4.鼻マスクIPPVによる管理

(1)鼻マスクIPPVとは気管切開がいらない人工呼吸の方法
 筋ジストロフィーでは呼吸する筋肉の力が弱くなることで体の中の酸素が足りなくなったり,炭酸ガスがたまったりするようになります1),2).特に自分でこれらの症状に気付く以前から,パルスオキシメーターという器械で眠っている間の酸素をはかると,昼間の検査では正常であっても,夜間に酸素が足りなくなっている状態が,よく見られることがわかってきました3).このように体の隅々に酸素のいきわたらない状態に対し,酸素を流したり体外式陰圧人工呼吸器が使用されてきましたが4),眠っている時に十分酸素を送り込むことができない場合には,気管切開が必要になることもありました.これに対し1987年Kerby 5),Bach6) , Delaubier7)は気管切開を行わなくとも人工呼吸が可能な方法として鼻マスクによる人工呼吸Nasal Intermittent Positive Pressure Ventilation( 以下NIPPVと略) が有効であると報告し世界中で行われるようになりました.岩木病院でも1988年からデュシェンヌ型筋ジストロフィー(以下 DMDと略)に対するNIPPVの研究を始め8),1990年から本格的に臨床に用いてきました9).NIPPVはその後,全国の筋ジストロフィーを対象にしている病院で取り入れられ,筋ジストロフィー患者さんの延命がはかられQOLも向上しています.


(2)装置および方法
 在宅でNIPPVを始めるときは,数日から1週間程度の練習のための入院が必要です.マスクはレスピロニックス社製鼻マスクシステムを用います(図1).マスクの大きさは5種類ありますが,岩木病院では全例Sサイズを用いています.マスク周囲のひだは,換気時マスク内が陽圧になると顔に密着する構造になっているため,マスクと顔が密着することに心がけ強い圧力をかけないようにします.気流の漏れを気にしてストラップを強く締めすぎると鼻根部の褥創の原因となります.さらに蛇管の位置によっても密着度が変わるため気流のもれる方向に蛇管を位置させると,もれを減らすことができます.スペーサーは1991年から使用できるようになったもので,鼻根部の圧迫を減らす目的で使用され,サイズが4種類用意されており症例に合わせて使用します.
 ヘッドギアは3本ありますが,首の後ろに1本まわすだけでマスクを密着できる時もあります. 人工呼吸器はどんな種類の機種でも使用することができます.岩木病院ではNIPPV 導入時には従圧式を用い,NIPPVに慣れたら従量式の人工呼吸器を用いています.導入は全例ベネット社製マウスピースによる間歇的陽圧呼吸(いわゆるIPPV)を練習した後 NIPPVを開始します.
 眠ると口から空気がもれますが,口の内にガーゼををつめたりマウススクリーン(ボクシングのときに使うマウスガードと同じもの)を使用し,舌が前方に出るのを防ぎ,口を閉じるようにすると十分酸素を体の中に送り込むことができるようになります.


(3)どういう患者に用いることができるか?
 デュシェンヌ型をはじめその他の筋ジス患者に用いることができます.コミュニケーションがある程度可能であれば知的障害があっても可能です.先天性筋ジスは,IPPVは行っていますが,NIPPVはまだ行っていません.噛み合わせや舌の状態によっては可能かもしれません.筋萎縮性側索硬化症ほか神経疾患にも海外では用いられています.何らかの原因によって意識がなくなった人では,マウススクリーンを使っても口からの空気の漏れが多くなり十分酸素を送り込むことができなくなり気管切開が必要になります.


(4)いつからNIPPVをはじめたらよいか?
 NIPPVをはじめる時期については,眠っているときの酸素の不足の状態10) で決めています(表1).パルスオキシメーターで酸素飽和度をはかり一番低下した値をもとに90%以上のものをステージ1, 85-90%のものをステージ2, 80-85%のものをステージ3と分類し,ステージ3で酸素療法を開始し,酸素を流しても改善されない時は NIPPVを開始します.1年に1回は眠っている時の酸素飽和度をはかりこれが下がるときは,3-6カ月毎に検査を受けるようにします.

表1 夜間の低酸素血症によるステージ分類

ステージ

SpO2の最低値

ステージ1
ステージ2
ステージ3
90−100%
85−89%
  −84%


(5)NIPPVと日常生活
 多くの人では,初めは夜だけのNIPPVで昼の呼吸不全も改善し,日常生活の拡大が期待できます.呼吸する筋肉の力がさらに弱くなり,人工呼吸器をはずすことができなくなった場合でも,人工呼吸器を車椅子に搭せNIPPVをしながら車椅子を運転することができます.さらに食ことのときも人工呼吸器がはなせない人も,NIPPVを行ったまま息を吐く時にあわせて飲み込む練習をすることで食ことができます.このようにNIPPVによってできなくなることは1つもありません.よく見られる副作用としては鼻の部分の皮膚の障害が認められますが,重篤なものはありません.マスクを強く締めなくともよいことを患者さんも含めてスタッフ,家族が理解することが大切です.さらにスペーサーの使用,各種褥創治療材料の使用,鼻マスクからフェイスマスクやマウスピースあるいはアダムサーキットへの変更などにより防ぐことができますので病院で相談してください.


(6)NIPPVにより気管切開が不要になるか?ー今後の課題ー
 岩木病院ではこれまで23人の筋ジス患者さんにNIPPVを行い最長約5年の延命がはかられ,現在も19人がNIPPVを継続しています.1人はNIPPV開始後2年,21歳で肺炎のために意識がなくなり,口からの空気の漏れが大きくなり気管切開を行いました.また,NIPPV中に背骨の変形が強くなり人工呼吸器の送り込む空気の量を増やした人もあり,状態によっては,早めに気管切開を考えたほうが良い人もあると思われます.しかし,NIPPVにより単なる延命だけでなく,人工呼吸器を車椅子に搭載し旅行も可能となり,さらに在宅での呼吸管理も可能となってきました.今後さらに人工呼吸器・呼吸管理の進歩にともない,筋ジス患者さんのQOLの向上が期待されています.


文献

  1. 石原傳幸:筋ジストロフィ−症の療養と看護に関する臨床心理的研究.筋ジストロフィー研究第4班「呼吸不全」プロジェクト研究マニュアル作成チーム,1991, p45.
  2. 姜進:筋ジストロフィ−症の療養と看護に関する臨床心理的研究.筋ジストロフィー 研究第4班「呼吸不全」プロジェクト研究マニュアル作成チーム,1991, p65.
  3. 大竹進他:Duchenne型筋ジストロフィ−症患者における夜間動脈血酸素飽和度の低下とその治療について.呼吸と循環 38: 463, 1990.
  4. 松家豊:進行性筋ジストロフィー症に対する体外式人工呼吸.医療43: 1250,1989.
  5. Kerby ER, Mayer LS, Pingleton SK : Nocturnal Positive Pressure Ventilation via Nasal Mask. AM REV RESPIR DIS 135 : 738, 1987.
  6. Bach JR, Alba A, Mosher R : Intermittent positive pressure ventilation via nasal access in the management of respiratory insufficiency. Chest 92 : 168, 1987.
  7. Delaubier A, Guillou C, Mordelet M, Ridou Y : Assistance ventilatoire precocepar voie nasale dans la dystrophie musculaire de Duchenne. Agressologie, 28:737, 1987.
  8. 大竹進他:DMD呼吸不全患者に対するNIPPVおよびNCPAPの試み.厚生省精神神経疾患委託費筋ジストロフィー症の疫学,病態および治療開発に関する研究 昭和63年度研究報告書,1989, p309.
  9. 大竹進:筋ジストロフィーに対する鼻マスクによる人工呼吸(NIPPV) の試み.リハビリテーション医学29(10), 817, 1992.
  10. 大竹進他:Duchenne型筋ジストロフィ−症における夜間の低酸素血症について.厚生省神経疾患委託費 筋ジストロフィー症の療護に関する総合的研究平成元年度研究報告書 ,1990,p391.

(大竹 進)

   

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