新国立劇場「トスカ」
私は「トスカ」は好きだけど、フローリア・トスカはあんまり好きではなかった。直情的で、恋の駆け引きが入り込む余地のない女は好きではない。直情的であっても、恋愛の機微が感じられるカルメンは、まだ気になる存在の女性である。でもトスカは違う。もう少し物事を考えろ、と言いたくなってくる。こういう女と付き合っているカヴァラドッシの気が知れない。もしかしたらカヴァラドッシも、深く考えて共和制を支持しているのではなく、直感で政治に関わっているだけの単純な男なのかもしれない。そういうわけで、第1幕の長い二重唱なんか私は大好きなのだが、二重唱の内容というよりは、プッチーニの音楽のうねりが好きなだけである。ちなみに「トスカ」で私が一番好きなところは、第2幕で拷問からカヴァラドッシが連行されるまでで、政治体制の本質がこれほどまでに美しい音楽で直接的に表現されることなんて、他ではあまりないことだと思う。いつもこの部分が私のピークなので、このオペラの楽しみは、カヴァラドッシ連行後トスカが取り残された段階で、ほとんど終わってしまっていた。したがって、トスカのアリアも、私の興味の対象範囲内ではなかった。
しかし、今回のノルマ・ファンティーニのトスカは2幕後半がとても良かった。スカルピアとのやり取りは、トスカも確かに心だけでなくて頭でも苦しんでいるんだという、緊迫した様子がひしひしと感じられた。演技過剰だったのか、私が今までお目にかかったトスカが単純すぎたのか、何度も観た「トスカ」なのに、思わず舞台に引き込まれてしまった。そうかそうか、こうしてトスカはスカルピアの要求を受け入れる気になったのか、と初めて分かったような気がしてきた。そしてついにはトスカのアリアで涙を流してしまった。不覚である。スカルピア殺害に至るまでも、発作的な行動ではあるものの、一応判断した上でのことであって、だから殺害後の処理も冷静にできたのだと思えてきた。第2幕が閉じる頃には、すっかり感動していた。
今回の公演はこのように、ファンティーニのトスカが思った以上に良かったし、ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラのカヴァラドッシもとても良くて満足できた。ただ、フランチェスコ・エッレロ・ダルテーニャのスカルピアはもうちょっと貫禄がないとトスカやカヴァラドッシに対抗でききれていないように思えた。それと、オーケストラが、「サロメ」も絡めた最終日だったためか、少々疲れ気味に聴こえていた。
「トスカ」の魅力再認識の公演だったが、フローリア・トスカそのものはまだ好きではない。私にはトスカ的な女性の魅力は、多分ずっと分からないと思う。
(2002年5月11日 新国立劇場)
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