フェスティバルホール最終公演に寄せて
久しぶりにオペラ公演以外のはなし。
大阪・中之島のフェスティバルホールが2008年末をもって50年の歴史を終え、取り壊されることになった。私自身はこのホールの長い歴史の後半しか知らないし、しかもここ最近十年についてもご無沙汰していた。しかし、私が高校生のとき初めて自分の意思で音楽を聴きに出かけたのが、このフェスティバルホールでの大阪フィル「第九」であったし、また自分に子供ができてからは足が遠のいていたこともあって、若い頃の音楽に貪欲な時期を思い出す場所のひとつとなっている。ホールについての感慨はあとにして、2008年12月29日と30日に大阪フィルの「第九」による最終公演が行われ(この2日間の演奏会自体は毎年恒例のもの)、その1日目を聴いてきた。私の初体験と同じ大フィルの第九である。
指揮は音楽監督の大植英次。私は大植さんの指揮で音楽を聴くのは初めてだったし、映像でも指揮姿を見たことがなかったのだが、イメージしていたもの(端正かついい男な感じと勝手に予想)とは正反対で、みとれるほどのオーバーアクションでとても楽しかった。この日は指揮棒を持たずに、最初から最後までほとんど指揮をしていなかった。指揮台の上で音楽に合せて踊ったり(スケルツォ楽章での踊りはよく合っていた)、手を組んでしばらく祈っていたり、突然かがみこんだかと思うと飛び上がったり、音楽を全身で導くタイプである。こんなにエキサイティングな「第九」は初めてで、それはそれでおもしろかったのだが、いつもこういう振り方だとしたら、合う曲と合わない曲に分かれるのではないかと思う。もしかしたらバイロイトでは「トリスタン」ではなくて「タンホイザー」あたりが良かったのかもしれない。
大阪フィルも久しぶりに聴いたが、良さは失われていない。東京や他のオケとはちがう独自の音色を出す。確かにN響とどちらが上手いかというと、それはN響だろうけど、N響にはない音を出す。都響でも東響でもない。名前は近いが東京フィルとは全然違う。もし大植=大フィルをピットに入れるとしたら、やはりイタリアものではなくて、たとえば「マハゴニー市の興亡」とか「ポーギーとベス」あたりがおもしろうそうだし、案外「カルメン」なんか新しい演奏を聴かせてくれるかもしれない。
フェスティバルホール最後ということで、開演前はホールの外も内も写真に収めている人が大勢いた。座席の案内板といったものまで撮っている人もいる。確かに水飲み場が壊れているなどレトロっぽさは感じるが、案外じゅうたんはまだフワフワしているし、暗くて天井の低い各階ロビーも落ち着くし、座席だって悪くない。何より音響は時の経過でかえって良くなっているかもしれない。一部の演奏家から取り壊し反対の意見が出るのも納得できる。カラヤン、バーンスタイン、C・クライバーといった最近の名指揮者だけでなく、ストラヴィンスキーやF・コンヴィチュニーといった歴史上の人物ともいえる大物たちもこのホールの指揮台に立っているのである。そしてブーレーズ指揮、ヴィーラント・ワーグナー演出、ニルソン、ヴィントガッセンの「トリスタンとイゾルデ」という、私の世代からすると何が良かったのか想像もつかないような舞台も上演されているのである。確かに名残惜しい。
また、このホールのロケーションは個人的に全国一だと思っている。中之島を北浜あたりから、中央公会堂、日銀大阪支店、旧住友本店などの重厚な建築物を、夜の川面のおちる灯りととともに見ながら歩くと、大阪の喧騒から遠く離れて(実際に静か)、どこか外国の夜の川べりを歩いているような錯覚に陥る。ホール自体の点としてのロケーションは神奈川県民ホールやびわ湖ホールの方がいいかもしれないが、ホールに至る線としてのアプローチでは、他のホールにはない雰囲気の良さがある。
実は大阪市内でまともに大規模なオペラが上演できる唯一のホールでもあった。大阪市は、この規模の大都市には珍しく、市内に公立(国立、府立、市立)の劇場やホールが存在しないのである。(敢えて言うなら国立文楽劇場のみ。)フェスティバルホールは、5年後に高層ビルの中の一部として再開するが、座席数は同程度というものの、劇場機構の詳細は分からない。これからどうなるか注視していくと同時に、新しいフェスティバルホールにも期待したい。