狂歌百人一首

秋の田のかりほの庵の歌がるたとりそこなつて雪はふり（＊抛り）つつ 　［001］

いかほどの洗濯なればかぐ山で衣ほすてふ持統天皇 　［002］

あし引の山鳥のをのしだりがほ〔したり顔〕人丸ばかり歌よみでなし 　［003］

白妙のふじの御詠ぎよえいで赤ひとの鼻の高ねに雪はふりつつ 　［004］

鳴く鹿の聲聞くたびに涙ぐみ猿丸大夫いかい（＊えらい）愁たん 　［005］

その儘に置くしもの句をかり橋の白きをみれば夜ぞ更にける 　［006］

仲麿はいかいはぶし（＊歯節、歯）の達者もの三笠の山にいでし月かも〔哉、噛まん〕 　［007］

わが菴はみやこの辰巳午ひつじ申酉戌亥子丑寅う治 　［008］

衣通の歌の流義におのづからうつりにけりな女どし（＊女同士）故 　［009］

四よつの緒（＊琵琶）のことをばいはずせみ丸のお歌の中にもの字四ところ 　［010］

こゝまでは漕出けれどことづてを一寸ちよとたのみたい海士の釣舟 　［011］

吹きとぢよ少女の姿暫しばしとはまだ未練なるむねさだ〔胸、宗貞、宗貞は遍昭の俗名〕のぬし 　［012］

みなの川みなうそばかりいふ中に戀ぞ積りて淵はげうさん 　［013］

陸奧のしのぶもぢ＼／わが事をわれならなくになどと紛らす 　［014］

光孝（＊孝行を掛ける。）と何かいふらん君がため若菜を摘むは忠義天皇てんのう 　［015］

行平は狐のまねをしられけりまつとし聞けば今歸りこん 　［016］

千早振神代も聞かぬ御趣向をよくよみえたり在五中將 　［017］

とし行といふはもつとも住の江の岸による波顔による波 　［018］

難波がたみじかき蘆を伊勢ならばたゞ濱荻と詠みそうなもの〔難波の蘆は伊勢の濱荻〕 　［019］

詫ぬれば鯉のかはりによき鮒のみを造りても飮まんとぞ思ふ 　［020］

今來んといひし計りに出でこぬは素性法師の弟子か師匠か 　［021］

喰ふからに汗のお袖の萎るればむべ豆粥をあつしといふらん 　［022］

月みれば千々に芋こそ喰たけれ我身一人のすきにはあらねど 　［023］

このたびはぬさも取敢ず手向山まだその上にさい錢もなし 　［024］

三條の右大臣なら前に居る河原の左大臣はなじみか 　［025］

小倉山みねのもみぢ葉心あらば貞信公に御返歌をせん 　［026］

泉河いづ（＊ママ）みきとてかかね輔がとなりの娘戀しかるらん 　［027］

山里は冬ぞさびしさまさりけるやはり市中がにぎやかでよい 　［028］

心あてに吸はばや吸はん初しもの昆布こぶまどはせる鹽だしの汁 　［029］

在明のつれなくみえしわかれより曉ばかりおこるしやくかな 　［030］

是則がまだめのさめぬ朝ぼけに在明の月とみたるしら雪 　［031］

質藏にかけし赤地のむしぼしはながれもあへぬ紅葉なりけり 　［032］

ひさかたの光のどけき春の日に紀の友則がひるね一時 　［033］

誰をかも仲人なかうどにして高砂の尉と姥とのなかよかるらん 　［034］

人はいざどこともしらず貫之がつら＼／＼／とよみし故郷こきやうは 　［035］

夏の夜は未まだ宵ながらよく寢ねればげに鱶やぶ（＊野夫か。）と名をやいふらん 　［036］

かぜの吹く秋の野のみか瀧壺もつらぬきとめぬ玉ぞちりける 　［037］

忘らるゝ身をば思はず誓ひてし人のいのちの世話ばかりする 　［038］

徳利とつくりはよこにこけしに豆腐汁あまりてなどか酒のこひしき 　［039］

留むれどよそに出でにけり小息子こむすこはうちに居るかと人の問ふ迄 　［040］

召せといふわか菜の聲は立にけり人知れずして春になりしか 　［041］

清はらの元輔といふ御名おんなにてお歌は末の松山といふ 　［042］

またしてもじゝとばゝとのくりごとに昔は物を思はざりけり 　［043］

すく人の絶えてしなくば眞桑瓜まくはうり皮をもみをもかぶらざらまし 　［044］

初松魚くふべき客は不參にてみのいたづらになりぬべきかな 　［045］

由良のとを渡る舟人菓子をたべお茶のかはりに鹽水を飮む 　［046］

八重むぐら茂れる宿のさびしさに惠慶法師のあくび百遍 　［047］

花見んともちしさゝえ〔竹筒、酒器〕をぶちおとし碎けてものを思ふ頃かな 　［048］

御かき守衞士のこく屁によし宣が（＊原文「か」）鼻かゝへつゝ物をこそ思へ 　［049］

めいていにすゝる海鼠腸このわた味よくて長くもがなと思ひけるかな 　［050］

かくとだにえやは伊吹のさし艾なくば灸治はほくち（＊火口。火打ち石の火花を移し取るもの。）なるらん 　［051］

明けぬればくるゝものとは御存ごぞんじの道信どのも朝ね四つ時 　［052］

醉ゑひ潰れ獨ぬるよの明くる間はばかに久しきものとかはしる 　［053］

よみ歌のうへならばこそいふだあろ今日を限りの命なれとは 　［054］

瀧の音は絶えて久しくなりぬるといふはいかなる旱魃かんばつのとし 　［055］

あらざらん未來みらいのためのくりごとに今一度の逢ふこともがな 　［056］

名ばかりは五十四帖にあらはせる雲がくれにし夜半の月かな 〔源氏物語に雲隱の卷あり。名のみにて文なし。〕 　［057］

有あひの棚の酒さゝをば呑むときはゆでさや豆をさかなとぞする 　［058］

赤染がいねぶりをしておつむりもかたぶく迄の月をみしかな 　［059］

大江山いく野のみちのとほければ酒呑童子のいびききこえず 　［060］

いにしへのならのみやこの八重櫻さくら＼／と謠はれにけり 　［061］

夜を籠て鳥のまねしてまづよしにせい少納言よく知つてゐる 　［062］

今はたゞ思ひ絶えなんとばかりを人傳ならでどうぞいひたい 　［063］

朝ぼらけ宇治の川邊に定頼がめをこすりつゝ瀬々のあじろ木 　［064］

うらみ侘びほさぬ袖だにあるものを此四五日は雨の日ぐらし 　［065］

眼と口と耳と眉毛のなかりせばはなよりほかに知る人もなし 　［066］

春の夜の聲ばかりなる轉寢にねちがひしたるくびぞいたけれ 　［067］

友もなく酒をもなしに眺めなばいやになるべき夜半の月かな 　［068］

嵐吹く三室の山のもみぢ葉はたつた今のまにちり失せにけり 　［069］

淋しさに宿を立出でながめたり煙草呑んだり茶をせんじたり 　［070］

夕されば門田のいなばおとづれて權兵衞内なら一合やらうか 　［071］

赤��をいざやくばらん鳥のふんかなしや袖のゆれもこそすれ 　［072］

高砂の尾の上の櫻咲きにけりこゝからなりとみつゝ飮まばや 　［073］

とし頼はさむさも強し山おろしはげしかれとは祈らぬものを 　［074］

ふる懸かけをとりしばかりを命にてあはれ今年のあきなひもなし 　［075］

法性寺入道さきの關白を半分ほどでおきつしら波 　［076］

燒つぎにやりなばよしや此徳利われても末にあわんとぞ思ふ 　［077］

淡路島かよふ千鳥の鳴く聲にまた寢酒のむ須磨の關もり 　［078］

顯輔がうつゝぬかして雲まよりもれいづる月の影に仰あをむく 　［079］

二宵にすはんと思ふ地玉子のみだれてけさはものをこそ思へ 　［080］

郭公なきつるかたにあきれたる後徳大寺がありあけのかほ 　［081］

思ひ侘び偖も命はあるものをうきにたへぬはなんだべらぼう 　［082］

鞠の皮筆毛の用にとりつくし山の奧にも鹿ぞなく〔鳴く、無く〕なる 　［083］

あと戻りする世の中もあれかしなうしとみしよぞ今は戀しき 　［084］

夜もすがら物思ふ頃は明やらであらふものなら世界くらやみ 　［085］

何ゆゑか西行ほどの強勇ごうゆうが月の影にてしほ＼／となく 　［086］

むらさめの道のわるさの下駄のはにはらたちのぼる秋の夕暮 　［087］

なには江の蘆のかりねの一夜たび皇嘉門院辨當御持參 　［088］

玉の緒よ絶えなば絶えねなどといひ今といつたら先お斷り 　［089］

あとさきの紀伊も讚岐も袖濡れて殷富門院矢張同斷 　［090］

きり＼〃／すなくや霜夜のさむしろに後京極殿寢たり起きたり 　［091］

わが袖は鹽みづふきし沖の石の人こそ知らねかはくまもなし 　［092］

波かぜの常にかはれば渚こぐあまの小舟の船人かなしも 　［093］

衣うつ音にびつくり目をさましところで一首つづる雅經 　［094］

この廣い浮世の民をおほふとはいかい大きなすみぞめの袖 　［095］

花さそふあらしの庭の雪ならでふりゆくものは牛のきんたま 　［096］

定家ていかどのさても氣ながくこぬ人と知りてまつほの浦のゆふ暮 　［097］

風そよぐならの小川の夕ぐれに薄著をしたる家隆かりうくつしやみ 　［098］

後鳥羽どのことばつづきの面白く世を思ふゆゑに物思ふ身は 　［099］

百色もゝいろの御歌のとんとおしまひにもゝしきやとは妙に出あつた 　［100］