東京二期会「ファルスタッフ」

 ヴェルディの作品の中で「ファルスタッフ」が一番好きだというのは随分以前から変わらないのだが、その真の良さ、もっと限定的に言うと最後のフーガの良さが本当の意味で味わえるのは、まだまだ私自身の年齢を重ねないとだめなのだろうということも感じている。もしかしたら「ファルスタッフ」の醍醐味の半分も分かっていないのに、一番好きだと言っているのかもしれない。しかし、さし当たって音楽の心地よさだけでもヴェルディの中で最高だと思っているし、今はその満足だけでも幸せいっぱいである。3幕のヴェルディ最後のオペラアリア「妖精の歌」なんて、あまりの心地よさに、この歌を聴きながら昇天すると幸せに天国に行けるだろうなと、真剣に思っている。

 今回は東京二期会の公演。好きな作品なので、スカラ座の来日公演から、地元の公演まで結構まめに見ている作品なのだが、今までに観た最高の「ファルスタッフ」は私が初めて舞台で観たウェルッシュ・ナショナル・オペラの来日公演だった。スカラ座公演や小澤征爾の公演でもこれを凌駕しないのだから、なかなかいい公演を観れたと思っている。逆に言えば、音楽的に満足させるには結構難しい作品かもしれず、今回のように日本のオーケストラに日本人だけのキャストの場合、一体どこまで楽しめるかという不安も少しはある。「椿姫」や「リゴレット」あたりでは、そういうことは思わないのだが、「ファルスタッフ」になると、日本人だけのワーグナーの舞台を観るときのように音楽的な心配が出てくるのである。

 ところが、今回はそんな心配は間違いだった。オーケストラは「ファルスタッフ」らしい、軽やかで、時折大げさに激しい音楽を、十分に表現できていた。この作品の場合、オーケストラの鳴り具合は指揮が大きく影響することは分かっているが(確かに指揮者は日本人ではなくイタリア人のピエール・ジョルジュ・モランディだった)、指揮者の技量をしてもどうにもならないオケだってあるわけで、指揮者に応えて「ファルスタッフ」らしい音楽を作れるだけでもふつうは難しいと思う。それを東京フィルは十分にこなしていた。合併東京フィルは、丁度同時期に別働隊が新国立劇場で「マノン」を演奏していたが、そちらよりも「ファルスタッフ」の方が良く鳴っていたと思う。

 それにキャストがよく歌詞についていっていた。音楽を知らない(おまけにイタリア語も知らない)私のような者が、歌詞についていくとかいかないとか話すなんて、歌手の方たちに失礼な表現かもしれないが、素人鑑賞者の感覚として、歌詞をしっかり音符にのせて心地よく歌ってくれるかどうかが「ファルスタッフ」は難しいし重要だと思う。だが、それも今回の舞台はアンサンブルの全員に十分満足ができたのである。

 フーガの本当の良さは、やっぱりまだ理解できていないが、今の自分には大満足の「ファルスタッフ」だった。

(7月15日 東京文化会館)

戻る