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                美しい仕草が美しい国を作る

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1319 ■ H19.07.30 ■ 8,947 部 ■■■■■■■

     先々週に発行したJOG(506)「花のお江戸の繁盛しぐさ」には、
    多くのおたよりをいただいたので、本誌面でご紹介したい。


                                           中山善照さんより
    「江戸しぐさ」読みました。

     とても気持のちいい、うれしくなるお話しですね。私は常々、
    こんにちの日本は文明レベルは高いが、文化レベルでは江戸時
    代の方がはるかに高いと思っておりました。

     大森貝塚を発見したことで知られているモースが以下の手記
    を残しています。ラフカディオ・ハーンも同じようなことを語っ
    ています。明治時代は、まだ江戸時代が濃厚に残っていた時代
    です。「美しい国」とは、伊勢雅臣氏が言われように、すでに
    日本の歴史の中にあったのです。


         大森貝塚を発見したモースの日本人観察記
        (エドワード・モース1838〜1925)

         外国人は日本に数ヶ月いた上で徐々に次のようなことに
        気がつきはじめる。

         即ち彼は日本人にすべてを教える気でいたのであるが、
        驚くべきことに、また残念ながら、自分の国で人道の名に
        おいて道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本
        人は生まれながらにして持っているらしいいことである。

         衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然及びすべて
        の自然物に対する愛、あっさりとして魅力に富む芸術、挙
        動の正しさ、他人の感情についての思いやり…これらは恵
        まれた階級の人々ばかりではなく、最も貧しい人々も持っ
        ている特質である。(1877年明治十年6月下旬)

        ラフカディオ・ハーン著・「日本一つの試論」より
        (1904年 明治三七年)

         町や家や身辺はいつも清潔で塵ひとつ落ちてなく、住民
        はいつもニコニコと上機嫌で、大声で喧嘩する者はだれも
        なく、どんな難儀なことがおこっても明るい笑顔でていね
        いにお辞儀をしあい、とんまな犬やひよこなどの動物にも
        きわめて親切で、わたしがかつて住んだことがある、ある
        町では何百年間も盗難事件もなく、新しく建てられた刑務
        所もしじゅうがらがらで用がなく、町民は昼夜も戸に錠と
        いうものを閉めたことがなく…

                                         じーこむらさんより
     小生は(昭和30年福岡県生まれ)小学校に上がる前後の物
    心付く頃(昭和30年代中ば)に母親(大正15年生まれ)か
    ら、人通りの多いところ(商店街、繁華街)では自転車は降り
    て押していくこと。親子でも手を繋ぐと通行する人の邪魔にな
    るから、子供は後ろからぴったりくっついて歩くこと。電車バ
    スでも、元気な子供は席に座ってはいけないことなど、躾けら
    れています。

    「傘かしげ」など江戸しぐさなる言葉は知りませんが、子供の
    頃から何故か身についています。美しい国は過去にあったと思
    います。今の世の中、ほんとにどうしちゃったんでしょうね?
    戦後GHQが推し進めたジャパン・プログラムにより、自由と民
    主という言葉の裏で、日本の統制されていた部分の中の礼儀道
    徳観まで剥ぎ取られ、正に現代のように属国化が成功したとい
    うことでしょうか?

                                               梟翁さんより
     今週の「花のお江戸の繁盛しぐさ」は最近の若者ばかりでな
    く、団塊の世代も含めた「学ばず教えられなかった世代」すべ
    てに参考になったことと思います。

     数々のよいしきたりが江戸文化として語られていますが、江
    戸に限らず日本人のマナーとして明治から昭和初期ごろまでは
    守られていたのではないかと思います。

     私の祖母は明治20年代の生まれ(宮崎県)でしたが、これ
    らのしぐさを自ら実行し子供や孫たちに折に触れて教えていま
    した。

     安倍首相の「美しい日本」は何を持って「美しい国」と評価
    するのか基準が不明な単なるスローガンに終っている嫌いがあ
    りますが、小学校で日本人の伝統的な美しいしぐさを教え、そ
    の底に流れる他人を思いやる心、集団の中で暮らす心がけを教
    えて欲しいものです。

                                           Geraosanさんより
     正直言いましてこの江戸の繁盛しぐさの表現は知りませんで
    した。しかし、私が居住している当地欧州でもこのような江戸
    の繁盛しぐさは当たり前のように行われています。とくにスイ
    スとかドイツでは普通です。

     逆に日本に行くたびにそのような習慣、親切心が殆ど見られ
    ない驚きのほうが多いのです。たとえば現在の東京でそのよう
    なしぐさを経験することは残念ながら殆ど皆無に近いです。む
    しろ、欧州の一部ではいまだにこのようなしぐさが連綿として
    続いています。

                                             Yutakaさんより
     20年ほど前に米国でしばらく生活したのち帰国したとき一
    番ショックを受けたことは人ごみで肩や体がぶつかっても、皆
    何も言わずに行ってしまうことでした。米国ではほんのちょっ
    と接触しただけでもEXCUSE MEと言葉を交わしますが、日本で
    はまったくそ知らぬ顔で通り過ぎて行くのには驚きました。ま
    た混雑した電車から降り る場合も何も声を掛けずに人を押し
    のけて降りてゆくのが一般的なのにもがっかりした記憶が あ
    ります。さらにアメリカではエレベータなどに一緒に乗り合わ
    せると、まったく知らない同士 でもにっこりと笑顔を見せま
    す。他民族・多文化の米国ではお互いに敵意がないことを積極
    的に示すことが 必要だと言う事情があるのでしょうが、日本
    人の無作法さにはがっかりしました。

     今日本人に必要なのは自分の権利のみを声高に主張すること
    ではなく、江戸しぐさに代表されるような他人の立場を思いや
    り、少し譲ると言うことではないでしょうか? 戦後権利の主
    張に急なあまり義務をわすれ、さらには全共闘世代に代表され
    る、秩序や規制に対する異常な反発心が現代の若者のモラルの
    荒廃をもたらしたと考えます。人間が一人で生きてゆけない限
    り、自らの権利を主張するのと同様に他者の権利も尊重する必
    要があるのは言うまでもありません。ちょっと譲り合うだけで
    社会がどれほど住みやすくなるか真剣に考えるべきと思います。


■リンク■
a. JOG(506) 花のお江戸の繁盛しぐさ
    江戸っ子たちは粋なしぐさで、思いやりに満ちた共同体を築
   いていた。 

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