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相馬昌治（御風）
（實業之日本社　1931.4.25、再版　1931.5.1）
※ 原文では和歌を上下に分けて改行しているが、上下を続け、句毎に分けた。（＊入力者注記）

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此秋（文政十三年（＊1830年。『山つと』も同年の歌日記）。此年十二月十日改元して天保となる。）（＊原注）と成ては身もいとあつしう（＊体の具合がとても悪く）のみおぼえて、けふかあすかの心ちのみする物から、思ひたつ方をばようのどめぬ（＊気持ちを抑える）本上（＊本性）にて、明日舟より新つ（＊新津）・五泉の方に下らむとす。けふ九日にしあれば（＊９月９日。重陽の節供。）さすがにきくを折て、

十日庵（＊中川家邸内の松下庵）をいづとて

船にのりて出立道のほど唯雲をあゆむ心ちす。西山を見やりて、

つねたふとびまつる伊夜彦（＊弥彦山）のかたを拜まつりて、

此度身まかりにし關根の翁があとをだにとて舟とゞめてとひしに、よるになりて雨いたうふりぬ。

十一日、晝ねしおきてふみなど見れどさとからぬ（＊うまく理解できない）心ちしてやがてねなむ事のみ思ふに、日やう＼／かたぶき行をなまうれしと思ふも、

十二日、むすめのおもと（＊関根の翁の嫁）がなき玉（＊魂）に花奉るとて、

今も猶しうとを忍ぶ心の淺からぬほめあはれびてよめる、

其かみおもとが佐知子（＊由之の娘か。）よみ置しとてこれかれと見せし、よからねどさすがに皆歌ならずもあらぬは、いかにかれ十にひとつあまりし年の秋此關根の家におくりしかば、すべて＼／さる筋の事などは見聞もせじをかたのごとくつゞり出せしは、なき御親橘林院殿（＊橘以南か。）のみやびのおほむかをり（＊余香）なりけむかしといとあはれになむ。こ度病ひさしはへ（＊ことさらに）いたく苦しとおぼゆる所しなけれど、あしはやぬち（＊家内）をだにえゆかず、胸はたゞふたぎにふたがりつゝ、心ぼそうおぼえて（＊原文「おほして」。以下、同様の例が多い。）人間（＊ひとま）には音のみしなかるれば、要いきたらじと思へば十三日たよりをえて新津へもしか告やりき。よるに成て月いとさやかなり。

爰にやすらふほど日にそへてよからずのみおぼゆれば、程近き曲り村（＊燕市大曲などか。）のくすし文仲は上手の名高ければとかくかまへて舟より行てとぶらひしに、今は目しひ（＊原文「目しい」）にてあれど昔の友成ければこゑ聞しりて、「すもり主（＊巣守は由之の号。）にはおはせずや。こは思ひかけず。」とてかつよろこび、病ひのあらまし打きくよりかつ驚つゝ、かへさひ（＊繰り返し）さぐり見ていひけらく、「このやまひよくつくろひてくすりの事おこたり給はずば」などいひて藥つくりてとらせし、取て關根へかへりぬ。こは十五日成けり。同じ日、時子（＊新津の桂家の女）がもとより使さして（＊「使ひさす」で「使者を定めて派遣する」意。）種々の物に文そへてなむおこせし、（＊中に）「十三日はおのが戸土のもまだきにて（＊原文「またきにて」。このあたりの文意未詳。）いといたうおぼつかなく思ひつゝ、月の隈なきを見て（＊十三夜の月。後の月。）」とて、

又きくの花をつみてこ（＊籠）にいれてそれに、

廿日、此ほど二三日物せし藥の氣にや、むねもあき心ちもいさゝかすくよかにおぼゆれば、ひまあるをりに家路近くと思ひおこして例の舟にて出たつ。のぼりぶねなればしりへざまにのみゐざりて（＊原文「ゐさりて」）はてず。けふ地藏堂（＊西蒲原郡分水町）迄といそがしたつれどかなはで、日入はてゝ熊のもり（＊分水町熊森）に舟よせてそこのあやし家に宿る。横田（＊分水町横田）をのぼる時に鷺どものおほく鳴つれて行をみて、

「ひとりはねじ。」（＊「ゆるぎの森にひとりはねじ。」〔枕草子〕を踏まえる。）といづこの杜にかあらそふらむかし。廿一日、はひわたるほどの道なれど水早ければ晝過る頃からうじて地藏堂に舟はてつ。爰にしもやすらふ事は新堀（＊分水町新堀〔にひぼり〕）のくすし正貞（＊原田正貞）をたのみてなりけり。かれも道にくう（＊功）つみし人にしあなれば日にそへて心ぼそさもなぐさみ行、足のなえしもやう＼／あゆまれなどして蛭子（＊古事記に足萎えの記事があるのを踏まえる。後にも見える。）にはまさりたりけり。こゝに付しひはいとうらゝか成しを夕づけて（＊夕方になって。原文「夕つけて」）俄に空かきくもりつゝ、霰玉を碎けり。

おなじころ、

これの猫はよるひるなきいさちて（＊激しく鳴いて）、彌彦山の杉むらも信の川（＊信濃川）の淵瀬もなきかきからしつべうおぼえて（＊原文「おぼして」）いとかしがまし。さてかくなむ、

ある日「となりのもみぢよし。」とてあるじ（＊後出「正誠」。中村姓か。）みづからよびにこしかば行て則

「見ていませよ。」とよめるあるじの歌のかへし、歌はわすれつ（＊後出）。

くすしのいさめもきかず酒うちのみて、

上にもらしゝあるじ正誠のうた、

これもあるじ、

くすし正貞、

十月八日、中村の家（＊前出「正誠」の家か。）にて、

九日、同じ家にて、

かくてよみがへりはてぬれば、今はとて茨曾根（＊『山つと』にも出る。現・白根市茨曾根。）・新津などへふみかきおきつゝ、十月十二日いほりにかへりぬ。九月廿一日よりけふ迄は中村の家成けり。家刀自うからなればなり。いほりにかへりて人々に冬のうたよませけるついでによめる、

是も同じ

これも、

初雪の降しあした

江原のとじのもとに同じあした

「禪師のきみの御こゝち猶おこたりまさず。」ときけど、おのが足にて鹽ねり坂（＊塩のり坂）こゆべうもあらねば文のみを奉るとて、

かれより給へりし、

此後に又奉りし、

ほしつめ祭（＊未詳）せし家にて、

あるよいねがてにして何くれの事どもを思ひあつめて、

から國にあるてふ蛾眉山とかいふ、其山のふもとの川の橋杭の流こしをえてもてはやす人、「それに歌よめ。」といへりければ、

思ふ故ありてよめる、

ひとよ島ざき（＊良寛の隠棲している島崎の木村家を指す。）を思ひやりまゐらせて、

やそぢになれる人に送し、

禪師のきみ、久しく痢病をわづらひ給ひて「今は頼すくなし。」と聞おどろきまゐらせて、しはすのはつかあまりいつかの日、鹽ねり坂の雪を凌ぎてまうでしをいといたうよろこび給ひて、「此雪にはいかで。」との給ひしかば、

かきあつめ給へるうたどもの御ゆかのもとに有しをうつせし、

左のは十月のなるを物より見出しまゝこゝにかいつく。

つごもりごろ人のあらそふを見て、

みそかの日、雪こぼつがごと降ければ、

みくにの名の文政、こぞ天保とあらたまりて其二とせ（＊1831年）の春は來つれど、ぜじの君の御いたはり「いかに＼／。」と思ひやりまゐらすとて冬とも春とも思ひわかねば、まいて歌などは出こず。よかの日、又鹽ねり坂の雪かき分つゝまうでて見奉れば、今はたのむかたなくいといたうよわりたまひながら（＊由之を）見つけて「うれし。」とおぼしゝこそかなしかりしか。かくてむゆかの日の申の時に、つひに消果させ給へる、あへなしともかなしとも思ひわくかたなかりしに、家あるじ（＊木村氏）の泣まどふも御別のかなしきにそへて、「おほきなる、ちひさき（＊大小の事。原文「さひさき」）、何くれのわざも、心に定めかぬるをば（＊良寛に）とひきゝての給ふまに＼／行ひし人なりければ、舟流したる海人に似ていかにたよりあらじ。」と思ふもかなしくて、

此後は大谷地（＊未詳）の家に籠てきさらぎにも成ぬ。果しあるおもひならねば「今は（＊出立しよう）。」とは思へど、此里かれむも二度の別の心ちしてわびしければ「あす＼／。」とて九日にもなりぬ。「庵にかへりてもうさかたらはむ人もなし。」と思へば心ぼそくて、こ度はまづ濱出雲（＊未詳）の家にうつれり。つら＼／思ふに、「我前立て（＊さきだちて）かゝる歎をばかけ奉らじ。」と年月にねがひこし事のかなひぬるなむ、せめて心のなぐさめなりける。まだこもりゐしむつきのはつかあまりいつかの日なん、「けふ御定の忌の日數みちぬる。」ときくもいとゞかなしうてとく起出てながめ出せば、昨日迄はげしかりし空にも似ず霞棚引つゝ春めき渡りぬれば、こぞの冬人まゐらせしをりの御ふみに、

かくれましゝ比、あるひとのとぶらひおこせしかへりごとに、

與板の岩子（＊『山つと』に既出。中川家の人かという。）が文に、

にひつ（＊新津）かつらの時子がいたみの歌どもおほくよみておくりし中に、

すこしおくれて、與板の千世刀自（＊『山つと』に既出。）がもとより、

同じ人のふみのおくに、

山田よせ子（＊未詳）がもとより、山里を出むとせし比いひおこせし歌どもの中に、

又、「このごろ夢に見え給ひし。」とて、

濱出雲の家に出て後、正貞がりつかはしゝ文のはしに、

廿五日は四十九日なりければ、はての御わざとて、

やよひついたちの日、故郷を出たゝむ（＊七日市に行った。）とするをり、妹のみか子（＊橘〔曾根〕みか子＝妙現尼。『山つと』に「いもうとのおもと」とあるのも同じ人物か。）が名殘をしみてよめる

よかのひいほにかへりし。つとめて鶯のふりはへてなくはきのふ七日市（＊三島郡三島町七日市か。）にて聞そめしおなじ音にしあれば、「もししたひこしにや。」と思ふも打つけなりや。「おはせし世ならましかばひとよりさきにきゝつけ給はまし物を。」と思ふも中々なる（＊涙の）もよほしぐさなりけり。

むゆかの日、江原の大刀自（＊前出。）のもとにふみやるとてかきはてし折しも鶯の鳴ければ、やがてそのふみのおくに、

七日人々つどひし時、肴物の若菜を見てこぞの春禪師御手づからつみもておはして給へりし事を思ひ出て、

おはせし世に、よせ子が御形見こひし歌の御かへし、

又ある人も同じ御姿をもて來て見せければかたはらに、

津軽人がりふみやりしおくに

千世刀自が家の賀の日の當座追加

竹のもとに鶴たてり。

あす新津の方に出たゝむとするにも、こぞの事ども（＊『山つと』冒頭部の記事を指す。）思ひ出られて、

とをかの日例の船にて出たつ。そのかみ貞室（＊貞心尼）のもとより、

新津に來つきぬ。こゝの翁おうなどもがこぞうせし其すまひし方を見るにも、心のかなしみ立そひて涙はふれおちぬ（＊こぼれた）。

つとめて前栽の櫻の盛なるを見て、

此比、たゞ春風吹けるがにくゝて、

やがて雨もふりければ、

もちばかりにや有けむ、こぞ見し下小屋の花みむとて空ものどかなりければ小童らともなひてまかりしに、空又打くもり風さとおろしければ、

いたりつくすなはち、こぞの事ども思ひ出て、

やゝちりがた（＊原文「ちりかた」）成ければ、

時子が日たくる迄わがすむかたをとはざりければいひやりし、

「散はてもぞする。」とて、同じ人心してよき枝をゝりてかめにさして見せけるをみて、

雨風にさはりゐて後に庭の櫻を尋ねしに、うつろひがた（＊原文「うつろひかた」）成ければ、

すもゝをかゝせて（＊原文「かゝして」）、

物思ひつめし夕つがた、

雨風をやみなければ、

このほど新潟の津にて船やぶれて人死つときゝて、そのたまをとひなぐさめむとて、

女こどものこゝろを思ひやりて、

廿日、日うらゝかに成ければ世の諺を思ひてよめる、

かめにさせりし櫻のからうじてのこれるをほこりてよめる、

同じをりに、時子

ことしの春はこと年にもにぬ心ちのみして、

造物の雀の子のいとよう似て、さすがに飛もあがらぬをらうたくおぼえて（＊原文「おぼして」）、

日をへて雨風猶やまざりければ、「かくては今年も（＊作柄は）いかゞ。」と打歎かれて、

卯月ちかきまで猶櫻のちり殘れるをみてよみける

つごもりの夕つがた、

卯月ついたちのひ、人々とゝもに庭の木立のもとに出てさけたふべけるついでによめる、

夕べになれば例の心ぼそうて、

かめにさせりし櫻の花のうつろひしをすてゝ山吹さしかへてたはぶれに、

七日にや有けむ、此頃の雨風やみて空のたゝずまひおのづからこゝろよげなるを見ておほみ代をいはひまつり、かつわたくしにもよろこぼひて（＊原文「よろこほひて」）、

やり水のかきつばたのたゞ一花さきて、そがよかになれどほかのはまだしかりければ、

あすあさは桂の家（＊桂誉正の家。『山つと』に既出。）にてほとけのわざすとてさわがしげなれば、とをかの日天神の村（＊北蒲原郡水原町天神堂、または新潟市天神か。）なる高橋の家（＊『山つと』に出る「長戸呂（長瀞）」の高橋文祇の家と同じか。）にうつる時によめる、

高橋の家に至りつく則、其庭の眺望の一つをいはひの心によめる、

つとめて扇のゑを題にて、

又秋は山（＊秋葉山）を望て

十三日、雨に成ければ「此里のほとりの民よろこび、新つ（＊新津）より南の村里にてはいといたうにくむ。」と聞てよめる、

けふ新津よりむかへの人おこせしかば歸りなむとす。こゝよりは唯はひ渡るほどなれど、さすがに名殘をしくて、

かつらにかへりてすなはち、

雨うちそゝぎていといたう心ぼそき夕つがた入相の鐘をきゝて、

月のさやけきよ雲雀公（＊ホトトギスか。）をまつとて、

卯月はつかのよ、何すとか曉かけて耳かしましう貝をふきたてしがにくゝて、

扇によみあはせし、

何となくて、

女の枕のいとおほく打ちらして有を見て、

何となく、

よき酒えしよろこびにそへて、

はじめて逢し人を（熊倉玄泰）（＊原注）わかるとて、

その人のかへし、

いとようはれし空をみて又おのれ、

廿六日、あかつきに雲雀公を聞て、

五月五日、

むゆかの日、おい人どち秋葉山にまうでしに雨降來にければよめる、

ある人の柴折に、

家を思ひてある時、

別といふことを、

夕暮に物をおもひをりて、

廿六日、かつら家をわかるとて、

あすあさはこゝをわかれむとする時にうまのはなむけすとて川せうえう（＊逍遥）に出て、秋葉の山をみて、

かへし、時子

あるじ（＊桂誉正か。）

かへし

すでにけふといふ日、時子

これらのかへし、

此日道より雨いたう降ければ、小須戸（＊中蒲原郡小須戸町）の旅屋よりおくりの人につけて、

廿七日、「水高くて舟のぼらず。」といへば、平方の長井（＊未詳）の家にいきてみかとゞまりし間に、時子がもとより文おこせし、其ふみのうちに、

ついたちの日、曲村（＊前出。）の大關某とひ來ていざなひければともに行てそこに又みかばかりとまれり。庭に大きなる椎木たてり。

五日、いばらそね（＊前出「茨曾根」）にうつりて、つとめて例のあめ降ければ、

七日小關、十日地藏堂、十一日正誠が家にて夕納凉といふ事をおの＼／よめるついでによめる、

十三日、島ざき（＊原文「島さき」）にまうでて故禪師のきみの御跡をゝがみまつれば、御骨のかたはらにつね奉りしみどりの御衣のかゝりたるをみて、

十五日、故郷にかへりつきぬ。すべてのほど道ゆかぬ日は皆雨なりけり。

十八日、あしたはよくて辰巳の比より例の打曇りてほろ＼／と落れば、世中今はかうなりとうちくむじて晝ねせしに、未の時より空晴渡りて雲に似たる物なく人の心にあひの風も吹立にたれば、

十八日、秋野をかきしさうしに、

故禪師の君の御うた、

「江原のとじが歌どもよみ置し。」とて見せしなかに、

刀自

かへし

かへし

耳とほくて時鳥もきかざりければ、

かへし（＊以下、江原刀自の文の引用か。）

このごろとなりてはおのれもいとおぼ＼／しければ（＊不安なので）かくなむ、

かへし（＊これは由之の返歌。）

岩子がもとより、「住捨しいほりのいといたうやぶれて雨のもるをいかにせむ。」ととひにおこせしかへりごとに、

心に思ふよしありてよめる、

文月むゆかのよ、空をあふぎて、

七日のよ、泰樹がわづらひおもりゆくを歎て、

八日のあした、

今はいやます＼／によわり行て頼がたう（＊原文「頼かたう」）見えければ夜更て、

こゝろのうちに神たちをいのりまゐらせて、

よのめもあはねばまた、

廿二日、夜に入てくすしらも「今はいかに思へどすべなし。」とて、かしらかみざまにさくりあげ（＊さぐりあげ）、あるはあぐみ打して（＊あぐらをかいて、か。）皆ほろ＼／ときえうせぬれば、

さるあひだに在明の月花やかにさし出たり。

老たる親、わかきこどもらを見おきてまからむ心いかばかりかあらむ、さる中にも「子やまさるらむ。子はまさりけり。」（＊和泉式部の歌を踏まえる。）の古言もげにと思ひて、

又みづからのこころを、

かくて猶息の通ひは有て時々うめくこゑもすれば、猶あらで「もしは」と正貞がり又あしとき馬に物おぢすまじきやつをのせ夜中に走らせやる。「かれは泰樹とはらからのごとむつびあひし中成ければ、いとままをしにも。」とてなむ、

かれもうまはしらせて（＊原文「はしらして」）巳過る比來つきつゝ則と見かうみ見て、「今は更にかゝる所なし。思ひはて給へ。」とて涙とゝもに出行しかば、たゞ手をつくりて見をりし心地何にかたとへむ。よに入てゐの時になむ「事きれたり。」とて人いりみちてなきどよめど、みづからは哀ともかなしとも何ともえおぼえず、涙さへいづちかいにけん、たゞ雲きりにまどへる心ちしてあけはてつ。廿四日はなきからのあと枕に（＊足の方と枕の方に）守りゐて、有し世の事どもかたみにいひ出つゝなくに、きも玉しひもみなうせはてゝ、

廿五日、野にはふり行を見おくりて、

廿七日、打ふく風もこと秋には似ず。

あるあした露をみて、

中村の好哉がもとより、

富取（＊地名としては未詳。苗字か。）の正誠がもとより、

正貞がもとより、「ゐます時かたみにいひかたらひし言の葉を思ひ出て」とはし詞かきて

かへし、

おもひあまりて、

八月五日の朝、

六日、故泰樹が文房の前にうゑおふしゝ芙蓉とかいふ花の、けさはじめて咲出しを見て、

七日、しげ野（＊未詳）が家にて海を見やりしに、霧いとふかゝりければ、

大船の帆のいと遙に白く見えければ、

かへりくとてよめる、

貞室尼がもとより、

かへし

また

夕暮に烏のねぐらにつくを見て、

おもふよし有て、

こゝぬかのあした、殘れる齒の又ひとつ落ければ、

山おろしさと吹來てかほにさはるも心細くのみおぼえて（＊原文「おぼして」）、　

あらそひしものどもゝ（＊訴訟の相手や後援者たちを指すか。）みなしにはてつと聞

子どもらにしめす、

鈴蟲のしきりになくを聞て、

十四日のよ、いかゞしけむ松蟲のなかざりければ、是さへあへなき物の數にかずまへられて、

ひとにやりしふみのおくに、

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