一寸法師
▼ 御伽草子 B-18
尾上八郎 解題、山崎麓 校註
『お伽草子・鳴門中將物語・松帆浦物語・鳥部山物語・秋の夜の長物語・鴉鷺合戰物語』
(校註日本文學大系19 國民圖書株式會社 1925.9.23)
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中頃の事なるに、津の國難波の里に、おうぢとうば〔老翁と老媼と〕と侍り。うば四十に及ぶまで、子のなきことを悲しみ、住吉に參り、なき子〔自分にもつて居ない子〕を祈り申すに、大明神あはれと思召して、四十一と申すに、たゞならずなりぬれば、おうぢ喜びかぎりなし。やがて十月と申すに、いつくしき男子をまうけけり。
さりながら生れおちてより後、せい一寸ありぬれば、やがて其の名を一寸ぼうしと名づけられたり。年月をふる程に、はや十二三になるまで育て
ぬれども、せいも人ならず〔身長も人間竝でない〕。つくづくと思ひけるは〔老夫婦がよくよく考へたのには〕、「たゞ者にてはあらざれ、只化物風情〔怪物のやうな有樣。轉じて化物共と卑しめて云ふ詞〕にてこそ候へ、われらいかなる罪の報いにて、斯樣の者をば住吉より賜はりたるぞや、淺ましさよ。」と、見るめも不便なり。夫婦思ひけるやうは、「あの一寸法師めをいづ方へもやらばやと思ひける。」と申せば、やがて一寸法師、此の由承り、親にもかやうに思はるゝも、くちをしき次第かな、いづ方へも行かばやとおもひ、刀なくてはいかゞと思ひ、針を一つうばに乞ひ給へば、取出したびにける。すなはち麥稈にて柄鞘をこしらへ、都へ上らばやと思ひしが、自然〔當然、必然〕舟なくてはいかゞあるべきとて、又うばに「御器〔飯を盛る器椀〕と箸とたべ。」と申しうけ、名殘をしくとむれども、たち出でにけり。住吉の浦より御器を舟としてうち乘りて、都へぞ上りける。
すみなれし難波の浦をたちいでて都へいそぐわが心かな
かくて鳥羽の津にもつきしかば、そこもと〔其の邊に〕に乘り捨てて都に上り、こゝやかしこと見る程に、四條五條の有樣、心も詞に及ばれず。さて三條の宰相殿と申す人の許に立寄りて、「物申さむ。」といひければ、宰相殿は聞召し、面白き聲と聞き、縁のはな〔縁側の端〕へたち出でて御覽ずれども人もなし。一寸法師かくて人にも蹈み殺されんとて、ありつる足駄の下にて、「物申さむ。」と申せば、宰相殿、不思議のことかな、人は見えずして、おもしろき聲にてよばはる、出でて見ばやと思召し、そこなる足駄をはかむと召されければ、足駄の下より、「人な蹈ませ給ひそ。」と申す。不思議に思ひてみれば、いつきやうなるもの〔一興なる者。面白い者であるよ。〕にて有りけり。宰相殿御覽じて、げにも面白き者なりとて、御笑ひなされけり。
かくて年月をおくる程に、一寸法師十六になり、せいは元のまゝなり。さる程に宰相殿に十三にならせ給ふ姫君おはします。御かたちすぐれ候へば、一寸法師姫君を見たてまつりしより思ひとなり〔戀の思ひとなり〕、いかにもして案をめぐらし、わが女房にせばやと思ひ、ある時みつもの〔水物か〕のうちまき〔撒米。こゝでは單に米。水物のうちまきで、よく洗つた米の意であらう。〕取り茶袋に入れ、姫君のふしておはしけるに、謀事をめぐらし、姫君の御口にぬり、さて茶袋ばかりもちて泣きゐたり。宰相殿御覽じて、御尋ねありければ、「姫君の、わらは〔一寸法師自身を云ふ詞〕が此の程とり集めておき候うちまきを、取らせ給ひ御參り候〔おたべになりました〕。」と申せば、宰相殿大きに怒らせ給ひければ、案の如く姫君の御口につきてあり、まことに僞ならず、「かかる者を都におきて何かせむ、いかにも失ふべし。」とて、一寸法師に仰せつけらる。一寸法師申しけるは、「わらはが物を取らせ給ひて候程に、とにかくにもはからひ候へ。」とありけるとて、心のうちに嬉しく思ふ事かぎりなし。姫君はたゞ夢の心地して、呆れはててぞおはしける。一寸法師とく\/とすゝめ申せば、闇へ遠く行くふぜいにて、都を出でて足にまかせて歩み給ふ、御心のうちおしはかられてこそ候へ。あら痛はしや、一寸法師は姫君をさきに立ててぞ出でにけり。宰相殿はあはれ此の事をとゞめ給ひかし(*ママ)〔給へかしの訛、あゝ誰か仲裁して留めてくれよ。〕と思しけれども、繼母の事なれば、さしてとゞめ給はず、女房たちもつき添ひ給はず。姫君あさましき事に思しめして、かくていづかたへも行くべきならねど、難波の浦へ行かばやとて、鳥羽の津より舟にのり給ふ。折ふし風あらくして、きようがる〔興がある、面白い、一風變つた〕島へぞつけにける。舟よりあがり見れば、人住むとも見えざりけり。かやうに風わろく吹きて〔一寸法師の心中で考へた事〕、かの島へぞ吹きあげける。とやせむかくやせむと思ひ煩ひけれども、かひなく舟よりあがり、一寸法師はこゝかしこと見めぐれば、いづくともなく鬼二人來りて、一人は打出の小槌を持ち、今一人が申すやうは、「呑みて〔一寸法師をたべて〕あの女房とり候はむ。」と申す。口より呑み候へば、目のうちより出でにけり。鬼申すやうは、「是は曲者かな。」口をふさげば目より出づる。一寸法師は鬼に呑まれては、目よりいでて飛びありきければ、鬼もおぢをののきて、「是はたゞ者ならず、たゞ地獄に亂こそいできたれ、只逃げよ。」と言ふまゝに、打出の小槌、杖しもつ〔しもとの訛。鞭〕、何に至るまで打捨てて、極樂淨土のいぬゐ〔西北〕の、いかにも暗き所へ、やう\/逃げにけり。さて一寸法師は是れを見て、まづ打出の小槌をらんばうし〔亂暴しであらう、烈しく打つ意〕、「われ\/がせいを大きになれ。」とぞ、どうと打ち候へば、程なくせいおほきになり、さて此の程つかれにのぞみたる事なれば、まづ\/飯を打ちいだし、いかにもうまさうなる飯、いづくともなく出でにけり。不思議なる仕合せとなりにけり。其の後金銀うちいだし、姫君ともに都へ上り、五條あたりに宿をとり、十日許りありけるが、此の事隱れなければ、内裏に聞召されて、急ぎ一寸法師をぞ召されけり(*ママ)。即ち參内つかまつり、大王〔天子の義〕御覽じて、「まことにいつくしきわらはにて侍る、いか樣これは賤しからず。(*」)先祖を尋ね給ふ。おうぢは堀河の中納言と申す人の子なり、人の讒言により、流され人となりたまふ。田舍にてまうけし子なり〔一寸法師をさす〕、うばは伏見の少將と申す人の子なり、幼き時より父母に後れ給ひ〔一寸法師の母の育ちの説明〕、かやうに心もいやしからざれば、殿上へ召され、堀河の少將になし給ふこそめでたけれ。父母をも呼びまゐらせ、もてなしかしづき給ふ事、世の常にてはなかりけり。
さる程に少將殿〔一寸法師〕中納言になり給ふ。心かたちは初めより〔生れながら〕よろづ人にすぐれ給へば、御一門のおぼえいみじく〔堀河家一族に對する天子の御寵愛が非常で〕思しける。宰相殿きこしめし喜び給ひける。その後若君三人いできけり。めでたく榮え給ひけり。
住吉の御誓ひに末繁昌に榮えたまふ。よのめでたきためし、これに過ぎたる事はあらじとぞ申し侍りける〔世間で噂し合つた〕。
(*了)