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■■ Japan On the Globe(382)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ The Globe Now: 覇権をめぐる列強の野望 北野幸伯『ボロボロになった覇権国家 (アメリカ)』を読む。 ■■■■ H17.02.13 ■■ 33,192 Copies ■■ 1,477,345 Views■ ■1.ロシア・プーチン政権ブレーンの上機嫌■ 2003年3月18日、北野幸伯(よしのり)氏は、ロシア・プ ーチン政権の政策を立案する専門家グループの代表Z氏と会談 した。それはちょうど、アメリカがフセイン大統領に対して 「最後通告」を出した直後だった。 ロシアとフランスはアメリカがイラク攻撃を安保理に提案し たら、拒否権を行使すると明言していた。そこでアメリカは安 保理決議を諦め、国連抜きでの攻撃を決めたのだった。 ロシアの反対はアメリカに無視されたのに、意外なことに、 Z氏は大変機嫌が良かった。国際情勢はロシアの思惑どおり動 いている、というのである。まず、アメリカは国連安保理の承 認なしにイラク攻撃に踏み切ったことで、世界公認の「悪の帝 国」となった。これはロシアとフランスが拒否権行使を明言し ていたからで、ロシア外交の大きな成果である、と言う。 さらにZ氏は驚くべき事を語った。アメリカとイラクの戦争 は、これから長く続く戦争時代の一エピソードに過ぎない。ロ シアはこれから、ゆっくりと時間をかけてアメリカを崩壊させ ていく。北野氏は、Z氏が上機嫌である理由が分かった。 ■2.ロシア政治エリートのための教育を受けて■ 北野氏は1990年にゴルバチョフ大統領にあこがれてモスクワ に留学した。ゴルバチョフはソ連末期にペレストロイカ(政治 経済改革)やグラスノスチ(情報公開)を主導し、結果的には ソ連の共産主義体制を崩壊に導いた、最後の「共産党書記長」 である。 北野氏が学んだのは、ソ連(後にロシア)外務省付属のモス クワ国際関係大学。卒業生の半分は外交官に、半分はKGB (政治警察)に、と言われるエリート大学で、日本人がここに 留学するのは初めてだと言う。ここで政治学修士を取得した。 ここに学ぶ学生はまさにエリート階級で、「ロシアの国益と は何か」を考えている。彼らを通じて、パワーポリティックス に長けたロシアの外交官やKGBが何を考えているのか、知る ことができた。 留学中の1991年、ソ連邦という「国家が滅びる」のを目撃。 その後、年率2600%というハイパーインフレ、クーデター、第 一次チェチェン戦争、チェチェン独立派によるテロ、金融危機 などの動乱期を体験した。 氏は、現在、日本企業のロシア進出を支援するコンサルティ ング会社を運営するとともに、「ロシア政治経済ジャーナル」 というメールマガジンを発信している[1]。その論説の切れ味 には弊誌も着目していたのだが、それは氏のモスクワ国際関係 大学での研究と、ソ連崩壊の実体験、さらにプーチン政権のブ レーンたちとの交流から生まれてきているようだ。 特にプーチン政権のブレーンたちは、国家機密は教えてくれ ないが、様々な会話を通じて、国際情勢の見方、考え方を教え てくれたという。前節の会話はその一例だが、同じイラク戦争 の情報でも、北野氏の解説を読むとまるで違った様相が見えて くるのは、政治エリート層の「個人教授」によるものだろう。 ■3.各国の思惑と利害のぶつかり合いを目の当たりに■ その北野氏が本を出した。「ボロボロになった覇権国家(ア メリカ)」という題で、今、大手書店でも売り切れ続出の話題 となっている[2]。快調なテンポの語り口で、国際政治での各 国の思惑と利害のぶつかり合いを目の当たりに見せてくれる。 特に1991年のソ連の崩壊以降の分析が面白い。 アメリカを心底恐怖させた国ソ連は消滅しました。この 時、アメリカ政府は、今後のロシアをどのようにしたらい いだろうかと考えました。 心優しい日本人であれば、「経済危機に陥っているロシ アに支援を送る」とかなんとか善意に基づいた行動をとる でしょう。 しかし、「普通の国」アメリカはもちろんそのようなこ とは考えない。これは当然、「ロシアが二度とアメリカに 反抗できないよう、この国を破壊し尽くそう」と考えた。 [2,p162] アメリカは国際通貨基金(IMF)を通して、ロシアに「改 革のやり方」を伝授した。[a] まず「政府による経済管理の廃止」。貿易が自由化され、西 側の優れた製品がロシア市場になだれ込み、ロシアの国内産業 は壊滅した。 次に「価格の全面自由化」。国内産業が駆逐され、輸入に頼 るしかない状況で、ロシアの通貨ルーブルは急落し、国内はハ イパーインフレーションに見舞われた。改革がスタートした92 年のインフレ率はなんと2600%、GDP成長率はマイナス14.5 %。ロシア経済はアメリカの思惑通り破綻した。 さらに大規模な「民営化」。国有財産はそれを今、手元に持 つ人の所有となった。アパートの住人は、アパートの所有者と なった。そして国有石油会社のトップは、その会社をほとんど 無料で手に入れた。ここから生まれた新興財閥はエリツィン政 権に賄賂を送って、税金をほとんど免除してもらった。当然、 国家財政は大幅な赤字に転落した。 ■4.ロシアの復活■ アメリカの戦略は奏功して、ロシアは90年代を通じて、ほ とんどの年にマイナス成長を続けた。ところが98年にKGB出 身のプリマコフが首相となって金融危機を克服。翌年、これま たKGB派閥のプーチンが首相に就任した年には、いきなり 5.4%のプラス成長に転じ、大統領となった2000年にはなんと 9%の高成長を記録した。その後も4〜7%のプラス成長を続 けている。 その理由の第一はルーブル切り下げの効果である。ルーブル の価値は、98年の金融危機以前に対して4分の一以下となり、 輸入品の値段が高騰して、国民は仕方なく「安かろう悪かろう」 の国産品を買うようになった。同時に輸出が急増した。これに より一度は市場開放で壊滅状態に陥った国内産業が息を吹き返 した。 第二は原油価格の高騰である。世界最大の原油供給地・中東 の情勢不安定、中国の石油需要急増により、原油が値上がりし、 石油大国ロシアの輸出収入が増大した。 こうした環境の変化に上手く対応した政策も奏功した。まず ロシア政府は石油会社が原油輸出で得た外貨の75%をルーブ ルに換えることを義務づけた。これによりルーブルのさらなる 下落が食い止められた。 同時に、今まで税金逃れをしていた新興財閥から税金を取り 立てるようになった。これでロシア国家財政も黒字に転換した。 ■5.「他国の争いを支援する国は繁栄する」■ こうしたソ連の崩壊とロシアの経済破綻を通じて、プーチン 政権下のKGB軍団は、以下の事を学んだという。 第一に「争ってはいけない。戦争は国を疲弊させる」 かつ て世界の中心だった欧州諸国は、第一次、第二次大戦を通じて 没落した。後から参戦したアメリカとソ連は漁夫の利を得たが、 両者間の冷戦を通じて、ソ連は崩壊し、アメリカ経済は破綻の 瀬戸際まで行った。 これだけなら一国平和主義の日本人も賛成するが、ロシアの トップはさらにその先を考える。 「他国の争いを支援する国は繁栄する」 アメリカが覇権国家として台頭したのは、第一次大戦で自分 はほとんど戦わずに欧州を支援して経済的覇権を奪い、第二次 大戦でも遅れて参戦した。繁栄するのは「戦争をする国」では なく、それを支援する国である。 この二つを前提として、ロシアは次の戦略を立てた。それは アメリカと争う中東イスラム諸国には武器を、中国には武器と 石油を、欧州には石油とガスを売って、アメリカと争わせつつ、 自らは儲けていく。それによって、現在のアメリカ一極体制を 崩壊させ、多極世界を構築して、ロシアがその一極になること を目標とする。 冒頭で、北野氏が会談したプーチン政権高官の「国際情勢は、 ロシアの思惑どおり動いている」というのは、まさしくこの戦 略通りに事が進んでいる、ということなのである。 ■6.ロシアとフセイン■ イラクは原油埋蔵量で世界第二位。イラク戦争に至ったアメ リカの目的の一つは、ここに傀儡政権を打ち立てて、その石油 権益を独占することだった。ロシアは02年7月頃まで「アメリ カとの協議により、フセイン後の石油利権を獲得する」ことを 目指してきた。 しかし、02年8月頃から状況が変化してきた。まずアメリカ が「イラクの石油権益を他国と分かつ意思はない」と明確に示 すようになったこと。同時にフセインがロシア政府に「アメリ カの攻撃を止めてくれたら、総額400億ドルの石油・ガス ・交通・通信などの幅広い分野での協力契約を締結する」と提 案してきたことだ。 以後、ロシアは同じ立場の国々、すなわちイラクに石油権益 があり、安保理の常任理事国であるフランス、中国とともに 「アメリカのイラク攻撃を止めさせ、その見返りに石油権益を 確保する」ことを目指した。その外交努力を評価して、イラク は03年1月には、ロシア石油会社4社に油田開発事業権を与え る契約を結んだ。 しかし、アメリカはロシア、フランス、中国の反対を押し切っ て、国連安保理の承認を得ないまま、イラク攻撃に踏み切った。 これでロシアはすでに得た油田開発事業権を失い、また80億 ドルのフセイン政権への債権も放棄せざるを得なくなった。そ れでも、アメリカを泥沼の戦争に追い込んで、一極体制を崩壊 させようという大目標には一歩近づいたことになる。 ■7.「シラクがイラク戦争を起こした」■ ロシアは、経済面でもアメリカを追いつめようとしている。 この面でのアメリカの一極支配はすでに崩壊寸前なのである。 アメリカは世界一の財政赤字と貿易赤字を持つ国だからだ。 米財務省の04年10月の発表によれば、米政府の借金は約7 兆4千億ドル(800兆円)、そのうち2.5兆ドル以上が対 外債務である。貿易赤字は03年通期で約5千億ドル(54兆円)。 毎月平均で4.5兆円ものドルが国外に流出していったことに なる。 アメリカが通常の国だったら、とっくの昔にドルは大暴落し、 財政は破綻していただろう。それが起きないのは、ドルが国際 貿易の基軸通貨であり、ドル紙幣さえ印刷していれば、他国か らモノを買えるからである。したがって、たとえばユーロがも う一つの基軸通貨となり、「もうドルは受け取らない。貿易代 金はユーロで払ってくれ」という国が増えたら、アメリカは一 気に破産状態に追い込まれる。アメリカを「ボロボロになった 覇権国家」と北野氏が呼ぶのは、このためだ。 2000年9月に、イラクのフセインは「石油代金として、今後 一切ドルを受け取らない」と宣言した。ユーロを決済通貨とす るというのである。当時、イラクは国連を通じてしか石油を売 れなかったが、その国連は「イラクの意向を受け入れる」と発 表した。 フセインはこの時、アメリカという虎の尻尾を踏んでしまっ たのである。これがイラク戦争の遠因となった。しかもこのフ セインの宣言には、石油ドル体制を崩そうとするフランス・シ ラク大統領が後ろ盾になっていた。「シラクがイラク戦争を起 こした」と言えなくもない、というのが北野氏の見方である。 ■8.独仏露のアメリカ一極体制への挑戦■ フランスはドイツとともに「ヨーロッパ合衆国」を建設し、 アメリカ一極体制崩壊を目論んでいる。そのために通貨統合に よってユーロを創設し、基軸通貨の地位を奪おうとしている。 アメリカの一極体制を終わらせようという点で、ロシアと独 仏は利害を同じくしている。プーチンは03年10月ドイツ首脳 との会談の席で、「私たちは、ロシア産原油輸出をユーロ建て にする可能性を排除していない」と発言。数日後、モスクワを 訪れたドイセンバーグ欧州中央銀行(ECB)総裁は、「ロシ アがユーロで石油を売るのは理にかなっているかもしれない」 という声明を発表した。 石油大国ロシアの貿易相手の最大はEUで51%以上。それ に対して、アメリカは5%以下。ロシア−EU間の貿易で、な ぜドルを使わねばならないのか。ユーロ建てにするのは確かに 「理にかなっている」のである。 ■9.アメリカ幕府の天領「日本」から脱却するには■ 実はドルの暴落を防いでいる防波堤がもう一つある。日本が アメリカ国債をせっせと買い支えていることだ。日本は中国や 北朝鮮などの軍事的脅威をアメリカの軍事力で守って貰い、そ の代償としてドルを買い支えている[b]。だから北野氏は日本 がアメリカ幕府の「天領」、すなわち直轄地であるという。 アメリカ幕府のもとで平和に慣れた日本人は、その天下とそ れによる平和が永久に続くと考えている。だから、独仏露中が アメリカの一極体制に挑戦しているなどという事には考え及ば ない。 しかし日本はいつまでもアメリカの天領でいるのか。アメリ カ一極体制が崩壊したら、一緒に没落するのか。それとも新し い覇権国の天領となるのか。真の独立への道はないのか。 これは日本人一人一人が考えていくべき問題であろう。その ためにも我々は国際政治の冷厳な覇権争いの実態を見抜く力を もっと身につけなければならない。この点で北野氏のような眼 力を持つ論者の登場を歓迎したい。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(280) 世界を不幸にするIMF 諸国民の富を使って「市場原理主義」を押しつけ、失敗して も責任を問われない不思議な国際機関。 b. JOG(078) 戦略なきマネー敗戦 日本のバブルはアメリカの貿易赤字補填・ドル防衛から起き た。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. メールマガジン「ロシア政治経済ジャーナル」 2. 北野幸伯「ボロボロになった覇権国家(アメリカ)」★★★、 風雲社、H17 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「覇権をめぐる列強の野望」について メールを拝読後、時間も時間でしたが、さっそく、深夜1時 まで開いている近所の書店に北野氏の書籍を探しに行きました。 残念ながらありませんでしたが、翌日、大手書店に出向いて入 手しました。 さっそく読み終えました。ところどころ、つっこみたいとこ ろもありましたが、それぞれの分析の結論は、全く同感で、共 感しました。しかし、それ以上に、自分の見えなかったことが、 分かることができました。 日本と日本人は、よく言えば善良篤実。悪く言えば平和ボケ の国です。もちろん、それほど、他国に比べてよい国である証 しでもありますし、これはこれで、実に素晴らしいことであり ますが……。 そこで、これを維持していくためにも、政治から企業からメ ディアまで、主要なポディションに、すぐれた人物を配置でき るかだと思います。結局は人次第ですし。これさえしっかりし ていれば、最低、何とかなると考えます。そのためにも、より 多く立派な人物を輩出していくことが重要と思います。(これ も本音では心配ですが) 湾岸戦争時の海部内閣で、トータルで130億ドル(1.3兆円) の支出。また、金だけだして、血を流さないという非難。さら にその後、海部総理直々に、アメリカに渡って謝罪。 小泉内閣は、自衛隊を派遣しましたが、トータルで何十億程 度。まあ、大きな感謝と評価。非難なし。もちろん、もっと多 面的に検証を要しますが、節税という点でさえ、これだけの違 いを生むと思いますと怖くなります。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 世界各国の野望のぶつかりあいの中で、日本はいかに道義と 国益を追求していくのか、そこに真の叡智が求められます。© 平成16年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.