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■■ Japan On the Globe(353)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ 人物探訪:セブン-イレブン・鈴木敏文 〜 原則居士の独創性 世界18カ国、2万5千店に広がるコンビニ エンス・チェーンを生み育てた独創性。 ■■■■ H16.07.18 ■■ 33,991 Copies ■■ 1,237,726 Views■ ■1.「あなた方は、日本の実情がわかっていない」■ あなた方は、日本の実情がわかっていない。それなのに 合弁で経営に参画してくるという要求はおかしい。日本の ことは日本を一番よく知っているわれわれにまかせるべき だ。[1,p42] あまりにきっぱりとした言葉に、通訳はそのまま訳しても良 いのか、問い返したほどだった。1973年5月、米国テキサス州 ダラスにある全米最大のコンビニエンス・ストア・チェーン 「セブン−イレブン」を経営するサウスランド社で、イトー ・ヨーカ堂の鈴木敏文は一歩も譲らない交渉ぶりを見せていた。 日本の小売業の革新にセブン−イレブンのシステムを導入し ようと、2年かけて、ようやく交渉のテーブルにまで持ち込ん だのである。サウスランド社は「やるなら合弁で」と要求した が、鈴木は論理だてた反論で、撤回させた。 その次の要求は技術提供の代価として売上げの1%のロイヤ リティだった。しかし鈴木は、米国内でも1%なのに、そのシ ステムを日本に合うように作り替えねばならないのだから、0. 5%が妥当だと反論した。交渉は決裂寸前までいったが、筋道 をたてた鈴木の反論に、ついにサウスランド社は折れて、交渉 が成立した。 帰国した鈴木は羽田空港に着くと、そのまま報告のために、 会社に向かった。役員たちはイトーヨーカ堂ペースの妥結に 「ごくろうさん」とねぎらいの言葉をかけてくれたが、鈴木は 「大変な重荷を抱えた」という暗鬱な気持ちになっていた。セ ブン−イレブンのシステムを日本に持ち込んで、果たしてうま くいくのか。うまくいくはずだという考えはあったが、本当の 所はやってみなければ分からない、というのが、鈴木の胸中だっ た。 ■2.「背筋が凍りつく思いがした」■ その年の11月にサウスランド社との契約が成立し、鈴木は 11名のメンバーを引き連れて、米国で研修を受け始めた。 ・・・いろいろ教えられていくうちに、3日目にこれは大 変な失敗をしたものだと感じたものである。 それは、米国と日本はバックグラウンドがまったく違う、 ということである。かりに米国のものを、日本にそっくり そのまま持ち込んでも、うまくいくはずがない。・・・ それに思い至ったとき、思わず背筋が凍りつく思いがした。 しかも、社内外の反対があったのに、セブン−イレブンの 事業をスタートさせるために、こうして米国にやってきた 以上、口が裂けても「この事業は失敗だった」とは自らの 口からは言えない。 それでも一ヶ月くらい、あちらのシステムについて、現 地でレクチャーを受けたり研修を受けている間中、私自身 は「これをどうすれば、日本で成功させることができるか」 とそればかりを考え続けていた。[2,p259] たとえばアメリカのセブン−イレブンでは、ハンバーガーや サンドイッチなどのファーストフードを売っている。日本でも 同じ事をすべきだ、というのが、研修メンバーの意見の大勢だっ た。その中で鈴木が「いや、日本ではそれはアンマン・肉マン、 すし、おにぎりと解釈すべきだ」と言い出すと、みな「そんな バカな」という顔をした。 サウスランド社のシステムをそのまま日本に持ち込むのでは なく、その原則を理解した上で、どう換骨奪胎して日本の異な る環境に適用するのか。鈴木はこの姿勢に徹して、日本でのコ ンビニエンス・ストアのあるべき姿を考えていった。 ■3.「ママ、きれいなお店!」■ 昭和49(1974)年5月15日、東京の江東区でセブン−イレ ブンの第一号店がオープンした。酒屋の二代目、24歳の山本 憲司がぜひコンビニをやってみたい、と申し入れてきたので、 その店を改造して一号店とした。最初は実験のために直営店で やっては、という社内の声を鈴木は押し切った。失敗すれば山 本に迷惑をかける。そういう背水の陣でこそ、将来、数千店を 展開するノウハウも開発できる、との考えだった。 アメリカではサウスランド社が投資して新たな店舗を作り、 それを希望者に貸して、コンビニを経営させる。しかし、その やり方では既存の商店街と競合することになる。鈴木は「既存 小売業との共存共栄」が原則だと考えた。そのためには、既存 の商店とフランチャイズ契約し、その店主が金を出して自店を コンビニに改造し、自ら経営するという形にしたのである。 開店すると、物珍しさも手伝って、朝早くだというのに次々 と客が入ってくる。母親に連れられた4歳ぐらいの女の子が、 入った途端に声をあげた。「ママ、きれいなお店!」 夜は眠 気覚ましのコーヒーを求める深夜のタクシー運転手や、夜食を 求める受験生が来る。 初年度の売上げは1億83百万円。2年目には2億42百万 円。売上げも利益も酒屋時代の2倍になった。酒屋時代には売 上げの半分は配達でこなしていたが、そんな重労働もやらなく て済む。店は16時間・年中無休でも、パートタイマーとシフ トを組んでこなすので、8時間労働で済む。山本は「セブン− イレブンをやってよかった」と心から思った。 ■4.家族商店を長時間労働、重労働から解放する■ 日本の小売業は家族経営が中心で、商品の仕入れから配達ま で重労働をこなさねばならない。パートを雇おうにも、そもそ も仕入れなど、任せられない部分も多い。いきおい、店を開け ている時間は、店主や奥さんがずっと対応しなければならない。 その長時間労働、重労働を見ている子供たちは後を継ごうとは しない。 通産省や中小企業庁などは商店街で一斉に休みをとる事を勧 めていた。これで店主や奥さんの労働時間を短縮し、商店街全 体で休めば、客が他の店に流れることも少ないだろう、という 発想だ。 これはおかしい、と鈴木は思った。前近代的な商店経営を棚 上げにして、客に不便をかけても休みを多くとる。そんな商売 が繁盛するわけがない。朝7時から夜11時まで、年中無休で 開いているコンビニこそ、お客にも喜んで来て貰える。そのた めには店主や奥さんが休んでいる時間でも、パートが代役を務 められるよう、仕事のやり方を単純化・標準化・合理化するの である。そしてセブン−イレブンではオーナーが疲れていては よい商売ができないからと、かならずパートを雇わせる。 酒屋の場合は、店主が一人で重いビール・ケースなどを配達 しなければならないので、神経症に悩む人が多い。しかし、セ ブン−イレブンの店に改装すると、配達はなくなるので、いつ の間にか神経症も治ってしまう。 ■5.3千品目の品揃え■ セブン−イレブンのもう一つの秘密は「仕入れ」にある。人 間の一日の生活には3千品目ほどの商品が必要だという。だか らセブン−イレブンの店は3千もの品揃えをする。 これだけの品揃えをしようとすると、100社以上の問屋か ら商品を卸して貰わねばならない。個人商店だったら、問屋か ら商品を買い集めるだけで、店主は一日中駆けずり廻らなくて はならない。それに、そもそもビールが一日5本しか売れない から、5本だけ売ってくれ、と言っても、「そうは問屋が卸さ ない。」 何ケースという大きな単位でしか売ってくれないか ら、3千品目を集めたら、売り場面積の何倍ものストックヤー ドが必要になる。 これがセブン−イレブンに加盟すると、伝票一枚で3千品目 のどれでも細かな単位で発注できるようになる。また本部の方 では常時各商品の売れ行きを見ていて、1年間に70%の商品 は入れ替えてしまう。どういう商品が売れているか、それらを どう仕入れ、どう陳列すべきか、本部のカウンセラーがきめ細 かく指導してくれるのである。 ■6.加盟した人たちが一番びっくりすること■ 7時から11時まで16時間、年中無休で開店していて、3 千品目もの生活必需品、人気商品が揃っていれば、客の方から 集まってくるのも当然だ。セブン−イレブン本部の店舗開発担 当は語る。 加盟した人たちが一番びっくりすることは、客数が増え ることだ。加盟前の客数は、酒屋を例にとると一日百人。 それが平均850人に増える。しかも、その内容が変わっ てくる。子供や、若い人、夜になると独身者やアベックが 増えるから、客層が一回りも二回りも若返る。今まで来て くれなかったお客さんが自分たちの周囲にこんなにもたく さんいたのか、とびっくりしてしまう。・・・ それまでは、汚ない店で、年輩のお客さんが多くて、売 上げは横這いかジリ貧、そういう中で毎日を送っていると、 何か自分が取り残されていくのではないか、という不安が たえずつきまとっていたわけである。また、スーパーが出 てきたらどうしよう、安売りされたらどうしよう、と自信 がなかった。・・・ 奥さんも店がきれいになり、売上げが増え、お客さんが 若返るので喜んで店に出るようになる。 菓子屋から転身したある加盟店のオーナーもこういう経験を した。 まったくその通りです。私が今、大変うれしいのは、以 前はお客さまが見えても、決して店に出ようとしなかった 二人の息子たちがものすごくやる気になっていることです。 次男もまだ高校生なのに早く二号店を出してくれないか、 なんて言っています。[1,P185] 既存の生産性の低い個人商店を近代化し、顧客の利便性を劇 的に高めて、売上げと利益を大幅に伸ばす。鈴木が狙ったのは、 まさしく日本の小売業の革新であった。 ■7.「こりゃあこっちも本腰を入れないとついていけないな」■ しかし、こういうシステムも一朝一夕にできたものではなかっ た。たとえば、従来の大量卸に慣れた問屋に、いかに小口配送 をさせるかも、難しい壁だった。鈴木は取引先を集めて、セブ ン−イレブンの構想を示し、こう呼びかけた。 当初は利益はでないでしょう。したがって我々の将来性 について理解され、一緒にやっていこうという方々にだけ お願いしたい。イトーヨーカ堂との関係から単なるつきあ い、というなら手を引いて欲しい。[1,p101] ある卸業者は、当時をこう振り返る。 正直いって最初は本当に大丈夫かと、色メガネでみてい ました。なんとかいけるかなと思ったのが百店段階でした が、2百店をこえたあたりから、そろそろ本物になりそう な気がしてき、5百店になって、言っていたことはウソで はなかった。こりゃあこっちも本腰を入れないとついてい けないな、ということで、私どもの体制を整備し、本格的 なベンダー(こまめな配送能力のある問屋)として脱皮さ せました。[1,p102] いかに必要な商品を必要なだけタイムリーに供給するか、と いう課題を追求していくうちに、たとえば豆腐、コンニャク、 生麺、納豆といった商品を扱うベンダー17社を説得して、共 同配送センターを作らせ、1台の配送車でこれらを混載して、 各店に配る、というような従来の業界常識では考えられなかっ たシステムも登場していった。「共存共栄」を原則とする鈴木 の小売業の革新は、卸業の革新にまで遡っていったのである。 ■8.アメリカのセブン−イレブンが凋落した原因■ こうした革新をたゆまず続けて、セブン−イレブンは急成長 を続けた。第一号店から24年後の平成15年8月には店舗数 1万の大台にのせた。チェーン全体の年間売上げは2兆2千億 円。第2位のイオンの1兆7千億、第3位ダイエーの1兆5千 5百億を大きく凌駕している。経常利益は年間16百億円と流 通業界では他を引き離し、株式上場以来、23年間連続で増益 増配を続けている。 一方、アメリカの本家のセブン−イレブンは倒産に追い込ま れ、イトーヨーカ堂グループの傘下に入って、鈴木敏文が中心 となって再建を進めている。アメリカのセブン−イレブンが凋 落した原因を鈴木は次のように読んだ。 米国は、今やディスカウントの時代だと称して、コンビ ニエンスストアでも一生懸命ディスカウントしている。世 の中はディスカウント時代だなどと言われると、本来の自 分たちの商売はどうあるべきかということを見失い、ディ スカウントに走ってしまう。 だが本格的なディスカウントストアと、小さなコンビニ エンスストアが(ディスカウント)競争をしたって、コン ビニエンスが勝てるわけがない。[2,p201] ■9.サービス分野にも発揮された日本の独創性■ 鈴木は再建にあたって、ディスカウントをやめさせようとし た。しかし、米国側の人間は「日本と米国は違うんだから、日 本からノコノコやってきて、そんなことを言ってもダメなんだ」 と言うことを聞かない。日本からハワイに送り込んだ社員も、 「こちらではどこも安売りをやっているので、ディスカウント をやめたら売れなくなるのではないか」と報告してきた。 鈴木は「ハワイは58店しかない。全部潰れたって構わない から、ディスカウントをやめろ」と一喝した。実はディスカウ ント路線を走ることで、品揃えが3千品目を大きく割っており、 豊富な品揃えというコンビニエンス・ストアの「あるべき姿」 を忘れていたのである。鈴木はディスカウントをやめさせると 同時に、ハワイという地域で本来売るべき商品を拡充させた。 鈴木のコンビニの原則に基づいた指導で再建も軌道に乗りつつ ある。 コンビニエンス・ストアとはアメリカ発のアイデアであるが、 原則居士・鈴木敏文はその原理原則を究明していくうちに、全 く別のものに進化させてしまった。サウスランド社の始めたコ ンビニエンス・ストアと、現在のシステムでは、真空管のテレ ビと液晶テレビほどの違いがあると言ってよい。その進化した システムが今や世界18カ国、約2万5千店で稼働している。 コンビニエンス・ストアは、テレビや自動車などのモノづく りに見られた日本人の独創性が、サービス分野にも発揮された 事例である。そしてそれは多くの国において、小売業の生産性 向上と、消費者の利便性向上に大きな貢献をなしている。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(025) 自立共栄の人・クロネコヤマト小倉昌男 宅急便の創始者。官の規制や行政に頼らず、常に自立を目指 す、そして市場競争の中で、独自の工夫を通じて、自ら栄え、 顧客にも貢献する。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 緒方知行、「セブン−イレブン 創業の奇跡」★★★、 講談社+α文庫、H15 2. 緒方知行、「鈴木敏文語録」★★★、祥伝社黄金文庫、H11 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/© 平成16年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.