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あとがき

與謝野晶子
(『みだれ髪・小扇・戀衣』改造文庫 第二部・第390篇 改造社 1939.7.20

 みだれ髪  小扇  恋衣


現在と過去を分けるのに今日と昨日と云ふ言葉を用ひるなら、私の初めの頃の歌を云ふのには一昨日と云ふ假定を設けなければならない。私はこの一昨日を厭はしく思つてゐる。一昨日のまだ前日も私にはあつた。人から傳記を求められるのに筆の取られぬのも更らに甚だしく一昨昨日を惡む情があるからである。昨日のことについては訂正すべきはするが一昨日と云ふものは手の附けられない過去で、自分の歌が非常に疎い他人の作としか思はれない。今度私の初期三集が改造文庫に入れられるのも好ましいことではないが、他人の物のやうに思へることには強ひて斷わらうとする熱も持てなかつた。ただ餘りに氣に入らぬ作は多少消した。また極めて少しの文字の訂正をしたのもある。しかし今までの全集その他に入つた初期三集の歌に並べて今度程原型を殘したもの、また數を多く抹殺せず取つたことはなかつた。猶「戀衣」は山川登美子増田雅子二氏との合著であつた中から自分の歌だけを拔いたのである。詩は取らなかつた。
戀衣」あたりからは今日の芽生が見出せなくもない。然しそれも三十七年程も前のものである。人が染筆を求められる時に「みだれ髪」の歌ばかりを云つて來られた時があつた。それから「戀衣」の鎌倉やの歌を代表作か何ぞのやうに云はれて來たのを、どれ程私は迷惑に思つてゐたことであらう。この頃はその次ぎの時代の「舞姫」の歌を人が書けとよく云ふやうになつた。それでは現在の私の歌を理解して貰へるのに數百年を期して居ねばならぬであらうと私は歎息するばかりである。

昭和十四年
與謝野晶子

 みだれ髪  小扇  恋衣

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