新国立劇場「ナブッコ」
グラハム・ヴィックの演出は、舞台設定をソロモンの神殿からデパートの明るい吹き抜けロビーに変えていた。個人的には古色蒼然とした演出セットより、ひとひねりあった方が好きなのだが、いずれの場合にしても納得できて感動できることが第一である。そういうことからすると、今回の設定変更は、指向としてはおもしろいと思うのだが、それが作品本来の魅力を引き立てるほどにはなっていないようにも思えた。
もっとも、これも個人的なことになるのだが、そもそも私は「ナブッコ」の舞台で感動したことがない。というか、何度かこの作品の舞台を観たのだが、もうひとつ作品鑑賞の主眼をどこに置いたらいいか分からない。もっといえば、ストーリーそのものもしっくりこない。ただ、音楽はおもしろくて聴き応えがあるので、公演自体には行きたいとは思う。言ってみれば「ナブッコ」初心者の域を出ていない感想しかないので、演出がどうこういうほどのものではないのである。結局のところ、演出がバビロニアであってもデパートであっても、作品のおもしろさが分かるかどうかであって、今回もまたそれがいまいち分からなったということである。
ということで、演出の感想は見た目だけのことになってしまうのだが、見た感じは立派で豪華な舞台であった。デパートか巨大ショッピングセンターの吹き抜けロビーと、その1階と2階のいくつかの高級店が主な舞台になっているのだが、3階へのエスカレータも延びているし、地下1階の店舗も吹き抜け越しに見下ろすことができて、かなり豪華な作り込んだセットである。数年前の藤原の「愛の妙薬」でも似たようなデパートの設定であったし、このような変更は特段驚くほどでもないが、セットの作り込みの豪華さにおいては新国立劇場だけのものはある。ここまで立派に作ってしまえば舞台として違和感はないし、極端なことを言えばほかのオペラの舞台にも使いまわしてもいいくらいだと思う。
演奏の方は、舞台セットに気が取られないほど充実していた。キャストではアビガイッレのマリアンネ・コルネッティが、タイトル・ロールのルチオ・ガッロを食ってしまうぐらい、声も風格も良かった。彼女は3月も新国立劇場でアムネリスを歌っていたが、その時より格段に良く聴こえたのは、役柄が合っていたのか、現代的なラフな衣裳で歌いやすかったのか。もちろんガッロのナブッコも良かった。また、谷口睦美、樋口達哉などの日本人キャストもまったく聴き劣りしない。しかも現代のデパートが舞台だと、外国人と日本人が混じっても見劣りもしなくなる。(ただ、地下1階から地上2階までの作り込んだ舞台のためか、時おりキャストの声が複雑に反響しているようにも感じられたのは気のせいだろうか。)
合唱の上手さはこの劇場の長所だと思うが、「ナブッコ」の場合はそれが全幕にわたって発揮されていた。オケとは違って安心して楽しめる。ちなみに「行けわが想い…」もすばらしく歌い切ったのだが、これをアンコールしなかったのは余韻が印象に残って、賢明な処置である。
パオロ・カリニャーニ指揮の東京フィルは、開始早々は不安定な感じもしたが、間もなく調子が出てきて、最後まで盛り上げていた。(ふつうに演奏しても盛り上がる作品だと思うが。)
(2013年5月19日 新国立劇場)