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                 両陛下を歓迎した中国人民

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1455 ■ H20.06.23 ■ 9,585 部 ■■■■■■■

     平成4(1992)年、天皇皇后両陛下は初めて中国を訪問された。
    天安門事件後、国際的に孤立していた中国が、西側諸国への突
    破口を開こうとして、日本政府に天皇御訪中を働きかけ、国内
    の根強い反対を押し切って、宮沢内閣が承諾したのである。

     10月23日、両陛下は北京市内に入られたが、日本国内で
    は当たり前の「市民一人一人との触れ合い」など、望むべくも
    なかった。道路両脇に直立不動の兵士が並ぶ中、両陛下の御車
    列は、サイレンを鳴らしたパトカーを先導に猛スピードで駆け
    抜けた。

     ご視察された故宮博物館は臨時閉鎖、万里の長城は26キロ
    手前で予告無しの通行止めが行われ、市民は排除されていた。

     しかし、こうした中国政府のやり方は、陛下の強いご希望に
    より改められた。続く西安、上海では、お車の曇りガラスは透
    明なガラスに変えられ、速度は30キロに落とされ、両陛下は
    沿道の人びとにお手を振られた。その結果、沿道に集まる人び
    との数は日増しに増加し、西安では毎日6〜7万人の人びとが
    沿道を埋めたという。

     随行した苅田吉夫・宮内庁式部次官(当時)は次のように記
    している。

         御訪中最後の夜、上海市長主催の心づくしの晩餐会の後、
        両陛下は車で上海の夜景を視察されたが、夜の光景はいつ
        までも記憶に残るものであった。

         上海の目抜き通りである南京路から、川沿いの歴史的ビ
        ル通りにかけて、まばゆいばかりの色とりどりのネオンの
        照明のもと、何キロにもわたり道路の両側を埋め尽くす、
        人人人の群れが手を振り、拍手をしてわれわれに歓迎の意
        を示してくれた。両陛下も手を振ってお答えになり、後に
        続く随員車のわれわれも思わず身を乗り出し、手をうち振
        るってこれに応えた。

     陛下はこの光景を次のような御製に詠まれている。

        笑顔もて迎えられつつ上海の灯ともる街を車にて行く。

     中国人民も、常に人びとの中に入ってこようとされる両陛下
    の姿勢に、国家を私物化する自国の独裁指導者たちとの違いを
    直感したのではないか。

■ リンク ■
a. JOG(073) 親善外交の常識
    謝罪と朝貢の対中外交 

■ 参考 ■
1. 鈴木由充「荒潮のうなばらこえて 2.日の本の空赤くして」、
  『祖国と青年』、H20.5
   
 

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