[トップページ][平成16年一覧][The Globe Now][070.14 中国の言論統制]

■■ Japan On the Globe(356)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

              The Globe Now: 作られた「反日」

         サッカー場の過激な「反日ファン」は、江沢民政権の
        歴史教育とマスコミ統制が作った。
■■■■ H16.08.08 ■■ 33,134 Copies ■■ 1,257,986 Views■

■1.サッカーアジア杯での「反日」ぶり■

     読者からこんなメールをいただいた。

         今、サッカーアジア杯が中国で行われておりますが、ご
        覧になられておりますか。日本の試合では『君が代』がブ
        ーイングで聞こえません。試合中、日本がボールをとると
        またブーイングです。日本選手が負傷すると大喝采。日本
        のサポータには物が投げつけられているそうです。また、
        試合後、選手の移動バスに暴徒が押しかけ、運転手が中村、
        遠藤選手を乗せないまま、走り去ったそうです。

         ただ中継がNHKとテレ朝なので『君が代』中のブーイ
        ングでは音量を絞る。試合中のブーイングでは「中国のファ
        ンは強いほう、或いは勝ち点の多いチームにブーイングを
        しますよね。」などととぼけようとしています。さすがに
        上記の問いかけに解説者(長谷川さん)は「・・・・」と
        無言でしたが。

         若い人に嫌中国を増やしているようで、中国ODAも風
        前のともし火ですね。

     過激な「反日」ファンには、中国の当局自身も危機感を抱い
    たようだ。読売新聞(7月29日)はこう報じている。

        【重慶(中国)=伊藤彰浩】中国で開催中のサッカー・ア
        ジアカップに関し、中国共産主義青年団(共青団)機関紙
        「中国青年報」は29日、反日的ファンの礼儀を失した行
        動を戒める異例の記事を掲載した。

         記事は日本対タイ戦(24日)について、日本人ファン
        罵倒(ばとう)やブーイング など「中国人ファンが過激
        な行為を見せた」ことを詳報。

         署名記事では、「日本が選手の安全を理由にアジアカッ
        プに出ないようなことになれば、アジアサッカー史上最大
        の醜聞」「2008年には北京五輪が待っていることを忘
        れるな」とファンを厳しく批判した。

     今回は、これだけの反日感情がどうして生まれたのか、日中
    関係をたどりつつ、振り返ってみよう。

■2.反ソからの親日■

     1971年、時の首相・周恩来は関西学生友好訪中団との会見に
    おいて、こう語っている。

         日本民族は偉大な民族です。昔、元はインドシナからモ
        スクワ、朝鮮まで侵略しましたが、日本は二度、この侵略
        を撃退しました。・・・明治維新をことごとく反動的なも
        のと決めつける見方がありますが、これは誤っており一面
        的です。明治維新は二面性を持っています。これは史的唯
        物論の見方です。進歩的な一面とは民族統一と西欧文明を
        吸収して資本主義を発展させたことです。

     当時の日本の多くの歴史家よりも、はるかに親日的な見方で
    ある。1976年1月、周恩来が亡くなり、その2ヶ月後に学生代
    表団の一員として訪中した清水美和氏は、日中戦争で日本軍に
    よる市民に対する虐殺事件が起きたという現場を訪れ、犠牲者
    に追悼の意を表したいと要望した。

     しかし、北京から随行した通訳も現地の当局者も頑として受
    け入れず、首を横に振るのみであった。「青年は過去のことに
    こだわるより未来のことを考えましょう」「お客様に不愉快な
    思いをさせたくありません」[1,p84]

     当時、中国はソ連との対立を深めつつあり、周恩来は「敵の
    敵は味方」との戦略で米国や日本と結んで対抗しようとしてい
    た。72年のニクソン大統領、田中首相の相継ぐ訪中がその成果
    である。そのために中国政府は日中友好を必要としていたであ
    る。

■3.解放・改革路線の「親日」■

     1978年10月にトウ小平副首相が日中平和友好条約の批准書
    交換のために来日した際には、新日鉄や松下の新鋭工場を見学
    し、「日本の進んだ経験に学ぶ」と繰り返した。トウは「解放
    ・改革」路線によって、中国経済を近代化しようとしており、
    日本の経済力を必要としていた。中国ではその一挙手一投足が
    テレビで全国放映され、大衆は初めて見る近代的な日本の姿に
    衝撃を受けた。同時に北京でも日本映画週間が開催され、栗原
    小巻や中野良子に大衆は熱狂した。

     ソ連のアフガニスタン侵攻に中国指導者は危機感を募らせ、
    日米安保容認や、自衛隊増強を支持する発言が相次いだ。日本
    政府が防衛費のGNP比1%枠を守ると言明していたのに対し、
    伍修権(元解放軍副参謀総長)は、日本の防衛費は2%になっ
    てもよいとまで語り、歴史問題など存在しなくなったようだっ
    た。

     日中関係は、トウ小平の後継者として胡耀邦・総書記の時代
    にピークを迎えた。83年11月に来日した時、NHKホールで
    開かれた「青年のつどい」で、胡はこう語った。

         日本民族は偉大な民族です。戦後の年代に日本人民は発
        奮して自国を現代化した経済発展国にきずき上げました。
        また同時に、過去の教訓を汲み取り、日本と隣国の関係正
        常化を逐次実現しています。

         わたしは、日本民族の繁栄と発展を心から祝うと共に、
        皆さんが先輩のあとをうけつぐ時には、きっと、現在にも
        まして、立派にことを運ぶことができると信じています。

     歴史問題は「過去の教訓」というあたりさわりのない一語で
    片づけられている。

■4.胡耀邦攻撃のための「反日」■

     しかし共産党の長老たちは、胡耀邦が容認した自由主義的な
    思潮を「精神汚染」と嫌悪し、経済特区の設立を戦前の「外国
    租界の復活」と反発を強めていた。胡耀邦の親日的な姿勢は絶
    好の標的だった。

    「抗日戦争40周年」にあたる85年8月15日、現在の反日歴
    史教育の一大拠点になっている南京の「大虐殺殉難同胞記念館」
    とハルピンの「731細菌部隊罪証陳列館」が公開された。ま
    た北京郊外、蘆溝橋の「中国人民抗日戦争記念館」も、この翌
    々年に開館している。

     中曽根首相が8月15日、靖国神社を参拝すると、トウ小平、
    胡耀邦は批判を抑えたが、長老の彭真は自民党田中派訪中団に
    対して、「中日戦争で2千万人もの犠牲が出た」「私の知り合
    いの息子は日本軍に熱湯の中で殺された」などと激烈な日本批
    判を展開した。

     中曽根は胡耀邦を救おうと、翌年の靖国参拝は見送るが、そ
    れも一時しのぎに過ぎなかった。学生たちも「民主化の旗手」
    胡耀邦を応援しようと、全国の大学で民主化要求のデモを展開
    したが、これがかえって災いした。87年1月、胡耀邦は「ブル
    ジョア自由化」に断固とした処置をとらなかった事を党拡大政
    治局会議で批判され、辞任した。罪状の中には、訪日の際に
    「独断で日本の青年3千人を招待した」事も挙げられていた。

■5.「われわれの最も大きな失敗と誤りは教育にあった。」■

     89年4月、胡耀邦の死をきっかけに、数千人の学生たちが天
    安門広場で追悼デモを行い、「胡耀邦万歳! 民主主義万歳!」
    と叫んだ。これが後に100万人もの学生デモに発展し、10
    万人の人民解放軍が武力弾圧して、少なくとも数百人の死者を
    出したと言われる天安門事件となる。この混乱の責任をとらさ
    れて胡耀邦の後継者・趙紫陽も失脚し、トウ小平は上海で学生
    運動に断固たる措置をとった江沢民を党総書記に任命した。[a]

     ケ小平は天安門事件を振り返って、こう語る。

         われわれの最も大きな失敗と誤りは教育にあった。若い
        学生たち、青年、学生の教育が不足していた。

     しかし、ソ連、東欧の共産主義政権が崩壊する中で、マルク
    ス主義は輝きを失っていた。江沢民は共産党政権の生き残りを
    かけて、愛国主義教育に活路を見いだそうとする。

     90年の大学新入生からは、全国で1ヶ月の軍事訓練が義務づ
    けられた。学生運動の拠点だった北京大学と上海の復旦大学は、
    訓練期間が1年とされた。中学や高校でも歴史の時間が増やさ
    れ、中国の近代が日本や欧米の侵略による屈辱の歴史であった
    ことが教え込まれた。各地で革命や戦争の記念碑、記念館が建
    設され、ビデオや映画が作られた。

     江沢民は何東昌・教育相にあてた手紙に、今日まで愛国教育
    の指針とされる指示を行っている。「アヘン戦争(1940年)以来
    の百年以上にわたり中国人民が列強に欺かれ辱しめをうけた。」
    「中国共産党が抗日戦争と解放戦争を闘い、新中国を打ち立て
    た。解放後も反侵略の戦争を経て中国人民を侮ることができな
    いことを証明した」

■6.愛国主義を煽るマスコミとインターネット■

     マスコミも党中央から「愛国主義教育の社会的雰囲気を創造
    する」ことを報道機関の至上任務とされた。党宣伝部門の統制
    下におかれているので、党中央への批判的報道はもってのほか
    であり、その許容範囲を超えた報道をした場合は、「整頓」と
    いう名の査問や処分が待っている。

     一方、マスコミの多くが、独立採算性に切り替えられて、読
    者増を図るためにセンセーショナルな見出しをつけた刺激なニュ
    ースを求めるようになった。そして日本なら、いくらどぎつく
    叩こうと、どこからも文句がつく恐れはない。こうして「反日」
    記事は中国マスコミの恰好のテーマとなった。

     またインターネットも、当局の規制下にある。02年末にはネッ
    ト上で江沢民の政治方針を批判する文章を発表した民主活動家
    が、国家転覆煽動罪で懲役4年の実刑判決を受けている。大手
    ポータルサイトは当局の規制を恐れて、愛国主義を鼓舞するニュ
    ースや評論に力を入れて、自らの安全を図っている。

     こうしたマスコミやインターネットの影響で、過激な反日ム
    ードが醸成され、01年には日本軍の軍艦旗に似たデザインの服
    を着た女優が、メディアやインターネットで「売国奴、小日本
    (日本を馬鹿にしてこう呼ぶ)の芸妓」と叩かれ、あるイベン
    トでは観客に引き倒され、糞尿をかけられるという事件まで起
    こった。

■7.「中国人民を侮ることはできない」■

     江沢民が愛国主義教育を始めて10年後の1999年5月、ユー
    ゴスラビア空爆に向かった米軍機が誤ってベオグラードの中国
    大使館を爆撃した。女性記者など3人が死亡、20数人が重軽
    傷を負った。中国政府は意図的な攻撃との見方を示し、北京の
    大使館街は学生を中心とするデモ隊で埋まった。現場を取材し
    た清水美和氏はこう報じている。

         白人のテレビクルーが群衆に取り囲まれ、突き倒される。
        歓声と笑い声。倒れたカメラマンに向かって嘲(あざけ)
        りの声が飛ぶ。外国人とわかると何をされるかわからない。
        参加者への取材はやめ、息を飲んで様子をうかがう。興奮
        状態の群衆は争うように石を大使館に投げつける。
        [1,p180]

     デモ隊の先頭には「中国人民を侮ることはできない」という
    江沢民のメッセージが掲げられていた。江沢民の愛国主義教育
    によって育てられた愛国青年たちである。

     しかし当局も暴動が激化する事を恐れて、警官による規制を
    始めた。泣きながら抗議する学生たちは、党指導部が弱腰過ぎ
    ると感じ、特に国家主席である江沢民が事件後、ただちに怒り
    を表明しなかったことに不満を隠さなかった。

     この時期、江沢民は副主席の胡錦濤にデモの収拾を任せて、
    いっさい表には出なかった。事態の沈静化に失敗した場合に、
    自分の権威が傷つくのを恐れたと見られている。江沢民が育て
    た愛国青年たちは、ついにその親をも脅かすまでに成長してい
    たのである。

■8.繰り返される民衆暴動■

     こういう群衆の暴動が中国近代史を左右してきた。89年には
    前述の天安門事件で、100万人の学生が集まった所を軍部が
    武力で押さえ込んだ。60年代には1500万人もの青少年が「紅衛
    兵」として暴れ回り、全国で40万人もの犠牲者が出たと推定
    される文化大革命が起きている[b]。

     戦前に遡っても、1919年の五・四運動では第一次大戦後、ド
    イツの山東権益が日本に引き渡される事に怒って、北京の学生
    がデモを起こし、親日派高官を焼き討ちした。清国の末期に起
    きた義和団の乱も、群衆暴動の一例である。この時は北京の外
    国大使館街が暴徒に囲まれ、その救援に日本軍が大きな役割を
    果たした[c]。

     こうした歴史を通観すると、巨大な群衆が愛国主義的激情を
    燃え上がらせて暴徒と化す現象が繰り返し起こっている事が分
    かる。この奔流を御すのに失敗して失脚した中国の統治者は少
    なくない。

     我々がテレビで見ているサッカー場の反日ファンなるものは、
    この奔流が現代に蘇ったものである。それは天安門事件の後に
    誕生した江沢民政権が、民主主義を要求する群衆の力を恐れ、
    徹底した愛国主義教育で洗脳して育てたモンスターである。そ
    の恐ろしさを知っているのは江沢民自身であろう。

■9.愛国主義の情熱と国際主義の精神■

     86年11月、「日中両国の二十一世紀の青年の友好を深める
    ための施設」として日本の無償援助101億円で日中青年交流セ
    ンターが作られることになり、その定礎式で胡耀邦はこう演説
    した。

         歴史において、狭隘な愛国主義しかわきまえず、その結
        果、誤国主義に変質してしまった者は少なくない。中日両
        国の青年は歴史の経験と教訓の中から知恵を汲み取り、自
        分自身を愛国主義の情熱と国際主義の精神に富んだ気高い
        現代人に鍛えていくよう、私は望む。

     明らかに前年の反日デモを念頭に置いた言葉であり、これが
    胡耀邦の政治的遺言になった。胡耀邦が若い頃から目をかけて
    育ててきたのが、現在の胡錦涛・国家主席である。中国がグロ
    ーバル経済の中で成長を続け、さらにオリンピックや万国博覧
    会など国際的イベントを成功させるためには、胡錦涛政権はも
    う一度、この胡耀邦の遺言に立ち戻る必要がある。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(162) 天安門の地獄絵
   天安門広場に集まって自由と民主化を要求する100万の群衆
   に人民解放軍が襲いかかった。
b. JOG(110) 中国の失われた20年(下)
    〜憎悪と破壊の「文化大革命」
c. JOG(222) コロネル・シバ〜1900年北京での多国籍軍司令官
    義和団に襲われた公使館区域を守る多国籍軍の中心となった
   柴五郎中佐と日本軍将兵の奮戦。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 清水美和、「中国はなぜ『反日』になったか」★★、文春新書、
   H15

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「作られた「反日」」について

                                             きよのさんより
    「反日」という面については、今回のメルマガで十分解説して
    いただいたので一般的な「サッカー観戦」という面から、感想
    を述べます。

     まず、サッカーの試合中のブーイングに関して言えば、試合
    中に相手選手がボールを持つ場面、シュートする場面でのブー
    イングは、サッカーの盛んなヨーロッパや南米などでは、一般
    的に起こっている現象です。多分、選手たちはこのようなブー
    イングに驚いてはいるものの、程度の差こそあれ、似たような
    雰囲気は経験したことがあると推察します。

     また、試合中の相手選手のトラブル(ケガやイエローカード
    など)に対する大喝采については、サポータの資質が問われる
    問題で、海外の手荒な、あるいは熱狂的なサポータならばあり
    得る反応だと思います。

     問題なのは、試合中以外の相手国への態度です。相手国の国
    歌斉唱、試合中の相手国サポータへの行為、試合後の相手国へ
    の行為だと個人的には考えます。試合中以外に相手国の選手や
    サポータを威圧したり、危害を加えるような行為を取るのは、
    サッカーというスポーツの試合を観戦するファンでもサポータ
    でもなく、単なる犯罪者です。

     日本のスタジアムでは、ペットボトルの持ち込みは禁止され
    ており簡単な持ち物検査が行われます。ペットボトルを持って
    いた場合は、紙コップに中身を入れ替え、ペットボトルはその
    場で破棄します。

     選手や観戦者の安全を考えて、こういった措置を事前に取る
    ことや国歌斉唱時の態度等は、その国のスポーツ・文化レベル
    の習熟度を示すもので、今回のアジア杯で、中国のスポーツ・
    文化レベルがまだまだ低いことをアジア中、強いては全世界に
    示してしまったようなものだと思います。

     長くなりましたが、今回のアジア杯で幾たびの苦境と苦戦を
    乗り越えて優勝した日本代表チームを誇りに思うアジア杯でし
    た。

                                               平塚さんより
     今回の日本政府の対応はあまりにもお粗末で非常に腹立たし
    く思っています。川口外相が「遺憾の意」を表明したらしいで
    すが、靖国参拝で毎年のように内政干渉されているわりには、
    あまりにも抗議としてお粗末すぎると思います。(まあこれも
    反日的なマスコミの過小報道もあると思いますが)

     中国ODAの凍結や、北京オリンピック会場建設に対する日本
    企業の撤退、新幹線技術の提供の中止、北京オリンピックの不
    参加等、もっと踏み込んだ外交がなぜできないのかと思います。
    南京大虐殺のような作られた歴史にとらわれ、まともなことも
    言えない日本のマスコミやコメンテーターと呼ばれる人はどこ
    の国の人間かと耳を疑いたくなります。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     決勝戦での日本代表チームは不公正な判定や反日ブーイング
    をものともせずに、冷静かつ堂々と見事な勝利を勝ち得ました。
    中国の大方の心ある、物言わぬ人々もこれこそがスポーツマン
    シップだと理解してくれたでしょう。

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