新国立劇場「マノン」

 そもそも私はクラシック音楽からオペラの領域に忍び込んできたのだが、まずはオペラの音楽の美しさよりも、物語のおもしろさと舞台装置の美しさに魅力を感じていた。逆にクラシック音楽から入ったからこそ、音楽が美しいのは当然ととらえてしまって、クラシック音楽には見出せなかった芝居と舞台に新鮮な魅力を感じられたのかもしれない。とにかくそんな出だしだったから、オペラのCDを聴くことよりも、オペラのストーリー集だとか、舞台の写真集みたいなものを読んだり眺めたりすることの方が多かった。(うぶな時の気持ちは今でも続いているらしく、CDはいまだに滅多に買わないし、演奏会形式のオペラはクラシックコンサートであってオペラではないと思っている。)

 そういうビギナーの頃、ウィーン国立歌劇場の舞台写真がたくさん載っている本を買って眺めていたことがあった。その本の中で、色っぽさを出した女性がトランプをかざしている舞台写真が、妙に艶めかしくオペラビギナーで且つ未熟な青年の私の脳裏に焼き付いてしまった。艶めかしいといっても、同じ本の中にあった「タンホイザー」のヴェーヌスベルクの舞台写真のようなエロティックな連想は呼び起こしたわけではなく(それもそれで脳裏に焼き付いたのだが)、アダルトで危なっかしい艶めかしさを感じたのである。その舞台写真によって、私は”マスネの「マノン」”という語呂のいい作曲家と代表作を何となく覚えたのであった。それと同時に、こういった雰囲気の舞台は、なかなか日本では観ることはできないのだろうな、とも感じていた。

 以後もしばらくはやっぱりマスネは日本で舞台にかかることは珍しかったのだが、ここ最近は少しずつだが紹介されるようになり、私もそういう中でオペラ鑑賞歴を豊かにするひとつとして、今回の新国立劇場の「マノン」にも出かけることにしたのだった。ところが劇場に入り、プログラムを買ってみて、初めて今回の舞台が、かつて私に艶めかしい映像を焼き付かせたウィーン国立歌劇場の舞台と演出を使用することを知ったのである。確かに、チケットを買った時点で、今回の演出・装置はポネルのものを使用するとは知っていた。しかし、ビギナーの頃の私は、”マスネの「マノン」”と覚えることが精一杯で、演出・装置ポネルということまでは(おそらくちゃんとその本に記されてあったとは思うのだが)目がいかなかったのだ。それがこの期に及んでようやくあの舞台写真はポネルの装置であることを知ると同時に、思いもかけずその舞台を目の当たりにすることになったのである。

 写真になっていた場面に限らず、見応えのある舞台が続き満足した。しかし、この満足は過去の羨望を現実にした満足であって、冷静に捉えると、少々古い舞台であったのかもしれない。いまや艶めかしいとは感じなかった。私の年齢が加算されたせいかもしれない。

 公演についてのその他の感想を書く余白がなくなったが、ここで終わるとサッバティーニを無視するみたいでファンに怒られそうである。しかし、ポネルの舞台以上に良かったことは間違いない。

(7月8日 新国立劇場)

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