みをつけてしまう恐れもある。[3]

■3.朝日の二枚腰■

     こうは言いつつも、他紙のように「テロリストの脅迫に屈す
    るな」とは主張しない所に朝日の二枚腰がある。

         だが、そのうえで論じておきたいのは、私たちの主張は
        何が何でも自衛隊は撤退させないという、単純な「テロに
        屈するな」論とは異なるということだ。・・・

         イラク全土の状況は、誰が見ても悪化の一途だ。占領政
        策の大規模な転換がなければ、事態は収まらないだろう。
        このままでは暴力もテロも逆に拡散する。・・・必要にな
        れば撤退の決断もためらうべきではない。 ・・・

         こんどの事件は、開戦以来、小泉首相が無理に無理を重
        ねて来たことと無縁ではない。政府はそのことを胸に刻み、
        人質救出に必死で当たる義務がある。[3]

     人質事件の原因を作ったのは小泉首相の自衛隊派遣であり、
    「撤退の決断もためらうべきではない」とする。社説タイトル
    の「脅迫では撤退できぬ」とは、「撤退するな」という意味で
    はなく、「撤退はすべきだが、脅迫ではなく他の形で」という
    意味なのだ。さすがに大学入試での引用数トップを誇る朝日新
    聞は、文章の綾も巧みである。

     その後では「犯人よ、殺すな」と題して、犯人グループに呼
    びかけを行っている。

         人質になった日本人3人は、あなたたちが言うように米
        軍に協力している国の国民かもしれない。だが同時に、戦
        禍に苦しむイラクの人々を直接、間接に助けようとした人
        々でもある。・・・

         かれらの活動を、あなたたちが敵視するどころか、もり
        立てることだ。そのことこそが「占領軍なき復興」の可能
        性を世界に示す。[3]

     朝日は「あなたたち」とは呼んでも、「テロリスト」と罵倒
    したりはしない。悪いのは、自衛隊派遣を決めた小泉首相であっ
    て、3人は反戦平和の同志なのだから、敵視するのではなく盛
    り立てよ、と冷静に説く。自衛隊撤退という志を同じくする犯
    人たちに、朝日はほのかな連帯意識を抱いているようだ。

■4.「朝日社説 詭弁としか言い様がない」■

     この社説を、翌11日の産経社説は「朝日社説 詭弁としか
    言い様がない」と名指しで批判した。前半では「脅迫では撤退
    できぬ」と主張しつつも、後半では、

        「撤退の決断もためらうべきではない」と論理を飛躍させ
        る。仮にも日本政府が今の時点で特措法を理由に自衛隊を
        撤退させたら、誘拐犯のみならず世界は日本が脅迫に屈し
        たと考えることに変わりない。結果的に、日本は「ひ弱な
        国家」として海外の邦人を一層の危険にさらすことになる。
        ・・・

         極めて重大なこの時期に朝日がこのような「二重基準」
        の社説を掲げることは悪影響を与えかねない。

         朝日のこれまでの社説からいえば、イラクへの自衛隊派
        遣に反対した立場から、「派遣していなければ、こんな事
        件も起きなかった」という思いが強いのであろう。

         だが、現時点で、本音である撤退論を打ち出す勇気もな
        い。そこで羊頭をかかげて狗肉(くにく)を売るという苦
        しい結果になったのだろう。しかし、これは詭弁(きべん)
        と言わざるをえない。[4]

■5.「テロの要求に屈する論理」■

     「詭弁」とまでこき下ろされて撤退論には分がないと見たの
    か、朝日社説は今度は、来日したチェイニー米副大統領に対し
    て「イラク・人質 米国に自制を迫れ」として、

         米国の自制と政策転換をはっきりと求め、歴史的にも今
        もイラクの人々を日本は敵視していないことを宣言しては
        どうか。それが犯人に伝われば、人質の解放を促すことに
        もつながらないだろうか。[5]

     この主張を、今度は読売が一喝した。

        「自衛隊が派遣されたから、人質事件が起きた」「日本は
        米国に政策転換を求めるべきだ」という声がある。「自衛
        隊撤退をためらうべきではない」という主張もある。それ
        自体が、テロの要求に屈する論理である。[6]

     名指しこそしていないが、引用しているのは朝日の社説その
    ものである。自衛隊は撤退しなくとも、日本政府が米国に政策
    転換を働きかけたら、それは人質拘束の大きな成果となる。テ
    ロリストたちがこの社説を読んだら、「よくぞ言ってくれた」
    と思っただろう。遠くイラクの地から日本で孤軍奮闘する朝日
    に声援を送っていたかもしれない。

■6.人質が無事解放された要因■

     自分をテロリストの立場において考えてみよう。朝日のよう
    な主張に賛同する声が日本国内で大きくなっていったら、「日
    本政府は本当に自衛隊を撤退させるかもしれない」、あるいは
    「少なくとも米国に政策転換を働きかけてくれるかもしれない」
    と考えて、もうしばし人質を解放せずに頑張ってみよう、とい
    う気持ちになっていただろう。それは事件の解決を遅らせるだ
    けだ。

     しかし、テロリスト達の期待も空しく、「撤退せず」との日
    本政府の素早い決定を朝日以外のすべての大新聞が即座に支持
    し、また自衛隊撤退を求める被害者の家族には世論が大きく反
    発した。イラク内部でも、イスラム教聖職者、アブデル・ジャ
    バル・シャッタル師が「日本人はイラクの利益のために行動し
    ていた。人質行為を非難する」と語ったと報道された。[7]

     日本政府も国民世論も「テロに屈しない」と一致団結したの
    で、このまま人質を拘束していても埒があかない事が分かり、
    人質を殺したらイラク国内の聖職者までも敵に回すことになる。
    合理的に考えるテロリストなら、米軍の捜索の手が来る前にさっ
    さと人質を解放してしまおうと考えるだろう。

     人質が無事解放された要因の一つは、日本国内が「テロに屈
    するな」と一致結束し、朝日の如き「テロの要求に屈する論理」
    が少数意見に終わったことである。

■7.「これ以上苦しめるな 人質の家族」■

     朝日はこうした他紙から批判に答えないまま、15日には
    「これ以上苦しめるな 人質の家族」と別の論点に転進した。

         イラクで武装勢力に捕らわれている人質3人の家族に対
        して、非難や嫌がらせが相次いでいる。

        「勝手に行って迷惑をかけ、税金を使わせている」「自分
        の子なら行かせない」「自衛隊の撤退を求めるのはおかし
        い」。3人の自宅のほか、家族の拠点になっている北海道
        東京事務所には、こんな電話やファクスが次々と寄せられ
        た。・・・

         子や姉弟が銃や刃物を突きつけられているときに、何を
        してでも助け出したいと思い、そう訴えるのは、家族とし
        てはごく自然なことではないか。そういう家族の心情を理
        解できないとすれば、悲しいことだ。[8]

■8.「反省していないのは一部マスコミ」■

     これにまた噛みついたのが、産経のコラム欄「産経抄」で、

         家族は「個」の責任をそっちのけにして「公」の政策変
        更を声高に要求した。それに対し違和感や嫌悪感をおぼえ
        たのが世論なのである。“被害者たたき”でも何でもない。
        国民のごく普通の感覚であり、気持ちなのだった。しかも
        テレビのキャスターやコメンテーターは、家族の無分別を
        たしなめるどころか一緒になって政府を責めたり、批判し
        たりした。家族は後になって「感謝とおわび」に転じたが、
        初めからそうしていれば世論も横を向いたりしなかったろ
        う。[9]

     さらに産経は25日付け社説で追い打ちをかける。

         当初、家族の一部に、自己責任を棚に上げ、政府批判と
        自衛隊の早期撤退を求める発言があった。しかし、その後、
        家族は反省し、政府と国民に迷惑と心配をかけたことを謝っ
        ている。反省していないのは、家族の当初の発言を利用し、
        自衛隊撤退論に結びつけようとした一部マスコミである。
        [10]

     朝日は家族への世論の反発を大所高所からたしなめるつもり
    だったのだろうが、逆に彼らを自衛隊撤退論に利用した戦術こ
    そ問題だと、糾弾されてしまった。まさにやぶへびではある。

■9.世論の成熟ぶり■

     こうして他紙から批判をかわそうと迷走を続けた朝日社説で
    あったが、その主張は国民世論からの支持も得られなかった。
    産経新聞はこう総括する。

        ・・・イラクでの邦人人質事件で日本政府が犯人たちから
        の自衛隊撤退の要求を拒否したことについて、国民の多く
        がそれを支持したことが明らかになった。

         フジテレビ「報道2001」の十五日の調査では、犯人
        たちの撤退要求に対し、「撤退すべきでない」が68%で、
        「撤退すべきだ」の29%を大きく上回っていた。三人が
        解放された後の朝日新聞十六日の調査では、撤退拒否は
        「正しかった」が73%にも上り、「正しくなかった」の
        16%を圧倒した。・・・

         いずれも、誘拐犯人らの要求を入れて自衛隊を撤退させ
        ることには反対とする意見が三分の二前後を占めたわけで、
        この種のテロ事件に対しては、日本の世論が、昭和五十二
        年のダッカ事件当時と異なり、「犯人らの脅迫には屈しな
        い」という点で、いかに成熟してきているかを示すものだ。

     朝日社説の懸命な説得にもかかわらず、同社の調査でも73
    %が撤退拒否を正しかった、と考えていたわけである。しかし、
    弊誌は朝日の迷走気味の孤軍奮闘がまったく無意味であったと
    は考えない。自由民主主義国家としては、多様な意見の存在が
    不可欠だし、こういう論争を通じて国民一人一人が国のあり方
    を考えていく事が民主政治の基盤作りにつながるからだ。

     30日の記者会見で、人質の一人今井紀明さんは「テロリス
    トでなくレジスタンス」と言い、「自分にとっての自己責任は
    イラクの現状を伝えることだ」と語った。18歳ながらあっぱ
    れなヒール(プロレスの悪役)ぶりである。今井さんや朝日新
    聞のようなタフなヒールがいるからこそ試合も盛り上がる。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(052) 今、そこにある危機
    北朝鮮のミサイル発射で、朝日の主張する「冷静さ」「慎重
   さ」とは?
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog052.html
b. JOG(044) 虚に吠えたマスコミ
    朝日は、中国抗議のガセネタを提供し、それが誤報と判明し
   てからも、明確に否定することなく、問題を煽り続けた。
c. JOG(042) 中国の友人
    中国代表部の意向が直接秋岡氏に伝わり、朝日新聞社がそれ
   に従うという風潮が生まれていた。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 朝日新聞、「救出に全力をあげよ 日本人誘拐(社説)」、H16.04.09
2. 読売新聞、「[社説]3邦人人質  小泉首相の「撤退拒否」表明を支持する」
   H16.04.10
3. 朝日新聞、「脅迫では撤退できぬ イラク人質事件(社説)」、H16.04.10
4. 産経新聞、「【主張】朝日社説 詭弁としか言い様がない」、H16.04.11
5. 朝日新聞、「イラク・人質 米国に自制を迫れ(社説)」、H16.04.11
6. 読売新聞、「[社説]3邦人人質  峻別すべき『解放』とイラク政策」、
   H16.04.13
7. 産経新聞、「【主張】邦人人質 撤退拒否を貫き救出急げ」、H16.04.10
8. 朝日新聞、「これ以上苦しめるな 人質の家族(社説)」、H16.04.15
9. 産経新聞、「産経抄」、H16.04.23
10. 産経新聞、「【主張】自己責任 自由だからこそ問われる」、H16.04.25

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「社説対決 〜 イラク人質事件」について

                                                Menさんより
     私は、何が何でも戦争反対という考え方をもっていませんが、
    それでも、今回のイラク戦争を見るに、アメリカの独断専行、
    武力による民衆の圧政など、イラク戦争を大義のある戦いだと
    思えません。統治政策もイラク民衆を力で押さえつけようとい
    う戦略であり、その方法で成功するためには、究極敵には恨み
    をもつ人々を女、子どもも含めて、根絶やしにするしかない。
    そんなやり方は、決して受け入れることはできません。

     こうした戦争の中で生まれた、今回の事件の犯人達を単に、
    テロリスト=悪と簡単に単純化する見方するのは、良識ある国
    際人だと言えますか?

     私が、イラク人と同じ立場になったとき、銃をとって戦うか
    もしれません。作戦のプロじゃない人が一生懸命考えて思いつ
    く作戦なんて、誘拐脅迫ぐらいでしょう。金に困った人が思い
    つくといっしょです。裏を返せば、それだけ一般人が今回のア
    メリカのやり方に対して、激怒し、戦いを始めている。レジス
    タンスという言い方も十分、理解できる。

     今回、脅迫に対して、国として撤退をしなかった選択は正し
    いと思う。しかし、単に、犯人をテロリストとして、彼らの置
    かれた状況を深く洞察することなく、話を善か悪かの見方で単
    純化していく思考こそ、つきつめていけば、戦争を起こしてい
    く人間の心の要素です。

     朝日新聞を悪、人質事件の被害者の今井君を単純にヒール扱
    いするのは、国際平和を希求する国際人として思慮が足りない
    のではないでしょうか?

■ 編集長・伊勢雅臣より

     私はテロリストの定義は、目的の善し悪しではなく、手段の
    善し悪しにあると考えます。目的の如何を問わず、民間人を無
    差別に殺傷したり、誘拐したりする行為はテロだと見なします。
    従って民間人を巻き添えにする自爆攻撃はテロであり、大東亜
    戦争で米軍のみを標的とした日本の特攻隊は正当なる軍事行動
    です。そういうテロにどう対処するのか、これが本号のテーマ
    でした。米軍の行動や自衛隊派遣の是非は切り離して考えるべ
    きテーマです。 

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