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■■ Japan On the Globe(596)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ The Globe Now: 国づくりのリーダーたち 一国が繁栄するか、貧困と搾取に沈むのかは、 公に尽くすリーダーがどれだけいるかで決まる。 ■転送歓迎■ H21.05.03 ■ 37,797 Copies ■ 3,109,755 Views■ ■1.腕の中で息を引き取った幼女ナディア■ 一人の幼女が、西水美恵子さんの腕の中で、静かに息を引き 取った。1980(昭和55)年、エジプト・カイロ郊外にある 「死者の町」。ここは邸宅を模す大理石作りの霊廟がずらりと 並ぶイスラムの墓地に、行き所のない人々が住み着いた貧民街 だった。 ナディアの病気は、下痢からくる脱水症状だった。安全な飲 み水と衛生教育さえあれば、防げる下痢。そして糖分と塩分を 溶かしただけの飲料水で、応急手当ができる脱水症状。 誰の神様でもいいから、ぶん殴りたかった。天を仰いで、 まわりを見回した途端、ナディアを殺した化け物を見た。 きらびやかな都会がそこにある。最先端をいく技術と、優 秀な才能と、膨大な富が溢れる都会がある。でも私の腕に は、命尽きたナディアが眠る。悪統治。民の苦しみなど気 にもかけない為政者の仕業と、直感した。[1,p4] ■2.学窓に別れを告げ、貧困と戦う世銀に残ると決めた■ 米国プリンストン大学で経済学を教えていた西水美恵子さん は、この年の夏から始まるサバティカル(研究休暇)の一年を 世界銀行(世銀)の研究所で過ごしていた。西水さんに好待遇 で好きな研究をやれるば良いと誘ったチェネリー副総裁は、一 つだけ条件をつけた。「一国でもいい。発展途上国の民の貧し さを、自分の目で見てくるように」というものだった。 そこで、世界銀行で活躍しているプリンストンの教え子が、 エジプトに調査に行くというので同行したのだった。 世銀は、国連の諸機関のように寄付金に依存する援助機関で はない。加盟国の国民から「世銀債」のような形で市場から資 金を集め、発展途上国の良い国づくりのために、できるだけ安 く貸す。正真正銘の金融機関なのである。 西水さんは、帰りの機内で一睡もできずに、自分は何をする ために経済学を学んだのかと、悩んだ。飛行機の車輪がドシン と音を立てて滑走路に接した瞬間、学窓に別れを告げ、貧困と 戦う世銀に残ると決めた。 チェネリー副総裁に決心を伝えると、「薬が効きすぎたかな」 と笑いながら、「ナディアの死を無駄にしないように」と言っ て、こう続けた。 世銀の使命は、貧困のない世界をつくること。この使命 を背負う仕事の究極は、正義の味方になることだ。政治力 のない貧民のために正しいことを正しく行う、勇気あるリ ーダーたちの味方になる。この精神を本気で貫かないと、 世界一流の知識や技術の提供が無駄になる。融資は途上国 の借金を増やし、国民を苦しめるだけに終わる。やる気が あるようだな。[1,p5] ■3.「ご馳走」は一杯の水■ それから15年後、世銀で西水さんは南アジア地域を担当す る局長となったいた。担当国の一つにパキスタンがある。 インドとの国境問題が起こっていたカシミール地方に行って みた。人々は険しい山脈の中腹に段々畑を作って住んでいる。 目が眩みそうな谷底には川が流れているが、険しい山肌に陽が 遮られて日照時間が極端に短く、農作には適さない。 「貧しくて何もないけど、どうぞ」と歓迎してくれた村人たち は女子供、老人ばかり。男衆は紛争に命を落としてなければ、 兵隊か出稼ぎで留守。 「ご馳走」として出してくれたのは、コップ一杯の水だった。 片道に1時間かかる裏山に湧き出る泉の水で、安心して飲める のはここだけだという。女たちは、大きな水瓶を一つは頭に載 せ、一つは腰脇に抱えて、往復2時間の水汲みを日に三度行う。 村長格の老人は、パイプを引いて泉の水を村まで引く計画を 立てたが、「政府には武器を買う金はあっても我らのための金 はないらしい」と言った。皆で少しずつ貯金をして、いつかは 必ず水道を引く、という説明に、村人たちの目は天国の夢を見 ているようだった。 ■4.「私の心の故郷もあの山のむこうです」■ 1999(平成11)年9月、西水さんはパキスタン首相官邸に入っ た。大理石をふんだんに使い、化粧室にはシャンデリアがぶら 下がる。広大な敷地にはポロ競技場まである。この官邸一つで、 いったいいくつの村に電気や水道を引けるのかと計算しては、 西水さんは怒り心頭に発していた。 官邸の主人公がシャリフ首相で、その「ファミリー」は架空 のプロジェクトをでっち上げては、国営銀行に融資させ、その 債務を不履行にしている。 昼食の後、人払いを頼むと、シャリフ首相は居間に誘ってく れた。その開かれた窓からは、ヒマラヤへとせり上がる山々が 見えた。カシミールの血を引く首相は、あの山のむこうが自分 の故郷だと目を細めた。 西水さんは「私の心の故郷もあの山のむこうです」と、日に 6時間も水汲みにかける村の事を語った。首相はハンカチで目 をぬぐい、「ミエコの故郷に水道を贈ろう」と言った。 西水さんは断った。「首相には、たったひとつの水道より、 もっと大きな事を成す力がある」。国営銀行はいつ破産しても おかしくない状況だ。その時困るのは金持ちではなく、カシミ ールの村人たちのように水道を引くためのささやかな貯金に人 生の夢を託す多くの民が犠牲になる。 人様の大切な金を貸す銀行家として進言する。・・・トッ プリーダーの一族が債務不履行である限り、銀行界の立て 直しは不可能と判断する。恐れ多くも人の上に立つ指導者 は、身辺を清め、民の模範となるべく努力すべし。[1,p94] 長い沈黙の後、首相は言った。「本物の男として約束する。 家長としても約束する。一ヶ月後までに、全額を精算する」 西水さんの目にも涙が溢れた。 ■5.「ムシャラフは立派な指導者。彼に国運を賭ける」■ 一ヶ月後、首相の「ファミリー」が借金の返済を始めたとい う噂が広まった。そんな矢先に、クーデターが勃発した。シェ リフ首相が、自身の権力乱用に楯突いていた陸軍参謀総長ムシャ ラフ将軍を海外訪問中に解任した事がきっかけとなった。将軍 を信奉する軍幹部が、逆に首相を追放したのだった。 世銀の部下たちは早く新政権に参上してくれと頼んだが、西 水さんは、民の声を聞くことが大事と、草の根を歩き回った。 草の根の声は「ムシャラフは立派な指導者。彼に国運を賭ける」 だった。 クーデターの翌年、ようやくムシャラフ将軍と会うことになっ た。将軍は元首相官邸の贅沢を嫌い、たまに公務で使うだけだ という。西水さんは思わず「気に入った」と手をたたいた。 翌日、「待ちくたびれた」と微笑んで手を差し出すムシャラ フ将軍に、西水さんは「理由はどうあれ、民主主義のたどる紆 余曲折の学習を軍政権が切断することは邪道。だから失敬した」 と言った。将軍は「はっきり言ってくれてうれしい」と本当に 嬉しそうな顔をした。 ■6.「敵は貧困。戦略は good governance(正しい統治)」■ そんな挨拶の後、将軍は「知っているつもりだったが」と翳 りのある口調で続けた。想像を絶するほど深刻な経済の破綻に 驚いた。組織制度化され、マフィア化した汚職のひどさにも驚 いた。「いったいどこから手をつけたらいいのかと、軍人キャ リア35年目にして、初めて動揺した。」 西水さんが「改革は戦争でしょう」と応ずると、やはりそう かと頷く将軍に「ならば将軍の専門ですね。敵は、戦略は、作 戦は、将軍?」と畳みかけた。将軍は答えた。 敵は貧困。戦略は good governance(正しい統治)。我 が国が抱える国体持続の長期リスクは、貧困に尽きる。政 府、民間、あらゆる部門から汚職を追放せねば、このリス クの解消は不可能だ。[1,p102] しばらく、互いの草の根体験を比べあった。将軍は貧しい女 性の苦労も熟知していた。母親と子どもたちの死因の筆頭は、 かまどの煙による呼吸器官炎症。電気が通じれば、その死に神 を追放できる。水道を引けば、飲み水を経由する伝染病をなく し、さらに女性が水汲みに費やす毎日数時間を省き、家族の衛 生管理や読み書きを習う時間を生む。しかし、電気も水道も高 額の賄賂なしには引いてくれない。 貧しい人々のたった一つの希望が教育だが、学校に在籍して 給料だけは貰いながら、一向に姿を見せない「幽霊教師」。徴 収した税金を山分けする税務署。賄賂無しでは動いてくれない 警察、権限を悪用して民間企業の自由な経済活動を妨害する国 家公務員。 軍人らしく、将軍は戦線を絞って、そこから勝利の連鎖反応 を狙うという。まず選ばれたのは国民がすぐに肌に感じられる 教育・公衆衛生医療改革、民間企業が改革の成果を早めに糧と 出来る銀行改革や税務署改革。 ■7.「国際社会が敵になるとは思わなかった」■ 各分野の専門知識と国家再建の志を持つ人々を将軍は集めて、 目覚ましい改革を始めた。しかし、国際社会の目は冷たかった。 長年、援助から甘い汁を吸ってきたパキスタン政府、そして 1998年のインドに対抗した核実験、翌年の軍事クーデターと重 なったのだから、無理もなかった。 「国際社会が敵になるとは思わなかった」と言う将軍に、西水 さんは「信用をここまで落としたパキスタンの過去が敵なのだ。 その過去と戦う現場を、国際社会に見せねば」と言った。 西水さん核実験以来滞っていた「パキスタン援助国際会議」 を再開しようと提案した。それも従来のパリから、首都イスラ マバードに開催地を変更して、改革の現場を見せようと言った。 さらに西水さんは、世銀は銀行部門構造調整改革に3億ドルの 融資を考えている、と言って、将軍を驚かせた上で、この計画 を公表すれば、氷は必ず解けはじめる、と説いた。 翌年3月イスラマバードで開催された「パキスタン援助会議」 は、草の根訪問も組合せ、改革に直接携わる勇士のセミナー形 式だった。開催まもなく会議のムードが半信半疑から驚きへと 変わっていった。 中央銀行総裁を筆頭に銀行改革同志の発表が終わったとき、 日本大使が手を挙げた。「素晴らしい。総裁、この仕事が終わっ たら、我が国へ改革をしに来てください」と和やかな笑いを誘っ た。 ■8.ムシャラフ大統領とシン首相■ ムシャラフ大統領のリーダーシップのもと、国内改革が進み つつあったパキスタンにとって、もう一つの重要課題がインド との和解であった。カシミール地方をめぐって、両国はすでに 3度も戦争を行っていた。 西水さんは、1998(平成10)年、後にインド首相となるマン モハン・シン氏と会っていた。その時に、シン氏は「我が国が 抱えるリスク、それは貧困に尽きる」と、ムシャラフ将軍とまっ たく同じセリフを口にしていた。 西水さんは、ムシャラフ大統領と初めて会ったときに、こう 勧めた。 将軍、いつか必ずマンモハン・シン氏とお会いにならな ければなりません。印パ間の信頼を築くために、両国の平 和と世界の安全保障のために。[1,p18] インドと聞いただけで嫌な顔をする側近をしり目に、シン氏 のことをもう少し教えてくれと、将軍は真剣な眼差しで身を乗 り出してきた。 両氏の会談は、2004(平成16)年秋、ニューヨークの国連総 会で実現した。二人のこぼれるような笑顔を見て、西水さんは 涙をこぼした。 翌年春、カシミールで西水さんを泊めてくれた女性から、人 伝てに伝言があった。 もう水道は夢ではない。平和がくる。あなたが歩きたがっ た街道がよみがえる。4月7日、停戦ラインを越える定期 バスが運行を開始する。戦争で破壊された橋を直し、荒れ た道を修理する突貫工事に、寝るのも惜しんで働く村人の 喜びの歌声が、山間に日夜響いている。[1,p39] ムシャラフ大統領とシン首相のリーダーシップで実現した、 カシミール問題解決への第一歩だった。 ■9.「ミエコの国が羨ましい」■ シン首相は、ある時、西水さんにこんな事を言ったことがあ る。 多様なルーツの民族が今はひとつにまとまったミエコの 国が羨ましい。[1,p283] 我が国土には、古代からさまざまな民族が流入してきた。従っ て、異民族が土地を求めて戦いあい、勝った方が負けた方を階 級差別し、支配搾取するという世界によくある歴史になっても おかしくはなかった。 それがやがて渾然と一つの共同体にまとまっていった。江戸 時代には世界史に残る長期の平和が実現し、またその蓄積をもっ て明治以降、近代国家として急速に発展した[a]。 それは、西水さんを世銀に誘ったチェネリー副総裁の言う 「正しいことを正しく行う、勇気あるリーダーたち」が、我が 国の歴史の中で数多く登場してきたからである。そしてそのリ ーダーたちを生み出したのは、国家の中心にあって常に国民の 安寧を祈る皇室の無私の精神だった。[b] 一国が繁栄するか、あるいは貧困と搾取に沈むのかの分かれ 道は、国家公共のために尽くそうとするリーダーをどれだけ生 み出したかにかかっている。そして我が国が、今後も豊かで平 和な独立国として栄えていけるかどうかも、この点にかかって いる。西水さんの世銀における23年間の経験は、決して他人 事ではない。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(091) 平和の海の江戸システム 日本人は平和的に「自力で栄えるこの肥沃な大地」を築き上 げた b. JOG(120) 「心を寄せる」ということ 国民が「心を寄せ」合い、相互に「助け合う」姿が、今後の 我が国のありかた ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 西水美恵子『国をつくるという仕事』★★★、英治出版、H21 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「国づくりのリーダーたち」に寄せられたおたより エルさんより 日本の外で、働く一人の女性の姿を通して教えられてよかっ たです。まさに紛争の根源が貧困であることは誰もが認める真 実です。国家が正しいリーダーを選べるかどうか?それに国の 命運がかかっているのです。 しかるに翻って今の日本は危うい状況です。日本の国柄を今 こそもっと振りかえって再考し、復活させるべきですね! 日本人らしさをもってインドやパキスタンなどと新たな関係 を深めるべきですね。対中国への防衛線は日増しに迫られ縮め られてきています。海賊パトロールへの名を借りて海軍の実践 練習を試みてるかのようです。日本近海を我が物顔で泳ぎ回る などもってのほか!しかし政府の、国民の精神の根幹に自虐史 観が巣くっていては世界の中で使命をもって行動することなど できはしない・・・麻生総理がいつまで総理として機能するか は未定だが出来る限り、国民に真実を伝え精神構造の改革をし て欲しい。 それには先ず官僚の腐敗、堕落、何もしない主義、前例主義 脱却を迫り、天下りを根絶する事だ!国民の信頼なくして政府 は機能しない。信頼なくして改革なし!挑戦なくして発見なし! 今の日本に真っ先に手にしなければならないのは高い精神性だ と想う・・・・・・© 平成20年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.