神奈川国際芸術フェスティバル「白墨の輪」
毎年欠かさず観ているわけではないのだが、ここ数年は12月の神奈川国際芸術フェスティバルが、私のオペラ鑑賞一年の締め括りとなることが多い。しかもそれが、「ひかりごけ」「モモ」「ちゃんちき」と、全然年末っぽくなければ、締め括りっぽくもない演目ばかりだ。というよりキワものばかりだ。今年も林光の「白墨の輪」。しかし、こういう普通にやったら採算ベースから程遠い演目を、きっちりした舞台で毎年提供してくれるということは、実はとてもありがたいことなのである。
林光といえばこんにゃく座だし、それは小さな凝縮された空間のオペラであるので、今回の公演のためにオーケストレーションを施したとはいえ、神奈川県民ホールのような大きな空間では散漫にならないか、最初はちょっと不安であった。しかし、始まってみればそんな心配は全く不要で、濃厚な音楽劇にぐいぐい引き込まれていった。ブレヒトの原作と、林光の音楽が相まって、言葉と音楽が一体となったおもしろさに心がとらえられてしまう。
主役になるグルジェ役に塩田美奈子が歌ったが、これがとても良かった。今まで正直言って、私が観た中では、塩田さんの歌は良くても、役柄としてしっくりくるものは少なかった。ところが、このグルジェ役はぴったしはまっていた。ちょっとみすぼらしくてくたびれていながら、心の中は正直でまっとうな、少女と女性の間のような、グルジェのような役柄が意外にも合っている。見た目や雰囲気のみならず、声の質まで、こういった役が合っているようにも思えてきた。
アクダツ役の黒田博をはじめ、他のキャストも芝居が上手かったし、それと同時に歌が全くおろそかになることがないのがすばらしかった。作曲者自身の指揮による神奈川フィルも大きな音を出しながらも芝居に溶け込んでいた。演出(加藤直)もストーリーに忠実にわかりやすくしていながらも随所に示唆的であった。その捉え方は各人の自由だし、演出家の本心とは違うのかもしれないが、私は、どんなに愛情をもって子を育てても、最終的には子は子自身の人生であって、子に愛情をかける過程は大事であっても子離れはしなくてはならないことを感じさせられた。
ところで、生みの親と育ての親が、白墨で描いた輪の中に立たせた子供の手を引っ張って、自分のものだと主張する話なので、小さな子供がいる夫婦は来ないだろう思っていたが、娘を預けた託児室は予想外に大盛況であった。こんな内容のオペラにわざわざ託児室を設ける主催者もすごいが、預ける親もどんな気持ちで預けているのだろう。私もその一人なのであるが。
(2001年12月9日 神奈川県民ホール)
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