サンクトペテルブルグ・マリインスキー劇場「戦争と平和」

 プロコフィエフの大作ということだけでなんだか、全くの予備知識もなしに、いきなり舞台を観るなんて、本当に十分に楽しめるのだろうか、という不安が浮かんでくる。正確にいえば、全くの予備知識なし、というわけではない。トルストイの原作は、学生時代に読んだことはある。但し、あまりの長大さにあ然とし、これは気を抜くと挫折するぞと思い、一気に一週間で読みきったのである。そういう思いのある予備知識なので、かえって十分に楽しめるのだろうか、という不安を助長させるだけの、予備知識というより予備感想といったものなのだ。

 まあ、どんなオペラだって、世界初演の際にその作品に関しての予備知識はないわけだから、あらかじめ公演目指して勉強することは不要と思っている私である。いつもの通りに、おもしろくないオペラはないという気構えでホールに向かった。

 初めて聴いてみて、これはまさしく「戦争」と「平和」という感じのオペラであった。(ニュアンス的に「戦争と平和」ではなく、「戦争」と「平和」なのである。)オペラビギナーの域を脱していないような、単純な感想なのであるが、確かにそう感じられた。前半の第一部は恋愛もの、後半の第二部は歴史ものである。誤解されそうな例えでよくないかもしれないが、前半は「エフネギー・オネーギン」の世界で、後半は「ボリス・ゴドゥノフ」の世界である。音楽の面からみても、第一部は舞曲中心で、第二部は合唱中心になっていて、どちらも聴きやすいなじみやすい音楽で、全く初めてでも退屈することのない作品である。物語的にも、場面場面が断片的で独立感が強いが、逆にそれぞれの場面でのテーマのアピール感が高く、それぞれの場面で違った感動をもたらしてくれた。

 ストーリーの展開のオペラ的な柱としては、アンドレイとナターシャの恋愛なのだろうけど、前半はほとんどアンドレイは登場せず、後半は逆にナターシャがほとんど登場してこない。(しかも、途中ナターシャは、舞台上で納得できるような展開もなく、別の男と駆け落ち未遂まで起こしている。)よくよく聴いてみると、前半の舞曲も、決してウィーン風に明るいものでもハンガリー風の憂いのあるものでもなく、どこかしら閉塞感のある重たい舞曲である。また後半の戦局の描写にはかなり生々しいものがあり、それは演出に負うところも大きいのだろうけど、この作品の本来のテーマは恋愛の機微ではなく、戦争の重大さであることがうかがえる。そういう本質的な部分での感動からも、言ってしまえば単純に聞こえてしまうが、「戦争」と「平和」を考えさせられるオペラであった。

 演奏面ではキーロフ・オペラのオーケストラと合唱の壮大な響きに感動させられ続けた。やはりロシアの団体で上演しないと、これほど作品本来の素晴らしさは表現できないのではないだろうか。

(2003年11月15日 NHKホール)

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