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                    「愛国心」の教え方

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1157 ■ H18.07.10 ■ 8,395 部 ■■■■■■■

     政治評論家・屋山太郎氏の著書『なぜ中韓になめられるのか』
    (扶桑社)に、時事通信記者時代のエピソードが紹介されてい
    る。

         私は最初の海外勤務でローマに行ったが、特派員は任地
        の電話会社と一語いくらで契約を結ぶ。私は国営のイタル
        通信と公定価格の一語72リラで契約していたが、民営の
        ラジオ・スタンパという会社が「うちと契約しろ」と言う。
        あまりにしつこいので「半額なら契約する」と頑張った結
        果、向こうが折れた。

         条件を書き込んだ契約書を作成したらメジチという社長
        が「もう一枚契約書を作る」と言う。先の契約書より3割
        ぐらい高くした分を私にキックバックするのだと言う。私
        は驚いて「そんなものは要らない」と答えると、メジチ社
        長は驚いた風で、「では君はなぜ値切ったのか」と問う。
        私は「日本はまだ貧乏だ。国から出て行くお金は少ないほ
        ど良いからだ」と言った。すると彼は感激して両手で私を
        抱きかかえ、「君は何というパトリオット(愛国者)だ」
        と言ったのだ。

         私はこの時の胸が熱くなるような感動を今も忘れない。
        私は大学時代以来、無頼を気取り、頽廃に憧れた。通信社
        に入ったのも、いずれ外国に行ったらそのままふけてしま
        おうという魂胆だった。しかし私の精神のどこかに、日本
        人のカケラが残っていたのだろう。

         メジチ社長はかのメジチ家の末裔で、パーティの席に私
        を呼んでは「この青年は大変な愛国者なのだ」とことの顛
        末を客に紹介した。そのたびに恥ずかしい思いをしたもの
        だが、反面、誇らしいと思う気も芽生えてきた。

     屋山氏は、この著書の中で「愛国」という言葉の由来を紹介
    している。

        「愛国」という言葉は『日本書紀』に出てくるという。天
        智2(663)年、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本
        に救援を求めた。応援に出た日本軍は白村江の海戦で大敗
        を喫し、生き残った者は捕虜となった。その中の大伴博麻
        は唐が日本を攻めるという情報を得て、仲間4人と相談し
        て日本に知らせようとしたが旅費がなかった。そこで彼は
        自分を奴隷に売って金を作り、仲間を帰国させ、日本に危
        機を知らせた。これが持統4(689)年のことで、博麻が帰
        国したのはなんと30年後だ。その時、持統天皇の表彰の
        言葉が「愛国」だったという。

     このような逸話を通じて、「愛国心」を説明すれば、子供た
    ちの心に響くだろう。 

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