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多武峯少將物語

参照: 高光集(三十六人集のうち)
群書類從 卷第482 雜部37
(第27輯 昭6.4.1 續群書類從完成會)

〔 〕底本註−うち、〔 イ〕異本、〔 集〕新古今集 / (* )入力者註
○ 仮名遣い・句読点を適宜改め、段落に分けて章題を任意に付した。
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<work title="通行表記">作品名</work>

 出家  近親者の悲嘆  北の方姉妹  北の方と愛宮の消息  愛宮の悲嘆  北の方の悲嘆  北の方の御精進  北の方への懸想人  北の方への消息  長歌の贈答  兄弟の来訪  故大臣の嘆き  舅姑の悲嘆  弟君の昇進  源高明方からの消息  近親者の贈り物  / 奥書
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出家

本よりかゝる御心ありけれど、ちゝおとゞ〔師輔〕おはしけるほどは、せいしきこえ給ければ、えおぼしたゝざりけれど、うせ給てのち、はら\〃/のきみたち(*藤原伊尹・兼通・兼家ら)はみなころと(*「自と」=おのずから)おはしませば、おとどおはしまさねども、ことにものしき事もなし。
この齋宮の宮〔雅子〕(*醍醐天皇皇女)の御はらの女ぎみ〔愛宮〕(*同母妹)は、またともかくもなくておとゞのかしづき給ひしに、かゝりておはせしに、さもあらねば(*父大臣が亡くなり、姫君を後見できなくなったことをいう。)、たゞこの御せうとたちをむつまじきものにかたらひきこえ給て、世中のあはれなる事をおぼしゝ(*姫か。少将か。)をみたてまつり給ふを、かた時みたてまつらではえおはしますまじけれど、(*少将は)本よりかゝる御心有けるうちに、御めのと(*「ひごのめのと」〈高光集〉か。)おはしけれど、それもさとずみにてことなることもなくて、よろづのことこゝろぼそくおぼえ給まゝに、たゞこのことのみ御心にいそがれ給ひつゝ、いで給たびごとには、女ぎみ〔重光卿女〕(*ママ)に、「ほふしになりに、やまへまかるぞ。」ときこえ給ければ、「れいのこと。」とたはぶれにおぼしてなんきこえ給ける。「まことに、このたびは。」ときこえ給ければ、「れいのよさりはかへり給へらんをこそは、法師かへる(*還俗する)とは見め。」ときこえてわらひ給ければ、女ぎみ、「『法師にならむ。』と侍は、我をいとひ給なめり。」とて、
哀れとも思はぬ山に君しいらば麓の草の露とけぬべし
ときこえ給へば、高光の少將の君
我いらむ山の端になほかゝり南思ないれそ露も忘れじ
と申給て、あい宮の御もとにま〔詣〕で給て、たちながらいで給へば、「ものきこえむ。」とのたまひければ、「などえのぼり給はぬ。」ときこえ給けれど、なみだもいで給ければ、「いそぎものへまかる。」ときこえ給て、ことなることもきこえ給はで、ひえにのぼりたまひて、御おとうとのおはしけるむろ(*僧坊)におはして、とうぜんじの君をめして、「かしらそれ。」との給ひければ、いとあさましくて、ぜんじの君、「などかくはのたまふ。御心がはりやし給へる。」とて、のたまふまゝになき給。「それ。」とのたまふ。阿闍梨もなきてうけ給はらざりければ、御もとゞりをてづからかうぞり〔剃刀〕してきりたまひにければ、「いかゞはせむ。」とてなほそりたまひける。ぜんじのきみなきまどひ給けり。阿闍梨も、「いとあさましきわざかな。御はらからの君だちも、をのれをこその給はめ(*「罵り給はめ」か。)ど、御せうそこをだにもきこえあへずなりぬる。」となく。

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近親者の悲嘆

ぜんじのきみ、「かう\/なむ、いとにはかにあさましく。」と京の殿ばらにきこえたまひければ、いみじうあさましがりのゝしりければ、うちにてきこしめしおどろきてけり。御いもうとのきみ(*愛宮)などもなきまどひ給けり。女房もなきまどひて、(*姫宮は)物もおぼえ給はず、あさましきに、いさゝかなる物もまゐらでなき給ける。宰相中將君〔謙徳公〕(*藤原伊尹)をはじめたてまつりておどろきとぶらひきこえ給。山に、みなのぼい給とて、よなかにぞおはしける。「(*のぼり)たまひたりける。」ときこゆる人ありければ、うちおき給て、見まゐらせ給てのたまふ、
哀なる名にはおふ(*殊勝な人物の評判には背かない)とやみつれ共形は殊にあればかひなし
「『かたちもことになり給へり。』ときけど、そのすぢにはあらねば、あはれにもあらず。」ときこえ給けるを(*藤原伊尹の復命か)、そのきたの方みたまひて、
逢事の形はことになれりとも心だにゝは哀れなりな〔けイ〕ん
ときこえたまひければ、その御返、
もとむともかひやなからん類なく哀にありし君が心に
との給ひつゝ、をりふしごとになき給を、うけ給はる(*ママ)人ごとにあはれがる。

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北の方姉妹

三月ばかり(*出家は応和元年〈961〉12月)ばかり、うぐひすなきければ、きたのかた
我身にも世を鶯となきけれど君がみ山にえこそ通はね
あねきたの方の御返ども、
〔此間恐有誤脱。〕(*本文中、後出「いづくにも」の歌の措辞が見える。この辺り、錯簡があるか。)げにたれもおなじやうにしりたまはざらむをなむ、おなじ「うきよかは。」と思うたまふべき。「うからねばこそのぼりおはすらめど、『山にても』(*世を背いても人の世の憂さは変わらない、の意か。)といふことあらば。」となむきこえまほしきを、このかみ(*後出「中將の君」を指すか。)も、「このよをそむきて、あはれなる人のすみ給らむよかは(*横川)をわたりて、御かげをだにみるまじくとも、猶そむきてもおこなひ侍まほしきを、〔安子〕(*中宮)にもしかに又おぼしめすなる。『御ともにも。』と參き。」(*と。)「いもうとをみずは。」といふこともなきにこそは。まことにや、「たれにとはまし。」とか。すみ給人(*少将)にこそとひきこえめ。うからねばこそ。
流れても君住べしと水の上に浮よかはとも誰か問べき
となむきこえ給ける。つねにこのふた所(*北の方姉妹)、かなしうあはれなることをなんきこえかはし給ける。
かくて、かのもゝぞのの權中納言殿〔師氏〕の中將のきみまゐり、中宮〔安子〕よりはじめたてまつりて、おどろきとぶらひきこえ給なかに、御めのとあい宮となむ、ものもきこしめさずなきまどひ給ける。

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北の方と愛宮の消息

かくいひて、いふかひなくて月ごろになりぬ。女ぎみは「あまになりなむ。」となきたまひけり。あい宮の御もとになん、つねにかなしきことをもかよはし給ける。
あまにも、こゝにもとなむおもひたまふる。ひとたびに(*あなたもご一緒に)なり給へ。
と、あい宮の女君の御もとにきこえ給ひければ、
あまにはたれもなるとも、おなじやまにはいらざらむこそかひなけれど、「よかはのふもとまでだに。」とおもうたまふるに、それもかたくや。
かくきこゆる。(*また女君、)
いづくにもかく淺ましき浮よかはあな覺束な誰に問まし
あいのみやにきこえ給ければ、女ぎみ
「あまに。」と思ひたもうれ。
山ぢしる鳥に我身をなしてしか君かくこふと泣てつぐべく
(*郭公。死出の山を越えて来る鳥とされ、「死出の田長」の異名をもつ。)

かくて、あい宮の御もとよりきこえ給ける。

なぞもかくいける世をへて物を思ふ駿河のふじの煙絶えせぬ
「あはれ\/。そこにもいかに。」となむ思ひ聞ゆる。ゆめにもやまのきみのみえ給をりは、さめてくやしくなむ。
ときこえたてまつらるれば、御返、

物思ひは我もさこそは駿河なる田子の浦浪立やまずして
となむ。

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愛宮の悲嘆

たれも\/御はらからの君だち、このあい宮のなきかなしびたまふをきゝ給ひて、あはれがりきこえ給も〔衍歟〕、ものをきこえておはしふる。とき\〃/〔く歟〕、故式部卿〔重明〕のきたのかた〔登子〕は、時々(*衍文)とぶらひきこえ給ひける。四月ばかりに、うの花につけて、
君のみかわれもさこそは世中をあな卯花となく時鳥
かへし、
卯花のさけるかきねに時鳥我はまさりてなくとしら南
又、式部卿きたの方も、そのとのにきこえ給、
なほ思ふ\/ともあさまし。やまよりもいかにつきせずおぼすらむ。ゆめもあらば、
憐なること語らひて郭公もろ聲にこそなかまほしけれ
と。(*姫宮の)御かへりかしこまりてなん。
いとも\/うれしく、かくつねにとはせ給ふことなむ、つきせぬ。ことには、いでや\/、すべて\/、ただおしはからで、まことや、
かたらはぬさきより鳴つ時鳥物の憐をしれりと思へば
かくてあぜちの大納言どの〔高明〕(*源高明)きたのかた師輔公三女〕、あいみやの御もとに、
此ごろはいかゞ。あやしうものさはがしくおもうたまへられてなむ、しばしもきこえぬ。あはれ、よの中をいかにながめたまふらむ。こなたにも、などかわたり給はぬ。やまよりはとぶらひきこえ給や。さもこそは、よはそむき給はめ。しのびてもいても(*「いでて」か)、おほむもとにはかたらひきこえ給へかし。女のかよふ所ならば、さてかよはまほしくなむおもへど、いまこそあはれな〔れ脱歟〕。いかに、そこにも、世中こゝろにかなはぬをりは、やまへいりぬべきをりあれど、えやはよのなかをそむく。まが\/しく、「あまにならむ。」との給ふなる、まことか。ゆめ\/しかなおぼしそ。
恨こしそむかまほしき世也共みるめかつかぬあまになるなよ
あい宮の御返し、
いとうれしうとはせたまへるなん、つれ\〃/なるに、これよりこそきこえまほしけれど、つねにさはがしうおはしますらむに、とぶらはせ給をよろこびて、そなたにもまゐらまほしきを、あけくれのながめに袖ひぢつゝ、ものおもはぬになむ。やまより、ときどきおとづれ給。かしらそりたまへ(*たまふ)らむすがたのみ見たまへまほしきに、みえ給はぬが、「『うきよの中にかへらじ。』とにやあらむ。」と、「あまにはさもや(*尼になるべきべきだろうか)。」とおもうたまふれども、「さてもなほよの中にこそおもひかへりこめ。」とおもうたまふれば、まだおもひたゝずなむ。
海士ならで夫にも汐はたるれ共うきめ被くと又は成(*はなる)べき
世にはしりてやまぢにまどふこゝろも〔下闕〕
おとうとのぜじのきみ
出てこし人の家ぢも思ほえず我深山こそ住よかりけれ
かくて、あい宮の御もとに、右衞門のすけおはして、少將のきみおはしつるやう(*様子)、かたりきこえ給へば、「わればかりうき身はなし。をとこはおはし、かよひたぶ。」と、
山の井の麓に出て流れなん戀しき人のかげをだにみん
とのたまへば、すけのきみの御かへし、
君がすむ山がは水の淺ましくうき世中にながれ出にし

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妻女の悲嘆

さて、かのもゝぞののひめぎみ(*藤原師氏女)少將の御そでに涙のかゝりぬれたりければ、
ほの\〃/とあけの衣をけさみれば草葉か袖は露のかゝれる
はき給し御はかしのまくらがみなるをみたまひてもなき給ふ。さぶらふ人々、上下「かの御身よりなみだのながれいでぬる。」ときこえ給ければ、ひめぎみ
つの國のほりえに深く物思へばみより涙も出る成らん
ひと\〃/きたの方(*後出「中納言どの〈師氏〉の北の方」か。)にきこえ給ければ、あはれがりたまひて、
ともすれば涙を流す君は猶みをすみがまのこま(*少時)もたえせぬ
又、少將のつねに見たまひし御かゞみをひめぎみ見たまひて、「ほふしはかゞみはみぬか。」とて、かはしき(*皮籠の底敷か。)のしたにいれ給。
常にみし鏡の山はいかゞあると形かはれる影もみよかし
やまにもてまゐりたる御ふみに、いとあはれおほかる御かへりに
鏡山君が影もやそひたるとみれば形はことにぞ有ける
たれ\〃/もかのひめ君の御なげきをあはれがりたまひけり。もゝぞののことにきこゆるに、をとこ君つねにおはしてあはれがり給。御ふみにてもありけり。ひめ君なほ、「世のなか心うし。あまになりなん。」とのたまふをきゝて、少將のきみ
尼にても同じ山にはえしもあらじ猶世中を恨てそへむ
かへし、
袖の浦にみをうしほやく蜑なればみるめがつかであらむ物かは

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北の方の御精進

さて、このひめぎみ、「山のきみのおこなひたまふらむ。われいを〔魚〕くはんこそゆゝしけれ。」とて、御さうじ〔精進〕をぞなほしたまひける。山のきみきこしめして、「あはれ。」とおぼして、こゝかしこよりをかしきさうじ物まゐらせたるは、時々たてまつり、お〔ふ歟〕くろにかひ(*貝)におき〔ひ歟〕たるめ(*布)をはじめていれたり。又、四月つごもりばかりに、うぐひすのす三つばかり、むめすぢ(*数条〈でう〉か。)ばかりいれたり。
頼みなくはかなくみゆる我故に君が詠めを思ひやる哉
あはれ\/。
ときこゆ。
かひなく(*こそ)おぼすれ。(*後出「しのびきこゆるかひもありけるかな。」がこれに続くか。)まことや、さうじし給なるは。しほうらこえぬ山なれど、こゝろざしありて、おひいでたるめぞや。
とあり。(*次便には)
うぐひすのあふすぢには、かくぞせん。
とあり。
わがすみか君は床しく思ほえずあな鶯のすの内をみよ
かへし、(*初めの便りへの返歌)
こひてねし君なき床の岩浪にこゝの詠めに袖の濡ぬる
しのびきこゆるかひもありけるかな。
(*次便への返歌)
鶯のすの内見てもねをぞなく君が住家は是かと思へば
さて、中納言どの〔師氏〕ゝ北の方このきみの御そうぞく、けさよりはじめて、ひとくだりせさせ給て、これやまへたてまつりければ、(*「中納言は」か。衍文か。)山へたてまつり給ふ。この御ぞどものいとあはれなれば、「わすれてはたれがことぞ。」とおぼめかれつる。(*以下、師氏の文)
君がきしきぬにしあらねば墨染の覺束なさになきて立つる
なほ\/。
新古〕奧山の苔の衣にくらべみよいづれか露のおきは勝ると〔まさるとも集〕
(*と)なんきこえ給ける。うへの御ぞよりはじめてすみぞめなる。たゞあはせの御はかまぞかいねりなりける。
やまの御かへり、
やまぶしは、こけのころもなどのみこそ身にはそひたれ。これはみにもあはぬものどもなれど、御こゝろざしあるものどもにてなむたまはりぬる。むかしのきものにもあらねばや、おぼめいたまひつらむ。(*師氏の歌を踏まえる。)いまよりならひ給へかし。わいても、こと人のころもがえやしたまふらむ、あたらしくそでぬれぬ。ぬぎ給はゞ、もとのいろわすれたまひなむ。まことや、すみぞめのきぬはきたまふなればにや、いとゞぬれまさりてなん。
侘ぬればくものよそ\/墨染の衣の裾ぞ露けかりける
新古〕露霜は〔「白露の」集〕あした夕におく山の苔のころもは風もとま〔さは集〕らず
となんありける。「さらに京にいでじ。」とぞの給ひける。
これを、このひめぎみあいみや、おぼつかながりたまふ。
あにをとゝ、おこなひなん、よくよくしたまひける。はゝ君ちゝおとゞをなむ、いと\/よくこひたてまつりたまひける。
あいみやの御もとに、もゝぞののおほひめ君のたてまつり給ける。
物思ひのやむよも無て程經れば忘るゝ事もしゐのわかきか(*語義未詳)
たちはきたるをみれば、ゑにかきたるさへなむかなしう侍ける。けふの御かたちはしらず、むかしのみおも影には見え給。そこにはいかが。
となん聞え侍。
つれ\〃/の御すまひなればにこそ(*ママ)、おもひすてられける。しのぶぐさうとからずや御らむずらむ。こゝにも。
獨のみ眺むる宿のつまごとに忍ぶの草ぞ生まさりける
(*次の文も北の方の姉)
うけ給はりぬ。これよりも聞えむとおもう給ふれど、袖ぬらすながめにあかしくらすほどに、おこたり侍にける。つきせぬ物おもひはいつはてなん。おやたちにおくれたてまつりたるに、ましてかゝるものおもひのそひて侍ば、おぼしやれ。よもぎのしげきやどにたちより給ひて、あはれとの給ひし御すがたの見えねば、月日のふるまゝにいとあはれに侍。かたちことになり給へらむ御すがたを、時々見えたまはゞ、なぐさむよを「ねたし。」(*姉君の言葉か。)との給ふなるこそ、いとどおぼつかなけれ。しのぶ草はこゝにもや。
茂りますしのぶの上に置そふる我み一つは露の程にぞ
おもひきえなで(*ママ)、いきて。
となむありける。
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北の方への懸想人

さて、此ひめぎみにはやうよりこゝろがけきこえたりし人もとぶらひけり。それがきこえ給ふ、
などか、このきみをやまにいり給ふべくみたまひぬべきことはあらせたてまつり給し。まろこそ、むかし「やまずみはせん。」とおもひしか。人に物おもはせたまへりしむくひとおぼしめせよ。「まめやかにやまにすみ給よりも、とまりてひとりねしたまふこそ、いかにねぶたからずおぼすらむ。」と思ひたてまつりて、
聲たかく哀といはゞ山彦のあひ答へずはあらじとぞ思
「よしついで(*「つぎてあり」か。)とて、かへりごとしたまはず。かなしさぞまさりける。又ほどへて、
山となる耳無山の山彦はよべどもさらずあひも答へず
こたへ(*こたび)もとりいるゝ人を見まほし。
とてない給。

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北の方への消息

京のとの(*師氏か。)より御ふみに、
このごろは、いかにおぼすらむ。こゝには心ぼす〔そ歟〕きをいとあはれになん。こゝにはこのつき、なみだとゞめず。そこにはおぼすらむをおもひたてまつりて、「あまにならん。」とさへの給ふなる。つねは、よの中にさぞおぼすらむ。「こゝにぞ、うきよをばそむきはてなん。」と、いさや、よのなかにないしかみのぬし(*内侍司の長?)といふなれば、「かしらおろしては、かうぶりとられなむ。」と人のものすればなむ、いさゝかうしろのこして侍。さうじをさへし給ふなれば、「わかき人だに、ふかくものをおぼえずなれば、こゝにはまして水風のいもひ(*斎戒)をせまし。」となむ。あまにても、うき世をばはなれずや。なほしかなおぼしそ。
船流す程久しと云なるをあまと成てもながめかるてふ
ときこえ給ける。
御かへし、
かしこまりてうけ給はりぬ。いとうれしう、つねにとはせ給へるをなん、みづからまうさまほしうおもうたまふれど、このごろみだり心地、れいよりもまさりてあやしうはべりてなむ、ながめ侍。
あまとてもみをし隱さぬ物なれば我からとてもうきめかる也
とうけたまはれば、おもひもさだめず。
ときこえ給へり。
又、右衞門佐中納言どのにつたへたまへりけるついでに、大ひめぎみの御方につたへ給へりけり。
忘ても嬉しかりける君かとて黄昏時はまとはれぞする
ひるねしておきたまへりけるほどなりけり。ゑもんのすけたちながらきこえ侍。「あやしけれども、いそぎて内へまゐり侍ればなん。いかに。」とて、「えしば\/もきこえ侍らず。」とて、「いかによのなかをたちはきたるさまをも見たまふ。」とてなむ、きこえたまへる。
御返、
いとうれしう、たちより給へるを、いそぎたまへばなむ。すがたはたそがれどきにおぼつかなくなむ。こゝにはそれともあはれになん。つれ\〃/のながめに、すまひさへかはりたれば、あの人のかげもみえねば、こゝろぼそきをとはせたまへるなん。
(*と)きこえたまへば、
さらばしづかにまゐらむ。「たちはきたるすがたも見給ん。」とあれば、ゑりくゞつにてもさぶらはむ。
とて、いでたまひぬ。
みや(*中宮安子か。)このかみのとのにて人たまへるついでに、ようさりつがた、月のほのかなるにたちよりたまへり。
むかしきくやどのありしえに(*縁)いかにぞや。山人はしのびており給や。あいなし。
足引の山より出ん山びこのそまやま水に音まさらなん
ときこえ給へれば、
いとうれしくたちよりて、とはせ給へるを、はじめはうれしかりつれども、のちの御ことばにさしあやまちて(*心が動揺して)、いとゞしくさまもみえて。
とて、うたのかへしはきこえたまはず。
さがさう(*左右=指図)のやうに、人もこそきけ。ことこ(*異子)のきむだちは、しばしはこそあはれがり給しか。あいみやぞ、おぼしやむことなかりける。

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長歌の贈答

さて、このひめぎみ、「身をやなげきて(*「なげて」か。)まし。」とおぼせど、きむだち(*子ども)のおはしければ、「われなくては、いかゞせん。」とおぼして、やまにきこえ給ふ。
「世をのがれだになくはいかゞせむ。」とおもふに、すこしつゆのいのちをもとめいづる。
きみやうゑし 我やおふしゝ なでしこの ふたばみつ葉に
おひたるを かぜにあてじと おもひつゝ 花のさかりに
なるまでに いかでおほさむと おもへども つゆのいのちや
あへざらむ いまもけぬべき こゝちのみ つねにみだるゝ
たまのをも たえぬばかりぞ おもほゆる もののかずにも
あらぬ身を たゞひとへにて あさましく あまたのことを
おもひいでゝ きみをのみよに しのぶぐさ やまにしげくぞ
おいのよに こひてふことも しらぬ身も しのぶることの
うちはへて きてねし人も なきとこの まくらがみをぞ
おもほしき ことかたらはん ほとゝぎす きてもなかなん
よをうしと 君がいりにし やま川の 水のながれて
おとにだに きかまほしきを ほだされて よにすみのえの
みづのはに むすべることの なかりせば つねにおもひを
たきものゝ ひとり\〃/も もえいでなまし
やまの御かへし、
もろともに なでゝおふしゝ なでしこの つゆにもあてじと
思ひしを あなおぼつかな めにみえぬ 花の風にや
あたるらむと おもへばいとぞ あはれなる 今も見てしかと
おもひつゝ ぬるよのゆめに みゆやとて うちまどろめど
みえぬかな めのうつゝまに かぎりなく こひしきをりは
おもかげに みえても心 なぐさみぬ かたみにさこそ
みやこをば おもひわするゝ ときやはある はるけきやまに
すまへども つかまわすれず 思やる くもゐながらも
あしがきの まぢかゝりしに おとらずぞ あはれあはれと
まこもかる よとゝもにこそ しのび草 わがみやまにも
ふもとまで おふとしらなむ しらかはの ふちもしらずは
ひたぶるに きみがたにのみ うきよかは うれしきせをぞ
ながれてはみむ
となんありける。

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兄弟の来訪

五月ついたちに、御はらからのきみたち、わりごぐしておはしたりけるに、あめふりたりければ、いしをぎみ
かゝりてふよ河ともへとさみだれていとゞ涙に水まさりぬる
少納言〔兼家〕、
君がすむ横河の水やまさる覽涙の雨のやむよなければ
右衞もんのすけ
草深き山ぢを分てとふ人を哀と思へどあとふりにけり
宮權亮
何くへも雨のうちより離れなば横河にすめば袖ぞ濡ます
となむ。とみのこうぢ(*富小路)のきみたち、わりごしつつまで給へり。六らうぎみ〔遠度〕のきこえたまふ。
よのなかこゝろうければ、「おのれこそかしらそらん。山へいらむ。」とおもうたまへしかど、「おとゞのきみのかくしたまはでうせたまひにしかば、つみふかくなる。」とおもへ(*おもう)たまへて、おもはぬやま\/にありくこと、いまに思ひ侍れど、「きみのおはすれば、御でしにもやなりなまし。」と思たまふる。
とのたまへば、ぜじのきみ(*藤原高光か。後出。)、「でしまさりにこそあなれ。」ときこえ給ば、六らうぎみ、「でしまさりとおぼさば、これよりふかからむやまにこそいり侍らめ。いづくならむ。」とて、六らうぎみ
都へもさらに歸らじわがごとくつみ深き山いづこ成覽
ぜじのきみの御かへし、
是よりも深き山べに君いらばあさましからむ山河の水
四郎ぎみ〔遠量〕、
君をなほ浦山し(*ママ)とぞ思らむ思はぬ山にこゝろいるめり
七郎ぎみ〔遠基〕、ぜじのきみにきこえ給。
君がすむ山ぢに露や茂るらん分つる人の袖のぬれぬる
御返し、
苔の衣身さへぞ我はそぼちぬる君は袖こそ露にぬるなれ
をとゝぜじのきみ(*前出「尋禅」か)
昔より山水にこそ袖ひづれ君がぬるらん露はものかは

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故大臣の嘆き

かくて、この入道のきみ〔高光〕、御ゆめに、
おとゞのきみ出家し給へりし御すがたにて、このよかはにおはしまして、なきてきこえ給ける。「なにをうしとて、かくはなり給しにか。たふとさはいとたうとけれど、いとかなしくなむ。」(*と)あはれにとひきこえ給へば、「それにたすかることもあり。さはあれど、いとくちをしくなむある。」などの玉へば、なく\/きこえ給。「いとあはれなるすまひし給けるを、あまがけりてもたづねとぶらはむ。かゝりとならば、よにたち給な。」とて、
君がすむ横河の水し濁らずは我なき魂は常にみせてん
御かへりごと、
いとゞしく袖ぞひぢぬる横河には君が影みば水も濁らじ
ときこえ給ほどに、やがてさめ給ひぬ。こひちかひ給て、御をとのきみにかたらひきこえたまひて、かくなき給。

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舅姑の悲嘆

さて、かの入道の君御こは、たちはきたまへる人を見たまひては、「てゝ君か。」とのたまふに、「あらず。」とのたまへば、「はゝぎみこそ、てゝきにはあらず。などか、てゝきのひさしく見えざらむ。」とてなき給へば、ひめぎみよゝとなき給。御ぐしかきなでて、「きみはやまにぞおはする。」とてなき給を、おほぢぎみ〔師氏〕見たまひてのたまふ。
芦引の山なる親をこひてなく鶴のこみれば我ぞ悲しき
きたの方
ひえにすむ親こひてなく子鶴ゆゑ我涙こそ河と流るれ
はゝぎみ
澤水に立影だにもみえよかしこゝち子鶴の鳴て戀ふに
とてなき給。かくてあはれなることがちになんありける。たちはきたる人みても、「こはや。てゝき、などはしきのもとにおはせぬ。我をいだきたまはぬ。」とて、なげきたまへば、(*母君、)
逢事の難きもしらず内になく雛鶴みるぞ悲しかりける
きたのかた
逢事の難く迚だに慰までわらはなきにぞ我もなかるゝ
おほぢぎみ
かたにても親ににたらばこひなきになくをみるにぞ我も悲き

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弟君の昇進

兵衞のすけのきみ〔爲光〕にぞたうの少將ぎみの御かはりに少將になり給て、よろこびにこの中納言どの〔師氏〕にまゐりたまへるを見給ても、(*中納言は)又せきやりがたき御けしきなり。「なかのきみ少將は、やまのきみのかはりか。」とて、
たがはずや同じみ笠の山の井の水にも袖を濡しつる哉
きたのかた
たがふ事少きみには哀なるみ笠の君がかはりと思へば
このいかを少將も思ひいで給てなみだのこさでぞおはしましける。「つかさも、ことにうれしからず。」とぞのたまひける。「『あにぎみのなりいでたまはむしりにたちてありかむ。』とこそ思ひしか。よろこびにありかんことのかなしきこと。」との給ひけれど、いかゞはせんとぞありきたまひける。
かくて、近衞づかさの人きて、うたひのゝしれど、なにのうれしげもなくて、しほたれたまひける。
なにたてるみ笠の山に入きても涙の雨になほぬるゝ哉
かへしうけ給はる人のきこえける、
みかさ山雨はもらじを古の君がかざしの露にぬるゝぞ
もゝぞのの中納言のきみ〔師氏〕、しろがねのはながめをよつばかりつくりて、そのころのはなさして、やまにたてまつり給とて、
山のはゝかくしもあらじ君が爲都の花はをれば袖ひづ
御かへり、
我ために君がをりける花みればすむ山端の露に袖ぬる
さて、このはななど、きみたちみなきこえ給て、みなのぼりて見たまふ。念佛堂には、このかめにはなたてゝなむおこなひたまひける。殿上のきみ(*為氏か。)、「しか\〃/。」とにうだうのきみにかたりたまふ。ある殿上人
空にすむ物と云共君ともにかめさへのぼるみ山也けり
殿上人(*原文「上殿人」)
横河てふなには立れど今よりは龜山と社(*こそ)云べかりけれ
又、
哀なる君が齡をゆづりてぞ横河に龜もたちのぼりける
返し、ぜじの君(*藤原高光か)
久しくもなにか我身を思ふべき龜の命は君にまかせん

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源高明方からの消息

又、あぜちどの〔高明〕よりもゝぞののきたのかたの御もとに、あふみのきたのかたの御ふみ、
いかに世中をおぼしめしますらむに、をさなききみたちをみたてまつり給に、かなしくおぼすらむ。されど、やまにだにおはしませば、たのもしくおぼしめすらん。ここにこそ、人かずに侍らねど、ちゝなしごをもてわづらひぬれ。それはよの中をなにとはおもはん。まづかの山御すまひのあはれなるをなん、「さとへいで給まじ。」とあるはまことか。されど御いのちだにおはせば、
あし引の山に年へむと思へども都戀しくならば出なん
たとふべきことにはあらねど、しでの山いりにしおきなどもの、としをふれどあふことなくはべれ(*ママ)。いみじく。
とあり。きたのかたひめぎみに「かくなん。」ときこえたまへれば、ひめぎみの御かへりきこえ給、
宮古をば厭ひて山に入ぬれど戀しからねば思ひ出じを
みちにわすれぐさこそおひたらめ。
となん。

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近親者の贈り物

このぜじのきみ(*藤原高光か。)の御はらからのきみたち、山はなつともさむかなるを、わたもの奉入(*「たてまつれ」〔名〕か。)ししたまふ。中宮よりくるみのいろの御ひたゝれ・くちなしぞめのうちぎひとかさね・ふるきのかはのおほんぞ・あをにびのさしぬき・あはせのはかま、たてまつれたまふ。御うた、
夏なれど山は寒しと云なれば此かは衣ぞ風はふせがん
とてなむたてまつる。
とある、御かへし、
山風もふせぎとめつるかは衣の嬉しき度に袖ぞ濡ぬる
大納言どののきたのかた(*源高明室)のたてまつれ給、いともきよげなるつむぎをあを色にそめて、山ぶきいろのうちぎひとかさね・あをにびのあやのさしぬき・あはせのはかまひとかさね、たてまつれたまふ。そへられたる歌、
君が爲たちぬひたれば露ぞそふ都の人の苔のきぬには
かへし、
そはりける露も絶せぬ苔の衣いとど涙にぬれまさる哉
式部卿〔重明〕のきたの方〔登子〕ひとりおはすれば、ことなることおはせねど、人のもののたまふに、思しりてもあらねど、ふすまたてまつり給、
露のごと宵あか月に置なれば夜の寒さにふすま重ねん
御かへし、
よるとても打ふすまなき山伏は衣定めず今よりぞしく
かくて、(*少将が)この中宮におはしますをみな人御ぞたてまつれ給。「かならずわれもたてまつらむ。」とのたまひければ、きさいの宮、「われとぐしてたてまつらむ。」とて、あをにびのうちぎひとかさね・おなじいろのはかまひとかさねなんたてまつれたまひける。
君が影みえもやすると衣河波たちゐるに袖ぞぬれぬる
かへし、
我爲になみのぬひける衣河きてだになれむ年を渡りて
あい宮、「われなにわざをせん。」とて、きぬの御かたびらひとかさね・ぬののけうらなると、「御ゆどのしるからんに(*目に立つだろうから)。」とて、
君が爲なく\/ぬへば世中になみだもかゝる衣たち鳧
(*「衣」または「文」脱か。)を、
いで、あはれや。これ(*藤原高光)よりこそやますげのやうなりとも、御ぞはたてまつれまほしけれ。「ゆかたびら、たゞのと、いかにせさせ給へらむ。」と。「あはれ\/。」とみたまふるに、
袂よりぬれ劒(*ママ)袖もまだひぬにみにもしみぬるから衣哉
わがきたの方には、「あふことのかたみにとこそみたてまつれ。」となむきこえたまへりける。「いみじうあはれ。」となん、ことよりもあいみやのたてまつれたまへるを、とりわきてなき給ひける。
すべて\/、いひつくすべくもなく、いみじう憐になん。


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奥書

多武峯少將物語、以濱田侯秘本校合。

(*了)

 出家  近親者の悲嘆  北の方姉妹  北の方と愛宮の消息  愛宮の悲嘆  北の方の悲嘆  北の方の御精進  北の方への懸想人  北の方への消息  長歌の贈答  兄弟の来訪  故大臣の嘆き  舅姑の悲嘆  弟君の昇進  源高明方からの消息  近親者の贈り物  / 奥書
【本文の仮名遣いの例】 ほうし(法師)、なを(猶)、ぜむじ・ぜじ(禅師)、まいる(参る)、まいらす、おもふたまふ(思う給ふ)、をこなふ(行ふ)、たもふれ(給ふれ)、おり(折)、をしはかる、をとづれ、をふ(負ふ)、ごらむづらむ(御覧ずらむ)、いもゐ(斎ひ)、ゑもむのすけ(右衛門佐)、すまゐ(住まひ)、うへ(植ゑ)、おとと(弟)、ゆへ(故)、きみだち(君達・公達)、
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