楽しみな「ヘンゼルとグレーテル」
今まで観たくても観られなかったオペラがある。「ヘンゼルとグレーテル」だ。日本中でよく上演されているので、観ようと思えばいつでもチャンスはあった。しかも、「私の好きなオペラ・ベスト10」とかがあれば必ずランクインさせるほどの好きなオペラだ。
大学生の時、「ヘンゼルとグレーテル」を観る最初の、そして遅すぎたチャンスが訪れた。青い表紙の楽しそうなチラシまで手に入れた。オーケストラの伴奏で歌手も関西では名前をよく聞く人たちだ。ぜひとも行きたいが、私の心に一つの懸念が生じた。チラシが子供っぽい、子供料金が設定されている……「お子様向きではないか?」。なんだか大学生の男が一人で行くとヤバいのではないか、そういう気がしてきてチケットは予約しなかった。しかし気になるので、公演当日、土曜日の午後という小学生にとっては一番楽しい時間帯に、会場の西宮市民会館に出向いてみた。いるわいるわ、小学生の群れが。これを目にした気の小さい私は、とっとと退散した。
これ以来、「ヘンゼルとグレーテル」=「お子様向き」という等式が私の頭の中で固まってしまい、ヘングレの公演に行きたくても行けなくなった。実際、ヘングレは子供向きの公演が多いみたいで、どれもこれも日本語上演だし、子供料金や親子料金というのもよく見かけるし、歌を抜粋し台詞でつなげた公演も多いようだ。神戸オペラ協会なんか、「香りのするオペラ」と銘打って、お菓子の家の出現と同時に神戸ゴーフル提供の甘い匂いを会場中に噴射しているらしい。
公演には行けないので、LDを買って楽しむことにした。メトロポリタン歌劇場のライブだが、原語主義のメトでさえこのヘングレは英語訳詞で歌われていた。ヘングレ=お子様向きは世界共通なのか。
童話を題材にしたオペラはいくつもあるが、「シンデレラ」を筆頭にそのほとんどが子供は楽しめないものになっている。しかしこのヘングレは歌も楽しいし短いし、何よりストーリーがメルヘンのまま。楽しさでは一番だ。
そしてこのお子様向きオペラは、音楽的にはワーグナーの後を一番正しく継いでいるといわれている。途切れない旋律、雄弁なオーケストラ、そして時折現れる神聖な音楽。音楽だけ聴いても十分に楽しめる。フンパーディンクは最初、妹がこどもたちのために書いたお芝居に歌を作ったのだが、その時このお芝居はワーグナーの「舞台神聖祝典劇・パルジファル」に対して「こども部屋神聖祝典劇」とつけられた。
このオペラにはテノールは登場しない。もっと言うと、父親以外に成人男性は登場しない。あとは女性と子供たちだけで歌われる。このあたりも、私が好きな理由のひとつだ。
この秋、ついに原語上演の「ヘンゼルとグレーテル」が上演される。堺シティオペラと新国立劇場の公演、東西二つもある。なんだか食べたくても注文できなかった「お子様ランチ」が解禁されるような気持ちだ。
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