[INDEX][五意考-リスト]

書意考

賀茂真淵
賀茂百樹 増訂増訂 賀茂真淵全集』巻10 吉川弘文館 1930.10.10
※ 句読点を適宜変更・省略した。適宜段落を分け、見出しを付けた。
〔原注〕 (異本)、(*入力者注記)

 1 字義になずまず古語を探ること  2 古意を知るには和歌の語をわきまえること  3 古語を通して古代史を知るべきこと  4 古事記、また特に万葉集を手引きとすること  5 道理を尺度とする狹い解釈を行いがちであること  6 儒道では世の中が治まらないこと/a>  7 日本紀に古道を探るべきこと
[TOP]
1 字義になずまず古語を探ること
此すべらみ國の書は、皆こゝの事也。然るを、から文にならひてかきしは、其記者の思ひたがへて文字の用ひ樣になづみて、こゝの語を誤る所多し。其もとを尋ぬればこゝの事なれば、よく古へを心得たる人は、其文字になづまでいにしへの心詞にかへして見、且訓にもさる事を專らとすべし。然るを、後の人は古への心詞を忘れつれば、たゞ字につきてこゝの語をそふる故に、一わたり文字のかたにはことわり有樣なれど、實にたがへり。古事記日本紀その外も、古き書はこゝのふるき語のつたはれる有を以てから文字を添たる物なれば、その意をよく得ては文字にはいさゝかたがふもくるしからず。字にたがふといへども、古意にいたればなり。
[TOP]
2 古意を知るには和歌の語をわきまえること
右のごとく、いにしへの語に中頃文を極たる時は、古語猶傳れる世なるからは、まどはざりけん。そののち時代うつり來て、人みなわが國の心語はわすれつれど、たゞその字を守りて二たび語をほどこせる故に、甚しき違どもの有べし。
その語の本をしらんには、史の中にまじれる古語をおぼえ、且史の哥或は宣命・祝詞・万葉の哥はいにしへの人の心・いにしへの人のことばなれば、專ら哥にていにしへの心詞を知て、立かへりて史を見ば、字の用ひ樣のわろきをも、又は一二字に多くの誤(*「語」か。)をほどこし、五字六字をみじかき語をもてもよむべきを知べし。そのむねのくはしき事はこゝにつくしがたし。よりて哥意(*『歌意考』)文意(*『文意考』)語意(*『語意考』)に書ることゞもを合せてさとるべし。
[TOP]
3 古語を通して古代史を知るべきこと
したしき友どちつどひてやまとぶみ(*日本書紀をよみ侍りける時にかきたる。
そらみつやまとの古きふみどもゝ、ことさやぐからの字もて書たるめれど、そのもとみな此國のことを書つれば、こゝの古への心ことばもてよまずは、いかでこゝのいにしへにかなはん。たとへば、ことさやぐからのふみは、本からの事にしあれば、からの語していはず、やまとのことばを交へよまんは、からの本の心にとほらぬ事もおほかるが如し。
こゝにならのみやのおほんときに書たるやまとぶみてふふみあり。こはから文のさまをとめて書なしつれば、いかでこゝの心ことばをよくいたさめや。よりて事の心を失らんとおぼゆる物も少なからず。それにつけて、後にはおもひまどへる人こそ多なれ。こはかの大御時の人ひとへにからぶみに思ひ泥みて書たれば、見る人のまどふもことわり也。
しかはあれど、わが古へ心のことばの猶傳れる時代の人は、こゝのことばもてたはやすくもよみつらんを、年月五百に千に移り來て、後は古へよみけんことばとおぼしきは少くして、かのからの文をこゝによむが如くよめれば(*今日では和語の発想で漢文を読むために真意を読み得ないのと同様の読み方をするのだから〔その場合と〕)、いかで異ならざらん。
[TOP]
4 古事記、また特に万葉集を手引きとすること
この事をなげく人、たま/\有といへども、古きよの文のくまもおちずあさりわたらずしては得べき道なし。されば古事記万葉その外の文のまこと・いつはりを正してよみこゝろ得たらん人こそ、中/\に此ふみよりも上つ代の心ことばをも得て、此フミを見下さん時には、よみ得る事も有てまし。
その古事記は此日本紀におなじ代々の事にて、且上つ代の事もことばも此國ぶりのまに/\書たれば、相むかへてありさまをもことばをも知べし。はたその記のうた・万葉集の哥、或はみことのり・のりとごと、あるは古きくさ/〃\の文どもをもよく考へ見るに、それが中にもたゞかきつらねたる内には傳へのおよづれ(*人を惑わし)、よこなまれる事(*発音が正しくないこと)も、又書人のあやなしそへたる事(*潤色・付会したこと)も有ためしなるを、哥てふ物ばかり上つ代の心ことばをいさゝかのかげもあらで今も傳はれり。
然れば、これを年月に唱ふるにつけてこそ、上つ代の人のこゝろことばもおのづからふかく思ひしらるれ。其ことばを知ときは、その代々のありさまをも今も見るごとくしらるべし。さてその上つ代の雲きりをちわきにわきてこそ、久かたの天津神代の事をも思ひやらめ。
[TOP]
5 道理を尺度とする狹い解釈を行いがちであること
然るを、後の世の人、上つ世のさまをも人の心をもよく思ひしらずして、雲をへだて霧をへだてゝ大空のほしを數へんが如くあからさまに神代のことをはからんとすれど、いかで得べけんや。たゞひとの國の宋といふ代にかたくなに人の心の理りをいひ、教への道てふことを書たる文の有をうらやみて、「こゝの神代のふみをそのごとくとりなさばや。」とそらに思ふ理りをいふ事の侍りし。さてこをもて人の教へをとかんとするこそ、から人のふみに心まどひして此國のことをわすれたる物なれ。
凡かけまくもかしこき我大王の御代は、久かたの天地のまゝにして、よろづの事日月の丸らかに、よつの時(*四時・四季)のやうやくにいたるが如く、そのきはみなくしてしかも日月のひるよるをわいため(*区別し)、四の時のたがはず、天地のむかし今かはらぬことを心にならひ來ぬれば、それそとこと(*ママ。「『それぞ。』と」か。「そのごとく」の書き誤りか。)せばく教る業などはいとまれに、ちひさき(*原文「ちいさき」)事にぞ有ける。さるをから國の道といふは、人のたくみに作れるなれば、くしげなす所せくケタにして、心にかゝり耳にとく聞えぬる故に、人のさる事とおもふ也けり。
[TOP]
6 儒道では世の中が治まらないこと
よりて今すべら御國のいにしへの文を人々とともによむにつけて得ねば(*講読の際に得心のいかないことがあるので)、かつ/〃\此わいだめ(*区別)をいはんかし。
から國はことに人の心の惡き國にして、よこしまにのみあるをなげく人有て、「いかで教へ正さん。」とおもふに、いと古への人かりに仁義禮などいふ事をいひてつらんを(*ママ。「事をいひたることもありつらん(ありしならん)を」というほどの意か。孔子の言行を念頭に置くか)、次/\にそれをうけ傳へたる人は、即是を思ひ泥み、いひつのりて、よの人はさるかたく方なる定めを用る物ならぬを思ひかへもはらさへず(*考え直すこともまったくせずというほどの意と思われるが未詳)、終に「かれは仁にあらず、義にそむけり。是は禮をしらず、信に違へり。」などあらそひもて行て、人をにくみおのれもはら立(*自分の見解をひたすら通す)などすめる事は常あれど、その事もて治りし代は一代もなかりけり。
その中に夏殷周とかいふ世をあげて、治れりし代のごとくさとすれど、それもそのよをうばひ得て初國しりたる君などのしばしのほどのみぞ(*ママ。「こそ」か)謀にもさる樣をしつらめ(*ここも「さる樣をばしたりけめ」というほどの意か)、やがてその子・うまごたゝなく(*ママ)こそ有けれ。さる道の天地にかなふものならば、その後いと多き代々を經る中には、かの三つの代の法てふさまにたま/\もまじはりおこりなんを、一代としてあらぬは天地の心にかなはぬ道なる事をしるべし。
且その治りし代も、聖てふ人も、徒に上つ世にのみつどひて有といふは、さる文をいひつのる人のおよづれごと(*妄言)なる事明らか也。然れば、教へも何にかなるや。かの聖の道てふは、いかなる時か行はれしや。皆やうなくこそ聞ゆれ。
[TOP]
7 日本紀に古道を探るべきこと
たゞ我みかどには、所せく名づくる事もなく、強て教る語もなく、あながちなるのりもなく、おのづから天地のまに/\治めならはし給へる道こそたうとけれ。さて天皇を日にたとへ臣をほしにたとへ、すべて民を草木にたとふ。その星の日となるべからぬをしりて犯す事なければ、賤き民草はしも高き木とならんことをおもはず、おのづからなびけり。然れば、かく天つ神代より傳りてすべらきのあれつぎますを崇とむにつけて、おみもかはらずさかえ侍りぬ。よりて此事をついでゝ神代よりしるしたるは、此やまとぶみなり。
然れば、凡はむつかしき事もなく、たゞに崇とむべきなりけり。是より前の清見原天皇(*天武天皇のみことのりして書せ給へる『古事記』上つ卷に教へなどの心もいはぬからは、その後漸に降ゆく奈良朝に書る物に何のことなる事かあらん。
かのから國はやつこの立てみかどゝなれば、しばらくは勢ひになびくたみぐさにこそあれ、たれかはわがすべらきとおもはん。又やつこが立出ん心をこそ下にはおもはめ。さるからに、臣は君をなげらにし(*蔑ろにして)、その臣も家人にはおそはれつゝ、いつか穩かなる日あらんや。わがすべら御國にむかへていふべきものにもあらず。
たゞすめ神をたふとみ、すべらきをかしこむべし。いにしへのみかど、皇神を崇みて(*「たつとみて」)御みづからの御心を治め、武き御勢ひをもてかくまれ(*囲まれ)給ふをもて、世の民の大かたにあしきことをば見なほし聞なほし給へて(*給ひて)治め給へり。さて臣・たみも神を崇めば、心の内にきたなき事を隱すことを得ず、すめらぎを恐るれば、身の上にあしきふるまひをなしがたし。よりて此二つの崇み、かしこきを常わするまじきてふ外に、世の治り身のとゝのはんことはなきをや。

此書眞淵翁自筆草稿之本
文化十三子年(*1816年)四月三日書寫了
藤原美波留(*長野美波留〔1775-1822〕。『徴古図録』『県居雑録』『萬葉集類句』等を著す。)(華押)

(『書意考』<了>)

 1 字義になずまず古語を探ること  2 古意を知るには和歌の語をわきまえること  3 古語を通して古代史を知るべきこと  4 古事記、また特に万葉集を手引きとすること  5 道理を尺度とする狹い解釈を行いがちであること  6 儒道では世の中が治まらないこと/a>  7 日本紀に古道を探るべきこと
[INDEX][五意考-リスト]