新国立劇場「カルメン」
今まで何度も「カルメン」を観てきたが、その中でも音楽的には最高に良くて、演出面では最低の「カルメン」だった。
タイトルロールの坂本朱をはじめ、端役に至るまで申し分なく良かった。オーケストラと合唱の響きも良く、新国立劇場の音響の良さが十分に生きていた。グスタフ・クーンの指揮が、全てを乱さずにきれいにまとめあげていた。そのままCDに録音しても大丈夫なくらいすばらしかった。今まで外来級の「カルメン」を聴いたことがないからかもしれないが、目を閉じて聴いているかぎりこれほど満足した「カルメン」はなかった。
ところが、演出がへんてこだったのだ。指揮と同じくクーンの演出。意図がよくわからない上に、一貫していないように思えた。1940〜50年代に時代設定を変えているが、そのことによって得られる効果が全く見えなかった。大体、1820年のスペインと1940年のスペインがどのように違うのか、現在の日本人にはよくわからない。いっそのこと、現代に時代設定を変える方がよっぽど理解しやすいと思う。
1幕と4幕(今回の公演では3幕2場となっていた。)は合唱を乗せた台座の簡単なセットが上がったり下がったり何もなくなったり、そういう舞台なのに、2幕と3幕は大きくて細部まで作り込んでいる動かないセットで、なんだか幕ごとの雰囲気の統一性がない。2、3幕は演出が強くなかったのでまだましだったが、1、4幕は何をどうしたいのか全く理解できなかった。幕の最中に出てくるバレエも意味不明で、気味が悪かった。
おまけに上演時間がやたら長かった。詳しくは知らないのだが、アルコア版という版を使っていて、2回の休憩を入れると4時間10分もかかった。こんなに長い「カルメン」も初めてだ。ただ、音楽的にはすばらしい演奏だったので、それほど長くは感じなかった。
こういった日のカーテンコールは、指揮者には絶大な拍手を送り、演出家には拍手を止めたいのだが、困ったことにグスタフ・クーンがこの二つを兼任しているので、なんだか中途半端な拍手を送ってしまった。もっともクーンの登場と同時にあちこちからブーイングが起こった。あまりブーイングは好きではないのだが、ブーイングを出したくなる気持ちはよくわかった。ところがブーイングを浴びたクーンは、あからさまに客席に向かって当惑を示し、なんとすぐ後ろにいた子供の合唱の一人を、嫌がっているところをむりやり引っ張り出して、手をつないでしまった。ブーイングを出していた観客も、子供の合唱に対してブーイングをする気はさらさらないので、出すのをやめてしまった。クーンさん、ちょっとずるいんじゃない、と思う。
(1月23日 新国立劇場)
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