6.心不全の治療

はじめに

 心不全とは「心臓の(ポンプ)機能が障害されたために身体が必要とする血液を心臓から送り出せなくなった状態」です.
 その原因は,心臓の筋肉(心筋)そのものの異常だけではなく,心臓の中の弁,心臓の外を覆っている膜,心臓を養っている血管の障害や重症の不整脈などによっても生じ,また,肺やホルモンの病気,高度の貧血など心臓以外の病気でも起こります.
筋ジストロフィーの心不全の原因は,心筋自体の障害によって起こることが多いと言われています.
 この章では心不全を早い時期に見つけるためにはどのようなことに気をつけるか,家庭でできる心不全の予防は何か,病院での治療はどのようなものか,などについて述べたいと思います.


(1)出現頻度と年齢
 まず初めに,筋ジストロフィーではどのくらいの割合で何才頃に心不全が起きるのでしょうか.
 必ずしも全員が心不全になるわけではありません.デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)を例にとりますと,心不全が顕性化するのは約1割と言われています.
 近年,人工呼吸器が普及したことで呼吸不全は管理され易くなり,延命が可能となって来ました.一方,心筋障害は呼吸筋障害とは多く無関係に進行することより,人工呼吸器を装着している患者さんでも心不全が顕性化することが予想されます.そこで,今後心不全治療の頻度は増加してくるであろうと考えられます.
 次に,心不全の出現年齢ですが,DMDでは,10才代前半から20才代後半と広範囲に及んでいます.ここで注意しなければならないことは,10才代前半の極めて若い年齢でも心不全が起こってくることがあるということです.


(2)症状
 心不全の状態を早い時期に見つけるためには,まずその症状を知ることが大切です.
前述のごとく,心不全はいろいろな原因で起こってきますが,主に心筋の障害で生じる症状としては以下のようなものがあります.
 初期の症状としては,体がだるい,動悸がする,胸が痛い,お腹がはる,食欲がないなどがあります.また,手足の循環が悪くなり,肺からの酸素が不足するため爪の色が紫色(チアノーゼ)になったり,足の甲がはれたり(浮腫)することもあります.ただし,以上の症状は,必ずしも心不全に特徴的ではなく,他の原因でも生じます.いずれにしても,このような症状が出てきた時は早めに受診して下さい.
 一方,夜横になると息苦しさが出てきたり,すわっていないと息がつきにくい,息苦しくて痰に血が混じるなどの症状が出てくるようになると極めて重症(危険)な心不全と考えられますので,すぐに受診して下さい.
 

(3)予防
 心不全を悪化させる原因として,

  1. 塩分の多い食ことや過剰の飲水,
  2. 精神的ストレス,
  3. 過度の運動
  4. かぜなどの感染,
  5. 心臓以外の病気の合併,
  6. 自己判断で薬をやめる,

1〜3は家庭でも注意できる内容です.1の塩分量は制限を強く行うと逆に食欲が低下し,栄養不足の原因になりかねません.そこで,1日の塩分摂取量の目安は約10g以下となるように食こと全体の量を調節して下さい.
 4はうがいを励行することが肝心です.
 5,6で最も重要なことは定期的に受診されているかどうかということです.つまり,受診により他の病気の早期発見もでき,レントゲン,心電図などによって心不全症状が出てくる前の心臓の障害を発見することもできます.さらに,薬の服用の仕方によっては心臓がより悪くなることもありますのでこの確認もできます.
 このように,心不全悪化の原因を取り除くことは,すなわち心不全を予防することであると考えます.


(4)治療
 まずは家庭でできる予防が第1の治療で,ごく軽症の外来患者さんであれば,予防のみで十分と考えます.
 一方,入院して行う治療の目標は,日常生活を行いうる身体の状態にまで心臓の機能を改善させることです.その内容の一部を述べます.
 
<治療内容>

  1. 安静臥床
      
  2. 減塩食ないし点滴
      
  3. 酸素吸入
      
  4. 薬物療法(強心剤,利尿剤,血管拡張剤,その他)
     

1,2については心臓の負担を軽くすることが目的で,これのみで症状が改善することもあります.
  次に・の酸素吸入について述べます.
 心不全の状態を再確認しますと,心不全とは「心臓の(ポンプ)機能が障害されたために身体が必要とする血液(または酸素)を心臓から送り出せなくなった状態」でした.心臓から血液が十分に出ないと心臓に流れ込む血液も少なくなります.そのため,心臓より上流にある肺に血液がうっ滞し(肺うっ血),酸素と二酸化炭素の交換の場所である肺の機能が低下して酸素を身体の中に取り込むことができなくなります.つまり血中の酸素濃度が低下してきます.そこで,精一杯働いている心筋にも酸素が欠乏し心筋障害をさらに悪化させ,心不全の悪循環が生じてきます.したがって,鼻や口から酸素を吸入することで血中の酸素濃度は増加し,心筋にも十分な酸素が入り,悪循環を断ち切ることができます.
 最後に薬物療法について述べます.
 強心剤の働きは,その名のごとく積極的に心臓のポンプ機能を強化して全身に血液を送り,肺うっ血や浮腫を少なくすることです.
 次は利尿剤(尿量を増やす薬)について説明します.
心臓から十分な血液が出なくなると,腎臓を流れる血液量も減少します.そこで,ある種のホルモンが増え腎臓の血液量を増やそうとし,全身の血液量も増加します.それにより,肺うっ血や下肢ないし全身の浮腫が生じてきます.したがって,利尿剤を使うことで過剰な水分を体外へ排泄し,肺うっ血や浮腫を軽減できます.
 三番目に血管拡張剤について述べます.
 この薬を用いる目的は,動脈や静脈を広げることで弱った心臓の負担を和らげて心不全を軽くすることです.多くは上記の強心剤や利尿剤と一緒に使われます.
 近年,血管拡張剤の中でも特にACE 阻害剤といった薬がDMDの心不全に使用されるようになりました.この薬は血圧を下げる薬(降圧剤)に分類されますが,DMDの場合,極端に血圧を下げることは少なく,むしろ心筋を保護し,心不全を改善させることを目的として用いられています.この種の薬は筋ジストロフィー以外一般の心不全には多く用いられ,心不全の改善と延命が証明されています.DMDの心不全に対するそれらの効果も最近の研究により明らかにされつつあります.
 最後にその他として心不全に伴う合併症を予防もしくは治療する薬があります.
 心不全の合併症として重要なものは,不整脈と肺梗塞です.
 不整脈に対しては種々の抗不整脈剤が用いられてます.
 肺梗塞とは脳梗塞や心筋梗塞と同様に肺の血管が血の固まりによりふさがってしまう病気で,一般の心不全では血液を固まりにくくする薬が使われています.しかし,筋ジストロフィーの場合,その効果は明らかにされていません.肺梗塞は突然死の原因として極めて重要であり,今後早急に治療法を考える必要があります.


 おわりに
 心不全治療の概略を述べましたが,繰り返して強調したいことは,家庭での心不全の予防が最も重要であるということです.さらに,かかりつけの病院に定期的に受診されることで早期発見と治療が可能になると考えます.

(田村拓久)

   

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