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■■ Japan On the Globe(344)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

          Common Sense: 人格を磨けば学力は伸びる
                             〜 江戸川学園の「人づくり」革命
             生徒たちが仲間意識を持って、勉強に、スポーツに
            打ち込む「人づくり」の場がここにある。
■■■■ H16.05.16 ■■ 33,884 Copies ■■ 1,173,622 Views■

■1.「東大、甲子園、花園(ラグビー)」を目指せ」■

     茨城県取手市の江戸川学園取手中・高等学校、略称は「江戸
    取」。開校は25年前の昭和53年で、一期生は公立高校には
    入れない生徒も多く、約80%が偏差値30台だった。リーゼ
    ントや長スカートの不良スタイルが目立ち、トイレからは煙草
    の吸い殻が出てくる。

     創設時からの校長・高橋鍵彌(けんや)氏は「東大、甲子園、
    花園(ラグビー)」を目指せ」と言い続けた。開校3年目に野
    球部は甲子園に出場。7期生から東大合格者が出始めた。23
    期生となると、東大18名を含め国公立178名、早稲田・慶
    応・上智・東京理科大に335名という堂々たる成績を納めた。
    スポーツでは野球部に続いて、空手部・漕艇部は全国大会優勝、
    陸上部・アメフト部は全国大会出場を果たした。まさに文武両
    道を地でいく実績をあげるようになった。

     こうした成果を生みだしているのが、高橋校長の「人格を磨
    けば、学力は伸びる」という教育方針である。

■2.勉強にも部活動にも高い集中力■

     その一例を紹介しよう。15期生のSさん。陸上部に所属し、
    中等部1年から高等部3年の秋まで、毎日、陸上部で走り続け
    た。入学当初の成績は平均より少し良い程度だったが、一年を
    終わる頃には男子生徒を退けて、学年トップに躍り出た。

     大学受験では超難関の東大理科三類(医学)を受けるかどう
    か、迷った。模擬試験の合格率は20%からせいぜい60%ど
    まり。東大理三には江戸取ではまだ誰も合格していなかったの
    で、本人は大学のランクを下げようか、と考えていた。

     高橋校長は、Sさんに「陸上部であれだけがんばれたのだか
    ら、自信をもって挑んだほうがいい」と励ました。Sさんは見
    事に東大理三に合格し、大学でも陸上部に所属。現在は総合病
    院で活躍しながら、名古屋女子国際マラソンなどにも出場して
    いる。高橋校長は言う。

         運動部に限らず、文化部でも何でもいい。ピアノやバイ
        オリンのような楽器でもいいのです。とにかく一つに一生
        懸命打ち込める生徒は、勉強にも高い集中力を発揮します。
        机に向かっている時間は同じでも、密度が濃いのです。

         教科の先生達は、Sさんはとにかく熱心に授業を聞いて
        いたと言います。それは私の道徳の授業でも同様でした。
        [1,p180]

■3.人間らしさの3つの要素■

     どうしたらSさんのような生徒を輩出できるのだろう。高橋
    校長はまず「人間らしくあるための3つの要素」を説く。

         私は、人が人間らしくあるためには、知識、情操、意志
        の三つの要素が整うことが必要だと考えています。「情操」
        とは、思いやり、親切心、美しいものを観たり聴いたりし
        たときに素直に感動できる豊かな心です。「意志」は、困
        難に負けない我慢強さや根気強さ、とも言えるでしょう。

        ・・・人が人間らしくあるためには、まず確固たる意志の
        力(C)、そして豊かな情操(B)が必要です。このBと
        Cの部分が人格をつくります。知識(A)は、このB・C
        部分に支えられて成り立つ。[1,p21]

         つまり、人が人間らしく生きるためにはまずB・C部分
        をしっかり磨くことが必要で、これができていればAの知
        識にも良い影響を与えます。B・Cさえがっちり磨いてお
        けば、Aは生涯を通じていつでも向上させることができる
        のです。ゆえに、私は生徒たちの心の教育にこだわるので
        す。[1,p24]

     生徒の知識のみを伸ばそうとする「詰め込み教育」、またそ
    れの反動としての「ゆとり教育」は、ともに「知識」だけに注
    目して、「情操」や「意志」という部分には着目していなかっ
    た。この人間らしさの土台部分から鍛えていく、というのが、
    江戸取のユニークな点である。

■4.道徳の授業で受けた衝撃■

     それでは江戸取ではどのような方法で生徒の「情操」と「意
    志」を鍛えているのだろう。その一つの方法に、高橋校長自ら
    が行う道徳の授業がある。毎週月曜日の2コマ目に中等部1年
    生全員を大ホールに集め、高橋校長が約35分間、講話を行う。
    生徒はノートにその講話内容を清書し、感想を1ページ書いて、
    3日以内に提出する。それを校長や担任が分担して読み、同じ
    ノートに1ページ分の返事を書いて、生徒に返却する。

     講話の内容を一言一句もらさずに清書するために、生徒たち
    はお互いの速記を見せ合ったり、分からなかった点を話し合う。
    この過程で、校長の講話を何度も咀嚼し、また互いに切磋琢磨
    し合う友だちづくりができる。一人の生徒はこんな感想を書き
    残した。

         道徳の授業の中で、私が心に残ったというか、一番衝撃
        を受けたのは「自らを限る者」です。・・・

         たとえばテストのときです。テストの結果が悪かったり
        すると、勉強時間が少なかったにもかかわらず、「どうせ
        自分の実力はこのくらいなのだから」というように、簡単
        にあきらめてしまっていました。自分をそこで限ってしまっ
        ていたのです。・・・

         しかし、校長先生の道徳の授業を通して、このままでは
        いけないということに気づきました。何もしないうちに、
        努力することを避けてしまうのは、自分への甘えであるこ
        とを知りました。[1,p49]

     自分の姿に気づいて衝撃を受ける「情操」から、もっと頑張
    ろうという「意志」が芽生える。こんな生徒が勉強に集中して、
    学力も伸びていくのは当然である。

■5.「夢を語る会」■

    「校長先生と夢を語る会」という行事もある。中・高別にそれ
    ぞれ5〜7百人の前で12、3人が自分の夢を語り、校長がア
    ドバイスを行う。この会を年3,4回、開催している。たとえ
    ば、こんな夢を語った中二の女子生徒がいる。

         私が獣医師になりたいと思った理由の一つに、重油にま
        みれたペンギンを救うために世界中から獣医師が集まって
        の救出劇を見て、とても心を打たれたことがあります。ま
        た、動物の絶滅も急速に進んでいます。・・・

         動物は私たちに力をくれます。たとえばペットを飼って
        いる人は一緒に暮らしていると生活を一層楽しくしてくれ
        たり、リラックスさせてくれるのです。介助犬、救助犬と
        しても活躍してくれています。私たち人間に力を貸してく
        れます。そんな価値のある動物を自分の手で救える獣医と
        いう職業は本当に素晴らしいと思います。[1,p154]

    「夢」を聞いた同級生たちも、自分も負けじと自分なりの夢を
    持とうとするだろう。それぞれが自分の夢を持てば、その実現
    に向けて、勉強やスポーツに打ち込んでいく。

     高橋校長自身も生徒に夢を語る。10年後までに高さ110
    メートルの校舎を作り、最上階には卒業生たちが自由に使える
    「江戸取ファミリーフロアー」を設置する、という夢だ。校舎
    はすべて卒業生たちの寄付によって建てる。そのためにも社会
    で立派に活躍するたくさんの卒業生を送り続けなければならな
    い。その100分の1の模型が学園の入り口に飾ってある。

■6.宿泊研修で生徒が変わる■

     宿泊研修も意志と情意の鍛錬に効果が大きい。夏休みなどに
    教室の一部に畳を敷き、20〜30人の生徒が10泊11日も
    の共同生活をする。400人が一つの校内で生活をともにする
    ので、食事、シャワー、洗濯など、規律を守り、協力しなけれ
    ばうまくいかない。生徒たちは「自分勝手なことをすると、他
    の人たちに迷惑がかかってしまう」と気づき、我慢すること、
    規律を守る事を学ぶ。

     集団生活の中で、勉強や運動に一生懸命になっている生徒が、
    グループ全体に大きな刺激を与える。たとえば男子生徒のT君
    は「陸上と東大受験と高校生活の3つのレースで勝つ」事を目
    標に、家でも毎朝ジョギングをしている。宿泊研修でも、朝4
    時半に一人でグランドに立った。ふと見ると、自分の教室に明
    かりがついていて、5人の仲間たちが勉強をしている。

     T君は大きな衝撃を受けて、翌日には4時に起きてジョギン
    グを済ませ、4時半からは仲間と一緒に勉強するようにした。
    翌朝には勉強する仲間が10人に増えた。

■7.生徒同士の「ミラー現象」■

     進学校というと、「生徒同士が毎日競争を強いられる」「本
    当に仲の良い友だちはできない」という先入観を抱きやすいが、
    この点について高橋校長は言う。

         生徒同士を競争させたところで、伸びる率はたかが知れ
        ています。人間性にも問題が出てくるでしょう。江戸取生
        は誰もが、
        「先輩の実績は後輩へのプレゼント」
        「後輩の実績は先輩のステイタス」
        「友達の実績は自分の実績」
        とのフレーズを抱いているのです。

         ゆえに、日常生活の仲で「君たちは仲間なのだ」という
        ことを認識させたほうが、生徒は互いに良いプログラム同
        士が影響し合い、グングン伸びていくのです。・・・

         下手に大人が介入するよりも、生徒は生徒同士の力でい
        くらでも成長していけるものなのです。そこにはB(情操)、
        C(意志)部分で影響を与え合う現象が自然に生まれてき
        ます。これを江戸取では「ミラー現象」と称しています。
        [1,p81]

     道徳の授業での助け合いも「夢を語る会」も、この宿泊研修
    も、生徒間で情操と意志の「ミラー現象」を起こすための場づ
    くりであると言えそうだ。

■8.「畏敬の念を抱かれる教師であれ」■

     生徒を変えるためには、先生も変わらなければならない。

         教育とはそもそも人間と人間との対峙であって、教師が
        一方的に生徒に何かを強制するものではありません。「こ
        うしましょう、ああしましょう」と生徒に言うのなら、
        「では、自分自身はどうなのか」と教師は自分を省みなけ
        ればならない。[1,p91]

     開校後、数年間は生徒の喫煙が問題になっていた。高橋校長
    は職員室に煙草の煙がたちこめているのを見て、「ああ、これ
    ではダメだな」と思った。まず職員室は一切禁煙にして、別の
    場所に喫煙室を作った。とりあえず生徒が職員室に入っても、
    煙草の煙は感じないようになった。5年経って今度は校内を一
    切禁煙にした。すると生徒たちの喫煙もどんどん減っていった。

     クラス担任の先生は、毎週70分のロングホームルームがあ
    る。この時間は質疑応答や生徒同士の議論に使ってはならず、
    先生は70分、話し続けなければならない。そのあとには、ク
    ラス全員の感想をじっくり読んで一人ひとりに感想を書く。

         ですから、たしかに先生たちは大変でしょう。しかし、
        そもそも「心の教育」とは、人格を磨くことですから大変
        なことなのです。生半可な姿勢でできるものではありませ
        ん。「心の教育」を行うためには、教師が全人格を全力で
        ぶつけていくしかないのです。[1,p52]

     こうして生徒から「畏敬の念を抱かれる教師であれ」と、高
    橋校長は説く。校長自身による道徳の授業は、成績もつかず、
    ノート提出も義務ではない。しかし道徳の授業には全生徒がキ
    リッとした態度で臨んでいて、そんな生徒たちの姿に他の先生
    方も襟を正されるような思いがする、と言う。

         畏敬の念を抱いている教師との対峙で、生徒たちはその
        空気から多くのものを吸収していきます。「ああしなさい」
        「こうしなさい」など、耳で聞くことはすぐに右から左へ
        と流れてしまいますが、畏敬の念を抱く教師と対峙したと
        きの一種異質な空気の中には、全身で吸収できる何かがあ
        るのです。[1,p101]

         もしかすると、教師が何か一つ絶対に妥協できないもの
        をもつこと、絶対に譲れない何かをもつこと、真剣に向き
        合える何かをもつこと、それも一つの畏れにつながるので
        はないか。全力で、全身で、自信をもって示せる何か、そ
        ういうものが生徒に伝わればいいのではないか、と。
        [1,p103]

■9.「人づくり大国」の夢■

     本誌65号「閉ざされたクラスルーム」では、生徒が授業中
    に廊下を自転車で走り回ったり、教室内でボール遊びしていな
    がら、先生は「生徒に背を向け」黒板に字を書き続ける、とい
    う学級崩壊の惨状を紹介した[a]。「ゆとり教育」の行き着く
    果てがこういう「動物的」な状態であった。それに比べると、
    校長先生の講話を背筋を伸ばして聞いている江戸取生たちの姿
    は、まさに知情意の備わった「人間らしさ」を示している。

     学級崩壊、学力崩壊によって「動物的」にされた子供達は憲
    法に保証された基本的人権を奪われている。江戸取のように、
    生徒達が互いに切磋琢磨しつつ、生き生き伸び伸びと勉強やク
    ラブ活動、学校行事に打ち込み、それを通じて知情意の備わっ
    た「人間らしさ」を伸ばしていく。そういう教育を提供するこ
    とこそ、子供達の人権を大切にするということである。

     高橋校長は「子どもは親の子どもであると同時に社会の共有
    財産、国家的財産」であると言う。かつては「子は国の宝」と
    も言われた。宝物であるからこそ、親も教師も一心にダイヤの
    原石である子どもたちを磨き上げなければならない。それは宝
    物として磨かれる子どもを幸福にする道であるとともに、その
    宝物によって国民全体を幸せにする道でもある。

     こうした人格教育によって、他国からも尊敬される国際派日
    本人を輩出し、彼らによってさらに立派な国づくりが進められ
    る。江戸時代にはそういう教育がある程度実現されていて、そ
    れが明治日本の世界史に残る発展をもたらしたという実績がす
    でにある[b]。21世紀において、わが国は再び「人づくり大
    国」になる。高橋校長とともにそんな「夢」を語りたくなった。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(065) 閉ざされたクラスルーム
    バラバラに遊び回る生徒達、「生徒に背中を向け」黒板に字
   を書き続ける先生、お互いの心のつながりを失った荒涼たるク
   ラス風景である。なぜこんなことになったのか?
b. JOG(030) 江戸日本はボランティア教育大国
    ボランティアのお師匠さんたちの貢献で、世界でも群を抜く
   教育水準を実現した。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 高橋鍵彌、「江戸取流『学力革命』」★★★★、サンマーク出
   版、H15

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「人格を磨けば学力は伸びる 〜 江戸川学園の
   『人づくり」革命』について 
                                               柴犬さんより
     人格という言葉を久しぶりに聞いた気がします。今週号を見
    て、自分の人格というものはどのように形成されてきたか振り
    返ってみれば、様々な方に影響を受けて生きてきた事を再確認
    した次第です。

     小、中、高、大学の恩師、親戚兄弟、親しい友人…出会いの
    中で相互に与えた影響の大きさに嬉しくも愕然としました。行
    き着く所は人、ということでありましょうか。

     この江戸川学園取手中・高等学校に通う生徒も教師も、これ
    からも人との出会いの中で成長してゆくのでしょう。

     そう簡単に忘れる事なんて出来ないんですよね、大切な人の
    事は。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     「人作り」とは「人と人との出会い」の中でなされる、とい
    うことですね。

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