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■■ Japan On the Globe(348)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

              Common Sense: 手足を縛られた自衛隊

             様々な手かせ足かせにも関わらず、イラクに派遣さ
            れた自衛隊は、黙々と復興支援に取り組んでいる。
■■■■ H16.06.13 ■■ 33,915 Copies ■■ 1,202,312 Views■

■1.「凛とした日本人」■

         日本人らしく誠実に心をこめ、武士道の国の自衛官らし
        く規律正しく堂々と取り組む。日出ずる国の日本がイラク
        の夜明けに光を指すことができたらうれしい。

     陸上自衛隊の番匠幸一郎・復興支援群長がイラク出発に際し
    て語った言葉であるが、この言葉に久しぶりに「凛とした日本
    人」を感じた人も多かったのではないか。

     その番匠群長が3ヶ月に渡る任務を終えて帰国し、イラクで
    の状況をこう報告した。

         宿営地の鉄条網整備にイラク人を雇用した。その際、日
        本人二、三人と、イラク人七、八人がチームを作り、有刺
        鉄線で服もボロボロ、体中血だらけ、汗まみれになって、
        夕方まで同じ作業を続けた。昼食を分け合ったり、休み時
        間には重機のバケット(土をすくう部分)に仲良くなった
        両国の二人が腰掛け、会話本を指さしながら、教え合って
        いた。他の軍隊では、軍人は監督するだけで、現地作業員
        たちも午後三時を過ぎると仕事途中でも帰宅する。各国軍
        人たちは自衛隊のやり方に驚いていた。[1]

         番匠一佐は「世界のどの国にも負けない規律正しい活動
        を追求して任務を遂行した」と強調し、「多国籍軍が施設
        の見学に来てくれたほどだった。(宿営地の)見本と位置
        付けられていると聞いており光栄に思う」と世界に印象付
        けた自衛隊の任務の自信と緊張を語った。「多くのサマワ
        市民から『自衛隊が来てくれてよかった』との言葉をもらっ
        た」と紹介する一方、「復興支援は私の中ではまだ続いて
        いる」と話した。[2]

     日本のマスコミは、人質事件や自爆テロばかりでなく、こう
    して黙々と誠実にイラク復興の任務に取り組む自衛隊員の姿を、
    もっと報ずるべきだ。

■2.「武器の使用も個人の判断で行う」■

     しかし、こうした自衛隊の活動は、日本の国内法によって様
    々に手足を縛られていることを、我々日本国民は認識すべきだ。
    たとえば、サマワに駐留している自衛隊員が日本のマスコミ関
    係者から取材を受けているとしよう。そこにいきなり武装ゲリ
    ラが銃撃を浴びせてきた。

     当然、自衛隊員たちはマスコミ関係者を守るために、一斉に
    反撃する、と誰でもが思うだろう。ところが、それは憲法で禁
    じられた「武力による紛争の解決」にあたる。許されているの
    は「緊急避難」か「正当防衛」であり、「戦闘に巻き込まれた
    ら退去する」あるいは「武器の使用も個人の判断で行う」しか
    ない。

     しかも「個人の判断」ということは、判断した当人の責任を
    伴う。自衛隊員が撃った弾がたまたまイラク人作業者に当たっ
    て死亡させたら、その隊員個人の「過失致死」となりかねない。

     こういう状態を避けるために、通常の軍隊では、指揮官の命
    令によって一斉に反撃し、またその過程で民間人に被害が出た
    ら、国家として責任をとるのである。それを許されていない自
    衛隊は、まさに軍隊ではなく、それゆえに本来持っている自衛
    能力も十分に発揮できない。事情をよく知ったゲリラなら、軍
    隊として反撃してくるオランダ軍より、手足を縛られた自衛隊
    の方を狙うだろう。イラクでの自衛隊は日本国内の法に縛られ
    て、余計な危険に曝されているのである。

■3.「われわれは青年協力隊ではない」■

     「余計な危険」とは、現地で戦闘を禁じられていることだけ
    ではない。持って行く武器自体が非常識なまでに制限されてい
    る。

     1990年の湾岸戦争の時に、当時の海部首相は、後方支援のた
    めに丸腰の平和維持部隊を派遣すると主張し、国会でも「武器
    を持たずに行け」という方向にまとまりかけた。当時、陸上自
    衛隊幕僚監部防衛部長だった松島悠佐氏は、新聞記者を集めて、
    こう語った。

         われわれは青年協力隊ではない。いざとなれば戦闘する
        ことを使命だと思っている自衛官だ。万が一にも戦闘に巻
        き込まれたときに、自衛の戦闘をさせてもらえないのでは
        死んでも死にきれない。イラクの戦闘機が活動しているの
        であれば、携帯SAM(スティンガー)くらいは持ってい
        くべきだ。[3,p110]

     これが新聞に掲載され、自衛隊派遣が廃案になるきっかけを
    作ったとして、松島氏は海部首相に怒られ、熊本の師団長に移
    されたという。

     1993年のカンボジアPKOの際には、持って行く機関銃を1
    丁にするか、2丁にするかで、国会の議論となった。それに比
    べれば、今回は無反動砲や個人携帯対戦車ロケット弾まで許さ
    れて大きな進歩だと、松島氏は言う。

     しかし、自衛隊が携行する武器は国会に報告され、公表され
    る。さらに、それらの武器の射程距離や威力なども他の資料で
    公表されているので、襲撃を企てる武装ゲリラ側にも丸見えに
    なってしまう。無反動砲の射程外から悠々と攻撃されたら、手
    も足も出なくなる。「持って行く武器を公表する軍隊は世界の
    どこにもない」と松島氏はその非常識にあきれる。

■4.「なんで日本だけが警備につかないんだ」■

     戦闘を禁じられていることは、自衛隊の平常時の活動にも大
    きな足かせとなっている。元陸上自衛隊中部方面総監・松島悠
    佐氏は最近の著書「自衛隊員も知らなかった自衛隊」でこんな
    実情を紹介している。

         しかし、現地では日本の国民が知らない自衛隊の「肩身
        の狭さ」があります。というのは、派遣の目的が後方支援
        業務や、人道的な国際救援活動に限られていて、憲法上の
        問題を生ずる「戦闘行為」がいっさい禁じられているため、
        他国軍と共同歩調が取れないからです。

         具体的にいうと、たとえば各国のPKO部隊が駐屯する
        基地は、武装ゲリラなどの襲撃を防ぐために各国が交代で
        警備をしていますが、自衛隊はそれに加わることができま
        せん。万一襲撃されたときに、戦闘になるからです。支援
        活動中に襲われたなら、「自衛」という名目で対応できま
        すが、基地の警備についていて襲撃を受けた場合の対応は、
        その範囲を超えるというわけです。

         こういう理屈は他国の軍隊には理解してもらえませんか
        ら、自衛隊は「いつも体育の授業を教室で見学している子
        ども」のように肩身が狭いのです。他国の兵隊から「なん
        で日本だけが警備につかないんだ、ずるいじゃないか」と
        きついことも言われます。[3,p118]

■5.「他国の足手まといになるだけだ」■

     1月19日の陸上自衛隊先遣隊のイラク入り以来、自衛隊の
    宿営地が完成するまで、現地オランダ軍が警護から食事、宿舎
    などの面倒をみてくれた。

         陸自宿営地から車で十五分ほどのオランダ軍宿営地「キャ
        ンプ・スミッティ」。治安維持要員を乗せた車両が行き交
        う出入り口近くで取材に応じたオランダ海軍広報担当のハ
        ルシンハ上級曹長は「自衛隊までが治安維持活動をする必
        要はない」としながらも、自衛隊の安全確保については
        「日本側に聞いてほしい」と言葉を濁した。自衛隊関係者
        の一人は「他国軍に守ってもらうというのは『軍人の誇り』
        にかかわる。自らの安全に直結する治安維持活動をやれな
        ければ、自立的、自己完結型の国際貢献は不可能。他国の
        足手まといになるだけだ」と話す。[4]

     オランダ軍の幹部は自衛隊が戦闘を禁じられている、という
    特殊事情を理解しているから、「自衛隊までが治安維持活動を
    する必要はない」と言ってくれてはいるが、本心ではそういう
    自衛隊を護衛する責任はオランダ軍にはない、と思うのは当然
    である。危険な土地だからこそ、各国とも戦闘能力のある軍隊
    を出しているのであり、自己防衛のできない「海外青年協力隊」
    が勝手にやってきて、復興支援をするから護ってくれ、などと
    いうのでは、周囲に迷惑をかけるだけだ。

     また、もしこれだけ世話になったオランダ軍がテロリストに
    襲撃されて、応援を求めてきても、戦闘を禁じられた自衛隊は
    手をこまねいて傍観しているしかない。これは自衛隊の誇りを
    傷つけるだけでなく、国際社会において日本の防衛能力そのも
    のが疑われるという事態につながる。同盟国からの信用を失な
    い、潜在的敵国からの侮りを受けて、危険を増大させる。

         もし私が指揮官だったら、どんな屁理屈でも、とにかく
        自衛戦闘の範囲内であるということにして、救助に向かう
        でしょう。その場所に自衛官がとらわれているとか、その
        方面に出かけて行方不明になっている自衛官がいるとか、
        与えられた権限を最大限に解釈して、適当な理由を考え出
        すと思います。現地で感じる国際協調の責任の重さは、安
        全な日本にいてはとても実感できないものです。[3,p21]

     こういう決断の責任を後で問われて、指揮官は自分のキャリ
    アを台無しにしてしまうかもしれない。瞬時の決断を下さねば
    ならない時に、自衛隊の指揮官は、こんな余計な心配もしなけ
    ればならないのである。

■6.自衛隊の手足を縛って、被害を大きくした■

     自衛隊が手足を縛られているのは、国内でも同様である。松
    島氏は、阪神大震災の時に陸上自衛隊中部方面総監として、救
    助活動を指揮した。実は自衛隊では、それ以前から関西の府県
    で災害救助の体制が不備であることを指摘していたが、黙殺さ
    れていた。共同防災訓練の申し入れも拒否されていた。自治体
    レベルの自衛隊嫌いが、結果として被害を大きくしたのである
    [a]。

     震災の起こった当日の朝も、姫路の連隊は8時半には出動準
    備が整っていたが、パトカーの到着を待っていたため、神戸に
    向かったのは10時14分だった。自衛隊には交通規制の権限
    がなく、警察のパトカーに誘導されなければ動けなかったから
    である。パトカーが一般の車を規制して道を空けるのだが、後
    ろの方は渋滞に巻き込まれて動きがとれなくなった。結局、火
    災の発生していた長田区に到着したのは、午後1時半だった。
    交通規制の権限さえあれば、もっと早く災害現場に到着して、
    多くの人命を助けられたはずである。

     また、地震後の大火災に対して、自衛隊は「海水を利用した
    ヘリによる空中消火」を提案した。長田区沖合でヘリ搭載護衛
    艦が水嚢に海水を入れて準備し、それを自衛隊のヘリが吊り下
    げて、散水、消火するという方式である。単なるアイデアでは
    なく、自衛隊は山林火災ではヘリによる空中消火活動はたびた
    び行っており、また長田区沖合での実験も成功した。

     しかし、神戸市の消防は、市街地の空中消火は延焼中の家屋
    を倒壊させ、被災者に危険を与える恐れがあり、過去の実績も
    ないからと拒否した。ここでも自衛隊は多くの人命を助けるチャ
    ンスを奪われたのである。

■7.予算面でも手足を縛られている■

     法律や政治の面だけでなく、予算の面でも自衛隊は手足を縛
    られている。「たまに撃つ 玉がないのが 玉にきず」という
    自衛隊員の作った川柳があるそうだが、対戦車ロケット砲や対
    空ミサイルは、一発の弾丸が高価なので、訓練でもなかなか撃
    たせてもらえず、玉を込めない武器の引き金を引いて「バン!」
    というだけの「口鉄砲」が多いという。

     こういう「口鉄砲」では、本当に必要なときに命中させるだ
    けの技量が磨けるのかどうか、心もとない。今回のイラク派遣
    では対戦車ロケット砲や無反動砲を持って行ったが、いざ自爆
    テロの車両が突っ込んできた時に、とっさにこれらの武器を実
    際に撃って命中さえる訓練は十分にできていない。ようやく携
    帯を認められた武器にしても、これではまさに「玉にきず」で
    ある。

     もっとみみっちい話もある。戦闘服の支給は一人2着しかな
    いので、雨中の訓練が2,3日も続くと、もう着替えがない。
    だから隊員たちは不足分を自腹で買う。そのために基地の売店
    では戦闘服を売っている。24万人の自衛隊員に5千円の戦闘
    服を一人2着ずつ支給しても24億円である。

     たとえば平成8年に北朝鮮に送った50万トンのコメ支援だ
    けで1200億円の税金が使われた。おそらくそのほとんどは
    飢えた民衆ではなく北朝鮮軍に渡っただろう。わが国を脅かす
    北朝鮮に1200億円を使いながら、自国民を護る自衛隊員に
    は24億円を惜しんで、自費で戦闘服を買わせる。こんな非常
    識はいかなる理屈でも正当化できまい。

■8.マインド・コントロールの術者は誰か?■

     このように自衛隊は法制、政治、予算など、様々の面で手足
    を縛られているわけだが、その張本人は誰か、という事が真の
    問題である。松島氏はこう語る。

         国会で自衛隊の違憲問題を取り上げ、海外派遣を強く反
        対している人たちは、北朝鮮や中国のことをあまり悪く言
        いません。独裁者が国民を餓死させていたり、一党独裁で
        言論の自由を弾圧し、強力な軍隊がにらみをきかせている
        ような国が、民主国家よりもいいと、どうして思えるので
        しょうか。それだけでなく、彼らは自衛隊が何かをしよう
        とすると、判で押したように「軍国主義の復活」と唱えま
        す。専守防衛を枠組みとし、文民統制でコントロールされ
        ている自衛隊が、独裁者の軍隊や一党独裁の国の軍隊より
        も危険な存在であると、なぜ思えるのでしょうか?
        [3,p156]

     そう思えるのは、ある種のマインド・コントロールにかけら
    れているからである。その術者は誰か。自衛隊の手足を縛って、
    一番、得をするのは誰かと考えれば、自ずから容疑者が浮かん
    でくるだろう。

     自衛隊諸士は手足を縛られながらも、彼の地において見事な
    奮闘ぶりを見せている。このように凛とした人々を送り出した
    事を誇りに思うと同時に、彼らの手足を縛るマインド・コント
    ロールを打破できていない国内状況に関して、申し訳なく思う。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(020) 阪神大震災
    国民を守ったのは誰か?
b. JOG(076) PKO常識のある人、ない人
    カンボジアPKOで自衛隊初の海外派遣をめぐる悲喜劇。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 産経新聞、「陸自イラク復興支援 番匠群長『完全に任務遂行』
  活動一日も休まず」、H16.06.08
2. 産経新聞、「帰国の陸自 隊旗を返還 首相から特別賞状」
   H16.06.07
3. 松島悠佐、「自衛隊員も知らなかった自衛隊」★★★、
   ゴマブックス、H16
4. 産経新聞、「【安全保障新時代】第2部 砂塵の中で(2)
   群長の苦悩」、H16.03.24

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