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                     昭和天皇の存在感

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1448 ■ H20.06.02 ■ 9,879 部 ■■■■■■■

     週刊文春の5月22日号掲載の鈴木幸一氏(インターネット
    イニシアティブ(IIJ) 代表取締役社長)の連載「まだ宵の口」
    は、「本田宗一郎の存在感」というテーマだが、そのイントロ
    で、昭和天皇の存在感について、次のような記述があったので、
    紹介しておきたい。[1]

         昭和天皇の崩御から、かれこれ二十年である。

         海外の会議などで知り合う要人たちに訊くと、いちばん
        鮮明な日本の記憶は、昭和天皇に拝謁した短い時間だった
        と答える人が未だに多い。

        「あの存在感は凄かった。なにを話されるというわけでも
        ないのに、こちらが気圧されるような存在自体の重みがあっ
        た」

         引退した外交官や日本に赴任した大使も、大方、同じよ
        うな印象を語る。

         今もある国に大使として赴任している私の友人が、トウ
        小平の側近と知り合いだったとかで、あのトウ小平ですら
        拝謁の後はただただ疲れたとしか言わなかったという。数
        ある日本人との会談のなかで、緊張したのが昭和天皇だけ
        というのも寂しいはなしだと、友人は苦笑していたのだが。

     昭和天皇の存在感とは、おそらく2千年の間、ひたすらに国
    民の安寧を祈り続けてきた皇室伝統の重みから出ているのであ
    ろう。

■リンク■
a. JOG(136) 復興への3万3千キロ
    「石のひとつでも投げられりゃあいいんだ」占領軍の声をよ
   そに、昭和天皇は民衆の中に入っていかれた。 

■参考■
1. 週刊文春、H20.05.22、鈴木幸一、連載「まだ宵の口」
 

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