東京二期会「ワルキューレ」
鑑賞結果から先に書いてしまうと、不覚にも涙を流してしまった。「ワルキューレ」は何度か観ているが、大きな物語の途中経過であるし、おもしろいとは思うが、内容が神々の話で身近に迫ってくることもなく感じていて、感動するほどのことは、かつてなかった。
それが、今回の舞台を観て、ヴォータンの父親としての愛情と社会的な(この場合神々の長としての)立場の葛藤が、演出にも音楽にも感じられて、泣けてきた。2幕で、ジークムントを負けさせるように謀りながらも、その死を長時間にわたって抱きしめ続けるところも味があったが、なんといっても3幕のブリュンヒルデとのやりとりが良かった。ジークムントの場合と違って、ブリュンヒルデは直接、父ヴォータンと対話するので、その父娘の心情に途中から耐えられなくなってしまって、なりふり構わず泣いてしまった。(周囲には他に泣いている聴衆は見受けられなかったので、多少浮いてしまった。)ブリュンヒルデの娘としての可愛さは、ジルダの比でないことに、初めて気付かされた。最愛の長女(次女以降も存在する中での長女ということも重要)が、父親の気持ちを理解してくれているのに、それを立場上喜ぶことができず罰しなくていけない状況は、身が引き締まる。もちろんブリュンヒルデが父親のことを完全に理解しているわけではないし、そんなことはヴォータンにもわかっているのだが、それでも娘をどうしてやることもできないことがつらい。できるといったら、岩山で槍を持って、娘を奪おうとする弱い男を追い払うことぐらいだし、それを何年でも続けていようという気になってくる。演出もいいが、キャストもそれぞれ演技がうまくて舞台に渋みを出していた。演出についていえば、ブリュンヒルデが岩山に眠りについたあと、小さい女の子が飛び出てきて、ヴォータンと抱き合ってすぐに去っていくアイデアがあった。私にしてみれば、それまでにさんざん泣いていたので、そこまで過剰にしなくてもよかったのだが、娘が消えた後にヴォータンの心の中にあるアルバムを見るようで、決して悪くはない処理であったと思う。
演奏は、日本人だけのキャストという条件の下では十分な配置で、よく揃えられたものだと、感心するほどである。指揮の飯守泰次郎は、ここ最近人気が高まってきているが、私はオペラで聴くのは初めてだと思う。安定感のあるワーグナーはさすがである。オケ(東京フィル)は、時折、統制がとれなくなることがあったが、指揮よりもオケの力量(あるいは作品との向き不向き)のせいだろうと思う。そもそも今回の公演は、飯守さんのワーグナーが第一の目当てであったのだが、予期せぬ感涙で、指揮者の姿を観察する余裕がなくなってしまったのである。
(2008年2月23日 東京文化会館)