今日よりは我君の世と名づけつゝ月日し空にあふがざらめや
三月十一日、官廳にて御即位(*後深草天皇)。春の日もことにうらゝかなりしに、さま\〃/のぎしきども、いはむかたなくめでたし。人々のすがたどもめづらかにみえ侍しかば、辨内侍、
玉ゆらに錦をよそふ姿こそ千とせはけふといやめづらなれ
四月一日、平野のまつり也。上卿土御門大納言〔秋定〕・辨〔經俊〕・車〔すけつぐ〕・くやく〔ときつな〕・いだしぎぬ〔若かへで〕。「御てうづまゐらせよ。」といふをみれば、かみをぬらしてくしにはさみて、こと\〃/しげに車へさしいるゝもをかし。松の木かげ風すゞしく吹きて、けいきおもしろく侍りしかば、辨内侍、
萬代と君をぞいのる千早振るひらのゝ松の古きためしに
おなじ日、少將の内侍、松尾のつかひにたつ。上卿二位中納言〔良教〕・辨〔ちかより〕・くやく〔ためなは〕・車〔かねとも〕・いだしぎぬ〔しやうぶ〕。しげき木ずゑにほとゝぎすの初音をきゝて、少將内侍、
千早ぶる松のをやまの郭公神もはつねをけふやきく覽
四月十三日、りんじに内侍所へ使にたちて侍りしに、こんらう〔軒廊〕をとほりて、ぎやうでん〔宜陽殿〕のだんのうへなれば、夜ふけてめぐる月かげ、さやかに見えしかば、辨内侍、
増鏡くもらぬみよに仕へてぞさやけき月のかげもみるべき
五月五日、あさがれひに、かつみを參らせたるを、「歌をそへてとりてまゐらせよ。」と、仰せごとありしに、あやめと思ひて侍れば、ひきたがへたるもおもしろくて、辨内侍、
かつみおふる淺香の沼もまだしらで深くあやめと思ひける哉
五月の廿日あまり、在明の月くまなくて、ことにおもしろく侍りしに、御ちよくろにて御連歌ありしこそ、いとやさしく侍りし。かた家・ためつぐばかりにて、人數もすくなかりしかば、いどまさりし程に、「此ついでにこうたうの内侍のびはをきかばや。」と、仰せごとありしかども、月もいりがたちかくなりて、みなかへり侍りにし。名殘おほくて、つりどののかたにやすらひて、辨内侍、
月をみて思ひも出でばおのづから忍ばれぬべき有明のそらかへし、少將内侍、
思ひ出む後とはいはじ今のまの名殘の(*欠字)有明の月
七月七日、きかうでんの夜、頭中將〔まさいへ〕、事ども奉行す。あさがれひにて、こう當の内侍、ことぢたてられて、ちとかきならしていだされしこそ、いとおもしろかりしか。「頭中將奉行がらにや、今宵の雨もしめやかにふる。」など、人々おほせらるれば、少將内侍、
しめ\〃/と今宵の雨のふるまひに奉行の人の氣色をぞしるなど申せば、大納言殿ことにけうじて、わらひ給ふもをかし。ことゞもよくなりて、うへの御つぼねより二間にてみれば、ともし火の影かすかなるもおもしろくて、少將内侍、
ともし火のかげもはづかし天河あめもよにとや渡りかぬ覽返し、辨内侍、
星あひの光はみせよ雲ゐよりくもゐはちかしかさゝぎの橋
八月十六日、御せ所へ行幸ありしに、萬里の小路の大納言〔公基〕・左衞門督〔實藤〕・頭中將〔雅家〕・頭辨〔顯朝〕なんど參りて、御あそびども有り。御留主には、中納言のすけどの・宮内卿どの・辨内侍など、朝がれゐのひろびさしにたちいでたれば、かうらんにそへてたてたるむまがたの障子はづれより、ほのかにみゆる月影いとわりなきを、「いにしへ二條の后、後凉殿に候ひ給ひけむは、此一の對の程ぞかし。その世にもかくや心づくしなりけん。」など申し出て、辨内侍、
むかしよりくもらずといふ月影をさやかにみぬは心なりけむ還御のゝち、これを聞て、少將内侍、
雲の上に猶澄ながら秋のよの月をさやかになどかみざらん
八月晦日、女く所へさだまるべき内侍、朱雀門へむかふべきにて侍けるに、少將内侍いたはることありて、代官にたて侍りしに、風いとすゞしく吹て、みかきがはらおもしろく侍りしかば、辨内侍、
おほうちや古きみかきに尋ねきてみよ改まるけふにも有るかな
九月八日、中宮〔大宮女院〕の御かたより、菊のきせわたまゐりたるが、ことにうつくしきを、朝がれゐの御つぼの菊にきせて、夜のまの露もいかゞとおぼえわたされて、おもしろく侍りしかば、辨内侍、
九重やけふこゝぬかのきくなれば心のまゝに咲かせてぞみる
十月一日、除目ときこえしが、十一日にのびて、土御門院の御忌日とて、ぢんに公事ありて、大宮大納言〔公相〕・萬里小路大納言〔公基〕など參らせ給へり。職事ども、つねとし〔經俊〕・むねまさ〔宗雅〕・光國などまゐり、御いのりのことさだめらる。十九日より金輪の法てんちざいへんなどはじまるべしときこえし。奉行藏人侍從むねまさ、をりしもあられはげしくさえたるけいき、いとおもしろくて、辨内侍、
やほよろづ祈るしるしもあらはれて霰玉ちる數もみえけり
十月廿四日、河原の御はらへなり。その日の事どもめでたしといふもおろかなり。しとみやより見わたしたれば、はるかにいさご地しろしろとみえて、河風さえたりしに、辨内侍、
けふし社清き河原のいさご地に千世へむ數もとり始むらめ
十一月十四日の夜、雪いとおもしろく、みちたえてつもりにけり。夜番にて、花山院宰相中將〔もろつぐ〕〔師繼〕・頭中將など候ひけるも、院の御所へ參りにければ、人々清凉殿へたちいでゝみれば、竹にさえたるかぜのおとまでも身にしみておもしろきに、月はなほ雪げにくもりたりしも、中々見所あり。大宮大納言〔きんすけ〕・萬里小路大納言〔きんもと〕などまゐらせたまひて南殿にてよもすがらながめ給ひけるが、曉がたことにさえたりければ、うへのをのこども、殿上のをりまつめしけれども、つきたるよし申ければ、ひろ御所のきたむきにて、かれたる萩の枝など、をり松にせられけるときゝし、いとやさしくて、辨内侍、
霜がれのふるえの萩のをり松はもえ出る春の爲とこそみれ有明の月くまなかりしに、雪のひかりさえとほりて、おもしろくみえ侍りしかば、常の御所のかうらんのもとへたちいでたりしに、公忠の中將・大宮の大納言殿の、すゞりこはせ給ふとて、もちてまゐりしも、いづくの御文ならむとゆかしくて、辨内侍、
明けやらでまだ夜は深き雪のうちにふみゝる道は跡やなか覽
十四日のよ、少將内侍女く所へわたりゐて、心ちなほわびしくて侍りければ、なにごともしらずふしたるに、曉がた、はるかに雪ふかきをわけいるくつのおとのきこゆるにおどろきて、こゝちをためらひて、やをらおきあがりてきけば、「大宮大納言殿より。」といふこゑにつきて、つまどををしあけたれば、いまだ夜はあけぬものから、雪にしらみたるうちのゝけいき、いつのよにもわすれがたくおもしろしといへばなべてなり。御ふみをあけてみれば、
こゝのへのうちのゝ雪に跡つけて遥に千代の道をみるかなその雪のあした、少將内侍のもとより、
九重にちよをかさねてみゆるかな大内山の今朝のしらゆき返し、辨内侍、
道しあらんちよのみゆきを思ふには降る共のべの跡はみえなん
十七日、雪なほいとふかうつもりしに、吉田の使にたちて、かへさに、しゆき〔主基〕かたの女く所の事がらゆかしくて、「そなたざまやれ。」と申し侍りしかば、くやく〔ためもち・かねとも〕、六位のくるまのとものものなども、「夜ふけてはるかにめぐらむ事、かなふまじき」よし申し侍りしかども、せめてたづねまほしさに、「吉田のつかひのかへりには、かならず女く所へたちいるしぎにてあるぞ。」と申し侍りしかば、「まことにさる先例ならば。」とて、はるばるとたづねゆきたりしに、ゑじがもんおそくあけ侍りしに、「今にはじめたる事か。吉田使のかへさに、内侍のいらせ給ふに、ことあたらしくあけもまうけぬか。」と、あらゝかにいさめ申し侍りしも、「かやうの事や。先例にもなり侍らむ。」とをかしくて、辨内侍、
とはましや積れる雪の深きよに是もむかしの跡といはずは
十八日は、中のとりの日なり。攝政殿〔實經〕參らせ給ひて、御ぐしそがせおはしますに、ものゝぐにてまゐるべきよし仰せありしかば、をりしもをしいだしの衣、よそひなきよし申して、なえたらむも又いかゞとて、辨内侍、
しほれたる衣なきせそおほうみの蜑の袖かと人もこそみれゆきがたの女く所は、こう當の内侍なり。この程の雪さえとほりたる夜もすがら、ことひきあかしたまふときゝしも、ことにいみじくおぼえて、辨内侍、
よもすがら野べの白雪ふるごとも千世松風のためしにやひく少將内侍、女く所、左近ふ(*ゑ?)のついがきの中なれば、はる\〃/と見わたされたるに、月のさえたる雪のうへは、かぎりなく面白くて、少將内侍、
いつのよも忘れやはせむしら雪の古き御垣にすめる月影衞士めふ〔*なイ〕るとか、夫ともどるとて、になひたるものどもうちをかせて、さま\〃/つかはるゝなかに、こにものいれてになひたるが、ことになげきて、さしたる所へまかるに、「かまへていとまたべ。」と、なくやうにいふも、いと\/をしくて、少將内侍、
身におへばさぞ思ふ覽たけのこのてをはなつよの心迷ひにをかしげに、色々なるものども、ぬひかけたれば、ゆきどけにぬれぬべくて、衞士どもうへにのぼりて、雪かく音もおもしろく、みゝにとまるこゝちして、少將内侍、
あばらなる板屋の軒のしら雪のかくばかりなど降りつもる覽ことにかぜふきさえて、おそろしき程なりしに、奉行辨ちかより、「うちのゝ風に吹きすゑらるゝ心ちして、たへがたくて、つや\/とものもいはれず。けさよりきやうじ所へのかぜにふかれて、何事もおぼえず。かゝるたへがたきことなし。」と、ふるひ\/いはるゝも、まことにことはりとをかしくおぼえしに、女官ども、「辨殿こそ、まゐらせ給ひたれ。」とて、ひしとならびいでぞめく。「さなにかさかりて、御ことかけはてなんず。」と、こゑ\〃/申し侍りしかば、「すべてふるはれて、ものもいはればこそ。」とありし、をかしくて、少將内侍、
言の葉も思ふにさこそながるらめ吹きとふくよの風の景色に
廿二日、官廳へ行幸ならんとて、かねて中宮の行啓也。
廿日、よひ月まちいづるほどに、ふけてぞいらせおはします。「藏人のすけ〔經俊〕、内侍たづぬ。」ときゝて、「奏事にやあらん。」とて、だいばん所のぬえの障子のもとにてまつ程、行啓の供奉の人々、こなたざまへくるおとして、中宮權大夫〔通成〕・花山院宰相中將〔師繼〕・頭中將〔雅家〕・通世の少將など、ゆづえのおとまでも、さえとほりておもしろきに、きりみすのほどに、藏人の侍從むねまさが聲にて、「ゆゝしき月の光かな。しろうすやうのころこそ、思ひやらるれ。」といふ。げにかぎりなくみゆれば、辨内侍、
かねて思ふ豐の明りのさむけさをましていかにとすめる月哉
廿二日の曉、官廳へ行幸あり。ことにさむくて雪さへこほりたるに、あからさまにしつらひたる御所なれば、大ぞうの御屏風のすきまの風に、雪のちりくるもいとおもしろし。大宮大納言殿まゐらせ給て、やぶれたる御かうしども參りわたし給ふ。御所はたかみくらむきなり。かはらのむねに雪しろくつもりたるに、只今も修理しきどものぼりて、をのゝおともただこゝもとにきこゆ。清凉殿は、つねの御所の御障子のあなた、二間をしつらひて、御拜の座とす。くるゝどよりしもは、おものやどり御づし所也。つぼね一まを四にへだてゝ、二三人づつあひゐたれば、せばきもわりなし。中宮の御かたへいらせおはします。御みちはつまどのひとまより、せいそだう見わたされて、いとおもしろし。かりそめにしつらひたれば、人々のあしおとまでもをかしうきこゆる。今宵は帳だいの心みなり。清凉殿にしつらひたる二間、殿上のくしがたあるまには徳大寺の大將〔さねもと〕をはじめて上達部のいだしづまのすがたども、めとまりてぞ見ゆる。常の御所の御障子のかたは、だいばん所なり。女房たち袖をつらねていなみたり。なかにたいそうの御屏風をたてたれども、ひき(*く?)くて、御所へ參る人々も、あなたの公卿どもに、めをみあはするもまばゆくて、むかし女房のやうに、いざりありきしもをかし。あらごものやうなるものをしきたれば、おりものゝきぬのすそは、みなちりにぞなりし。あらしはげしく吹きて、へだての屏風つゞきてたふれにしかば、わた殿までみわたされたる、はれ\〃/しさかぎりなくて、辨内侍、
へだてつる風のたよりもおしなべてさらにぞ豐の明り也ける少將内侍、くろ木のやへむかひて侍りけるに、かみあげのぐをとりおとして、官廳のつぼねへこひにたびたりしに、是にもさしあふほどにて、かなはざりしかば、ことゞもよくなりて、とく\/とたび\〃/せめられしも、たへがたくて、少將内侍、
しばしまてうちたれ髪の差櫛をさし忘れたる時のまばかり後にこれをきゝて、辨内侍、
さしぐしのさしあふほどの時の間はうち垂髪も我ぞ亂れし
とらの日は、みやの御方のえむすいなり。夜も更けにしかば、御所も御よるにならせおはしましたりしが、しろうすやうのこゑに、御めさまして、又出でさせおはします。おの\/たちてまひ給ふ。右大將〔實基〕、三ど。大宮大納言〔公相〕、五度。萬里小路大納言〔公基〕、四度。右兵衞督〔有資〕、いだしうたなり。左衞門督〔實藤〕ときこえしが、俄かにきやうぶくになり給ひし、いと\/ほいなし。又は花山院宰相中將〔師繼〕、中院三位中將などぞ見えし。その夜はちごのまつりの使にたちたりしに、顯朝の辨、院の推參ゑんすいなどはてゝ、まゐりたりしかば、あかつきになりて、宮のことがらも心すみて、物の音しらべたるも、をりからおもしろくて、辨内侍、
今宵しもいかなる神の誓ひにてものゝねならす跡となりけむ
藏人の侍從むねまさ、いそぎないらんすべしとて、「いそぎの節會より、しうぎにうつらむに、御隨身はなほしたがふべきにや。」と申し侍りしを、あまりにことしげくて、え申しとほさゞりしかば、しきりにいそぎ申すべきよし侍りしを、中納言のすけどのたゞなかにて、歌などにてはからへかしときこえしを、さしものことのまぎれに、ながめいだしたらむ心づきなさと、をかしくて、心にはかくぞおぼえし。辨内侍、
さしも身にしたがふ夜半の月なれば移る方にぞ影は廻らめ
卯の日は、せいそだうのみかぐらなり。中宮の御方へまゐるみちにて、人々きかばやとありしかども、攝政殿候はせ給ひて、いとくちをし。清凉殿のかたへたちいでたれば、職事どもたちならびたり。又きぬかづきかさなりて、さらに道なし。つねの御所の御帳のもとに、人々のろくどもにたきものなどして、ほのかにききしかば、大宮大納言びは、花山院大納言ふえ、兵衞督ひやうし。面白しともいへば中々なり。辨内侍、
雲ゐより猶はるかにやきこゆらんむかしにかへす朝倉の聲ことゞもはてゝ、大宮大納言殿、常の御所へまゐり給ひて、勾當内侍どのに、ぼくば〔牧馬〕のねはいかが侍りつるとありしかば、かの大こくでんのびはのねとかやのやうに、いづくまでもくもりなくこそと申し給ふも、げにかぎりなくて、辨内侍、
いにしへの雲井にひゞくびはの音に引くらべても猶限りなし
辰の日は節會也。たかみくらへいらせおはします。たかきいしばしに、はかまのふみどころたどられて、扇もさゝれず。いとわりなし。其夜のことゞものめでたさ、いひつくすべからず。辨内侍、
雲のうへと思ふも高き古への道をぞあふぐけふのみゆきは節會はてぬれば、わらはのぼり・露臺の亂舞・御ぜむのめしなどはて、せいそだうの月のあり明のかげ、あかず身にしみて、おもしろきを、人々ながめて、辨内侍、
九重によをかさねつる雪のうへの有明の月をいつか忘れむかくて閑院殿へいらせおはしまして、大内裏の事おもひいでゝ、辨内侍、
雲ゐにて有りし雲井の戀しきは古きを忍ぶ心なりけり
臨時祭は十二月一日ときこえしが、のびて十二日也。日來ふる雪さえとほりたるに、いしばひの間にかへりたち、つく\〃/とまちゐたりし、ひえざまもいとたへがたし。少納言内侍少將はいぜんのいくさあらそひして、しかれしもをかし。攝政殿、公卿には花山院宰相中將ばかりぞみえし。職事光國、庭火のかげに月のひかりさえて見えしも、おもしろくて、辨内侍、
あか星のこゑもさこそはすみぬらめ庭火に月の影ぞ移ろふ
内侍所の御神樂は、十二月十五日なり。すけ〔按察のすけどの〕・内侍〔少納言〕、月いとおもしろくて、人々いざなひてきゝにおはせしが、中院三位中將・雅忠の中將など、こんらう(*軒廊)のかたにみえしかば、むなしくてたちかへりたりしを、大納言殿、「このせきもりの心つたなき、いかゞおもふ。」とおほせられしかば、辨内侍、
うちもねぬその關守のこゝちしてとほさぬ道に立ちかへる哉
廿一〔二イ〕日、せちぶんの御方違の行幸、官廳へなりたりしに、ありしよの事思ひ出でられて、清凉殿にしつらひたりし所に、少納言内侍とよもすがら月をながめて、辨内侍、
あかざりし雲井の月のこひしきにまためぐりきぬ有明の影
廿四日、久我太政大臣のかたせち會なり。夜ふけて殿まゐらせ給ひたりしに、かみあげの内侍にて、少納言とふたり大ばん所に候ひしに、「夜はふけぬるか。うしのくびのほどか。」とゝはせ給ふを、たれも何とも申さゞりしを、少納言、「心のうちに、御返事さだめてありつらむ。いかゞ。」ときこゆれば、辨内侍、
轉寐にねや過ぎなましさよ中の丑のくびともさしてしらずば
やくしの御修法、十二月十八日よりはじまりて、廿四日けちぐわんときゝしが、のびて廿六日佛名の夜、けんしゝまもりたてまつるとて、つく\〃/と候ひしに、のりのこゑ\〃/いとたふとくて、辨内侍、
七日ぞと思へばあか〔らイ〕ぬ日をのべておこなふ法の聲ぞ聞ゆる
今日ぞとて袖をつらぬる諸人のむれたつ庭に春はきにけり
七日、白馬節會也。春の日かげもうらゝかなるに、内辨〔右大將殿・九條殿〕のよそほひゆゝしくみえしかば、辨内侍、
とねりめす春の七日の日のひかり幾萬代のかげかめぐらむ
その夜、はくばのわたるをみて、辨内侍、
ひきつれてうちもたゆまぬ駒の足はやく此よは更けやしぬ覽
十九日、攝政かはらせ給ふとて、せんぎせらる。上卿二位中納言〔良教〕・職事頭辨〔顯朝〕、そうたてまつるほど、をりしも月くもりがちにて、なにとなくものあはれなれば、辨内侍、
はるゝよの月とは誰かながむらんかたへ霞める春の空かな奏したてまつるを、御ゆどのゝ上にて、少將内侍みてちやくたうせられたるかや。かみのさうじのつまをやりてかきつけたる、少將内侍、
色かはるをりも有りけりかすがやま松をときはと何思ひけむこれをみて、〔返事イ〕辨内侍、
かすが山松はときはの色ながら風こそしたに吹きかはるらめ
日記の御雙子三帖、おほだいりの比、中納言のすけ殿にあづけさせ給ひたりしを、光國申しいでて、返しまゐらすべきよし申し侍りしに、なにとまれ申さばやといふことにてありしかども、御なげきのほど心ばかりはよういせられて、辨内侍、
濱千鳥あとをかたみの恨みだに波の上にはいかゞとゞめむ
廿三日、御拜の御ともに、大納言殿・中納言のすけどのなどまゐりて、二間のすのこのもとにたち出で給へるに、餘寒のかぜも猶さえたる、くれ竹に日はてりながら、雪のふりかゝりたるを、中納言のすけどの、文屋のやすひでがいとひけむこそ、おもひよそへらるれ。「さすがさほどのとしにはあらじとや。」などきこゆれば、辨内侍、
たが身にかわきていとはん春の日の光にあたる花のしら雪
二月廿八日、年號かはりて
いにしへに定め置きけることのはを今もかさねて思ひやる哉
三月一日、ごとうの御神事に、きやうぶくにて仁壽殿のつまの局にわたりゐたりしに、左衞門の陣むきなれば、東三條の木ずゑも、ちかくみえわたされて、いとおもしろし。けふは陣に公事ありて、經光の宰相・頭中將・頭辨もまゐり、たきぐちどもしたがひてみゆるもをかし。宗雅・光國なども參る。花もさかりにいとおもしろきに、をりしも大宮大納言參り給ふ。なほしすがた常よりも心ことに、にほひ深くみえたまひしかば、辨内侍〔あをかりぎぬきたる人ぞ御ともにはありし。〕、
花の色にくらべて今ぞ思ひしる櫻に増る匂ひ有りとは
三月九日、左衞門督〔實藤〕、夜番にまゐり給ひて、こよひは宿をとほすべきよしありしに、衞門督〔通成〕もまゐりたるよし、きかせおはしまして、「なにごとにても、おもしろからむ事なくてはほいなし。」とて、「殿上にたれ\〃/かさぶらふ。せう\/めしてまゐるべき」よし、有資卿うけ給はりて、公忠・公保・通世・隆經やうの人々まゐりて、五節のまね亂舞などはてゝ、左衞門督りやう山・みやまの五よう松、右衞門督・兵衞督つけうた、おもしろしともおろかなり。今夜のなごりをとめばやと、人々ありければ、辨内侍、
いつはりのことしもいかゞ忘るべき豐のあかりは時ぞともなし
中宮の行啓はやよひの頃なれば、其程に人々いざなひて、「いづくの花も雲井よりとてたづねむに、さかぬ櫻はあらじな。」と、萬里小路大納言殿のたまひしかども、なにとなくてやみにし、くちをしくて、辨内侍、
花みむと頼めしことやいかなれば尋ぬばかりのなだに留らぬ返し、少將内侍、
華咲かぬ花やあだなに立ちぬらん空だのめにも成りにける哉
三月廿一日、御いのりどもあるべしときこゆ。藏人の侍從奉行す。金輪法は太政大臣殿、佛眼法は殿の御さたとぞきこえし。さきの座主仁壽殿に候はせ給ふべき御しつらひに、なにとなくよもふけぬと思ふに、もんしやくのこゑきこゆ。「たゞいまゝではなど申さゞりけるにか。」とたづぬれば、「こよひはくわんさうとて、陣に公事ありて。」といふもことはり也。なにとなくおもしろくて、辨内侍、
我ならぬ人もさこそは聞きつらめ曉がたのたきぐちのこゑ
廿三日は季の御讀經也。大宮大納言・萬里小路大納言・左衞門督まゐりて、皆御所へ御まゐり有り。殿より、かへでのえだに手まりを付けてまゐらせさせ給ひたるを、中納言のすけどの見たまひて、こぞさきのとのより、ふねにまりを十つけられて、まゐりたりしこそ、おもひ出でらるれとて、なにとなく、「ふねのとまりは猶ぞ戀しき」と、くちずさみ給へば、辨内侍、「みなと川なみのかゝりのせとあれて」とつけたりしを、「是を一首になして、返す人のあれかし。」ときこゆれば、辨内侍、
いかにしてかけたる波の跡やそのうきたる舟のとまり成る覽
花山院宰相中將、西園寺のはなみの御幸の御供にまゐりたりけるまに、はゝのうせにけるを、ことになげかるゝよしきゝしも、いと哀れにて、少將内侍さとなりしに申しつかはし侍りし、辨内侍、
かなしさのさらぬ別れをしらずしてちよとも花の陰や頼めし返し、少將内侍、
春ごとの花は又ともたのみなむさらぬ別れよいつを待つらん
三月廿八日、洞院攝政殿〔教實〕の十三年に、せんにん門院〔御とし十九〕、御ぐしおろさせ給ふときゝしをりしも、雨降りていと哀れなりしかば、少將内侍のもとへ、辨内侍、
たちなれぬ衣のうらや春雨にはじめてあまの袖ぬらす覽かへし、少將内侍、
津の國の難波もしらぬ世の中にいかでかあまの袖ぬらすらん
權大納言ひるばんに參りて、常の御所のかうらんのもとにて、なにとなき御あそびあり。公忠・公保・資保なども候ふ。みかはみづに山ぶきの花のながるゝをみて、大納言「新吉野川と見ゆるものかな。」と聞ゆるを、「御殿の(ゆどのゝ)うへには、人々もいとおもしろくこそ。なにとまれ申さばや。」などありしかば、心のうちに、辨内侍、
山ぶきの花の陰みる水なればうつすよしのゝ河といふ也
卯月十日のころは、太政大臣殿北山におはしますほど、女房たち、ほとゝぎすのはつ音たづねにおはしましたりけるに、甲斐々々しくまゐりたりしが、「我心のうち、うたによめ。」と有りしかば、辨内侍、
いとはしよ何方よりも尋ねとへあかぬ名殘にきなば返さじ
最勝講は十八日よりなれば、結願廿二日也。行香にたつ人々、左大臣殿〔近衞殿〕・花山院大納言〔さだまさ〕・權大納言〔さねを〕などぞ、御あかしのひかりにほのみしりたりし。さならぬ人々はいとみわかず。殿はおにの間に候はせ給ふ。きゝもしらぬ論議のこゑも、結願なにとなく名殘おほくて、辨内侍、
くらべみる御法のちゑの花ならばけふやはつかに蕾開けん
花山院宰相中將〔もろつぐ〕、いろにてこもりゐられたりしに、南殿のたち花さかりなりしを、一枝をりてつかはすとて、兵衞督どのにかはりて、辨内侍、
あらざらむ袖の色にも忘るなよ花たちばなのなれし匂ひを返し、宰相中將色のうすやうにかきて、しきみの枝につけたり。
いにしへに馴れし匂ひを思ひ出で我袖ふればはなやゝつれむ
五壇の御修法は、十七日よりはじまりて、七日なれば、廿三日けちぐわんなり。こよひはいとなごりおほくて、曉の御時に、かならずちやう聞せむなどいひて、月のかたぶくまで、常の御所の御えんのかうらんにおしかゝりて、兵衞督殿・勾たうどの・少將辨など、なにとなきそぞろ事どもいひかはして、とのゐすがたもつゝましきに、「唯いま人のまゐりたらんに。」などいへば、「これほどふけたるに、たれかはこゝにものせん。」などいふ程に、按察使殿まゐらせ給ひてのち、「御ゆどのへとほりのたてじとみに、かぶりのさきのみえつる心ちのする。人のおともしつるにや。」などいひ出して、「あなたざまにたれか候ふ。いざとはん。」とて、女主〔嬬〕たかつんし(*女嬬の名)ゝてたづぬれば、「三條の中納言殿〔公親〕こそおはすれ。」といふ。「あなあさまし。たてじとみのうへよりも、よく\/見えぬらん。」と、心うかりなげくほどに、あかつきの御時のかねのこゑきこゆれば、ちやうもんして、たゞいまふかくなげきつるつみもうかぶらむとおぼえて、いとたふとくて、辨内侍、
何となき心のつみも消えぬらん月もあり明けのかねのひゞきに
六月一日、つちみかどの中納言〔あきちか〕の夜ばんなり。その日は院の・御所のも、よばんなりけるにや、いととくひるほどにまゐりて、「かく。」とこうたうの内侍どのにきこえさすれば、「めづらしくこそ。」とて、あひしらひ給ふを、きりみすのもとにてのぞけば、なほしの色はなやかに、ことにひきつくろひて、にほひふかくみゆ。「今の世にはこれ程なる人も有りがたし。」など、人々もきこゆ。番にもけたいなくまゐり、さらぬ奉公もおこたるまじきよしなど、こまやかに聞えてたちぬるなごりも、なにとなくとまるこゝ地す。「たきのくちよりいでむを、ひろ御所にてやみるべき。」などいふほど、殿上にひさしくたゝずみて、にきうの御ふだ、ちやくたうなど見て、とのもんづかさにものいひ、着到つけてもなほいでやらず。なりいたのほどにたちて、なにゝもめとまるけしきなるを、「いかなることにか。さき\〃/は院の御所に心のひまなき人々にて、おぼろけには、番にもまゐらぬに。あやしくこそ。」などいふほどに、つぎのひきけば、はや此あかつき、りやうぜんにて世をそむきぬときくも、むかしものがたりをきく心ちして、あはれさかぎりなくおぼえて、辨内侍、
そむきえて心もかぜも凉しさの岩のかけぢを思ひこそやれ
八日、けふはひるのばんにまゐらましものを、くまのゝみちのほどにてやあるらむと、あはれにて、大納言殿に、辨内侍、
たび衣たちて幾日に成りぬらんあらましかばとけふぞ悲しき
時繼の辨まゐりて、だいばん所にてじんこんじきの御神事のこと申し侍りしついでに、土御門中納言のことあはれさ、こゝろ有る人のめでぬはなし。「うき世をしらぬ人は、ちくしやうに人のかはをきせたるとこそきゝ侍れ。」といふも、げにかなしくて、辨内侍、
かく聞くは流石身の毛もたつものをとりに劣らぬ心なれども
七月十五日、月いとおもしろきに、清凉殿いかならんとおほせごとありて、只今は御前にまゐるほどなれば、御かうしもすべらず、御丁のもとにて、御覽ぜさせおはします。ことにくまなくみゆれ。はいぜん〔陪膳〕爲氏なり。
今宵又はじめの秋のなかばとてかず\〃/月の影ぞみちぬる
十六日、除目なり。殿まゐらせ給ふ。つねとし・みつくになどまゐりて、だいばん所に、内侍もてそうまつべきよし、つねとし申し侍りしかば、内侍たち月ながめて、「何事も物をまつはひさしきやうにおぼゆる。夜もすがらもながめあかしてのみこそあれども、これまでも公事とおもへばこゝろもとなき。」などいひて、辨内侍、
是も又待つとしなれば秋のよのふけぬさきにと月をみる哉
御ゆどのゝうへに、少將内侍候ひしに、女主(*女嬬)してきこえたれば、かへし、少將内侍、
心にもあらで今宵の月をみて更けぬさきにと誰を待つらん
八月一日、中宮の御方よりまゐりたりし御たきもの、よのつねならず匂ひうつくしう侍りしかば、辨内侍、
けふはまた空焚物の名をかへてたのめば深き匂ひとぞなる
院の御所の辨内侍、こうたうの内侍のもとへ、「はぎのとの萩はさきたりや。」とたづねられたるに、一枝をりてつかはすとて、こうたうの内侍にかはりて、辨内侍、
秋をへて馴れこしにはの萩のえにとめし心の色をみせばやかへし、
思ひやる萩のふるえにおく霜はもとみし人の涙なりけり
十一日はしやくてんなり。あさがれひにて、「ありつぐそうず・ゆゝしきみちの人々、詩つくりてあそぶらんこそゆかしけれ。などこの殿上などにてなかるらむ。さもあらば、たちきゝてむ。」など、人々おほせられしかば、辨内侍、
道しあらば尋ねてぞ聞かん敷嶋や倭にはあらぬ唐のことのは
八月十五夜、常盤井どのにて、院の御會侍りしに、大宮大納言・萬里小路大納言・藤大納言〔爲家〕・權大納言〔實雄〕・右衞門督〔通成〕・吉田中納言〔爲經〕・ためうぢ・ためのりなど、さらぬ殿上人も侍りしかども、これこそとほりにみえし。花山院の大納言〔定雅〕はすこしさがりて、歌講ぜられしほどにぞまゐられたりし。月はくもりがちにて、いとくちをし。このあかつき、みくしげどのうせさせ給ひぬときこえしほどなれば、よろづもの哀れなり。御連歌などもありき。「またみるかげのなかるらん」といふふるごとの御くちすさびにきこえしもいとあはれにて、辨内侍、
秋のよのうき雲はるゝ月はあれどまたみぬ影を誰忍ぶらん
十六日は、こまひきなり。〔上卿園中納言すけすゑ〕こよひは月ことにはれて、いとおもしろく、あきともの辨、「十五夜にはおそれをいだき、すましたる月かな。内侍たちこれにか。」とて、夜べの月のくもりたりしも、身のとがのやうにうれへありくもをかしくて、辨内侍、
澄みまさる今宵の月のいかなれば半よりけにさやけかるらん
〔みくしげどの〕ひきわけのつかひは、公保の中將ときこえしが、にはかにきやうぶくに成りてまゐらぬよし、きかせおはしまして、「たれならむ。」と〔公忠の中將とぞ〕御たづねありしに、辨内侍、
雲井よりこなたかなたへひきわけの使は誰ぞきりはらの駒
月のあかゝりしよ、清凉殿のまごびさしに人々あまたあそぶ中へ、中宮大夫〔隆親〕、あふぎのつまをゝりたるにかきつけて、
よろづよもすむべき月の影ぞとはいかにか今宵契りおくらん少將内侍、
契ありてすむべき月のかげ迄も空にぞしるき秋のよろづよ辨内侍、
萬代とちぎりおきてもあまり有り月にともなふ雲のうへ人
權大納言は夜番にまゐりて、はぎのとにて御あそび侍りしに、「たゞいまはなにの時ぞ。」と御尋ねあれば、「おきてゐの時」と申し給へど、よるのおとどには、内侍もねなんとせしかば、ゐよりはふけぬらんとて、辨内侍、
たゞいまはおきてゐぞとはいふめれど衣片敷き誰もねなゝん
中宮の御方へ御使にまゐるとて、はぎの戸のすいがいよりみれば、花もさかりにおもしろきに、きりたちわたり侍りしかば、辨内侍、
よゝに咲くふるえの萩のもとなればきり立ち渡り鴈ぞなくなり〔るイ〕
こうたうの内侍のつまのつぼねにて、よもすがらびは引きあかし給ひしを、「按察三位殿の心のうち思ひやられて、いとこそおもしろけれ。」とおほせられしかば、辨内侍、
あまそゝぎ袖にや露のかゝるらんなかばの月の影ぞ更け行く
九月十四日、殿の上表也。ことゞもはてゝ、夜ふくるほどにまゐらせ給ひて、「あまりに月のおもしろきに、女房たちさそひて、月み侍らむ。」とて、南殿・つりどのなどの月御覽ず。「かやうの月のよは、むらかみ一條院〔六十二〕の御ときは、わかきかんだちめ・殿上人など、いまやううたひ、ど經あらそひなど侍りけるに、まゐりてあそぶ人のなき、いとこそくちをしけれ。こよひのばんの人はたれか候ひつる。」ととはせ給へば、「萬里小路大納言たゞいまゝで候ひつるものを。いましばし。」など申しいでゝくちをし。すけよしといふ六位めし出て、月みるべきやうなどをしへさせ給ふも、いとをかし。あかつきがたにもなりにしかば、御ちよくろへいらせ給ひしに、兵衞督どの、「御なごり申さばや。」とあらまして、辨内侍、
いざといひてさそはざりせば久方の雲ゐの月を誰か詠めむ
おなじ月の比、萬里小路大納言、按察のすけどの・中納言のすけ殿などさそひて、かはよりあなたまで、夜もすがらあそびてかへり參りたりしに、按察三位殿きかせ給ひて、「いとおもしろかりけることかな。かはをへだてたる戀といふ題にて歌よめ。」とおほせられしかば、辨内侍、
袖ぬらすかはよりをちにすむ月のかげにも人を戀や渡らん
秋のよながくていとつれ\〃/なるに、御よるのゝち、大納言どの・按察すけどの・中納言のすけどの・少將辨、歌をつぎてあそび侍りしに、こうたうの内侍どのはまじらじとて、つまのつぼねにてことひかるときゝて、「按察のすけどのうらみやらばや。」と侍りしかば、辨内侍、
和歌の浦にうらむる波も有るものを松のあらしよ心してふけ
中宮大夫、「たかつんしといふ女主(*女嬬)に、かくいはばやとおもふ。いかゞ。」とて、
思ひそむる心の色ぞまたみせぬよそめ計りに年はへぬれど女主にかはりて、辨内侍、
人しれぬよそめ計りはかひもなしみえぬ心の色をしらばや
つねの御所の御つぼに、秋のくさどもうゑられたるなかに、かしらけづらすといふ木の、ちひさくていたいけしたるを、いはのはざまにうゑられたるを、權大納言見給ひて、「かしらけづらすとこそ。あかくさ〔垢臭〕げなれ。」ときこえしを、「いとをかし。」と人々おほせられしかば、辨内侍、
亂れたるそのなばかりの黒髪につげの小櫛もいかゞとるべき
月あかきよ、おなじ御つぼねの菊、いとおもしろきを、左衞門督〔實藤〕、をりてまゐらせられたる枝の殘り、「またをりてまゐらせよ。」と、おほせごとありしかば、辨内侍、
月かげに折りけん人の名殘とて結びなとめそ菊のした〔らイ〕露
おなじ比、大宮大納言・萬里小路の大納言・左衞門督、なべてならずうつくしう見ゆるきくどもをまゐらせて、御つぼにうゑられたるを、「いづれにてもことに見えむ一枝、をりてまゐれ。」とおほせごとあれば、辨内侍、
いづれとか分けてをらむ色々の人の心もしらぎくの花
五節は十六日よりはじまる。月ことにさえておもしろし。丁だいのこゝろみ、ふたまよりやをらみやりしかば、攝政殿〔兼經〕〔あつゞまやなぎ〕・内大臣殿〔實基〕〔こうばい〕・おほみやの大納言殿〔公相〕〔まつかさね〕、のこりの人々はいともみえわかず。
とらの日、月いとあかきに、五節所へ行幸なりしに、攝政殿まゐらせ給ふ。左大臣殿〔近衞殿〕御供にまゐらせたまひたりしが、御ぶんとていだされたりしくしを、御ふところへいるゝよしにて、さながら御袖のしたよりおとさせ給ひし御ことがら、いひしらず見え給ひしかば、辨内侍、
霜こほる露の玉にもあらなくに袖にたまらぬ夜半のさし櫛
御覽は、殿いたさせ給ふ。わらはもなべてならずみえ侍りき。ひとりはふるきはしたもの、ふくらかにうつくし。いま一人はいづくのきみとかや、ほそらかに思ひいれたるけしき、とりどりなり。人々ことにもてなして、かざみの袖などつくろひ侍るもめとまりて、辨内侍、
あかずみるをとめの袖の月影に心やとまる雲のうへ人
節會は十八日なれば、月いとあかゝりしに、めしにすゝみて侍りし、御階の月わすれがたきよし、中納言のすけどのに申しいでゝ、辨内侍のかみあげのきぬ、ゆきのしたのこうばい、
雪のした梅のにほひも袖さえてすゝむみはしに月をみし哉
權中納言、五節いださるゝときゝて、くしこひたてまつるとて、辨内侍、
思ひやれ誰かはみせんこゝのへや豐の明りのよはのおきぐし返し、大納言、
たれこめて豐の明りもしらざりき君こそみせめよはのさし櫛いたはることおはしけるともしらで、申したりけるも、げにこゝろづきなくて、辨内侍、
たれこめし比ともしらぬおこたりに豐の明りの月は更けにき
臨時のまつりの御うま御らんのよ、大宮大納言まゐらせ給ひて、御所におかれたる風流に、九十くも(*くじうくも)といふこゝろしたるたなをみたまひて、「あれをかくしだいに人のうたよみたりける、『なにはうくしうくもえせじ』とかや。」などいひてわらひ給ふ。「いざをりくに歌よまむ。」ときこえさすれば、程なくものにかきて、御丁のもとにさしおきたれば、「いとこそはやけれ。『かへるはなにから』とかやうのやうに、かゝるこはきことこそなけれ。」とて、大納言殿、
くるゝよはしのゝは草のうはゞまで碎くる露のもる時雨哉少將内侍、
雲の上やしるきみ垣の内にのみくるゝよすがらもるや殿守辨内侍、
呉竹の霜おく夜半のうは風にくもらぬ月のもるをみる哉
叙位に、たきぐちのすぐるをきけば、「ごゐと思ふとて」など、さま\〃/なごりをしむときくほどに、たちかへり、「うれしやみつ。」とはやす。いつしかいかにとおもへば、「なかやす一臈になりたるよろこびや。」ときくも、うつりかはるほどなさをかしくて、辨内侍、
しぼりつる袖の名殘を引きかへてつゝむあまりになる瀧の水
廿四日、記録所の行幸なり。萬里小路大納言・左衞門督〔さねふぢ〕・右衞門督〔みちなり〕・右兵衞督〔ありすけ〕・頭中將〔まさ家〕・頭辨〔あきとも〕などまゐりて、れいのさま\〃/おもしろき御遊ども侍りしに、「いづれかことにおもしろくおぼゆる。」と、人々おほせられしに、少將内侍、「左衞門督のことのね、なほすぐれてきこゆる」よし申して、
柏木のはもりといへる神もきけそのことの音に心ひかずば「五せちのまねのいだしうたは、なほまさりてこそ。」とて、辨内侍、
ことの音に心はひかず柏木のはにふく風のこゑぞ身にしむ
權大納言はおそく參り給ひて、御よるになりてのち、御かうしのとにたゝずみて、「さすやをかべのまつのはの」と、返々ながめたまふも、みゝにとまりて、きく人もやあらむとおぼえて、辨内侍、
夕月夜さしてしるべきかたぞなきつれなき松にそむる心を
「後夜にうつるかねのこゑ\〃/きこゆ。」とてくわむきよなりぬ。人々みな出で給ふに、「ちかき火あり。」とて、少々はさぶらひ給ふ。權大納言、女房たちなどともなひて、南殿のかたざまにてあそび侍りしに、左衞門のぢんのはしに、霜のしろくさえたりし、さむくつめたさかぎりなかりしもおもしろくて、辨内侍、
おき迷ふ霜もさながらさゆる夜に誰けちかぬるほのほ成る覽
寶治二年、母のいみにてさとに侍りしに、いはし水のりんじの祭り廿日おもひやりて、辨内侍、
日影さす春のかざしの色々もをりしらぬ身の程ぞかなしき
おなじ比、夏のひとへをたまはせたれば、辨内侍、
かゝる身は時しもわかぬ衣手にけふ社(*こそ?)夏のたつとしりぬれ
十二月十九日、佛名のよまゐりたりしに、月いとさえて面白し。職事ども、例の鬼の間にて、ふむはい、左右の頭中將〔もとゝも・きむやす〕まゐらす。つねとし・むねまさ・みつくになど、せちかゝりしたびにしるす。ちんこ(*ん)のまつりはむねまさなどぞきこえし。「むかしは小袖あはせといふこと、こよひ有りける。」などかたる。上卿皇后宮權大夫〔もろつぐ〕、きゝもしらぬ佛の御名、ともになのりつゞくるこゑ\〃/、まことに滅罪のやくもあるらむとおぼえて、辨内侍、
まことには誰も佛のかずなれやなのりつゞくる雲の上人
寶治三年正月一日、寅時四方拜也。清凉殿へ出でさせ給ふ。御ともに按察三位殿・中納言佐殿・勾當内侍殿。奉行宗雅、春のはじめの事がらまことに目出度くて、辨内侍、
今日になるときをば春のはじめとて祈りなれたる方も畏し
正月十五日、月いとおもしろきに、中納言のすけどの人々さそひて、南殿の月見におはします。月華門より出て、なにとなくあくがれてあそぶ程に、あぶらのこう地おもての門のかたへ、なほしすがたなる人のまゐる。「いとふけにたるに、たれならむ。皇后宮大夫の參るにや。」などいひてつまへいりてみれば、權大納言殿也。いとめづらしくて、兵衞督どの、だいばん所にてあひしらひ給ふほどに、「まことやけふは人うつひぞかし。いかゞしてたばかるべき。」などいひて、「出で給はむみちにていかにもうつべし。いづかたよりかいで給はんをしらねば、あしここゝに人をたゝせむ。」とてましみつるいつるひる(*不明)。こめいぢ〔昆明池〕のしやうじのもと、御ゆどのゝなげしのしもの一間に、勾當内侍どの、みのと(*癸か)のきりみすのもとに、中納言のすけ・兵衞督どの、年中行事のしやうじのかくれに、少將辨などうかゞひしかども、あかつきまで出で給はず。いとつれなくおぼえて、すけやすの少將して、なにとなきやうにてみすれば、「殿上のこ庭の月ながめて、たち給へる。」といふ。兵衞督殿、日の御ざの火どもけちて、くしがたよりのぞけば、殿上のかべにうしろよういしてゐたまへり。「かくしてしけむもねたし。なにとまれ、つゑにかきつけて、くしがたよりさしいださばや。」など、さま\〃/あらますほどに、夜もあけがたに成りぬ。いかにもかなはず、つひに「あぶらのこうぢの門のかたよりいで給ひぬ。」と聞くも、かぎりなくねたくて、しろきうすやうにかきて、つゑさきにはさみて、おひつきてつかはしける、少將内侍、
うちわびぬ心くらべのつゑなれば月みて明かす名こそ惜しけれ返事、權大納言、
うちわぶる心もしらで有明の月のたよりに出でにける哉
かくてつきの日の暮ほどに、かれよりうはがきには、御あしつめたの御かたへとぞかゝれたる。御てうづのまにて、兵衞督殿・勾當内侍殿などあけてみれば、
うちわびてねにける夜半の鐘の音に驚かされて月や詠めし返事、辨内侍、
待ちかねし身は夏虫のともしけちいたづらごとに物思ひけん
御はぎのふときほそきもたちそひて月に忘れぬ夜半の面影
うちはへてぬるとは何ぞ有明の月を見すてし心ならずば
いさしらずたれ夏虫のともしけち竹のは風や吹きもしつらん
忘れずよ月の面かげ立ちそひてその御はぎもくるしかりけむ
さとに、春のはじめとて、「とくさく紅梅あり。」ときかせおはしまして、「をらせてまゐらせよ。」とおほせごとありしに、尋ねにつかはしたれば、さかりなる枝にむすびつけて、寂西、
雲井までいともかしこく匂ふかな垣ね隱れの宿のむめが枝
その花の枝をかめにさして、はぎの戸におかれて、めん\/にかへされたるを、やがてぬし\/のかきてむすびつけける、太政大臣〔實氏〕、
雲ゐまで匂ひきぬれば梅の花かきねがくれも名のみなり鳧四條大納言〔たかちか〕〔隆親〕、
垣ねよりくもゐに匂ふうれしさを色に出ても花ぞみせける冷泉大納言〔きんすけ〕〔公相〕、
咲きそむるかきね隱れの梅の花君がやちよのかざしにぞをる萬里小路大納言〔きんもと〕〔公基〕、
君が代に垣ねがくれもあらはれてあまねく匂ふ梅の初花權大納言〔さねを〕〔實雄〕、
くもゐまでかきねの梅は匂ひけりいともかしこき春の光にこのかずにかへすべきよし、おほせごとあれば、辨内侍、
雲ゐにてみれば色こそ増りけれうゑし垣ねの宿の梅がえ
大納言二位殿〔こがの大臣のむすめ〕よりまゐりたりけるうすやうのこさうしを、權大納言たまはりて、おもしろき戀のうたどもを、なべてならずかきてまゐらせられたるをみて、少將内侍、
戀すてふ名をながしたる水莖の跡をみつゝも袖ぬらせとや辨内侍、
なほながすその水莖の跡にしも戀てふことをみぬぞ悲しき
〔建長元〕(*改元は3月)二月一日、よふくるほど、大ばん所より參りて鬼の間のぬのしやうじかけんと思ひしかども、ともしびのかげかすかにて、つねよりはいかにやらむおぼえて、朝がれひより常御所へまゐりたれば、宮内卿佐どの・兵衞督殿・こうたうの内侍どのなど候はせ給ふ。御所も、いまだ御夜にもならせおはしまさず。御手習などありて、「おもしろく思はむ詩かきてまゐらせよ。」と仰せごとあれば、「蘆葭洲裏孤舟夢」とかきてそばに、辨内侍、
身ひとつのうれへや波に沈むらん蘆の下ねの夢もはかなしなどかきて「秋の詩はいづれもおもしろくてこそ。」と、さま\〃/申すほど候はむに、公忠の中將候ふが、まことにさはぎたるけしきにて、「ぜうじの候ふ。皇后宮の御かたに火の」といふ。あさましともおろかなり。あまりうつゝともなくて、やなぎのうすぎぬ・うら山吹のからぎぬきたりしをぬぎて、はかまばかりにてつぼねへすべりて、あらゝかにたゝきて、いそぎさをなるむめがさねのきぬに、ゑびぞめのからぎぬかさねてまゐりたれば、勾當内侍どのやがてよるのおとゞへいりて、けんじ(*剣璽)とりいだしまゐらす。あぶらの小路の門のかたへゆく。御所〔後深草〕も、二位どのいだきまゐらせて、中納言少將の内侍はおほはらのゝ使にたちて、心ちわびしくてつぼねにふしたりけるが、あらくたゝくおとにおどろきて、火ときゝて、いそぎ御所へ參りたりければ、人もおはしまさず、けぶりはみちたり。「いづかたへ行幸もなりつらん。」と、あさましくてまよひありく程に、「よるのおとゞの一間にや。」といふ人有り。「ばけものにや。」と、おそろしながらゆきてみれば、なにやらむのみ御ぞに、うす御ぞかさねて、さしものさはぎの中にも、さまよくもてかくして、御ぐしのかゝり、御ひたひのかみ、御たけまでかゝりたり。せんじどの御たちもちて、「これはいづくへか具しまゐらすべき。按察三位どのに申せ。」とおほせらるれども、いづくともこれもしり候はぬとて、あぶらのこうぢおもてのつまどの方へいでたれば、ひしと人々おはします。「かく」と申せば、兵衞督殿、みちびきまゐらせむ。」とておはしましぬ。一ばんに權大納言殿のくるま參りたるに、御所・皇后宮・中納言のすけ殿・宮内卿のすけ殿のらせ給ふ。門のとにてぞ御輿にはめしうつりける。皇后宮、冷泉大納言どのゝかたをふまへて、めしうつるべきよし侍りけれども、なにとなきさまにて、やす\/とぞめしうつりける。權大納言・萬里小路・冷泉大納言など、そのまぎれにもゆゝしげに、いそめきあはれけるに、中納言のすけどのよく御かいしやくして、したすだれにてとかくまぎらはしてぞ、御こしにはめしける。「夜めにも、御ことがらたゞの人にはみえさせ給はざりし。」とぞ、のちにかたり給ひし。けんじは二位殿のめしたる御車に勾當・辨内侍もちまゐらせてのりたりしを、御輿にもおはしまさず。「とり出だしまゐらせたりけるにや。」と、なにのなかにも、さうどうにてありけるに、「もちていでたまひつる人おはしましつ。」といひけるとて、「たれかみつる。」といはれけるに、「兵衞督殿・一定勾當辨とりゐてまゐらせつる。」とありければ、「勾當辨めしたる御車はいづれぞ\/。」と、馬をはやめて、はしりちがひ\/たづねられし。「なに事ならむ。」と思へば、「『けんじはおはしますか\/。』とぞ、あつたきて、聲のかはるほど、たづねおはします。」といふに、「なほ一定にや。」とゝはれし、げにもことはりなりけん。しやうはのりときぞ、とり出しまゐらせける。大納言殿たちうつしうまにのりながら、あるはゆみもち、やおひなどして、かどにたゝれし、夢のこゝちしていと淺まし。さりながら、「延喜・天暦のかしこき御代にも、あまたゝび侍りける。」など、おほせらるゝ人々もありしかば、辨内侍、
やけぬともまたこそたてめ宮ばしらよしや烟の跡も歎かじ
とみのこうぢどの内裏になりて、ひろ御所のつまの紅梅さかりなりし比、月のおぼろなる夜〔二月十六日〕、たれとはなくて、しろきうすやうにかきてむすびつけられたりし、
色もかもかさねて匂へ梅の花こゝのへになる宿のしるしにこの御返事は、院の御所へ申すべしとおほせられしかば、辨内侍、
いろも香もさこそ重ねて匂ふらめ九重になるやどの梅がえ
こうたうの内侍どのゝつぼねは、女院の御所なりけるほど、宰相どのと申す人のつぼねにてありける。その人のもとより、「むめやさかりなるらん。」とたづねたる返事に、勾當内侍にかはりて、辨内侍、
色もかもなれし人をやしのぶ覽みせばや梅の花の盛りを返事、宰相殿にかはりて、權大納言、
ながめはやなれこし梅の花のかも今九重に色はそふ覽このうたども、「太政大臣殿〔實氏〕きかせ給ひて、『さしもゆゝしき「色もかも」の御秀歌にかよひて、「いろもかも」とあるわろし。又御返事も、「こゝのへになる」といみじくつゞけられたるに、「いまこゝのへ」とよみたる、たゞしかるべからず。ともにおつなり。』とおほせらるゝ。」ときゝしめんぼくなさ、をかしくて、辨内侍、
匂ひなき色を重ねて梅のはなつらくも人にとがめられぬる
廿七日は、七社のほうへいなり。やがてその日は七らいの御はらへなれば、内侍たち大ばん所にて、きせぎぬのさたして、花もさかりにをかしきを、つく\〃/とながめゐたり。御所にもなりて御覽ぜさせおはします。冷泉大納言御しやうぞくにまゐらせたるも、やがて御ともに候ひて、ことしは御まりあるべきよし申したまふ。からはしの中納言〔まさちか〕、上卿にまゐられたる。もゝとせに一とせたらぬほどにやとみえて、雪と霜とをいたゞけるかみ、げにくろきすぢなきもいといとほし。花のこかげにたゝれたるをみて、辨内侍、
君が代に花をしみけるしるしには頭の雪もいとはざりけり
「三日の御鳥あはせに、ことしは女房のもあはせらるべし。」ときゝしかば、わかき女房たち、心つくしてよきとりども尋ねられしに、宮内卿のすけどのは、「爲教の中將がはりまといふ鳥をいださん。」などぞありし。萬里小路大納言のまゐらせられたるあかとりの、いしとさかあるがけいろもうつくしきをたまはりて、あきつぼねにほこらかし(*はふらかし?)ておきたるを、もりありといふ六位が、「そのとりきとまゐらせよ。」といふ。かまへてとりなどにあはせらるまじきよし、よく\/いひてまゐらせつ。とばかりありて、かためはつぶれ、とさかよりちたり、をぬけなどして、見わするほどになりてかへりたり。おほかた思ふばかりなし。「今はゆゝしき鳥ありとも、なにゝかはせん。たまはりの鳥なれば、きくもいみしらむ(*いみじかるらむ?)とこそ思ひしに。」など、かへす\〃/こゝろうくて、辨内侍、
われぞ先ねにたつばかりおぼえけるゆふ付け鳥のなれる姿に
三日、御鳥合なり。御所もひろ御所へいでさせおはします。冷泉大納言・萬里の小路大納言・左衞門督・三條中納言〔公親〕・頭中將〔公保〕・伊與中將〔公忠〕・すけやすの中將、藏人はのこりなし。はつゆきなるあか〔みイ〕こくろなどいふ鳥ども、かねてよりふせごにつきて、おの\/あづかりて、丁子・じやかうすりつけ、たきものなどして、「いづれかにほひうつくしき。」とぞあらそひし。みすのうちより出だされしかば、萬里小路の大納言たまはりて、あはせられし。ゆゝしかりし君なり。ひよ\/より御所に御手ならさせおはしまして、かひたてられしいみじさばかりにてこそ侍れ。御とりがらはあやしげなれば、「かたせん。」とて、それよりおとりたる鳥どもにあはせられしもをかし。公忠・公保がとりあはせしをり、「伊與中將がとり、そらおとりする。」とて人々わらひしに、冷泉大納言、「ひさかたのそらおとりこそをかしけれ。」とのたまへば、公忠「さこそ。」といひたりし、をかしくて、辨内侍、
雲ゐとはなれさへしるや久かたの空おとりする鳥にも有る哉
廿日は、りんじのまつりの御馬御覽なり。さき\〃/はたゞめぶがひきわたしたるばかりにて有りしに、御隨身かねみねに、あけさせて御覽ぜし、いとおもしろし。公卿はまでのこうぢの大納言ぞ候ひ給ひし。けづけ、中將すゑざね。庭の月かげいとおもしろくて、辨内侍、
なにしおふ月げの駒のかげまでも雲ゐはさぞとみえ渡る哉
はなざかり、ことにおもしろかりしに、ためうぢの中將奉行にて御まりあり。花山院大納言・冷泉大納言・萬里小路大納言・左衞門督・右衞門督・すけひら・きんたゞ・ためうぢ・ためのり・たかゆき。日くれかゝるほど、ことにおもしろく侍りしかば、辨内侍、
花の上にしばしとまるとみゆれどもこづたふ枝に散る櫻かな少將内侍、
思ひあまり心にかゝる夕ぐれの花の名殘も有りとこそきけ
かずもあがりて、木ずゑのあなたへまはるほど、左衞門督のあしもはやくみえ侍りしを、兵衞督どの、「まりはいしいものかな。あれほど左衞門督をはし(*ら)することよ。」とありしを、大納言、「我もさみつるを、いみじくもめいくを聞えさする物かな。めのとにてあるに、この返りごとあらばや。」と侍りしかば、辨内侍、
散るはなをあまりや風の吹きつらん春のこゝろはのどかなれ共
三月廿八日、改元也。〔建長〕公卿八人、上卿花山院大納言〔さだまさ〕・經光の宰相などぞきこえし。奏まつほど、ふくるまで大ばん所に、内侍たちなにとなきものがたりして、「往古の延暦・延喜は廿年にもあまりけるに、かくほどなくかはる。なごりをしきやうにこそ。」などいひて、辨内侍、
ほどもなくかはるもつらし古ははたとせあまる年も有る世に
四月七日、松尾の使にたつ。上卿吉田中納言〔爲經〕・辨〔經俊〕。かつら川をわたりしに、みなかみのかたに、やなといふものに、水のたぎりておつるおとのきこえ侍りしかば、辨内侍、
川のせにやなうちわたすみづなみのあまりも音の碎け行く哉
十七日、御方違の行幸なり。今出川殿へなる。女院もやがてわたらせおはしますほどなり。左衞門督まうけの御所に候ひ給ふ。御けんのすけまさいへの宰相の中將、兩貫首も還御まで候ふ。月ことにおもしろく、たれも夜もすがらねてぞながめし。冷泉大納言・萬里小路大納言・左衞門督と、「かゝる月こそなけれ。」とてことにめで給ふ。幣にうつりたる有明がたのかげ、たとへむかたなくおもしろきに、をりしもほとゝぎすのなき侍りしかば、辨内侍、
歸るさのかねまつ程の有明につれなからしと鳴くほとゝぎす
祭は廿日なれば、けいごのめしおほせ十八日なり。上卿權中納言〔冬忠〕、賀茂よりあふひどもまゐりしを、大ばん所にて、人々さうじにおさんとて、こあふひえりて候ふよしほど、左頭中將〔もとゝも〕、ことに色はなやかなるなほし、けいごのすがたいとうつくしうてまゐりたり。おなじく右頭中將〔きんやす〕もまゐりたり。これもはなやかに、あらぬすぢにほこりたるけしき、とり\〃/にみゆ。公忠もほそだちゆるさるとぞきゝし。けいごのすがたどもおもしろくて、辨内侍、
千早ぶるまつりのころに成りぬれば近きまもりも心してけり
攝政殿まゐらせ給ひて、廿一日の夜の月いと心もとなくまたせ給ふほど、人々に「いでたるや。」ととはせ給へば、さま\〃/にやうをかへて申すに、「やまのこなたへはいでながら、ひかりのいまだあらはれぬ。」と申す人侍りしを、この申すやう念ありて、「さもあり。」など人々もおほせられしかば、辨内侍、
山のはにせめても月の遲きよは此方と思ふも猶ぞまたるゝ
さいしよう講は、廿二日よりはじまりて、廿六日結願也。この御所にては、これがはじめなれば、めづらかに、行香のほどおもしろし。鬼の間をかみにて、御てうづの間・大ばん所はうしろに(*一字欠)、堀川内大臣ともみ・冷泉大納言・權大納言・新大納言・左衞門督・三條中納言、ふぞくさだひら・きんたゞ。ことゞもおそくはじまりて、有明の月出づるほどに、人々出で給ひし。そのころ〔廿三日〕聖護院僧正、正觀音法おこなはる。ひろ御所、廿七日結願なるべきを、そのよ行幸にて侍りしかば、あかつきの御ときをひきあげて、夕暮れにおこなはれし。れいのこゑもことさら心すみてたふとかりしかば、辨内侍、
曉のかねよりもなほ夕ぐれのれいじにれいの聲もすみけり
卅日。大ばん所のごいし(*倚子)のまゐりたるを、御らんぜさせおはしまして、「せちゑのにつくりたるわろし。あかつきにてこそつくるべけれ。」とてかへさる。「『天上のごいしは、いにしへ寛平法皇と業平朝臣と御すまひありけるにあたりて、をれたりけるを先例にて、いつもそのをれたるすがたにつくられ侍り。』と、つたへさへきくもいとおもしろく。」など申しいでゝ、辨内侍、
ふりにける昔の跡をそのまゝに變らずみるや名殘なるらん
六月廿八日より、ことなる御いのりども侍りしに、醍醐の座主〔實賢〕、普賢延命法、皇后宮御かたの日、御座をしつらひておこなはる。冷泉大納言殿御沙汰。七佛藥師ひろ御所、太政大臣御沙汰。
秋になりて、風いとすゞしくふきて、皇后宮の御かたの御つぼねに、やう\/むしのこゑほのきこえて、おもしろく侍りしかば、辨内侍、
君がへむ千とせをいのる法の聲こなたかなたに松蟲のなく
神なりていとおそろしかりしに、御所はあさがれひにわたらせおはします。六位のつるうちめすほどに、たきぐちのくやくがゆみめして、冷泉大納言とのつるうちし給ふ。かみのなるおとに、いみじくてうしのあひてきこゆる。「たゞいまは壹越調ならむ。」と、すけやすにふえふきならさせてきかせ給へば、「まことにそのてうしなりけり。」とて、こうたうの内侍どのもけうじ給ふ。いとおもしろくて、辨内侍、
ものゝ音をひきも鳴らさで梓弓おして調べをいかでしるらん
八月十五夜、院の御所にて御連歌ありしに、夜ふけゆくまゝに身にしみかへりて、おもしろき句ども有りしをりしも、かねのおと、こゝもとにきこえしかば、「御いのりはじまりたるにや。」ときくほど、權大納言みすのもとにさしよりて、「後夜のときこそはじまれ。とく\/つけよ。」とおほせられしこそをかしかりしか。かねのおとも心すみて聞えしかば、連歌をばさしおきて、少將内侍、
秋のよの月に冴えたる鐘の音にやがてもときのうつりぬる哉辨内侍、
時うつる鐘のおとぞと聞くからに月もなかばのかげや更けぬる
九月八日、までの小路大納言、ひろ御所に夜ばむ〔旡イ〕にしにゆくおとして、さぶらひ給ひしに、きくにつけて、少將内侍、
菊のうへにおきゐる露も有るものをたれ徒らにねであかす覽返事、大納言、
九重の雲のうへふし袖さえてまどろむ程の時のまもなし「雲のうへふし」いとやさしくて、辨の内侍、
まどろまぬ程をきくにぞ思ひしる露をかたしく雲のうへ人
大納言殿、三位せさせ給ひたりしよろこび申すとて、少將内侍、
秋風の身にしむばかりうれしきやなほ人しれぬ心成るらん辨内侍、
かひ有りて今こそみつのくらゐ山まよはぬ道は猶ぞうれしき御返し、大納言三位殿、
身にしみてうれしき物と今ぞしるたゞ大方のあきのはつ風
この御所より常盤井殿はちかければ、月のころは夜をへて、までのこうぢの大納言どの、女房たちさそひて、よもすがら遊び侍りしに、水にうつりたる月いとおもしろく見えしかば、少將内侍、
やがて我が心ぞ移るときは井の水にやどれる月ならね共これを聞きて、辨内侍、
をりふしを空にしりける月なれば猶常盤ゐの影ぞさやけき
かやうに遊び行き侍りし程に、女院の御方の女房たち、内裏の月見にとて、あまた參られたりけるが、たづねあはせ給ひけれども、「いさいづくへやらん。」ときこえければ、「まゐりて侍りつれども、ほいなくてこそ侍れ。」といひおかれたりけるを、かへりまゐりて、「かく」ときゝて、女院の御かたのひせんどのといふ人のもとへ、少將内侍、
あくがるゝ心くらべもある物をなほ尋ねみよ秋のよの月返事、
またもみむのどけき御代の秋の月近き雲ゐに心へだつな此御返事、いとおもしろくて、辨内侍、
尋ねみむ心のへだてくまもあらじちかき雲井の秋のよの月
【本文の仮名遣いの例】 お(尾)、おり(折)、おの(斧)、をのをの(各々)、をと(音)、つえ(杖)、ちやうだひ(帳台)、いしばい(石灰)、なをし(直衣)、あさがれゐ、ほゐ(本意)、やをよろづ、さいせう講、えんすい(淵酔)、りむじ(臨時)、だむ(壇)、ぢむ(陣)、せちぶむ(節分)、まいる、うえ(植え)、をく(置く)、をこなふ、をふ(追ふ)、おしふ、おしむ、おる(折る)、とをる(通る)、たをる(倒る)、いとをし、おかし、をそし、くちおし、たうとし、ちいさし(小さし)、めむぼく(面目)なし、をろかなり、をのづから、なを(猶)、他 |