藤原歌劇団「仮面舞踏会」
今回の藤原歌劇団の公演は、まず指揮者に感心した。指揮者としてはまだ若く、今回が藤原本公演はデビューの柴田真郁。初めて名前を聞くような若くて経験の浅い指揮者だと、コンサートはともかくオペラの場合は本当に大丈夫だろうかと聴く前は不安になるのだけど、今回については最初の音から「これはうまいのではないか」と感じた。
各場の幕開きの序奏部分がとてもよく響く。それぞれの楽器の音が際立つのに、ほどよくブレンドされている。(オケは東京フィル。)その上、歌唱に入ると適度に音量を抑えて、多分歌いやすいオケ伴奏になっているのではなかっただろうか。なかにはあまり声量の大きくないキャストもいたのだが、オケもそれに合わせて音量を少し抑える。それもあからさまに下げるのではなくて、気にならない程度にオケをコントロールするのである。職人技のようなうまさであるが、一方、ヴェルディのドラマティックな面も存分に保った演奏であり、派手ではないが独自の解釈もちゃんと付け加えている。オペラ指揮者としては申し分ない。カーテンコールでは意外にもキャストたちへの喝采に比べて指揮者への拍手はふつうだったが、これは藤原の公演に足を運ぶ客層が歌手重視ということかもしれない。しかし、指揮者への喝采がもうひとつだなと物足りなく思っていると、私の後ろの席の人がたまりかねたようにブラボーを叫んでくれた。この人はキャストへは掛け声を発していなかったから、多分私と同様、指揮者への喝采が少ないと感じていたのだろう。同感者がいたことで安心した。
演出は粟国淳。この人の演出は、奇をてらわず基本に徹すると分かりやすくていい演出になるのだが、たまに妙な考えに陥ってまったく感心しない演出になるときがある。だから、今回はおもしろいのか反感を覚えるのかどっちなのだろうというスリルがある。まあ、藤原なので、お父さん(安彦氏)の伝統を持っている団体だから変なことはしないだろうという期待もあった。実際、その通りで、ヴェルディのオペラとして期待にそぐわない演出であった。むしろ、いつもよりかなりおとなしめの演出だったと思う。あまりに基本的すぎて、前にも舞台やビデオで観たいろんな「仮面舞踏会」の演出をつぎはぎしたような感じがしないでもない。セットは階段と背景画ぐらいで、至ってシンプル。それでも照明を暗くしているから、それほどチープな感じはしない。逆に衣裳には予算をつぎ込んだようで、いまどきあまり見ないほど豪華で重厚なものになっていた。
キャストは、どういうわけかアリアなどの聴かせどころでは十分にすばらしいのだが、それ以外の物語の進行部分ではなぜかもうひとつ。これはだれか特定のキャストではなく、全体的にそう感じた。舞台セットの形状が影響しているようにも思えなかったので、最初のうちは藤原全体のレベルの低下かと疑ったのだが、もしかしたら重厚な衣裳が本当に重かったのかもしれない。
(2013年2月10日 東京文化会館)